ミオの携帯端末をケーブルで繋ぎ、起動させた簡易昇降機が俺達を乗せたまま、揺れる。

 「…地下に到達するまで…おっと! 糞! …止まるなよ…」

 地響きの発生する感覚が短く為っている。…ヘリオポリスの、コロニー崩壊が近いと言う事だ。
略奪…いや、緊急避難の物資調達は、AAクルー総出で行っている。付近に乗り捨てられていた
給水車、ストライクのパックを積載していたトレーラー等の使える車両を車両運転可能なクルーで
行っている。ショッピングモールに行ったのは偵察と引率を兼ねて、新兵どもが邪魔をしない様に
とのチョイスだったが…あの外面1000万$、中身5セント女め! …俺の時間を返せ! 

 「この昇降機…持つのか? 」
 
 俺に聞かれても困るぞ、親爺さん…。手摺とコンソールのみ付いた平面タイプで、内壁に付いた
レールで支えられている奴だ。震動感知センサー等の安全装置なんざ付いて無いだろうからな…。
大丈夫だろう。それより、コロニーの崩壊が気に為る。案外今すぐボン! と言う展開も有り得るのだ。

 「持とうと持つまいと、コロニーの内壁が崩れてきたら終わりだな? 見て来たんだろ、一回?」
 「MSの事か? …ああ、お前さんのストライク…に似てはいるんだが、な…ありゃ誰の趣味だ?」
 「何か可笑しい事でも有るのか? 」
 「まあ、な」

 クサナギ主任の趣味…か。正直、俺はミオを『女』として観ていなかった。共にMSを完成させる『同志』
として、『相棒』として、接していた。…『女』を感じさせない人間だった。しかし、端末の日記からは情念が
滲み出ていた。…女は所詮、女以外には為れない生き物なのだろうか? それとも俺が鈍感なだけか?
…俺は俺以外の何者にも為れない。ガクン、と昇降機が止まった。俺は取り留めの無い思考を打ち切る。

 「こいつは…」

 昇降機が床に降り立つと、照明が一斉に点灯する。雄雄しく立つ濃紺の巨人が、俺達3人の闖入者の
前に居た。…親爺さんの言う通り、ストライクの顔を持つMSだ。…その色は何故か俺に『夜』を思わせた。



 「…PS装甲では無いのか? 」
 「触って見たが、この外面…AAと同じ手触りなんだ。各部のスリットは廃熱機構も兼ねてるんだろう」
 
 最初から着色されている機体表面に面食らった俺だが、気を取り直す。MSサイズにコンパクト化されて
いるラミネート装甲とは驚いた。拳で機体表面を叩いてみると、残響音がする。…ん…?中空、なのか?
 
 「親爺さん…この音…」
 「ああ、気付いたか。こりゃ外部アーマーらしいな。マトリョーシカって知ってるか? ロシアの? 」
 「達磨の中身開けたらまた達磨って奴かい? …中身を見て見たいな」
 「AA帰ったらな? 今は止めとけ」

 ストライクと決定的に違うのは、機体の各部にかなりのスラスターが設けられている事だ。宇宙での優位性
を重視した設計と言う…ん? 背面は…おい! 何もついて無いぞ! 有るのはストライクと同じ、各種パックの
コネクターユニットだけか?! 散々期待させやがって! ミオ! 並みのパイロットなら死ねる速度はフカシか?

 「ゲーブル大尉、来てください! 」

 ヤマト2等兵の声が上から降ってくる。腹部のコックピットハッチと、胸の二対のインテーク、廃熱口の色は
グレーのままだ。…部分的にPSを使ってるって事か? コックピットハッチは開いたままだった。俺が上ると
ヤマト2等兵はコックピットでキーボードを展開し、ミオの端末も繋いでいた。俺に気付き、無言でコンソールの
モニターを指差す。

 ”PASSWARD?”

 いくらコンピューター関連に強くても、コイツの解析には時間が懸かり過ぎるだろう。ましてや、ミオの日記では
俺の好きな言葉と明記されている。労力と手間を考えれば、ヤマト2等兵が俺を呼びつけるのも頷ける事だ。
しかし…!
 
 「ミオの端末を繋いで有るな? ハックじゃ無理か? 」
 「…もう2回やりました。もう一度やると自爆するって脅して来たので…」

 俺は無言で拳を作り、真上からヤマト2等兵の頭に拳骨を垂れた。軍では下位者は上位者の命令が無い限り、
自分の判断で行動してしまうと命令違反と取られる危険性を孕んでいるのだ。ヤマトが呻くので言葉にする。

 「貴様だけなら良いがな、俺と親爺さんを殺す気か! 」
 
 不服そうなヤマトの顔が、すぐに泣きそうに歪む。やっとその可能性に気付いたのだろう。気付いただけマシだが。


 
 俺はヤマト2等兵の真後ろに潜り込み、ヤマトを後ろから抱きかかえる格好でシートに収まった。

 「ヤマト2等兵、重要と思われる事は、可能な限り上官に報告しろ。今のお前はもう、学生では無い。
  命令で動く軍人だ。命令こそが、軍人であるお前の行動の正しさを確実に証明してくれるものだ」
 「ハイ…」
 
 ヤマトの表情は落胆に沈んでいた。すっかり萎縮させてしまったな…しかし、命令を聞くだけの人形でも
困るのが軍人と云う者だ。そこら辺りも言って置かなければ、「良い軍人」に育たない。巨乳のガタイだけが
取り得の羽頭でも務まる職業だが、質が良いに越した事は無い。時間が無いが言って置かねば…!

