島薗進「放射能の影響と戦後日本の医学」


 これは、2011年7月8日に行われた東京大学哲学研究室主催の緊急討論会「震災、原発、そして倫理」、提題者の一人である島薗進さんのレジュメです。
 私にとっては極めて重要な文献案内であり、現在の緊急テーマである福島の子どもたちの命を守る、その障碍を歴史的系統的に知る上での貴重な資料です。



放射能の影響の疫学と戦後日本の医学
生命倫理および学者の社会的責任の観点から

東京大学緊急討論会「震災、原発、そして倫理」
2011年7月8日 東京大学人文杜会系研究科 島薗進


I.日本学術会議の放射能情報提供



II.国際放射線防護委員会の勧告の内容

ICRP Publication 111 : Application of the Commission' Recommendations to the Protection of People
Living in Long-term Contaminated Areas after a Nuclear Accident or a Radiation Emergency. (Annals
of the ICRP, Vol.39, N0.3)

(50). . . . . .the Commission recommends that the reference level for the optimisation of
protection of people living in contaminated areas should be selected from the lower part of the
1-20 mSv/year band recommended in Publication 103 for the management of this category of exposure
situation. Past experience has demonstrated that a typical value used for constraining the
optimisation process in longterm post-accident situations is 1mSv/year (see Annex A) . National
authorities take into account the prevailing circumstances and also take advantage of the timing
of the overall rehabilitation programme to adopt intermediate reference levels to inprove the
situation progressively.

(引用者注)福島第一原発発災後に届いた、2011.3.21づけのICRP議長の書簡については、http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/3038.html 参照


III.日本学術会議(金沢一郎)会長談話の問題点

「放射線防護の対策を正しく理解するために」 6/17
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d11.pdf

「これを受けて、政府は最も低い年間20mSvという基準を設定したのです。/これは緊急時に一般の人々を防護するための考え方であり、長期間続けることを前提にしたものではありません。原発からの放射性物質の漏出が止まった後に放射能が残存する状態を「現存被ばく状況」と呼びますが、そのような状況になったときには人々がその土地で暮らしていくための目安として、年間1から20mSvの間に基準を設定して防護の最適化を実施し、さらにこれを年間1mSvに近づけていくことをICRPは勧告しています。そして、福島県の一部の地域では既にそのような努力が始まっています。」


IV.確率的影響をどう見るか?

SMC(http://smc-japan.org/?p=1413h)3/22 「放射性物質の影響:山下俊一・長崎大教授」
西尾正道・北海道がんセンター院長(放射線治療科) 「福島原発事故における被ぱく対策の問題一現況を憂う」
(医療ガバナンス学会メルマガ(MRIc)195,196号掲載http://medg.jp

(引用者注)3.22の山下俊一氏の外国人記者クラブ記者会見、全文はこちら、http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/2998.html テレ朝系「報道ステーション」で一部が紹介されています(動画)http://www.youtube.com/watch?v=hVpSNmyYopw


V.確率的影響についての標準的な見方

辻本正・草間朋子 『放射線防護の基礎』第3版 、日刊工業新聞杜、2001
「放射線利用に伴う日常的な被ぱくは低線量、低線量率の被ばくに対するさまざまな放射線防護基準を設定しなけれぱならない。防護基準を客観的に設定しようとすれば、科学的な知見の存在しない低線量、低線量率に対しては、なんらかの仮定を採らざるを得ない、そこで、低線量・低線量率の被ぱくに伴う影響に対する仮定として、つぎの3つの仮定が考えられる。
(1) しきい線量は存在しないとする仮定
(2) 統計的なしきい線量を参考にし、それ以下の線量では影響が発生しないとする仮定
(3) 適応応答があり、低い線量の場合は、ホルミシス効果があるとする仮説
(中略)
放射線防護基準を設定する場合には、安全側の仮定を採る必要があり、現在、放射線防護上は、上記(1)の仮定を採り、「確率的影響についてはしきい線量は存在しない」という仮定を採用している。この仮定を採用する背景には、前述したとおり「確率的影響(放射性誘発ガン、および放射線誘発遺伝的影響)は、一つの細胞(放射性誘発ガンの場合は体細胞、遺伝的影響の場合は生殖細胞)に起こった変化がもとになっている」という生物学的な背景を前提にしている。」

(引用者注)この書第3版はICRPの1990年総括勧告に準拠した手引書。ということは、現行の我が国の法制にも準拠している。現在絶版。引用箇所は「6.6 低線量、低線量率に関する生物影響・健康影響に対する考え方」p109。引用者が原本と照合しましたのでその責にあります。中略部分の記述は以下の通りです。
放射線防護の視点から低線量・低線量率は次のように定義されている。
(1) 0.2Gy以下の吸収線量
(2) 線量率0.1Gy/時間以下のもっと高い線量
(ICRP Publ.60)
なお、「科学的な知見の存在しない低線量、低線量率」という表現は、著者による明らかなフライングだと思いますが、放射線防護の学界では、こうしたフライングが容認される傾向にあります。「統計学的に評価が確定できない」というべきところです。1000人に1人の確率事象の確率を確定するためには、何十万人という母数が必要だとされています、広島にも長崎にもそれだけの数の低線量被ばく者はいません(サンプル数はせいぜい数千)。「統計学的に評価が確定できなくても起こりうる確率は否定できない」、このような事実だって立派な「科学的知見」といえるはずです。


