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社説2 田母神氏だけなのか心配だ(11/12)


 どうしてこのような人物が航空自衛隊トップになったのだろうか。

 政府見解に反する歴史認識の論文を公表して解任された田母神俊雄前航空幕僚長に対する参院外交防衛委員会の質疑は、不完全燃焼だった。心配なのは、空自内部で田母神氏のような歴史観がどの程度の広がりを持つのかであり、懸賞論文の公募に組織的関与があったかと併せ、さらなる解明を要する。

 空自小松基地「金沢友の会」の会長は「真の近現代史観」をめぐる懸賞論文を企画したアパグループの代表である。田母神氏は小松勤務の経験がある。田母神氏の後任候補としていったん名前があがった織田邦男航空支援集団司令官も小松勤務を経験しており、ウェブサイト上には代表との対談が載っている。

 懸賞論文の応募総数235件のうち94件が航空自衛官だったのは、代表と空自首脳部との関係と無縁ではないだろう。田母神氏自身も「航空幕僚監部教育課長に紹介した」と認めた。空自内部に一定の歴史観を広める結果につながっていないだろうか。

 田母神氏を懲戒処分にしなかった点について国会では技術的な議論があった。田母神氏は懲戒をめぐる手続きの省略を認めず、徹底抗戦の構えをとった。このため短時間で懲戒できず、空幕長を解任して定年退職させる苦肉の策となったからだ。

 1978年、当時の金丸信防衛庁長官は「超法規的行動」発言を理由に栗栖弘臣統合幕僚会議議長を解任した。今回と似ているとされるが、決定的な違いは栗栖氏は自ら辞表を出し、田母神氏はこれを拒否した点である。

 上官である防衛庁長官の信を失ったと栗栖氏は考えた。政治家による軍に対する統制(シビリアンコントロール)を持ち出すまでもない。武人として当然の挙措である。田母神氏のように上官の命令に従わない指揮官をいただく軍事組織は下克上の混乱に陥る危険がある。

 昨年夏、守屋武昌防衛次官は小池百合子防衛相から退任を命じられ、首相官邸に駆け込んで抵抗した。田母神氏の行動は、それと重なる。いつからこんな危険な空気が防衛省には広がったのだろう。


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