「またこの展開ですか…? 」
 「むさいぞ臭いぞヤザン! オードトワレぐらい使え! 」
 「親爺さん、それはお互い様って奴だろうが! 」

 崩壊の始まったオーブ資源衛星とコロニーの合体した『ヘリオポリス』から、バックパックの無いこのMSで
どう脱出するか? 俺はひとまず親爺さんをコックピットに回収し、また三人乗りを敢行した。一番前がヤマト、
真ん中がマードックの親爺さん、そして最後がこの俺だ。心なしか、コックピット内に男の汗の臭いが視覚化
されてくるような光景だ。先ずはこの格納庫を出ないと…しかし俺の満足するレベルで動けんのでは話に為らん! 
 
 「OS組み換えは終わったのか、ヤマト2等兵?」
 「今やってます! 」
 「アァ゙? 今何つった? 」
 「た、只今取り掛かっています…後5分下さい…。設定パラメーターが物凄く複雑で…」
 「最初からそう報告しろ。俺は馬鹿や素人じゃ無いんだ」

 キーボードを俺以上の速さで扱うヤマトが泣き言を漏らすのだから、複雑極まり無い設定が噛ませてあるのだろう。
コンソールの設定画面が流れて行く中、親爺さんはヤマトが横目で睨み付けるのを無視して、コンソールのモニターに
並列ウインドウを出し、機体の性能諸元を呼び出し確認していた。…整備屋の習性って奴だ。俺はヤマトの頭を小突き、
OS組み換えに集中させる。機体の全体図が線画で表示される。正面図、右、左、背後の順で全体図は切り替わる。

 「…アンテナが一対しか無いが…見てみろヤザン、指揮官機以上に高性能な集積・演算装置やセンサーを積んでる」
 「前に見せたイージスの奴よりもか? 」
 「ああ。完全にオーヴァースペックだ。やろうと思えば、ここから艦隊が指揮出来る程にな? 」

 俺は型式番号に着目した。GAT-X-183と、ORB-00が併記してあるのだ。ORB-00の後には『IZAYOI』と有った。
この機体の通名だろうか? 俺はその箇所を指差し、親爺さんの注意を促す。親爺さんもそれにようやく気付く。

 「いざよい…十六夜、だな。中々月が出ない夜を差すんだ。ORBってのは多分、オーブの事だろうな」
 「夜、か。じゃあヤマト2等兵、このGAT-X-183の次に、後でSTRIKE Nacht(ストライク・ナハト)と追加しておいてくれ」

 親爺さんが次のウインドウに切り替えようとした時に、ヤマトが邪険に手を払う。そして邪魔だと言わんばかりに並列
ウインドウを消す。俺の眼はその時、機体の別の全体図を捉えていた。線画では今より細身になっていて、型式番号は
ORB-00のままだが、機体名は『MOTIDUKI』に為っていた。…何かしら、この機体には色々と複雑な事情があるらしい。

 「…ヤマト。邪魔なら邪魔と言え。その態度は人間関係を壊す。ZAFTでは知らんが、連合軍では人間関係を重視する」
 「ご、ごめんなさいマードックさん…」
 「坊や、悪いのは俺だ。謝ることは無いぞ? …ヤザン、傍若無人のお前さんには、かなり似合わん台詞だな? 」

 …解っているさ親爺さん。基本を知らんでやるのと知っていてやるのとでは意味合いが違う。基本は最初に仕込むものさ…。

 「ゲーブル大尉、一応…起動可能です」
 「何だその一応、ってのは?」

 ヤマト2等兵が無言でエンターキーを叩く。

General
Unilateral
Neuro-link
Dispersive
Autonomic
Maneuver

の5行が コンソールのモニターに表示される筈なのだが、

Genocide system for
Ultimately
Natural
Driver or
Assault
Messiah

の5行に置き換えられていた。どちらも頭文字だけはGUNDAMなのだが『究極的なナチュラルの操縦者又は襲撃する
救世主の為の大量虐殺システム』と言うのが、後者の方の内容だ。…冗談にしては行き過ぎだな? キラ、ヤマトォ!

