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論争点(某ブログにて)コメント欄その2

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論争点(某ブログにて)コメント欄その2




正直不快です(2) 2007/11/23 11:52
「一切取材せずに」ということの根拠は?

「無かった事の証明をせよ。」と、仰る訳でしょうか?
「悪魔の証明」ご存知ですよね?
もし取材したと仰るなら、資料なりなんなり引用して頂けませんか?
曽野綾子氏からの批判に対して、自己弁護に熱心な大江健三郎氏が答えていない事自体が証明になっていると考えますが如何?

次に、言葉遊びは止めにしませんか?
「告発」と言う言葉の定義を争う事にどんな意味があるのです?
争点をぼかしたいだけですか?

大江氏の言う「かれ」が、個人を指すのか軍をさすのか、はたまた「普通の人間」を指すのかは、一先ず置きます。

ただ間違いなく言えることは、大江氏が「軍隊が集団自決をさせた。」と考えて「罪の巨塊」と言う表現で「かれ」を「告発」と言って悪ければ「断罪」している、と言う事です。

大江氏の「軍隊が集団自決をさせた。」と言う認識が間違っていた場合、旧軍の関係者に謂れ無き汚名を着せることになります。

当然、現地取材なり関係者への聞き取りなり、するべきではありませんか?

一方的な告発を鵜呑みにして、それを検証することなく「かれ」を批判している大江氏の態度は正に「史料あるいは資料の取り扱いについての不快なまでの粗雑さ」と言えるのではありませんか?

私は裁判制度について無知ですから、間違っているかもしれませんが、「裁判を引き受ける」ってそもそも拒絶できましたか?

出廷拒否は出来ても、裁判自体が行なわれる事を拒絶は出来なかったと思いますが?
自己弁護の場を放棄しなかったら、それが責任を果たした事になるというお考えが理解不能です。

R氏が、ここで書き込みを分けておられるので、それにあわせます。

正直不快です(3) 2007/11/23 12:25
う~ん、これは意味不明なんですが…
誤読でしょう。(なんかはやってるんですか?)

いきなり日本語が理解できなくなられたのでしょうか?
都合が悪い批判から逃れるために、「相手が誤読をしている。」と言い立てるのが最近のトレンドなのでしょうか?

私が言う「弁護活動」とは、大江氏を含む、旧軍の行為の告発者によって不当に名誉を傷つけられた(と信じる人達)の、自身の名誉を回復せんとする活動を指します。
そもそも、この裁判そのものが、R氏の言うところの「かの人々」にとっての自己弁護活動です。
曽野綾子氏が誤読(?)する程、難解な大江氏の文章の意図が掴めるR氏に理解不能な訳が無いと思いますが?(以下に参照を2例ほど)

また、曽根のいうように「かれ」を「「罪の巨塊」だと思えた人物」と読む読み方は、かなりオカシイといわざるを得ないでしょう。
沖縄に精神疾患に悩む人たちが多いということを書いた大江の書く「意思」を読むならば

最後にR氏、貴方の「軍の責任」に対する見解はまさに「別の話」です。
全く無関係の話を延々とされても困ります。

私の指摘は2点のみ。

  • 大江氏は、軍であれ軍人であれ、批判するなら検証くらいしろ。
  • R氏は不名誉な噂をばら撒かれた人に泣き寝入りしろと言うのか?彼らが裁判をおこし、争う事を認めないのか?
「かの人々」のようにいちいちいちゃもんをつけてゆくのであれば、何をか云わん哉ではありますが… とは何事だ

と言うことにつきます。
これは、有罪・無罪、以前の問題です。

R 2007/11/26 18:00
Rです。
よそ様のブログに長文のコメントをいくつも書くのもどうなのかなとは思いますが、まぁ、黙ってるわけにもいかないので、また書き込ませていただきます。

さて、
「無かった事を証明せよ。」と、仰る訳でしょうか?
いいえ。そんなことは申してません。
「一切取材せずに」ということを、あなたが何を根拠にいっておられるのかな、という字義通りの意味での疑問です。誰かがどこかに書いていたのか、あるいはあなた自身が大江の『沖縄ノート』を読んでそう結論づけたのか、というような疑問です。

