「糞ッ! 何時までこんな所に閉じ込めて置くちゅもりだ、ナチュラルの奴らめ…! 」

 捕虜に為ってしまったと言う内心の動揺が、営倉の中で言語化された。イザーク・ジュール。
ZAFT軍士官学校次席卒業の逸材。プライドは雲よりも高く、そして首席に対して鬱屈する
感情を持て余していた頃が、遠い昔に思えて来る。あの時、ディアッカの言う事を聞いて居れば!

 「…捕虜の尋問も無いとはどういう組織だ? 馬鹿にするにも程度が有るだろうが! 」
 
 名前を聞かれてそれからこの独房に放り込まれて音沙汰が無いと言うのも、彼の自尊心を甚(いた)く傷付ける一因であった。普通なら良くて尋問、コーディネーターの人権を認めないナチュラルの集団ならば拷問も有り得ると覚悟していた彼にとって、この状態こそ拷問に等しいモノであった。腹がグゥ、と頼り無い音を立てた。時計は最初に、巨漢に取り上げられていた。
デュエルを見事に取り返した、あの飢えた獣(ケダモノ)の眼をしたナチュラルのパイロットに。

 「…捕虜には食事を与えない…と言う拷問か? おい、誰も居ないのか! 答えろ! 」
 
 食事を持った気弱そうな少年が入ってくる。匂いがイザークの食欲を刺激する。少年の持つ
食器がカタカタ音を立てている。…震えているのだ。イザークが少年を睨むと、ヒィ、と息を呑む。
イザークは知らないが、少年の名は「カズィ・バスカーク」。ヤザンから指名され、食事を運びに行くように『特命』を受けた存在である。

 「落とすなよ? 貴様の様な臆病者が本当のナチュラルの姿だ。さっさとそこに置いて失せろ!」
 「わ、わかったよ…だから怒らないで…」
 「この、キョし抜けがっ! 」

 イザークの嗜虐心を一々刺激する少年の態度に、いい退屈しのぎになると思ったのか、イザークは敢えて怒って見せた。案の定、カズィは想像した以上に脅えてくれる。震える手つきで独房の格子戸の電子錠を解除し、おずおずと差し出す。
 
 「これが最後の食事だってさ…ヤザンさんが腐れコーディネーターは銃殺するって…アウゥ!」
 「銃殺だとぉ! きしゃまらぁ~! 」

 イザークは銃殺、と聞いた瞬間、カズィの手首を捕らえ強く引き、体勢を崩させた。カズィは熱いスープとドレッシングまみれになり、背後に回ったイザークに首を絞められ、プラスチックのスプーンの柄を眼前に突きつけられる。

 「眼を抉り出されたく無かったら、あのストライクのパイロットの所へ案内しろ、臆病者! 」

 必死に頷くカズイの姿に、満足そうにイザークは微笑みを浮かべた。あの自分を殴ったパイロットに復讐出来る喜びに全身を震わせながら。イザークにとって、彼を殴って良いのは愛する母上ただ一人なのだ。



 「良し、予想通り! 単細胞ってのは行動が掴み易くて結構結構。そのままブリッジに…よし乗った!」

 艦内カメラ監視室に俺は居る。カズィには必要な事項以外は何も教えずに独房に行かせた。素人から迫真の演技以上のモノを引き出すには、素の状態が一番なのだ。何せ、派出に脅えてくれるからな!
俺の人選に狂い無し! …人質には為ったが、まだ殺される事は無い。イザとなったら俺が行く。馬鹿だろうが愚鈍だろうが不平屋だろうが、カズィの奴はまだ、俺の部下だ。まだ見捨てるわけにはいかん。

 「ブリッジ! こちらゲーブル! フラガ大尉、バジルール少尉、ダリダ! 本番だ、準備イイか? 」

 モニターの中の歪んだ姿の三人が、頷き、ムウ坊が俺にサムアップで答える。その意気その意気! 
俺は視線を外し、別のモニターに眼を向ける。CICとの境に立つ非武装の男性兵士三人が壁になっている。

 「ジャッキー、ロメロ、アーノルド! CICに居る艦長と新兵のヘッドホン取って、ブリッジに入れて準備! 
  急げよ? もう少しでゲスト到着だからな! 」

 俺はスタン・グレネードを下げたタクティカルベストを羽織り、インカムの上から陸戦用ヘルメットを被り、銃剣付きの小銃を引き寄せた。視線はモニターと、EVのレベル(階数)表示から離さない。さあ、来い!

 「前門の虎に向かう前に、後門の狼を何とかしないとな…」

 アルテミスに向かう事はムウとナタルとの密談で決定した。しかし問題はZAFTだ。ウラナリ坊やこと今はラウ・ル・クルーゼの部隊が追跡して来るに違い無い。隊長は戦闘でこっ酷くやられたからびびっているだろうが、一人、厄介な奴が居る。ディアッカ・エルスマン…。戦争を愉しむ餓鬼の存在だ。奴には俺と同じ『臭い』がする。もう少し、もう少し歳と経験と渋みを身に付ければ俺の前に『敵』として出て来れる。

 「玩具に為るか為らんか、見定めてやるさ…」

 ムウ坊の案では、月方向にダミーを飛ばして誤魔化すと言う子供騙しめいた事を実施するとあったが、まともな軍人なら航跡パターンで読まれる児戯であり、時間稼ぎにも為らない。補給が完全な現段階では、むしろ本当に月方向に有る程度進んでやるのが欺瞞と云うモノだ。そしてこの作戦は、そいつを鉄板に錯誤させる駄目押しなのだ。…有る意味、失敗は赦されん。

 「来たぞ来たぞ来たぞ! 本番5秒前! …3、2、1、Q! 」

 モニターにどろどろに汚れたカズィと銀髪の小僧が映る。俺は監視室を出てメットのバイザーに簡易映像を出す。行先はブリッジだ。さあ、巧く動いてくれよ小僧! ドッキリなんて今時の餓鬼には新鮮だろうがな!

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最終更新:2006年11月10日 17:39