「そう睨むなムウ・ラ・フラガ大尉。そっちにも都合があるならこっちにも都合があるって事さ」

 俺が歯を剥いて哂って見せると、脅えたようにラミアス艦長さまがムウの腕を握って引き寄せて
くれる。良かったじゃないか? 結果的に嫌われずに済んだんだぞムウ坊よ? なあ? そうだろ?

 「借りは返す主義なんでな? 初心なバジルール少尉が見たものの衝撃に比べれば…」
 「げ、ゲーブル大尉っ! 」
 「見られたのは俺だぞ、少尉? 」
 「っ…! 」

 見事に狼狽してくれるなよ、ナタル・バジルール? 何か有ったと勘違いする輩が出んとも限らん。
だからその、頬染めて、視線を逸らしながらもチラチラ俺を見る行為は止せ。…笑うなよムウ坊。

 「本題に戻すぞ? 本艦、強襲機動特装艦・アークエンジェル級一番艦・アークエンジェルは
  オーブ資源衛星のヘリオポリスに存在した秘密工廠から脱出した。次は何処へ向かう、艦長? 」

 ほのぼのした空気が、一転して重苦しい重厚感を纏った。ムウ坊よ、この種の緊張感が嫌いなのは
解る。だが、何時かは迎えなければならん。それを避けるためにわざわざこんな小細工をしてくれたの
だろうが…忘れるな。今の俺達は軍人で、敵と闘わねば生き残れない運命共同体だ。

 「…小官はアルテミスへの入港を具申いたします! 」
 「発言を赦した記憶は俺には無いぞバジルール少尉? 俺は今、艦長に意見を求めている」
 「アルテミスは友軍のユーラシア連邦の軍事要塞です! 同じ地球連合を構成するコッ…! 」
 「…俺は間接話法で黙れと言ったんだ。まだ解らんか、少尉? 修正を貰いたいのなら続けろ」
 
 俺は少尉の細い顎を下から右手で持ち上げ睨み、無理矢理にそのよく動く小さな唇を閉じさせる。
ここはこの乳だけが取り得の女に、自前の足りないだろう脳味噌を使わせなければ為らない場面だ。



 「バジルール少尉の意見具申の他には…月に向かう選択肢しか無い。違いますかゲーブル大尉?」
 「今の所は補給は充分だ。その手も有る。だが着く頃には巡航速度でも色々とカツカツだろうがな?
  その途上で戦闘も想定するならば、むしろ足りん位だがな。だが、その決定権は艦長に有る。任せるぞ」

 一般情報しか知らん常識的な軍人ならば、バジルール少尉の選択を採るだろう。しかしこの俺には、
TITANSからの情報が有る。実はあそこの司令、ジェラード・ガルシア少将にはTITANS所属の時に
少々『やらかした』覚えが有るのだ。恨みを買っているとも言って良い。何せ自慢の要塞を合同演習中に…
 時々少尉が抗うが、痣が残らん程度に握る力を強めてやる。…少々、教育が必要かも知れんな…。

 「バジルール少尉、そんなに喋りたいか? 」

 ムウ坊の台詞に目尻に涙まで浮かべて頷く素振りを見せる。…悪いがそれは出来ん。貴官のキャリアに
傷を付けたくは…!?

 「…安全策を採るならば、アルテミスへ向かう策こそ最上です! 小官は再度、アルテミス入港を具申…!」

 ムウに気を取られ油断した俺の手を渾身の力で振り解いたナタルは、ついに喋ってしまった。残念だが、
遣るしかないな…。俺はインカムのマイク側では無い、少尉の頬を平手で殴る。予想外に細身の体が派出に
ブリッジ内を流れてくれる。俺は流れる少尉を追い、捕まえ、脅える少尉の耳に小声で囁く。

 「俺は黙れと言った。…貴官は忘れたのか? この艦は最新鋭の軍艦で、機密兵器を積んでいる事を?
  ユーラシア連邦は表面上は友邦だが、裏では一癖二癖も有り、腹には一物もニ物も持っている国家だ。
  最悪、捕獲される危険性すら有る。そうなったら責任は誰が被る? 俺の言いたい事がもう解るな? 」

 頬を押さえ眼を丸く見開く少尉は…少女の如く可憐だった。小さく頷く様など軽い罪悪感と背徳感すら覚える。 

 「だから黙れ。いいな? ここは俺とムウと無能な艦長に任せろ。…貴官が軍人として有能なのは俺がよく
 解っている。…お前はこんな事で終わって良い人材では無い。もっと上に行ける、優秀な素材なんだ」

 殺し文句が効いたのか、少尉の俺を見る眼が喜色に溢れている。…おいおい、俺が下心が有る悪人で無くて良かったな? …どのみちアルテミスに行くしか手は無いのだ。だが、俺流の欺瞞作戦を使ってからの話だがな!

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最終更新:2006年10月02日 00:27