これは、僕の前の書き込みに、大江がこの慶良間での集団自決(強制死)関係者への取材を行っていないかもしれないことはすでに書きました。大江自身も『沖縄ノート』で〈今日は手許にあります!)「僕は、自分が、直接かれにインタヴューする機会を持たない以上、この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようとは思わない。」と述べておりますので、「かれ」らについての直接の取材はしていないといって間違いないと思います。

しかし、だからといって「それみたことか」とはならないことはも先に述べた通りです。大江が自身の執筆の意思に触れたと考える部分について引用しましょう。「僕が、ここに書きつづけてきた、沖縄を核〈コア)として、日本人としての自己検証をめざすノートは、(後略)」とありまして、少なくとも「かれ」らの「告発」を目的として書き起こされたものではないわけですね。これは「言葉遊び」でもなんでもなく、少なくとも大江が書こうとした類いの文章にまで、当事者への直接取材を絶対必要な要件だというふうにはいえないはずです。また、大江の『沖縄ノート』は、それを読めば、かなりの資料(史料)や証言、教示をえたうえでそれが書かれたことが理解出来ます。それは、今度の訴訟で問題になっている部分支えうるにたるものだと考えられます。それは「一方的な告発を鵜呑みにして、それを検証することなく」というものでは決してありません。しかし、それら(つまり、資料/資料、証言、教示等)について「特定の意図のもとにかかれたものだ」とか「特定の意思に基づいた証言だ」というような「いちゃもん」(これは前回、僕が使ったのと同じ文脈で使ってるわけですが)をつけるのであれば、ナニオカイワンヤですが。

それと、

ただ間違いなく言えることは、大江氏が「軍隊が集団自決をさせた。」と考えて「悪の巨塊」と言う表現で「かれ」を「告発」と言って悪ければ「断罪」している、と言うことです。
これもまた繰り返しになりますが、それは「誤読」です。今回、原典に当たって見ましたが、前後の文脈からみても「誤読」といわざるをえません。これは、余談ですが、逆になぜ曾野がこうした稚拙な誤読を足がかりに大江批判に乗り出せたのかが、非常に不思議です。
また、「裁判を引き受ける」ということについてですが、拒絶できるかどうかは僕も知りません。また、そういうことを問題にしているのではありません。法廷において、誠実に質問に答え自身の考えるところを自らの言葉で述べるということを大江はきちんと行っていますよということです。口頭弁論の様子は、わりと手軽によむことが出来ます。それにあなたは目を通しましたか?「自己弁護に熱心な」と揶揄されてますが、自分でするから自己弁護でしょう。それにあなた自身が書いておられるように、弁護は正当な行為でしょう。それを揶揄するのはダブルスタンダードでしょう。

さて、また、だいぶ長くなってしまいましたので、いったん切りますが、僕が「一切取材せずに」、「一方的な告発を鵜呑みにして」という表現に強く反応するのは、それが「印象操作」であるといわざるをえないからです。

とにかく、これだけの批判をするのであれば『沖縄ノート』を読みなさい。買わなくとも図書館で読めるはずです。問題とされた記述のある「「本土」は存在しない」だけでもいいから読みなさい。

R 2007/11/26 18:01
Rです。

長くて、多くてもうしわけないです。

私が言う「弁護活動」とは、大江氏を含む、旧軍の行為の告発者によって不当に名誉を傷つけられた(と信じる人達)の、自身の名誉を回復せんとする活動をさします。
僕は、それを「いちゃもん」だなどとはいってません、一度も。

これは、ひとつ前の書き込みでも書きましたが、集団自決(強制死)を初めとする沖縄戦での日本軍による住民への非道についての証言や資料(史料)についての「特定の意図のもとにかかれたものだ」とか「特定の意思に基づいた証言だ」というような批判のことを指しています。例を挙げるなら、沖縄タイムスの『鉄の暴風』についての批判などですね。
これについては、ほかならぬ蔵太氏が太田良博による「沖縄戦に”神話”はない」を電子テキスト化されておられます。僕自身がくだくだと書く必要もないでしょう。(大変な労作だと思います、ありがとうございます)

また、曾野も引き合いに出した照屋昇雄氏の発言ですが、これについてもその発言根拠に大きな疑問があることも明らかにされています。つまり僕としては「いちゃもん」といわざるをえないということです。これについて、「ソース」を出せのソウロウのと安食堂でトンカツでも食べてるかのようなお決まりのせりふはご勘弁を。ネット上でも簡単に見つかります。

