「パプティマス様…? 」

 遠ざかり行く地球圏を見つめる優男に、少女はおずおずと声を掛けた。第五次木星調査隊の長でもあるその男は少女を振り返る。少女には…男の背中が啼いているように見えたのだ。その男、パプティマス・シロッコ地球連邦軍大尉は調査船『ジュピトリス』の艦長でもある。

 「ああ…サラか。別れを告げていたのさ。私の…友にな」
 「パプティマス様、あの野獣のような男を…友、と? 対等の存在だ、と? 」
 「ヤザンは地を疾駆する獣では無い。空を翔ける猛禽だ。…誰にも飼い慣らせん、な」
 
 『シロッコ、お前は面白い奴だな』と言いながら笑顔で握手を求めた、浅黒い、眉の無い男の精悍な顔付きを思い出す。久々に、彼の、パプティマス・シロッコの知的好奇心を刺激される男だった。…馬鹿ばかりと思っていた軍と言う名の掃き溜めの中にも、光る物を持つ者は少なくとも居たのだ。
 
 「この私が地球圏に帰還するまで…世界が変わっていれば良いがな? ヤザン・ゲーブル…」

 コーディネイターとナチュラルの下らない争いを心の底から軽蔑し、地球圏を離れようとした矢先に出遇った男、ヤザン・ゲーブル。小賢しい人間は嫌いだが、シロッコはヤザンに『同類』を感じていた。ゲームを楽しむように『現実』を楽しむスタンスは、なかなか並の人間の神経では出来るものではない。

 『敵? 決まってる。味方の顔をした、能力も糞も無い差別主義者だ。あいつ等が居ると勝てる戦争も勝てん。…本質は持久戦なんだぜ? 奴等コーディネイターは第二世代以後は劣化の一途を辿り、子孫を残せんと聞く。俺達ナチュラルは本来はただ、自滅を待てばいいだけだ』

 出会って数秒で意気投合した。思考にタブーと言うものが存在しない相手は、そうは居ないものだ。戦略・戦術・政治・経済。面倒だし面倒臭いと口で言っている癖に、水を向ければ立て板に水の如く話し出す。知性の欠片も無い、と思わせるその容貌に反して、彼は…ヤザンは充分に知性的だった。
 話題が戦争関連となると、嬉嬉として食いついて来た。…彼、シロッコが思わず可愛いと思ってしまう程に。


 
『だが、それを許さん勢力が存在する。戦争を己の手で管理しようとする軍産複合体の存在だ…』
 『冷戦じゃあ在庫が捌(は)けんからな? ったく、兵士やパイロットを何だと思ってやがるんだか』
 『人類社会が疲弊しても、奴等は生き残れる気でいるのだろうさ…所詮、本質は愚民と変わらんよ』
 『ハッ、愚民で悪うございました、と来らぁな? 正攻法の戦争、特に戦術レベルの戦闘は確かに楽しいさ。だが、兵士でも無い民間人や女子供が巻き込まれるのは胸糞悪い。血のバレンタインとかプラントの奴等が抜かす事件がそうだ。…知ってるか? フクダ中尉の昇進の話をよぉ?』
 『それが核を秘密裏に積載し、発射した一将校の名か? 』
 『何だ、知ってたのか? 嫁があの、ブルーコスモスの幹部で頭が上がらんそうだ。笑わせるぜ!』

 当座はモビルスーツの開発、量産で凌ぎ、長期戦を戦う。考える基本戦略は二人とも偶然、同じだった。だがシロッコがプラント側の疲弊を待つ戦略に対し、ヤザンは『外科手術』を考えていた。ブルーコスモスの排除である。その母体の軍産複合体とは協調出来るが、思想を持つ団体は全く要らん、とするのがヤザンの持論だった。殲滅戦は面倒臭い、の一言で片付けたので、シロッコはヤザンの真意を聞くのに骨が折れた。

 『コーディネイターにも、いい奴は居る。地球が駄目になる、ってんでプラントから地球軍にわざわざ入隊する奇特な工学博士とかな? ああ、そいつから結構、プラントについて聞いたよ。奴等、地球なんぞ要らんとか言う急進派までいるそうじゃ無いか? 怖いねぇ、無知蒙昧ってのは? そいつ?今、俺達の臨時のMS教官さ。…ブルーコスモスシンパの妨害で、いつ前線送りになるか判らんがな?』

 パプティマス・シロッコの唇に微笑みが浮かぶ。とかく、気持ちの良い男だった。その笑顔を見る彼の部下、サラ・ザビアロフは焦燥感と嫉妬に身を焼かれた。だが、彼女は思い直す。野獣、いや、猛禽のような男は今、遠く離れた地球圏に居るのだ。今、パプティマス様の傍にいて心を独占出来るのは私だけなのだ、と。

 「パプティマス・プラン(P・P)…地球圏の未来絵図を、貴様に預けたぞ? ヤザン・ゲーブル…」

 シロッコはヤザンの、『殺しても死なないだろう』不敵な笑みを宇宙(ソラ)に重ねながら、サラ・ザビアロフを伴い船窓を後にした、次に地球圏に自分が戻るまでに、生きて必ず逢えるに違い無いと確信して。。

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最終更新:2007年03月10日 17:27