「クッ…! 」

 イザークは大型モニターに映し出される戦闘の状況を歯軋りしながらも、食い入る様に見詰めていた。ストライクが機動力に勝るにも関わらずヤザン・ゲーブルの駆るナハトを捕らえられずにいる事、そして、素人だと思われるストライクのパイロットがそのヤザン相手に『戦闘行動を継続している』事に、猛烈な嫉妬に駈られ熱く我が身を焼いた。さらにイザークはビームサーベルを仕舞い、アーマーシュナイダーでナハトに挑むストライクにもどかしさを覚える。

 「何をしているストライクのパイロットォ! まだイーゲルシュテルンが有るだろうが! 」

 何事か、と観戦中のギャラリーはイザークを振り向き、怪訝な顔をする。いい所を邪魔するな、と非難の視線も有るが、逆にイザークは胸を張って受け止める。中年の、マードックとか言う男が含み笑いで首を振るのがやけにイザークの癇(カン)に障る。イザークは睨み付けるが全く彼は意に介さない。

 「そんなにあの暴れん坊に負けたのが悔しいのか? ええ? 銀髪の坊主よ? 」
 「煩(うるさ)い! 黙れ! そこだ! ほら! イーゲルシュテルンで…撃たんかバカモノォ! 」
 「トリガーを引いてる暇も無いんだろうよ。キラの坊主は回避で精一杯だ。PS装甲が切れてるだろうが…」
 「MSが動ける限り、生きている限り出来る! ストライクのパイロット! やれ! そこだ! 」  

 大声を出しても、コックピットのストライクのパイロットには届かないだろう。だが、イザークは叫ばずには居られなかった。振り返れば自分はどうだ? 今のナハトと同等の機動力のデュエルで格闘戦を挑んだ自分が、呆気無くストライク・ガンダムに捕まり、僅か数分で戦闘終了にまで追い込まれた醜態を鮮烈に思い出していたのだ。突然イザークはポン、と自分の肩に手を置かれたのに気付く。振り返ると、くすんだ金髪の、ややタレ目の青年が立っていた。

 「誰だ、貴様は! 」
 「ここらでドローにしないとな? マードック軍曹、ゼロも乱入していいかな? 」
 「…残念ですが潮時でしょうな…。おい、フラガ大尉も参戦するとよ!見物だぞ! 」
 「何のツモリだ貴様ァ! この戦闘はここからが勝負だ…ゥ! 」

 ギャンギャン喚くイザークの両頬を無言で青年は右手で掴み、タコの様にして黙らせる。そして背をかがめ、イザークの目を真正面から見据えた。その途端イザークは背筋に戦慄が奔るのを感じた。青年の飄々とした雰囲気が一瞬にして消えて、暗く冷たい地獄の奥底から吹き上がる炎を宿したような視線に射抜かれたのだ。

 「…現段階で貴重な『仲間の』パイロットを潰して貰っちゃあ困るんだよ? 間抜けな『クルーゼ隊』の捕虜君には悪いがね」
 「ふグぅ…」
 「さあて! メビウス・ゼロ、ムウ・ラ・フラガ! これよりちょっくら参戦しますかっと! 」

 手を離されたイザークに青年は微笑み、背を向けた。イザークは自分の両手が震えているのを感じていた。これは恐怖だ。間違い無い。しかし何故、自分にこれほどまで研ぎ澄まされた殺意を向けられたのか理解が出来なかった。青年はMAのコックピットを向かい走って行く。どよめく群集をよそに、青年の後姿がどこかで見たような気があることに、イザーク・ジュールはただ、不思議に思っていた。



 「ナイフファイトか! 燃える展開だぞコイツは? …動きが良くなったな? ええ? 」
 『りゃァァァァァァァァァァァァァァァ! 死ね、死ね、死ね、シネェェェェェェェェェェェ! 』

 滅茶苦茶な速度でストライクが両手に保持したアーマーシュナイダーで斬る、突く、薙ぐを繰り返す。ヤザンの動体視力と反射神経で対応可能な速度の範疇だが、並みのコーディネーターのパイロットならば数分で回避に悲鳴を上げる程の粘着ぶりだった。無駄が一切消えた動き、と形容される程、隙が無い。

 「やれば出来るじゃネェか、ヤマト! そうだ、無駄な動きが無いと言う事はその分読まれ難い! 」
 『糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞ォォォォ! 』
 「…人の話は頭を垂れて素直に聞くモンだぞ、この餓鬼! …どうしたんだ? 一体? 」

 攻撃と回避に隙が無くなったストライクに満足しながらも、ヤザンは聞こえて来る通信内容に眉間に皺を寄せていた。動きが良く為るまでの内容は、脅えや恐怖が全面に出ていた新兵特有の『可愛い』悲鳴だった。
だが、今の物は全く内容の無い雄叫び、謂わば『戦闘に特化したウォークライ』だ。まるでコイツは…

