その時だった。ムウが顔面蒼白でブリッジに飛び込んで来たのは。怒りの形相を
浮かべ、真直ぐ前の虚空を睨んでいる。…端から見れば、恐怖に狂ったかの様だ。

 「ヤツが…すぐ近くに居る! すぐ近くにだ! 早く艦の対空防御火器を
  ジェノサイドモードに切り替えるんだ! ヤツは来る! 」

 ヤツ? …確かに何か首の辺りにチリチリした感覚を覚える。殺気、と言っても良い。
ムウ坊…いや、ムウ・ラ・フラガの家系には特殊な第六感を備えた者が多く輩出された。
 隣に住んでいたので俺には承知の事だ。先読み、と言えば良いのだろうか? とかく
それが怖い位に当たるのだ。しかし今は、ムウの恐慌状態を抑えるのが先だ。
 
 「しっかりしろフラガ大尉! ちぢんどるぞ! まだ索敵中だ、しっかりせい! 」

 …素人集団のクルーの中で、実戦を経験しているのは俺とムウの2人しか居ないのだ。
そのムウが取り乱しては、クルーの士気に関わる。そう判断して俺は、イザーク坊やの
タマを握って居ない方の空いた手でフラガのそれも握る。ムウは痛みで正気を取り戻した。

 「アニキも感じるだろう? アイツだよ! アイツが来るんだ! ほら、開かずの間の! 」
 「…!? あのイケ好かん、青白い顔した餓鬼か! どっかお前に似てた奴か! 」
 「アニキがいきなり張り飛ばしたアイツだよ! アイツがZAFTにいて、俺の居た部隊を
 全滅させたんだ! エンディミオンで俺一人だけが生き残って…! 」
 「敵MS一機接近! …? 通信回線を開け? どうします…ゲーブル大尉?」

 チャンドラⅡ世、ジュニアが俺とムウとの遣り取りにおずおずと遠慮がちに割り込んで来た。

 「艦長の許可を得ろ。頼り無かろうが無能だろうが、指揮権を渡したのはお前達だからなぁ?」
 「…許可します! 」 
 「だとさ。映像出せ。こっちの映像も出してやれ。…交渉させてやろうか? ラミアス艦長? 」
 「一々一々カンに触る言い方は止めて下さい! …大尉に一任します! 」

 流石、マリュー・ラミアス! 女だけあって嫌味が解る。だが、詰めが甘いんだよ。詰めがな? 

 「どっちのだ? 大尉は2人居るぞ? フラガ大尉かこの俺か? 命令は明確に出せよ?」
 「…ゲーブル大尉…艦長を嬲る暇が有ったら捕虜虐待と同僚虐待をお止めください! 」
 「おお怖…黙るとするか。だが、虐待では無いぞ? 気合を入れているだけだ」

 ナタル…同情は禁物だぞ? 馬鹿はすぐ図に乗るからな? 映像がブリッジの大型スクリーンに
写し出される。…目元だけを隠す白い仮面に覆われた、金髪のZAFT軍服を着た若い男の顔だった。
軍服の色は白が基調だ。隊長職の色だ。 

 「クルーゼ隊長…」

 イザーク坊やが震える声で呻く。…コイツと俺とムウは確かに何処かで逢った事が有る。そんな気がした。


 『やれやれ…イザーク…君をAA追討隊の隊長にと考えていたのだがね…? 興醒めだよ』
 「追討だと? ご大層な仮面付けて笑わせるな、ウラナリ坊やが! 奥歯は生えて来たか? 」

 嫌味に笑っていた、クルーゼ隊長と呼ばれた青年の唇が、モニターの中の俺を認めたのか引き攣った。

 『ヤ…ヤザン…! 何故貴様がそこに居るゥ! 』

 殺意すら伺わせる唸り声が、俺の嗜虐心を加速する。…奴の冷静さを失わせる事に成功したら、次は…
ストライク・ガンダムは今頃、親爺さんことコジロー・マードックら整備兵の手で現在整備中の筈だ。正規の
パイロットは俺だ。しかし、他に動かせる奴が素人だが存在する。指揮官さえ、潰せば後が楽に為るのだ。

 素早くチャンドラ2世ことジュニアに目配せし、右足で小刻みに音を出してやる。タン、タタン、タタタ、タン。
苛立って足音を立てていると思わせたのか、マリューが此方を睨み付ける。…真正の馬鹿だ。雌犬め…。
が、俺は無視して足音を立て続ける。フラガとナタル、ノイマンはソイツを聞いているうちに顔を一瞬慄かせた。
 俺にキンタ○を握られた餓鬼、イザークが身を強張らせ、何か伝えようとする。糞、鋭いな? だが…!

 「あがぁぁぁ! 」
 『…やれやれ、隊長はやはりアスランが適任なようだ。短慮な者は指揮官には向かないな』

 そ知らぬ顔をしてジュニアが端末のキーボードを叩き、ナタルが俺にウインクをする。中々の連携プレーだ。
足音をフラガが立てる。その内容は? 『換装終了、準備良し』。コンソールの端をナタルが綺麗な指で叩く。



内容は『エールからランチャー。キラ既に搭乗』。ちなみに先程の俺の足音は『出撃準備、装備はランチャー』だ。

 「指揮官が少年愛に走ってるのもどうかと思うがな! 餓鬼を戦争に引き摺り出す趣味の悪さも! 」
 『お偉いサンが息子達に箔を付けたがっている事に協力したまでの事、どうという感慨も持たんね』
 「出世の近道と言う奴か。そうで無ければ実力も無い仮面を付けた怪しいナチュラルはZAFTにとても
 食い込めません、と」
 「た、隊長がナチュラルだと! 馬鹿な! MSだって…!」
 
 イザークが痛みの中、叫ぶ。血の巡りが悪いし頭の回転も並み以下だな? だったら俺が旧知の人間が何故
MSを動かしているんだ? 俺が何故MSを動かせている? …訓練と修練と少しの才能が有れば、大抵の事に
不可能は無い。不断の努力こそ、人間を高める糧となるのだ。最初からポイポイ出来て当たり前の連中とは経験
が持つ重みが根本的に違うんだよ! 
 
 『…喋り過ぎは天から与えられた寿命を縮める事となるのだよ、ヤザン・ゲーブル。…死ぬがいい… !? 』
 「死ぬのはテメエだ、ウラナリ坊や! 」

 俺はその台詞を聴いた瞬間に、思い切り右足を床に叩き付けた。AAの右足から、目の前に浮かぶ指揮官機に
太い光線が瞬時に延びて行くのを捉える。結果は、右足と右半身を削ぐ大破。残念ながらコックピットは無事だ。糞!
…ヤマト2等兵め、外したか!

 『…なるほど…甘く見過ぎて居た様だ。AAには貴様が居る事を上層部に報告して置くよ、ヤザン・ゲーブル』
 「さあて、逃げ切れるモンなら逃げ切って見ろ! 親爺さん! デュエルの用意は出来てるな!」
 『な、何だと! 』
 「ノコノコ単機で出てきた自分を呪うんだな、クルーゼ! 」

 格納庫の扉を開け、ケーブルにぶら下がったランチャーストライクを苦虫を噛み潰した表情で見る変態仮面を
俺は思い切り嘲笑してやる事にした。 

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最終更新:2006年09月11日 15:13