また、僕が軍の責任についていろいろと書き述べたことについてですが、「別の話」ではなく、そのままつながってゆく話です。たとえ、集団自決(強制死)について直接関与しなかったとしても、軍命はなかったとしても、軍の責任はないといえるのかということ、挙げ句の果ての投降ってのは一体なんなんだ?ということです。

「集団自決を指示してはいない」から「責任はない」とは、いえないだろうということです。もっと激しい言葉でいわせていただけるのなら、それこそ、どの面下げて「名誉回復」なんだ?ということです。

「犯罪被害者の人権」ということを、僕はどうしても思わされます。「自決」させられた幼児は1945年から一つも年をとることは出来ないのです。

二点のご指摘についてもお答えてしておきます。
  • 大江氏は、軍であれ軍人であれ、批判するなら検証くらいしろ。
信頼のおける資料、証言、教示に支えられて書かれている以上それはクリアしていると考えられます。

  • R氏は不名誉な噂をばら撒かれた人に泣き寝入りしろというのか?彼らが裁判を起こし、争うことを認めないのか?
認めます。当然の権利でしょう。繰り返しますが、それを認めないと書いたことはありません。しかし、心情的には今回の裁判は、上記の理由で認めたくはないですが。

最後に、申し上げますが、これだけの発言をするのであればもう少し勉強しなさい。


上記の林博史氏による「沖縄戦・研究の現状と課題 -”軍隊と民衆”の視点から-」からが手ごろでしょう。ネット上に全文が公開されています。
ちなみに、林の『沖縄戦と民衆』は文科省による06年12月の例の記述修正の要求の際に、その根拠となる最新研究としてあげられたものです。いわば文科省お墨付きということですね。もちろん、林はそんな主張はしておりません。これも明らかな誤読です。

倫論 2007/11/27 07:01

そもそもこの訴訟は「沖縄ノート」の名誉毀損性が主題なので、曽野氏の誤読は関係ないでしょう。

また「罪の巨塊」という語が中心的な争点になっているという印象もないのですが。
重要なのは、裁判官が沖縄ノートをどう読むかということです。

以下引用。「沖縄ノート」210頁4行目から。

「慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己欺瞞と他者への瞞着の試みを、たえずくりかえしてきたことであろう。人間としてそれをつぐなうことは、あまりにも巨きい罪の巨塊の前で、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう。かれは、次第に希薄化する記憶、歪められた記憶に助けられて罪を相対化する。つづいてかれは自己弁護の余地をこじあけるために、過去の事実の改変に力をつくす。いや、それはそのようではなかったと、1945年の事実に立って反論する声は、実際誰もが沖縄でのそのような罪を忘れたがっている本土での、市民的日常生活においてかれに届かない。1945年の感情、倫理感に立とうとする声は、沈黙に向かってしだいに傾斜するのみである。誰もかれもが、1945年を自己の内部に明瞭に喚起するのを望まなくなった風潮のなかで、かれのペテンはしだいにひとり歩きをはじめただろう。本土においてすでに、おりはきたのだ。かれは沖縄において、いつ、そのおりがくるかと虎視眈々、狙いをつけている。かれは沖縄に、それも渡嘉敷島に乗りこんで、1945年の事実を、かれの記憶の意図的改変そのままに逆転することを夢想する。その難関を突破してはじめて、かれの永年の企ては完結するのである。かれにむかって、いやあれはおまえの主張するような生やさしいものではなかった。それは具体的には追いつめられた親が生木を折りとって自分の幼児を殴り殺すことであったのだ。おまえたち本土からの武装した守備隊は血を流すかわりに容易に投降し、そして戦争責任の追求の手が27度線からさかのぼって届いてはゆかぬ場所へと帰って行き、善良な市民となったのだ、という声は、すでに沖縄でもおこり得ないのではないかとかれが夢想する。しかもそこまで幻想が進むとき、かれは25年ぶりの屠殺者と生き残りの犠牲者の再会に、甘い涙につつまれた和解すらありうるのではないかと、渡嘉敷島で実際におこったことを具体的に記憶する者にとっては、
およそ正視に耐えぬ歪んだ幻想をまでもいだきえたであろう。このようなエゴサントリクな希求につらぬかれた幻想にはとめどがない。おりがきたら、かれはそのような時を待ちうけ、そしていまこそ、そのおりがきたとみなしたのだ。日本本土の政治家が、民衆が、沖縄とそこに住む人々をねじふせて、その異議申立ての声を押しつぶそうとしている。そのようなおりがきたのだ。ひとりの戦争犯罪者にもまた、かれ個人のやりかたで沖縄をねじふせること、事実に立った異議申立ての声を押しつぶすことがどうしてできるのだろう?あの渡嘉敷の『土民』のようなかれらは、若い将校たる自分の集団自決の命令を受けいれるほどにおとなしく、穏やかな無抵抗の者だったのではないか、とひとりの日本人が考えるにいたる時、まさにわれわれは、1945年の渡嘉敷島で、どのような意識構造の日本人が、どのようにして人々を集団自決へと追いやったかの、およそ人間のなしうるものと思えぬ決断の、まったく同一のかたちでの再現の現場に立ちあっているのである。」

