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北岡伸一「トップの条件欠如を露呈」

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2008.11.13朝日新聞「私の視点」
東京大学教授・北岡伸一(日本政治外交史)

「トップの条件欠如を露呈」


 「論文の必要条件は、たしかな事実と堅固な論理である。

 田母神氏の論文には、事実の把握において、著しい偏りがある。例えば、日本は中国や朝鮮に対し、相手の了解を得ないで一方的に軍を進めたことはないと書いている。しかし、満州事変が、石原莞爾ら関東軍の幕僚による陰謀であったことは、誰でも知っている事実である。張作霖爆殺事件についても、コミンテルンの仕業という説が有力になっていると書く。ごく一部にそういう説はあるが、まったく支持されていない。関東軍参謀の河本大作によるものだという説は、揺らいでいない。

 歴史で重要なのはバランス感覚と総合的な判断である。いろいろな説や情報の中から、最も信頼できる事実を選び取る作業が重要なのだ。都合のよい説をつまみ食いしたのでは、歴史を理解したことにはならない。

 論理においては、さらに矛盾や飛躍が多い。

 田母神氏は、もし日本が侵略国家であったというなら、当時の列強はみな侵略国家であったと述べている。したがって、列強も日本も侵略したと言っているのかと思うと、別のところでは、日本は侵略していないという。矛盾していないだろうか。

 論理が通っているかどうかということは、彼我を変えても妥当するか、考えればよい。

 田母神氏は、日本の朝鮮統治や満州統治は西洋列強の植民地支配とは違い、住民を差別せず同化を目指し、経済的に大きな成果をもたらしたと述べる。

 そういう面もあった。しかし善政をしけば植民地支配は正当化された人々は納得するのか。仮に朝鮮または清朝が日本を植民地にして主権を奪い、他方で善政をしき日本を経済発展させれば、日本人は満足したか。断じてノーである。成果は乏しくとも、自分のことは自分で決めたい。それがナショナリズムである。現に田母神氏は、アメリカが戦後日本に繁栄をもたらしたことを評価していないではないか。

 日米開戦直前にアメリカが示した交渉案のハル・ノートを受け入れたら、アメリカは次々と要求を突きつけ、日本は白人の植民地になってしまったことは明らかだという。どうしてそういう結論になるのだろう。ハル・ノートをたたき台に、したたかな外交を進めることは可能だった。その結果が、無条件降伏よりわるいものになると考える理由はまったくわからない。

 田母神氏の国際政治に対する見方は妙に自虐的、感情的である。氏は、ルーズベルトが日本に最初の一発を撃たせようとしていたとし、日本は彼と蒋介石によって戦争に引きずり込まれたという。そういう面もなかったわけではない。しかし、国際政治とは、しばしばだましあいである。自衛隊のリーダーたるものが、我々はだまされたというのは、まことに恥ずかしい。

 田母神氏は現在の日本にはなはだ不満らしい。日本人はマインドコントロールから開放されていないという。もしそうならその責任は誰よりも、負ける戦争を始めた当時の指導者にあるのではないか。しかし、氏は、妙に彼らには甘いのである。今の日本を憤るなら、なぜ戦争をしてしまった指導者をかばうのか。

 外国でも日本でも、軍のトップには教養があり、紳士的でバランス感覚に富んだ人が少なくない。それがトップの条件だろう。そういう意味で歴史は、トップリーダーが身につけておくべき学問である。田母神氏は、以上の点でトップにふさわしくない。そういう人がトップにいたことは驚きである。自衛隊への信頼は大きく損なわれた。まことに残念なことである。」(2008年11月13日 朝日新聞掲載「私の視点」より引用紹介している)


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