 「これはいい! 狂戦士(バーサーカー)か! 俺の声を聞く理性はあるか? ションベン大将? お? 」
 『そンな風ニ、モう二度と、呼バせナぃィィィィィィィィィィィィィ! 堕ちろォォォ! 』

 ヤザンは唇の端を歪めた。使い物には為る、と。こう言う風にやれるのなら最初からやれ、と呆れてしまったのも少々、ある。ふと一瞬、ロックオンアラームに反応し、ANBACを使わない、スラスターでの大胆な回避行動をナハトに取らせた。ナハトが居た位置を正確に射線が通り過ぎて行く。ストライクには当てない様に撃ったのだ。

 「ムゥ! どういうつもりだ! 巨乳ネエチャンに振られて、俺に慰めて欲しくなったのか? 」
 『…新人教育はそこまでだよ、兄貴? 相手は素人なんだ。もうMSなんて乗らない、って言い出されると『コト』なんだよね? 』
 「だからと言って煽てて増長させては、使い物にならんだろうが!っと…デュエルまで! イザークか! 」
 『死ねェ、ストライク! 』
 「馬鹿野郎! ストライクはあっちだぞ? それともまたコリコリして欲しくなったのかよ! 」

 ナハトvsストライク・メビウスゼロ・デュエル。連携を取れば勝ち目はかなり減少するが、各個撃破ならば問題は無い。ヤザンは自分のナニがおっ立つのを感じていた。いいぞいいぞ! この感覚だ! シミュレーターでも仮想敵相手では味気無い。


 ヤザンは自分に課していたレギュレーションを外す事にした。アーマーシュナイダー以外、使わないと決めてはいたが、対集団戦なら話の外だ。『ユニヴァーサル・ワイア』の威力を試してみたくも為る。まずは…

 「デュエル! 動きが直線的に過ぎる! 性格が正確に精確に出ていて欠伸(あくび)が出るぜ! 」

 右マニピュレーターに持たせていたアーマーシュナイダーを格納し、突っ込んで来たデュエルを回避し、行き過ぎさせて『ユニヴァーサルワイア』を射出、デュエルに捲きつかせてから、ついにヤザンはトリガーボタンを押し込む。

 『ん? …な、なんだ? ぎゃあああああああああああああああああああああああ! 』
 「ほッ、コイツは電撃かよ? …気が利いてるなぁ、ミオぉ! 」

 アーマメント、武器側にエナジーゲージが3つ分減ると同時に、デュエルがスパークに包まれる。PS装甲に包まれているだろうデュエルが、為す術も無く動けなくなっている。押し込み続けるとゲージが減っていくが、スパークも続く。…もしかして本当に感電しているのか、と思うくらいのイザークの苦痛の上げっぷりに、ヤザンはトリガーボタンを離す。デュエルがPSダウンの症状を示す。どうやらシステム系に異常を来たした、と判断されたらしい。機体は全く動かない。イザークの台詞も全く聴こえない。

 「だが…コイツは反則だな? …興醒めだ…わかったよフラガ大尉。止める…」
 『やメサせルかアっぁぁっぁアっぁあっぁあっぁぁぁァぁっぁぁぁあっぁッ! 』
 「この…! もういいっつってんだろうがァ! 」

 ストライクが背後から襲い掛かってくるのを回し蹴りで往(い)なし、ワイアーで結ばれたデュエルを起点にして、転回。左マニピュレータでPS装甲がダウンしたストライクのコックピットを精確に貫いた。正面モニターにWINER表示が即座に出る。シミュレーターが強制終了し、コックピットが計器の薄灯だけに為る。ストライクの方は『衝撃』と『酸素抜け』が再現されている筈だ。ふと喉の渇きと汗の感触をヤザンは覚えた。対人シミュレーターで汗をかいたのはMSパイロットに為ってからは久し振りだった。素人で此処まで動けるとは上出来で、確かに褒めてやるべきだったとヤザンは苦笑した。

 「相手は素人…だったな。末恐ろしい奴だな、キラ・ヤマト…」

 もし奴に経験と冷静さがあれば、もう少し疲れていたに違い無い。ヤザンは自慢のリーゼントを掻き揚げる。汗に濡れていて不快だった。熱い。詰襟のホックを外し、胸を肌蹴る。見ると擦れて、ブルータートルのタトゥシールが消えかけていた。撃墜に対する恐怖心刷り込み教育は終了。…キラ・ヤマト2等兵。使い物に為る。ヤザンは不敵に微笑み、コックピットハッチを開放した。 

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最終更新:2007年01月18日 10:12