VI.重松逸造『日本の疫学―放射線の健康影響研究の歴史と教訓』(医療科学社、2006)の楽観論

「この講査の目的はこの時点で被ばく住民の間に心配されているような健康被害の増加があるかどうかを評価することにありましたので、疫学調査の方法としては、ある時点での有病状況を比較する断面調査が行われました。具体的には、七汚染地区と対照となる6非汚染地区を選び、生年によって2, 5, 40, 60歳に該当する各年齢群約25人ずつ抽出しました。検査は次の12項目にっいて行われました。(1)既往歴、(2)一般的精神状況、(3)一般的健康状態、(4)心臓血管状態、(5)成長指数、(6)栄養、(7)甲状腺の構造と機能、(8)血液と免疫系の異常、(9)悪性腫瘍、(10)白内障、(11)生物学的線量測定、(12)胎児と遺伝的遺伝的異常。最終的に検査を終了した者は計1356人でした。

  1. 汚染地域と非汚染地域で検査結果を比較すると、両地域とも放射線と無関係な健康障害が目立っており、放射線被ぱくに直接起因すると思われる健康障害は認められなかった(図4-1)。(図4-1は「要医療割合」が非汚染地区の方で高いことを示す)
  2. 事故の結果、心配や不安といった心理的影響が汚染地域以外にも拡がっており、ソ連の社会経済的、政治的変動とも関連していた。」

(引用者注)今、山下俊一氏はm3.comのインタビューで、こんなことをいってます。
Q.また先ほど、「どの病気にターゲットを絞り、検証するか」という課題もあるとお聞きしました。甲状腺がんが中心になるのでしょうか。
A.そうだと思います。甲状腺がんは頻度が高い疾患。小児の白血病は10万人に1人程度の発症率ですから、それだけの母集団がないと分かりませんが、甲状腺疾患は100人に一人。被曝線量が層別化できれば、甲状腺がんとの関係を把握しやすいでしょう。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/3121.html
福島県でのこれからの健康調査の対象を甲状腺疾患に絞り込む、100人に1人以上起こる病気に絞り込んで、その他の病気を切り捨てるのだとしたら、重松逸造氏のチェルノブイリ調査の踏襲です。重松氏の「2, 5, 40, 60歳に該当する各年齢群約25人ずつ抽出しました」も、1群100人ということです。


VII.戦後目本の医学と被災住民の視点の欠落

広河隆一 『チェルノブイリから広島へ』 岩波書店、1995
「環境庁の水俣病中間報告―「頭髪水銀値は正常、論議必至」――「環境庁は水俣病の健康被害調査・研究の総括的な評価を日本公衆衛生協会に委託してきたが22日、昭和55年の研究開始以来11年ぶりに中間報告をまとめた。......昭和55年に放射線影響研究所の重松逸造・理事長を班長とする委託研究班が発足、活動してきた」(1991年6月23日読売新聞)
「黒い雨「人体影響認められず」「広島県、広島市共同設置の「黒い雨に関する専門家会議」座長、重松逸造・放射線影響研究所長、12人)は、13日、「人体影響を明確に示唆するデータは得られなかったとの調査結果をまとめた/今回の調査結果について、高木仁三郎・原子力資料情報室世話人は「他の疫学調査の例をみても、40人や50人ではお話にならないほどのサンプルの少なさだ」と批判的」(1991年5月14日付毎日新聞)

沢田昭二他 『共同研究広島・長崎の原爆被害の実相』 新日本出版杜、1999
於呆源作「原爆残留放射能障碍障守の統計的観察」として日本医事新報の1746号(1957年10月発行)――「於保医師の調査によって、残留放射線による障害が疫学的に証明されている。残留放射線の影響については、米軍線量直後の9月6日のマンハッタンエ兵菅区調査団長ファーレル准将の「死ぬべきものは死んでしまい、9月上旬現在原爆放射能のために苦しんでいるものはいない」という声明は、原子爆弾の放射線こよる晩発障害の存在を否定しようとするものであったが、病床で申吟する多くの被曝者や家族の怒りをかった。しかし、一方で3.7節で述べたように進駐する占領軍兵士に対する残留放射能の影響を懸念し、調査を進める指令が出されていた。実際に原爆が投下された直後広島、長崎に進駐した占領軍兵士にさまざまな晩発性障害が現れ、これら兵士に対する補償法が制定されている。」P227‐8 → p110‐5


VIII.征服者の目線から患者の目線へ

○笹本征男 『米軍占領下の原爆調査――「原爆加害国」になった日本』 新幹社、1995
○原田正純 『水俣病』 岩波書店、1972(島薗進・倫理良書レビュー)http://www.rinri.or.jp/research_support02.html

 「そもそも原田氏のような大学の学者が患者の気持ちを理解するのは容易ではなかった。現地に赴くまではなかなか本音を言わないのである。原田氏は大学の研究室を出て「水俣通い」をするようになる。」
 「……最初のころは患者家族たち、とくに母親から、強い不信、怨みの激しい言葉を浴びせられたものである。大学から来たというと、だれでも感謝してくれるとぐらいにしか思っていなかった私たちにとって、それはショックであった。大学病院という権威を借りて、「診てやる」という今までの姿勢が、不信へつながるあやまちであったことをしみじみと感じさせられたのである。」
 「市立病院で患者を診察するときに、一様にその母親たちが無口であったのも、心の中をみせなかったのも、その理由がこうしてわかったのであった。」(77ページ)
 こうした経験の積み重ねを通して、原田氏は患者自身の生活と経験に即してその病態を理解していく方法を身につけていく。それが水俣病とは何かを解明し、患者への正当な補償のあり方を見出していく決め手となるのだ。水俣病の典型的な症状とされるものと、それ以外の症状との関係を理解するのも容易ではない。それが分かるためには生活の場に赴いてその人の生活の全体をからだ全体で理解する必要があるのだ。」


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