引用ここまで。

どう読んでも、大江氏が赤松大尉であると認める「かれ個人」についての、誤解、誤認、錯覚、妄想に基づく論評ですね。
集団自決についても、法廷では軍総体・一般の責任を指摘したと主張したようですが、「かれ個人」を「責任者」として記述しています。他者を「屠殺者」、「戦争犯罪人」呼ばわりし、赤松氏の渡嘉敷島再訪とそこへ至る赤松氏の心中を妄想し「ペテン」と評する大江氏の、別の法廷での陳述を紹介します。
「その発表によって苦痛をこうむる人間の異議申し立てが、あくまでも尊重されねばなりません」。
「その作品によって傷つき苦悩する人間が生じないよう配慮して何度でも書き直す必要」を説いていました。

倫論 2007/11/27 07:05
to Rさん

今度の訴訟で非常に奇異に感じるのは、なぜ大江と岩波書店が訴えられ、
なぜ『鉄の暴風』の沖縄タイムスが訴えられていないのかということです。

おそらく上記のような非資料的、脱線暴走的な誹謗中傷がないからではないでしょうか。

文章として残された証言や経験者の「語り」によるものですから、
それらについて「かの人々」のようにいちいちいちゃもんをつけてゆくのであれば、

検証に耐えうる証言の発掘は、「軍による強制」派にとっても重要であり、また彼らによってもなされねばならない史学的作業で、尊く誠実なものです。それを「いちゃもん」呼ばわりするあなたの問題意識は、普遍性を有しない陳腐で自閉的なものと評さざるを得ません。

「そんな軍命など発していない」などという発言は、
いかにも底の浅いクダラナイ言い訳に過ぎないことはわかるはずです。
(そう考えてみると、どうしてこんなに底の浅い言い訳ができるかが非常に不思議ですが)

「かれ」らの当時の行状をみるにつけ、
「自決をとめた」などという発言をそのまま飲み込むことはとうてい出来ないわけです。

また、もし仮にこの集団自決(強制死)が「かれ」らのあずかり知らぬところで起こったことだったとしても、
軍としてのまたその指揮官としての責任はどうなのか、と問いたいわけです。
ましてや、降伏勧告にきた伊江島(だったと思いますが、間違っていたら訂正します)の住民をスパイとして処刑までして、
どの面下げて降伏するのだ?ということです。

これらもやはり、歴史や人間存在に対する誠実さを欠いた身勝手な問題意識の露呈でしょう。大きな社会的影響力を持つものがある個人について、十全な根拠なく「屠殺者」、「戦争犯罪者」、「ペテン」とレッテルを貼ることの恐ろしさに対する鈍感、そのようなレッテルを貼られることによって何が損なわれ、何が失われるのかを想像しない傲慢、想像し得ない精神的貧困を指摘せざるを得ません。

かような想像力の欠落状態では、恐怖や混乱や焦燥のあまり崖から身を投げ、あるいは愛する肉親を殺め、あるいは自決し、あるいは同胞をスパイとして処刑するという、「鉄の暴風」に晒される極限状況を理解出来ないのもやむを得ないのかもしれません。

照屋昇雄氏の発言ですが、これについてもその発言根拠に大きな疑問があることも明らかにされています。

もう少し具体的に書かれると良いと思うのですが、経歴のことでしょうか?
それならば、既に裁判において矛盾等が存在しないことが明らかにされています。あるいは、援護法の適用が必ずしも「軍命による自決でなければ認められない状況」ではなかったという傍証? のようなもののことならば、それは二次的・党派的な解釈を介さなければ利用出来ない証拠物件なので、脆弱です。

