<<答えは出たかい? ヤザンのオッサン>>
舐めた台詞が陽気さを伴ってノーマルスーツのメットに響く。糞餓鬼が!
俺は言葉を返す事無く、指揮官機を解放する。戒めを解かれたクルーゼは
スラスターを慌てて全開にしたのか、有らぬ方向に素っ飛んで行った。
<<アリガトさん。だけど正直なのは美徳じゃ無いのよねぇ>>
「今だヤマト! 吹かせ! フルブーストだ! 」
間髪入れずに閃光がストライクに延び行く中、俺は嬉しさを隠し切れなかった。
こうだ! こうでなくてはな! 敵との取引なんざ、律儀に守る方が馬鹿なのだ。
裏の裏のそのまた裏を読み合いながら、緊張感を愉しまなくては罰が当たる。
「ヤマト、回避したな? 照準合わせてるな、撃て! 」
「やってません…」
そんな事だろうと思ったぜ! だが、これはフェイクだ。この秘匿通信回線は
アークエンジェルも当然、通信士官がまともな奴ならモニターしている事だろう。
そして俺の寄せた期待は、幸いな事に裏切られなかった。…ジュニア、やるな!
『ローエングリン、撃ェ! 』
アークエンジェルから延びる力溢れる光の束は、バスターと同一線上に軌道を
重ねていたクルーゼの指揮官機をさらに損傷させた。…バスターは華麗に回避。
<<オッサン、またな?>>
「ああ、また、が有ればな? 」
今更撃っても遅いんだよヤマト2等兵…。溜息を吐き、俺はストライクを回収する
ため、デュエルを向かわせる。ディアッカ・エルスマン。…一度親の顔が見て見たい
ものだな!
「生きてるな、少年? 」
「は、ハイ…」
俺は急降下して、ストライク・ガンダムを回収する。全く、姿勢制御ぐらいは自分でやってくれ。
2度目の実戦で始めて敵を撃ったとは言え、この脱力振りでは安心してストライクを預けられん!
チイとキツイが、ムウにMSを…! しかしそれだと、正直メビウスゼロは戦力にならんしな…?
艦をサポートする直援機がまだ要るしな…。素人集団を鍛え上げるには時間が懸かりそうだ。
「支援のタイミングは絶妙だが、こいつは正直遣り過ぎだな? ナタル」
『済みません大尉…。ラミアス大尉がヴァリアントの使用を制限したため…』
「可及的速やかに『修正』しろ。…何時までも半民間人気分でいられてはこちらが困る」
モニターから見えない位置で平手の入る音が聞こえ、その後、ムウが頬を腫らしてこちらに
笑いかけて来た。どうやらマリューのあの乳は男を惑わす隠花植物の誘引装置に違いない。
痛々しいぞムウ・ラ・フラガ? エンディミオンの鷹の名に魅かれる女はゴマンと居るんだぞ?
『兄貴、コイツで一つ、勘弁してくれないかな? 撃て、って言ったの実は俺だしさ』
「この先オマエの頬が幾つ有っても足らんな?次は庇うなよ」
ローエングリンの斉射は、このヘリオポリスの支柱であるシャフトを打ち抜いていた。俺は
アグニを抱えたままのランチャーストライク・ガンダムを支えながら、デュエルの推力不足を
痛感していた。大推力を誇るエールに比べれば、見劣りするのも当然だ。しかし、戦場を撰ぶ
事の無いデュエルの基本性能はそれを補う程の大きな魅力を持つ。
『大尉の推薦を私が受け入れていれば、もう少し…』
「過ぎた事だ。忘れろ。俺は忘れた。親爺さんに繋げ」
『ハッ。MS発艦装置の修理に掛かっています。マードック主任が出るまで3分下さい』
待たされるのには慣れている心算だったが、舌打ちが無意識に出た。癖は出るモンだな…?
『3分も要らんぞ御姉ちゃん、じゃ無かった、バジルール中尉! マードックだ!』
突然カタパルト内部の艦内電話の画面が出る。親爺さんの背後で整備クルーがケーブルを
再接続していた。俺の舌打ちまで傍受しているとはな? ジュニア、チャンドラ2世、いやダリダ。
流石公試クルーだ、いい資質を持っている。通信関係はオマエに完全に任せられるな?
親爺さんがニカッ、と笑う。いい笑顔だ。機嫌がかなりイイ証拠だ。
『生きてるな、2人とも! コチラの手間を考えなければ、上出来の結果だ。MSも無傷だしな』
「…済まん。余計な手間を掛けさせたな? 」
『止せ、暴れん坊が気持ち悪い事を抜かすな。着艦は反対側のデッキで遣ってくれ』
「了解。整備計画は?」
『俺を誰だと思っているんだ洟垂れ坊主! デュエル優先で行うから、早く帰って来い!』
俺は真面目くさって右手の親指を立てて見せ、笑って見せる。親爺さんは相変わらず下手な
ウインクで還してくれる。通信や整備クルーが使いモノに為ると言うだけで、パイロットを支援する
後方支援組織の不満は無い。あとの作戦の不満はあの『馬鹿女』をなんとかすれば良い。
「ヤザン・ゲーブル大尉より緊急命令下達! アークエンジェルは速やかに秘密工廠に降下、
コロニーが崩壊するまでに使える物資を一切合財かっぱらえ! どうせ書類上は廃棄処分と
なるものだからな! あとは民生品や食料もだ! ただし略奪はするな、証拠が残る! 以上! 」
腹が減っては戦は出来ん。世の中の真理だ。何せ平和重視で鳴るオーブ管轄のコロニーだ。
住民の避難誘導はZAFTのMSが来た時点でとっくに済んでいるだろう。むざむざ指を咥えて見ている
義理は無い。俺達が有効利用してやれば捨てられたも同然のそいつらも浮かばれるってモンだ。
『避難民が希望するなら同時に収容せよ! …と命令に追加事項を希望します、大尉』
「…解った、バジルール少尉。正直収容したくは無いがな。後ろの置物は何やってる?」
『…フラガ大尉の頬を冷やしています』
「今度こそ確実に『修正』しろ。少しは艦長らしい仕事をしろ、とな!」
俺は愚劣さに耐え切れずに思わず声を荒げてしまう。後ろできゃあ、と聞こえた。全く…頭が痛くなる!
最終更新:2006年09月12日 23:02