俺は端末に目を落とす。…おいおい、正直だなぁクサナギ主任…。苦笑が思わず漏れた。

○C.E.70.7.12
・オーブの人間で有る経歴を抹消し、大西洋連合に協力するユーラシア連合出身の技術者として、
  同じく身分を偽装したモルゲンレーテ工作員に、連合の『シューフィッター』と引き合わせられる。
  とても信じられないがナチュラルなのにZAFTのMSを手足の様に操るらしい。野蛮で粗野な男だ。
   私がコーディネーターと名乗れば握手を拒否するだろうと思って名乗っても、、全く意に解さない。
  …ブルーコスモスが幅を利かせる地球連邦の軍人には珍しいタイプの人間だ。

○C.E.70.7.20
  ・凄い。資質の有るコーディネーターですら嫌悪するシグーに乗ってすら、「まだ鈍い」とこき下ろす。
  その顔と合いまって、「先祖帰り」した類人猿か、獣を思わせる。私のシャンプーとコンディショナー
  を一発で当てる。「椿油なんて使ってるのか、通かババア趣味だ」…口説いているのか天然なのか。
   殴ってやったら額を指で思い切り弾かれた。私の脳細胞が死ぬだろうがこの野蛮人めと罵ったら
  「ヤザン・ゲーブルだ。長い付き合いになるだろうから、名前ぐらい覚えろ」何様のつもりだ。

○C.E.70.7.27
  ・保守点検作業でエレベーターが使えず立往生。あの野獣が現われ、車椅子ごと私を運んでくれる。
   「障害者が自分で出来ない事を手伝って、始めて親切と言うもんだ。なあ?」同感だ。本質的に、
   や…ザン・ゲーブルは優しい男らしい。休暇の時見かけたら、公園で子供と一緒に遊んでいた。
   あとで名残り惜しそうに見ていた保母より事情を聞けば子供達の中に孤児がいて、周りの子供と
   遊ぶ切っ掛けを懸命に作っていたとの事。…あの顔でも女に夢を見させる事が出来るのは奇跡。

○C.E.70.8.03
  ・「両目が有るのか、中々男前だな」そんな感想しか抱けないのかと小一時間問い詰めようとしたら、
  その後デュアルセンサーの長所と短所について半日議論を戦わせる羽目に。正直、顔通りの馬鹿と
  しか思わなかったので中々新鮮な驚き。お前こそ男前だなゲーブル。男は顔では無い、資質だ。


…喧嘩にも似た開発経緯が次々と俺の心をよぎって行く。言うじゃないか、女コーディ主任様がよ!


 段々ミオの日記を読み進めて行く内に、俺の事がゲーブルからヤザンに、ヤザンから大尉に、降格されてからは
中尉だが、最終的には彼、と為っていた。…フン、冗談でヤザン様と呼べ、と言ってやった事も有るがな…。

○C.E.70.12.20
 ・フクダ少佐巡察。大尉と討論するも劣勢に。私を見て「コーディネーターの足萎えなど使い物になるのか」。
  大尉、フクダ少佐を殴打。私がもういい、気にして居ないからと言うまで殴り続ける。…馬鹿は放って置くのに
  限ると言うのに。しかし…嬉しかった。「クサナギ女史に口頭で今すぐ謝罪しろ」…いや、当分少佐は流動食
  だと思う。大尉、私は…

○C.E.71.1.1
 ・テストも休み。つい、オーブの習慣で正月を一人、部屋で祝う。モルゲンレーテにデータ転送中。中尉が私室に
  乱入。「鏡餅? …ユーラシア連邦にもニホン系は居るんだな」何処で手に入れたか銘酒「美少年」を差し出す。
  「俺は美青年だがな」野生美のな?と返してやるとぐい飲みを置き注いでくれる。美味かった。「もう直ぐだな」
  テストが終わる事。テストが終われば、私は…。私に出来る事が、有る。彼にせめてもの贈り物を残す事だ。
  酒1升が高く付いたものだと一人で苦笑。彼が玩具を手に入れて喜ぶ様を想像し、見咎められる。今晩ぐらい…

  追記:いくじなし! 野獣みたいに襲えよ! 朴念仁! そんなにMSが好きなのか! 子供産めないのに!

○C.E.71.1.5
 ・ナチュラル用OS導入。中尉が運用するZAFTのOSを積んだ動きとは似ても似つかない。ナチュラルのパイロットが
 動かすも、立って歩くのがやっと。正直こんなOSを開発した馬鹿の顔が見たいものだ。隣の中尉、無言で壁を殴打。
 複合建材の丈夫な防弾壁にヒビが入る。彼の怒りが手に取るように解る。時間を無駄に使う無能な連中は罪人だ。
 オーブにデータ送信。帰還せよとの命令。仕事は終わりだとの事。しかし…彼と未完成のアレを置いて私は行けない。

○C.E.71.1.10
 ・アレの作製を手伝う技術者に、基礎データの入力数値が異常。これでは普通のパイロットはGで昇天する、との
 言質を得る。当然だ。普通のパイロットなら加速だけで死ねる。だがアレは彼のためだけのものだ。遠心力を利用
 した加速器で、10Gを超えても鼻歌歌ってた彼の話をしたい衝動にかられ、黙る。だが自分の顔がにやけるのが解る。
 最高のパイロットに現時点で最高の機体を与える。彼の持論がふと、浮かぶ。「ビーム兵器と機動性、装甲は最低限
 あればいい。軽ければぶん回せる。後は継続戦闘能力だな」…PS装甲を採用するかどうか? 無しだと、MSの手足
 が失われた場合が怖い。有りだと、エナジー消費が激しい。…悩み所だ。

○C.E.71.1.20
 ・GAT-Xシリーズロールアウト! 彼が私を胴上げしてくれる。だが、積んでいるのはナチュラル用OS。鈍重な動きしか
 出来ないものだ。しかし今は素直に完成を喜ぶとしよう。むふ。もう少し書こう。「キスしてやりたいくらいだぜ!」と彼の
 言葉を捉え、周りの関係者が囃し立て、ついに…! 泣いて唇をさする私を彼が誤解して謝罪。「済まん、遣りすぎた」
 …そんなんじゃない。そんなんじゃ。アレのロールアウトもあと3日で上がる。オーブの潤沢な資金も投入した、アレ。
 エリカさんの承認を得たのが奇跡だった。プロットを褒められたのも嬉しい。ビーム兵器と実体弾との防御にはあの
 方法が一番だと言ってくれた。だが、アレは…彼と私のものだ。絶対にオーブには渡さない。

○C.E.71.1.23
 ・パスワード変更。彼の好きな言葉に。使用言語は「愛と狂信と情熱の国」。…パンドラは馬鹿な女。今の私のように。
 開けてはならない箱を開けた。彼を知らなければ…こんな辛い思いをせずに済んだのに。塞ぎこむ私に彼は言う。
 「あの日か?」馬鹿…。人の気も知らないで…。私の置き土産を見て、吃驚する顔…顔…顔っ…馬鹿ぁ…!

 「でだ、ヤザン? お前さんの好きな言葉って何だ? と聞きたいワケなんだよ、俺は」
 
 俺は現実に引き戻された。アレの正体。きっとMSに違いないだろう。だが、どこに? どこに有ると言うんだそれは?

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最終更新:2006年09月12日 23:14