そもそも、
「琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。 同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。」
という経緯であるとのことなので、「軍命による自決でなければ認められない状況」を受けて発想したものではありません。

あるいはまた、作成文書の不存在のことでしょうか?もし物的証拠がないから信用出来ないと言えば、軍命を示す文書がないからといって・・・(略)式の反論と同様の反論を惹起せしめるでしょう。

なお、大江氏の行った取材の程度は、
「参考資料を読み、執筆者に会って話を聞き、集団自決は軍隊の命令という結論に至った」、
「沖縄タイムス社の沖縄戦記『鉄の暴風』にも書いていた」、
といった具合です。大江氏が現地取材をしていないことや証言者に取材していないこと、今や一次資料として扱うことの危険性が周知されている「鉄の暴風」を参考にし、又聞きで「沖縄ノート」を書いたことは間違いありません。

その上でなお、「沖縄県史」でも家永三郎の「太平洋戦争」でも削除され、大江志乃夫や林博史ですら否定する赤松命令説に拘り続け、訂正の必要はないと強弁し続けるのです。
「予期すれば責任も取れるが、予期できないことにどうして責任が取れるのか。責任を取るとはどういうことなのか」。
大江氏が法廷で語った言葉です。赤松氏の責任能力さえ問うR氏には、どう響くでしょうか。

長くなりました。申し訳ありません。

R 2007/11/30 17:32
Rです。長文の書き込みが連続して恐縮です。
前にも書きましたが、よそ様のブログにここまで書き込みを重ねてよいものかどうか迷いますが、やはり書き込むことにいたしました。また、またまたかなりの長文となってしまいました。申し訳ありません。

まずは、この訴訟そのものについてですが、綸論氏が書かれているように『沖縄ノート』その他の名誉毀損性が問われていることは間違いありません。

しかし、その出発点に曾野の誤読があったのではないかという話題が、この一連の書き込みの出発点です。(調べたかぎりでは曽根の『ある神話の背景』以降に書かれた文章のいくつかには「巨塊」を「巨魁」と誤記したものが散見することからも、この誤読はほぼ確実といえるでしょう)また、これは訴状にもありますが、大江の「悪の巨塊」という表現が名誉棄損に係る問題の一つと取り上げられていることからも、大江自身が法廷で陳述を行っていますね。そういう意味においてはまったく無関係だとは思いません。

綸論氏の「「本土」は実在しない」についての引用についてですが、これは後述します。

綸論氏の二つ目の書き込みについてですが、「検証に耐えうる証言の発掘は、「軍による強制」派にとっても重要であり、また彼らによってもなされなければならない史学的作業で、尊く誠実なものです。」と述べられていますね。「尊く誠実」という表現はちょっとなんですが、それはおいておくとして、それはまったくその通りでしょう。つづけて「それを「いちゃもん」呼ばわりするあなたの問題意識は」とありますが、僕はきちんとした手順にしたがった「史学的作業」について、それを「いちゃもん」呼ばわりはしていません、一度も。
また、これに関連しますが、照屋氏の証言を含めた「軍の強制性」に関する疑義については、最新の沖縄戦に関する研究業績の中では、それが妥当性を持たないことがすでに示されています。林博史氏のごく最近のインタビュー(「住民を『集団自決』に追い込んでいったのは軍でした」『通販生活』No.231、2007年秋冬号、2007年11月 )では、その問題性が簡潔に根拠も示しており非常に示唆的です。これはインタビューですが、研究者が自身の業績の一部として「発表」している以上、それはその他の論文と同等に扱って差支えないと信じます。

また、『鉄の暴風』について、「なぜ『鉄の暴風』ではなくて、『沖縄ノート』なのか」という僕の疑問に「おそらく上記のような非資料的、脱線暴走的な誹謗中傷がないからではないでしょうか。」と答えられていますね。また中段部分では、集団自決〈強制死)の実相に触れ、そうした「「鉄の暴風」に晒される極限状況を理解出来ないのもやむを得ないのかもしれません。」とされてます。しかし、後段部分で大江が『鉄の暴風』を資料としたことについて「大江氏が現地取材をしていないことや証言者に取材していないこと、今や一次資料として扱うことの危険性が周知されている「鉄の暴風」を参考にし」として、その資料的価値について疑義を示されています。僕の誤読ではないとしたら、前段部分では、「非資料的」ではない、つまり資料的価値を認め、中段部分ではその記述に依拠し、後段では資料的価値を疑義を示すというのは、いかがなものでしょうか。「資料」についての評価を恣意的に変化させる、ましてや一つの文章の中で、のは、「史学的作業」云々以前に何かを語るうえではまさに忌むべき行為といわざるえないでしょう。

