俺が口を開く前に、『お堅いクサナギ主任』が眼鏡を外す。そして、目を拭う。…おい、泣いているのか?

 『ゲーブル…疑問が顔に出ているぞ? そう謂う所は…私は…嫌いでは無い。…だから、答えてやる…』
 「随分と恩着せがましい言い方だな! 俺が今、何を考えていたか解かっている心算なのか? 」
 『運用目的、開発コンセプト、他の国策MSの存在を何故明かしたか、だろう? 聞きたいのは? 』
 
 当たってやがる。…俺はそんなに素直な奴では無い筈なんだがな? TITAnSでは対テロ作戦の訓練中、現役の尋問官相手に最後まで嘘を吐き通せる程の面(つら)の皮の厚さと狡猾さと頭脳の回転を持つ、俺が元人間だった人工知能程度に真意を見破られるとは思って居なかった…のも有るが、現在の俺の心理状態が無防備になっていたのだろう。何故だか解からんがな!

 「ああ、そうだ。…悪いが個人端末の日記を読ませて貰った。お前がオーブの国民で、さらにはオーブの国策会社『モルゲンレーテ』と組んでいたのも知った。だから解(げ)せん。改めて聞く。…何故なんだ? 」
 『…お前が…………って…………だ…』
 「はあ? 何だって? 聴こえんなぁ? 」
 『~~~~~~~~~~~~っ』

 あのなぁ、上目遣いでゴニョゴニョ言われても困るんだよ! 俺にはもう2分しか時間が無いんだからな?だから、イイ歳の女が唇の両端下げて、『むぅ~』なんて顔して言い難そうに照れてるなよ! 早く言えよ! 

 『お前がコレを捨てるって言うからだ! この先祖帰りの無神経男! 馬鹿! 唐変木! 人の気も知らず!』

 コックピット内のスピーカーが、ハウリングを起こしそうな大音量の女の叫びを出力した。その叫びと内容は俺の敏感な聴覚と聡明な思考状態を麻痺寸前にまで追い込んだ。…おいおい…そんな事でか? それは…

 『お前はやると言ったらやる男だろうゲーブル!? 口先だけの脅しだけでは無く、常に実行可能な状態で脅しを掛けるだろう?! GAT-Xシリーズの時もそうだった! 覚えてるだろう! イージスの変形機構で盾が邪魔だと言った時! 開発中の盾から何から全部ジャンク屋に叩き売って引き取らせて更にはプランまで抹消…!』
 「…本当に捨てられる、と思ったからか? ミオ」

 まくし立てるミオの言葉の合間を縫って、俺はレンズに向かって真面目な顔でドスを効かせた声で語りかける。全く…女はこれだから困るのだ。昔の事まで持ち出して、ヒステリーなぞ起こす! もう少し理性的に話せんのか?



 『…そうだ。『こんなオーブ製の胡散臭いモンキーモデルMSなどに乗れるか糞野郎、早々に捨ててやる』と言われては、出て来る心算は無かったが出て来ざるを得ないでは無いか? そうだろう? ゲーブル? 』

 何だ。結局、言いたい事は俺が悪いって事だけか? 一方的に悪者にされては何故か俺の腹に据え兼ねる。 

 「オーブ製の胡散臭いモンキーモデルは本当だろうが! 俺達の、血と汗と涙の結晶のGAT-Xシリーズ、そのアーキテクチャーを労せず横取りしたあのストライクの顔をしたMSは何なんだよ? 言ってみろ! 」
 『アストレイの事は私は全く知らなかったんだ! モチヅキの様子を見に行って…AIを更新した時に…』

 思わぬ収穫って奴だ。アストレイ、正道を外れた、外道。まさにオーブの遣り方を象徴する命名の正直ッぷりに俺は命名した奴のセンスを褒めたくなってしまう。なかなか正直で結構結構! 正道は飽くまでGATシリーズだ。

 「ほ~ぅ、アストレイ、か。ぶっ壊れた残骸見て清々したぜ。オーブが大損をこいたってのもあるがな! 」
 『…イイ気分をぶち壊しにして悪いが、あれ以外にも組み上がってロールアウトした機が複数存在する』
 「あァン? 全く知らないってのはあれ、嘘か? 俺相手に嘘? ふゥん…? そう言う態度を取る、と? 」

 俺の顔が余程怖かったのだろう。ミオは慌てて言葉を継いだ。…苛め過ぎると後が怖いだろうが、仕方無い。情報を取らなければ話にならん。何せオーブは『武装中立』が国是だ。言わば『仮想敵』なのだからな?

 『行方までは把握していないぞ! モチヅキの工廠は兎も角、他の工廠の事は知らんからな! 』
 「…解った。信じよう。そろそろ俺の貰った五分間が終わるんでな? 」

 ホッとモニター内のミオが胸を撫で降ろし、それから名残惜しそうな眼で俺を見る。…少しはAIらしく無機質にしたらどうだ? 俺の持論は『女が戦場に居るってのは気に食わないんだよ、消えな! 』だ。また俺の『虫』が疼く。嗜虐癖、とでも形容すれば良いのだろうか? 攻撃的な所、性格に圭角が目立つ、と昔、良く言われた。



 「ああ、捨てるの件について話して置く。コイツが完全なワンオフ機で、ここで整備が出来ないようなら本気で乗り捨てる気だ。だから親爺さん、整備主任のコジロー・マードック軍曹…曹長だったか? の意見を聞いてからだ。MAのメビウスゼロや機構が単純なデュエルは兎も角、美味しい所を総取りのストライクなんかは整備が大変だろうからな? 知ってるだろう? ストライカーパックのマッチングでどれくらいの時間を…」

 ミオは俺の言葉を遮るかの様に馬鹿笑いをする。だ~っはっはっ、なんて大笑いを普通な、知的なオンナがやるのか? ええ? 何が可笑しい? 俺は笑わせるような事を言った覚えは無いぞ? 第一AIが笑うか?   

 『…オーブではそれを『釈迦に説法』と言うんだよこの『孫悟空』。…整備主任は中々話せる男だったよ』
 「…なんだって? 」
 『任せろ、とさ。涙目になって話してやったらイチコロさ。ゲーブルの馬鹿が心配なんですぅ、とな? ちなみにこれまでのお前を一人にさせる経緯はコジロー・マードックと私、ミオ・クサナギの共謀だ。だれがあんな小僧の手を必要とせねばならんのだ…と言いたい所だが、OSの統合は見事だったな? どうした、ゲーブル? 』

 親爺さんの最後の台詞が俺の脳裏にプレイバックされた。『ヤザンの一人遊びタイムの始まりだ』と確かに言っていた。俺の呆気に取られた顔が余程、滑稽なのだろう。ミオのニヤニヤ笑いが気に障る。視界が真っ白にフラッシュアウトする。急にハッチが解放されたのだ。俺は眩しさに眼を細める。…立っていたのは親爺さんだった。まぁたニヤニヤ笑いが俺を迎える。違うのはこれがむくつけきオッサンの顔なだけだ。こんの野郎…全部知っててあんな芝居打ちやがったのか! 何が『あの『ナハト』、どうも臭いんだ』だ! ふざけやがって! 

 「お客さん、時間ですよ~? …大・成・功! と言うわけだ。良かったな色男ぉ? こら、俺に当たるな! 」

 コックピットから出た俺がまず最初に行った行為は、コジロー・マードックに対する大追跡&大制裁だった。   

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最終更新:2007年03月10日 17:25