 「…何の冗談だ、ヤマト2等兵?」
 「し、各システムを有機的に繋げただけなんです! 半分出来てたので僕はただ大尉向けのパラメーター設定を
 加えてアレンジしただけで…! 拳骨は止めて下さい、拳骨は! 絶対、絶対僕じゃ有りませんからぁ! 」

 俺が右拳を握り締め、ヤマト2等兵の頭の上に持って行くと、慌ててヤマトは瘤の出来た頭を両手で押さえカバーを
し始める。どうやら嘘は言っていなさそうだ。このGUNDAMは同じGUNDAMでも、コイツは物騒極まり無いシロモノだ。

 「…ヤザン、本当にこれは、お前さんが関わってない機体なんだな? 」
 「知ってたら最初に此処に駆け込んでるぞ? こんなマヌケな状態に為る前にな! 」

 表示を見たマードックの親爺さんが俺を疑いの眼で見るが、俺はすぐに睨み返し、機体の状態を確認する。エナジー
表示が、装甲と武装の2つの表示に分かれていた。2つの間にハイフン表示が有る事から、融通が利く設定に違いない。
ビームライフル、サーベルを幾ら使おうが、PS装甲分のエナジーは確保可能と見ていい。その逆も可だ。これだけでも
かなり冒険的な機体だとも言える。頷きながら俺は各種アクチュエーターの設定を次々に閲覧する。万全だ。

 「…? コイツは…? 」

 武装を確認すると、頭部のイーゲルシュテルン、腰の二対の装甲の中のアーマーシュナイダーはストライクと同じだが
両腕の機構の中に『universal wire』と言う見慣れない装備が追加されていた。どうやらこのMSの掌から射出されるらしい。
先端は尖頭形で、フック状にも展開出来るとチュートリアルで解説されていた。親爺さんとヤマトが、顔を見合わせる。

 「…何に使うんだ、こんなの? ん…? 」
 「さあ…? 何なんでしょう…? うわあっ! 」
 「こう言う時の為なんだろうよォ! そらァ、引っ掛かれよォ?! 」

 MSの足元の床が不意に崩れ落ちた時、俺は迷わずこの装備を天井に向って射出した。…機体を支えられるとはな!
コンソール表示を見ると、まだ荷重に余裕が有るらしい。このワイアはパワー系にも繋がって居る。使えるぞ、コイツは…。



 「点呼状況は? 全員揃ったの? 」

 AAのキャプテンシートに座るマリュー・ラミアス中尉はやや苛立ち気味に声を荒げた。
無理も無い。コロニーが崩壊しつつあるこの状況では誰もが平常心を保つのは難しい。
しかし彼女は、哀しいが現在は、気楽な副長ではなく艦を指揮する『艦長』なのだ。

 「…親爺さんと坊や、それに兄貴がまだだ。…そうカリカリすると美人が台無しだぞ? 
 子猫ちゃん」
 「マードック曹長とヤマト2等兵、…並びにこの艦の最上級者であるゲーブル大尉が
 未帰艦です、艦長」

 自分の隣と、下がった所にあるCICから同時に声が上がる。ムウ・ラ・フラガ大尉と
ナタル・バジルール少尉からだ。有難う、とマリューはフラガに礼を言ってから、CICの
ナタルを睨む。ナタルは怯む事無く真向から睨み返す。

 「最上級者では無い! フラガ大尉も同級よ! 」
 「場数だけなら文句無しに兄貴の方が上だな。…子…っと、いけね、ラミアス中尉」

 マリューの矛先が自分を向いたのを感じ、ムウは急いで訂正する。マリューが深呼吸
して、大きく溜息を吐く。GかHは有るのでは無いかと思われる双乳が大きく上下する様は
間近に見るムウにとっては圧巻と言える光景だった。見蕩れてしまう。