また、『鉄の暴風』について「一次資料として取り扱うことの危険性」の問題ですが、もちろんある程度の問題を有するとの指摘のあることは存じております。しかし、この「一次資料として取り扱うことの危険性」というのはどうなんでしょうか。歴史学的手法にしたがうならば、「史料批判」という作業は絶対不可欠なものです。そして、それは一次「史料」も当然その対象とします。史料の記述(内容)には、必ず何らかのぶれや齟齬がふくまれているはずだというのがいわば前提です。さらにいえば、『鉄の暴風』のような口承史料であればそれはなおさらです。口承史料によって語られている内容が、必ずしもそっくりそのまま「歴史的事実」とイコールで結ばれるものとはならないことは「歴史学」においては常識、というか大前提です。だからこそ、研究者は口承史料に対する史料批判を繰り返しながら、沖縄戦についての研究業績を積み重ねてきたわけです。決して、『鉄の暴風』を盲信、あるいは鵜呑みにしてきたわけではないのです。前出の林博史も『沖縄戦記録・研究の現状と課題 ―“軍隊と民衆”の視点から― 』(関東学院大学経済学部一般教育論集『自然・人間・社会』第8号、1987年4月)において、『鉄の暴風』に関して「事実のあやまりや米軍占領下の制約などいくつか問題点を待っているがその後の沖縄戦記録の出発点となるものであった。」と述べています。しかし、林は前掲のインタビューにおいても、慶良間における集団自決〈強制死)について、軍命も含めた「軍による強制・誘導」が問題の本質であることをはっきり述べています。つまり『鉄の暴風』での、慶良間における集団自決/強制死については軍の強制性に起因するという記述については特にそれを覆すべきものを見いだせないということです。また、ついで書き添えておきますが、「大江志乃夫や林博史ですら否定する赤松命令説」とされていますが、少なくとも林自身が述べたそうした言説にはお目にかかったことはありません。「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」のサイトに07年5月27日付で掲示されている「沖縄集団自決冤罪訴訟第9回口頭弁論の報告」の記述や、伝えられる文科省の教科書検定官の発言等以外では。

以下はつぎの書き込みとします。

R 2007/11/30 17:34
前稿のつづきです。
大江が『鉄の暴風』に依拠して『沖縄ノート』を書いたことについていうなら、彼自身は法廷において『鉄の暴風』を「含む」資料に依拠したと述べているわけで、「又聞きで「沖縄ノート」を書いたことは間違いありません。」という物言いは、相当に断定的である種の印象操作といわざるをえません。このことは『沖縄ノート』を通読すれば、容易に理解できます。

さらに、僕の「軍命のある無しに係らず「かれ」らは集団自決/強制死に多大な責任を持つはずだ」という主張について、「これらもやはり、歴史や人間存在に対する誠実さを欠いた身勝手な問題意識の露呈でしょう。」とされ、「大きな社会的影響力を持つものがある個人について、十全な根拠なく「屠殺者」、「戦争犯罪者」、「ペテン」とレッテルを貼ることの恐ろしさに対する鈍感、そのようなレッテルを貼られることによって何が損なわれ、何が失われるのかを想像しない傲慢、想像し得ない精神的貧困を指摘せざるを得ません。かような想像力の欠落状態では、恐怖や混乱や焦燥のあまり崖から身を投げ、あるいは愛する肉親を殺め、あるいは自決し、あるいは同胞をスパイとして処刑するという、「鉄の暴風」に晒される極限状況を理解出来ないのもやむを得ないのかもしれません。」とされていますが、僕自身はこうした発言にこそ、想像力や精神的貧困云々を通り越した「倫理性」の欠落を感じます。

これに類することは前にもちょっと書きましたが、死んでいった人間、さらに心ならずもそれに手を貸さざるをえない状況に「追い込まれ」、そして今なお自身は、自身の生を苦い水を飲みつづけるようにして受け入れざるをえない人間をいかに理解するのか。
「いや、そうした状況を生み出したのはアメリカとの「戦争」そのものであって…」という議論は、すでに成り立ちえません。沖縄戦にあって集団自決が行われなかった事例は少なくないし、その多くはそこに「軍」がいなかったという事実と無関係でないことは、すでに広く知られるところです。

