「人には何かしら特技が有るモンだな? カズィ~? 」
 「へへへ…」

 俺はカズィのスープまみれの頭をクシャクシャとかき回し、撫でてやった。
 端末の前で、カズィが笑う。俺とダリダが四苦八苦して銀髪オカッパの映像を
合成している時に、スープまみれのままで志願して『やらせてください』と言い
出したのだ。普段のオドオドしている時とは目の色が違うのに気付いた俺は、
『やってみろ』と席を譲り、お手並み拝見と決め込んだのだ。

 「見分けが付かない…。嵌め込みの合成とは思えないな…」
 「ちょっとしたコツですよコツ! 僕にしか出来ない所がミソですけどね」

 電子工学や工作の得意なダリダだが、映像工作は守備範囲外だった。俺はふと、
閃いた。カズィの卑劣な性格と特異な才能を生かすには、もっと汚い仕事をさせる
に限ると。汚れ仕事だが、誰かがやらねば始まらない。

 「カズィ、貴様は写真の合成やその当人に為ったつもりで文章を書けるか?」
 「余裕のヨッチャンですよ、ヤザンさん! …いえ、ゲーブル大尉…」 

 カズィがオカッパを見事に怒らせる事が出来たのは、俺の指示などでは無かった。
天性の卑しい根性がそうさせたのだ。捕虜に制裁を加える、とただ俺は言ったのだが、
事件後からオカッパから聞いた『銃殺』や『腐れコーディネーター』などは完全に
カズィ個人のアドリブだ。自分が優位に立つと思うと、こうも尊大になるこの根性こそ、
小市民国家オーブにふさわしい卑小かつ卑劣な国民性だと言えよう。

 「題材は…フレイ・アルスターの航海日誌だ。ツンデレお嬢ホロリ涙の苦難の連続!
  お色気写真合成も出来るな? あのお嬢、性格はともかくルックスは最上だろ?」
 「やっていいならやりますよ? だけどサイの奴、怒るだろうなぁ…(ウヒヒヒ)」

 こちらから情報発信する事によって、相手をコントロールするのは情報戦の初歩の
初歩だ。ただ、その情報に食い付きを良くするには『大衆性』が不可欠なのだ。この
場合は…分かるな? 軍の過半数は血の気の多い若い男だ。下半身に訴えるのだ。
プラント側には清純派の、船乗りを破滅の道へと引きずり込む『セイレーン』が存在する。
ラクス・クライン。それとは対極のモノをこちらが用意してやれば、喜んで食いつくだろう。

 「方法はお前に任せる。ネットワークは自由に使用しろ。ただし…」
 「本人には知らせるな、でしょう? 分かってますよ、ダンナ方。へへへ…」

 ダリダと俺は顔を見合わせ、俺が頷いた。ダリダはカズィに制裁の必要を感じ、それを
アイコンタクトで諮(はか)り、俺が必要だ、と認めたのだ。こういう事は以心伝心だ。

 「調子に乗る小僧は、好かんな? カズィ・バスカーク? んぅ? 」
 「失礼しました大尉ィ! カズィ・マスカーク二等兵、作業開始します! 」

 コイツに任せれば多分、トンでもないシロモノが完成するに違いない。連合もZAFTも
オーブも諸国家も虜にするネットアイドル…いや、ポルノスターが誕生するかも知れんな?





 ディアッカと別れたラウ・ル・クルーゼは自室で仮面を外し、カプセルを数個口に放り込み咀嚼する。水で流し込む事すら今はもどかしかった。現在、ラウの大脳は思考の渦を休む事無く生成し続けていた。
 自分の正体がナチュラルだと、ディアッカに露見したのはいい。どうせ永久に隠し通せるものでは無い。
 ザラ派がネビュラ勲章持ちの自分の名声と能力に利用価値が有ると判断している限り、詮索される事は無い。むしろ、ナチュラルである事を隠し通してくれるに違いない。ディアッカめ…。迂闊な奴だ…。

 「シルバーウィングが動く、か…。フン…。戦意高揚と言う訳か、パトリック・ザラ…」

 ユニウスセブンの追悼に、シーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインを『使う』。兵士の戦意高揚の為にラクスを『歌姫』としてメディアに露出させたのは良いが、思惑が外れ、彼女は『反戦歌』ばかりを選び、唄う。これでは何の為の戦意高揚か、と言う事だ。…平和を愛するプラントとZAFTと言うイメージを創る事には成功したが、ザラ派、いや、主戦派としては穏健派が増えては困るのだ。ここはラクス嬢には、最後の大役、『生贄』としての価値を見出すしか無い。血のバレンタインのユニウスセブンの如く…。

 「しかし、彼に斬れるものかな? 自分の腹心を…」

 パトリックにとって誤算は、プラント評議会議員で主戦派の『エザリア・ジュール』が乗り込んだ事だったろう。『パトリックの愛人』とまで評される程に彼を崇拝している彼女を、斬る事になるのは彼に相当の痛手だろう。

 「息子…か…」

 息子であるイザークの為に、我を忘れてのエザリアの行為だろう。普段の彼女ならば、パトリックの思惑など造作も無く読んでいる筈だ。何せ主戦派のメインを張る論客でもあるのだから。クルーゼの口元から歯軋りが漏れる。息子。母親。…くだらない! 自分には全く、縁の無い者だ。ただのクローンである、自分には…!

 「ムウ! 所詮息子は親には勝てんのだよ! 私を止められるならば止めてみるがいい! フハハ…ハ…っ!」
 『何してるウラナリ! 何訳の解らない事を言ってるんだ! ムウは俺が守る! 』

 突然、奥歯が痛みを訴えた。幼少の頃に覚えた痛み、幻痛が走る。ヤザン・ゲーブルに殴られ、奥歯を吹き 飛ばされた痛みだ。奥歯は生えて来たが、痛みは心にまで記憶させられた。自分が人道にもとる陰謀を成す 時、痛みはいつもぶり返す。…自分がヤザンに殴られたのは、母親に愛されるムウを覗き見て、ついにムウと 対面を果した時にいきなりムウの首を絞めての事だった。…クルーゼは歯の幻痛をこらえながら、個人端末に 向かう。コードを入力し、秘匿モードにする。…画面に現われたのは地球連合のロゴだった。

 「…こちらアルⅡ(ジュニア)…リョーツ女史、いやモロサワに良い知らせが有る…繋いでくれ…」

 パトリックには、エザリアを斬る事は出来ないだろう。イザークはパトリックの私生児だ、との風評が有る位だから。だったら『腹心である』自分、ラウ・ル・クルーゼが手を回してやるだけだ。仮面を手で弄びながら、ラウは不敵に笑う。

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最終更新:2006年11月10日 21:54