 「もう、持たない…ノイマン曹長! 」 
 「兄貴と坊やは兎も角、マードックの親爺さん置いてったら、整備班や機関担当員が
 反乱起こすかも知れんからな? もう少し待った方が良いんじゃないのか」
 「ゲーブル大尉が居なければ、この艦はただの素人の集団以下になってしまいます!」 
 「あー、それ傷付くなぁ? ちゃんと訂正してくれよ、バジルール少尉?」
 「あ…! 失礼しましたフラガ大尉! 」
 「俺だけじゃ無い。みんなやれば出来る子なんだからな? 信じて待ってようか! な?」

 フラガの落ち着き振りに、ブリッジの空気が和らぐ。マリューを除くブリッジ要員の顔には
『やはりゲーブル大尉の選択に従っていれば良かったな』と全ての者に大書されていた。



 その時、真っ暗だった大型スクリーンに突然灯が入った。キラ、コジロー、ヤザンの順で
顔が並び、コックピット内の風景が映っている。時折、コジローとキラの顔が恐怖に歪む。

 『現在の状況は! 全員帰艦したのか、ナタル! 』
 「さ、三名を除き、完了! 物資も可能な限り回収に成功! 試作MS武装データ多数を
 確保しております! 後は…後は…」
 『泣くな泣くな? 軍人だろう? …フン、そう言うことか…艦長?』

 泣き出すナタルを見て、それからフラガを見て、ヤザンは次にマリューを見遣る。犯される。
マリューは一瞬にしてそう感じ、自分で自分を抱き締める。その仕草が例えようも無く『女』を
感じさせた。フラガの顔が憐憫に沈む。(兄貴に敵認定されないように、俺が守らなければ…)

 『…置いて行かないでくれて感謝するぞ。賢明な選択だ。どのような理由であれ、だ』

 ヤザンの凄みのある笑顔が、男性のブリッジ要員しか持って居ない器官を縮み上がらせた。
ブリッジに衝撃が来る。コロニーからの鈍い震動では無く、何かが当たった鋭い衝撃だった。
 窓の近くに居る者には、細いワイヤー状のものが二重に絡みついて居るのが見えだ。そして
衝撃が艦内を走る。間髪入れずに、全身が濃紺に包まれたMSが姿を顕わす。

 「黒い…ストライク? 」
 『残念だがワイヤーアトラクション終了だ。面白かったろ? 親爺さん? ヤマト2等兵? 』
 『お、お、面白いじゃ無いぞ! ワイヤー両手から出してターザンごっこをMSでやるか?! ?』
 『その御蔭で生きてるからいいだろう? この臭いは…シートを濡らしたな?ヤマト2等兵?』
 『…うう…』
 「ノイマン曹長、直ちに離陸せよ! 当艦はこれより、ヘリオポリスを脱出する! 」

 マリューの黄色い声が命令を奏でる中、作業を始めるブリッジ要員は想像した。ゲーブル大尉は
どんな無茶をやらかしてアークエンジェルまで辿り着いたのだろうか、と。

 『…艦長、フラガ大尉、バジルール少尉、艦の進路は後のミーティングで決を取る。今は皆、
 シャワーを浴びたい気分だろうがそうもいかん。…ヤマト2等兵、貴様はシートの掃除だぞ』
 「…大尉と曹長、キラ君はシャワーを浴びて下さい。ミーティングに小便の臭いをさせてまで…」
 『おいおい艦長、綺麗な顔して残酷だぞ? 汗と小便の臭いは陸戦に憑き物なんだがな?
 …まあ良い、お言葉に甘えさせてもらうか!』

 白く輝く大天使は、濃紺の巨人を乗せたまま一心不乱に虚空へと駆け上がる。宇宙(そら)へ向けて。

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最終更新:2006年09月12日 23:11