繰り返しますが、どうひいき目に見積もったにしても(たとえ「軍命」がなかったにしても、集団自決/強制死の事実が「かれ」らのあずかりしらぬものであったにしても)「かれ」らは、この集団自決(強制死)の責任から免れえるものでは断じてないのです。「直接、軍命を発してもいないに、こうした汚名に甘んじなければならないのか?」と問われるのであれば、「その通り」といわざるをえません〈必要なら大きな声で)。軍人、将校、指揮官とはそういう存在でしょう。

また、大江の発言について二回に渡って引用されていますが、前後の文脈を無視してその発言だけを取り上げられても論評のしようがありません。一度目の名誉棄損についての発言はおそらく『石に泳ぐ魚』訴訟に関連しての発言のようにおもわれますが。

また、枝葉末節にこだわるのも嫌ですが、僕は「赤松氏の責任能力」など問うていません。問いたいのは、大日本帝国陸軍大尉としての「矜持」と「責任」です。

最後にもう一つ。
綸論氏が引用された『沖縄ノート』「「本土」は実在しない」ですが、綸論氏はそれを省略されていますが、大江は「おりがきたら」と「おり」に執拗なまでに傍点をふって強調しています。実はこの傍点はこの文章においては非常に意味がおおきい。大江は、ここで沖縄戦での日本軍の問題が、戦後という時間の流れの中で「日本人」によっていかに変質化させられ、希釈化させられてきたかを「かれ」の内面に仮託する形で述べています。1970年においてです。そして、それがまた繰り返されている今日の状況は非常に象徴的と言わざるをえません。

60余年を経て、「おりがきた」と思ったのでしょうか。まさに何をか言わん哉、です。

正直不快です(4) 2007/12/01 01:56
綸論氏が私なぞより遥かに良質な反論をなさっているので今更ですが・・・

私の指摘は先にも書きましたとおり2点のみです。
(色々、言いたい事はありますが長文を避けるため控えます。)

1・大江氏は、軍であれ軍人であれ、批判するなら検証くらいしろ。
2・R氏は不名誉な噂をばら撒かれた人に泣き寝入りしろと言うのか?彼らが裁判をおこし、争う事を認めないのか?
「かの人々」のようにいちいちいちゃもんをつけてゆくのであれば、何をか云わん哉ではありますが… とは何事だ

1・に関するR氏の反論への再反論

大江氏自身が「守備隊長に責任があると書いている」と認めており、同じ作中で「屠殺者」「戦争犯罪者」「ペテン」「罪の巨塊」等々
書き立てながら、「大江氏に『告発』の意思は無い。(だから取材しなくても良い)」は(言い訳として世間に)通らないでしょう。

2・に関するR氏の反論への再反論

後だしジャンケンは止めましょう。(僕は、それを「いちゃもん」だなどとはいってません、~というような批判のことを指しています。)
大変、見苦しいです。
それから言い訳になっていません。
全然、理解しておられないようですので申し上げますが、どの言説が「いちゃもん」であるか否か、何故、貴方が決めるのですか?
貴方は、全知全能の神ですか?

Rさん、お気づきかどうかは存じませんが(多分気付いていないのでしょうが)貴方の言説が不快なのは、
貴方の個人的見解の過ぎない事を確固不変の真実と誤認して、
それと異なる見解を劣ったものと見下す態度が鼻につくからです。
これは、明らかに欠点ですので改められたほうが宜しいですよ。

lovelovedog 2007/12/01 10:37
もりあがっているところに恐縮なのですが、半月も前の日記のコメント欄でつづくのは、もはや量・質ともにすごくなりすぎているので、大変お手数ですが以下の掲示板をご利用ください(借りました)→http://bbs5.fc2.com/php/e.php/lovelovedog/ これはこの日記を書いている者としては、「おねがい」以上「命令」以下の判断です。またこれは希望なのですが、あまり相手に対して刺激的な言葉を多用したりしないことを希望します。

lovelovedog 2007/12/01 10:46
なお、これは「お願い」以上のものなので、以後のコメントは勝手ながら「愛・蔵太の掲示板」のほうに転記し、元テキスト(コメント)は削除させていただきます。ご了承ください


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