 「しかし、命令を待つだけでは駄目だ。自分の頭で考えられる能力は残して置け」

 ヤマトが呆然と俺の顔を見上げる。俺はコンソールのモニターを見ながら続ける。…規格ハズレの俺が、
柄にも無く真面目な事を言うのは、俺にとっては羞恥プレイの最たるモノに等しいからだ。近頃の若い奴は
全てを語ってやらないと、自分で勝手に納得して行動してしまう。馬鹿をさらに馬鹿には誰だってしたくは無い。

 「…今のお前の行動が、何故いけないのか解説してやる」

 俺の手が、MSコンソールの展開したキーボードに触れる。「愛と狂信と情熱の国」の言語の、俺の好きな言葉。
コンソールのモニターに、一つ目の*(アスタリスク)が刻まれる。最初の一文字は『E』。そしてエンターキーを押す。
これは…クリアだ。

 「お前は俺の手間を省こうとしてハッキングを実施したな? だが、実施は上官の、俺の許可を得てからやるべきだった」

 一旦モニターから目を離し、俺はヤマトの目を見る。まだ、解って居ない様だ。…羞恥プレイ続行だ。二文字目を入力。
*(アスタリスク)の2文字目が無事に表示された。2文字目は…『S』。まだ、油断は出来ない。謎を出したのはひねくれた
奴だからな? 好きなら好きと態度にも言葉にも出せば良かったんだよ…。コーディネーターや国家が何だって言うんだ?
惚れた張れたは誰も止められん。死んだら…そこで終わりなんだよ!

 「お前はただの準備でやめて置けば良かったんだよ。上官が、この場合は俺だな? 許可を出したなら…」

 三文字目を入力。…クリアー! …入力スピードを上げるか? いや、一歩間違えればドカンの、この緊張感をもう少し、
愉しんでいたい。湧き上がる可笑しさに唇が釣りあがる。もしかしたら死ぬかもしれない。結構結構! 俺の人生だ! 
ヤマトが身じろぎもせずにモニターに見入っている。起動した後、お前にはコイツを『ガンダム』にしてもらわんとな?



 ちなみに三文字目は『P』だ。最後のミオの日記を俺は記憶の中で反芻していた。自分を何処かの国の
神話に出てきた愚かな女に例えていた。パンドラ。ギリシア神話の地上での最初の女だ。意味はその言語
で『神々から全ての賜物、恩寵を与えられた女』だ。日記にこんな事を書いたらな、解いてくれと言っている
モンじゃないか、ミオよぉ…?

 「それからでも遅くは無い。遠慮なく実施すれば良かったんだよ、キラ・ヤマト? 」

 4文字目、五文字目を一気に入力。*(アスタリスク)が2文字増える。それぞれ文字の正体は『E』と『R』だ。

 「ESPER…エスパー? 」

 コイツめ、俺の手元を盗み見てやがったな? ヤマト二等兵よ…もしかして俺の話を全く聞いていなかったか?

 「ヤマト2等兵、俺の言った事を復唱してみろ」
 「お前は俺の手間を省こうとしてハッキングを実施したな? だが実施は上官の俺の許可を得てからやるべきだった
 お前はただの準備でやめて置けば良かったんだよ。上官がこの場合は俺だな? 許可を出したならそれからでも
 遅くは無い。遠慮なく実施すれば良かったんだよキラ・ヤマト? で、ヤマト2等兵、俺の言った事を復唱してみろ、
 でしたか?」 
 「要領のイイ奴は嫌いじゃ無いが、嫌味な奴は嫌いだな、少年」

 思い切り右手で2発目の拳骨を落としてやる。人を舐めた態度を取る悪餓鬼にはこの位の痛棒でも足りんぐらいだが、
今は時間が無い。入力を続ける。六文字目、七文字目の*(アスタリスク)が生まれた。もう、コイツは鉄板だ。間違いない。
ちなみに『A』と『N』だ。痛みに涙を滲ませるヤマトにはこの入力は見えなかったろう。

 「今はコレ位で済ましてやるが、今度俺を舐めた態度を取ったならば、身の安全の保障はせんぞ? 」

 俺は涙ぐむヤマトの左耳に、わざと息を吹き込むように喋ってやる。慌ててくすぐったさに身をよじるヤマト2等兵に、
俺は意地の悪い笑みを浮かべてやる。…ヤマト2等兵は顔を真っ青にして黙る。…オイオイ…ケツ押さえて何してる?

 「話を続けるぞ? …その結果自爆しようが、それは馬鹿な命令を出した上官の、俺の責任となるだけだ」

 ハッ、とした顔をしてヤマト2等兵は俺を振り返る。やっと飲み込めたようだ。…信頼を取り戻したのか、両手を自分の
ケツから離している。…解り易い素直な奴だな? それにしても言って置いた筈だがな? 俺は戦闘が大好きだ、とな?

 「お前は素直に命令に従っただけで、責任は問われない! それが軍の不文律で常識って奴だ!」

 俺は八文字目と九文字目を一気に入力した。*(アスタリスク)が九文字並び、点滅を繰り返す。…あれ? 間違えたか?

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最終更新:2006年09月12日 00:06