宝石乙女の創造者は、芸術家だ。
たとえばこの本。人から見ればただの詩集だが、ひとつひとつの詩には、詩人の語るべき主題……テーマが存在する。
そして、私たちも一緒なのだ。私たちは創造主のテーマを元に作られた乙女たち。
オブシディアン、パール、マイカ。鉱石に創造主のテーマを抱かせ、私たちは作られた。
……今日は月食の日。
彼が鉱石に抱かせたテーマは、言うなれば月食の中の闇。
「明るいな」
ベンチに座る私の背後で、初老の男が呟く。
私は、彼をよく知っている。
「人は光を求めるもの。自分たちのテリトリーに灯りを絶やさないからね。貴方とは、まったく違う」
「私は暗闇を求めている、そう言いたいわけだ」
まったく持ってその通り。
彼は月食の元でしか、姿を現さない。
もちろんその性格も暗い。私が巡り会ってきた人間たちの中で、最も陰気な人間。
「で、まだ私を殺したいとでも?」
男の声に、恐怖は感じられない。
いや、感情が存在していないだけだろう。彼はそういう人間だ。
「……いい加減、そういうことを考えるのは嫌になったよ」
「そうか。あのときの若造が、ずいぶんと立派になったモノだ」
彼と出会ったときの私は、あまりにも若く、そして愚かだった。
「だからといって、貴方の作品を完成させるつもりはない」
彼の作品。
それは青い髪の美しい宝石乙女だった。
「……前言撤回、君はまだまだ若造だ。あの素晴らしさを理解できないとは、情けない」
「ならば、私は貴方から見れば一生若造ということさ。理解するつもりなど、毛頭ない」
「なるほど」
男の溜め息。
「……これで何度目だ?」
「五度目」
「そう、五度目だ。こうして五回も話をしているというのに、君は自分のしたことをまったく理解しようとしていない」
理解、だと?
相変わらず同じことを繰り返す老体だ。
「分からないのか? ならば何度でも教えよう。感情が抱く、絶望の素晴らしさを」
絶望、か。思わず溜息を漏らしてしまう。
その単語はすでに飽きるほど聞いてきた。
もうこれ以上聞かされるのは、ご遠慮願いたいものだ。
「今日はこれぐらいにしてもらえるかな」
本を閉じ、立ち上がる。
「駄目だ。もうすぐ完成するんだ、彼女の絶望が。私は一刻も早くそれを……」
「黙れ」
彼の言葉を途中で止める。
「君が邪魔をしなければ、誰も苦しめることなく終わったんだ。その責任は果たしてもらわなければならん」
……勝手な、ことを。
「眠ったのは彼女の意志だった。貴方の作品のためではない」
「それでいいんだ。絶望で潰されかけた心、それを保つために眠りに就かせることこそ、私の……」
「二度と喋れないようにしてやってもいいんだが」
この男は、あまりにも勝手すぎる。
そして、この不敵な笑顔が憎い。
憎い……それでいて、私に似ている。
「……紫水晶の子。君は私の作品ではない」
相変わらず、お喋りな男だ。
きっと喉笛を刻んだところで、彼の口を止めるのは不可能だ。
「だが君の感じている苦しみは、非常に興味がある。ホープの絶望と同じぐらいに、な」
「その名を口にするな。貴様にその権利はない」
「何を言うか。あの子は私の作品、私の子供だ……おっと、このやりとりも五度目だな」
……それは紛れもない事実。どれだけ目を背けても、絶対に存在する現実。
「それでも私に権利がないと……なるほど。ブルーダイヤモンドの呪いは、あながち嘘でもない、か」
「私が彼女を盗んだ、とでも言いたいわけか」
「想像に任せる……おっと、そろそろ時間か。もう少し長く話していたいものだ」
男が背を向ける。
「……ホープを忘れろ。それで完成なんだ……完成なんだ……」
そして相変わらずの捨て台詞と共に、木陰の下へ消えてゆく。
……月明かりがわずかに射す。
たとえばこの本。人から見ればただの詩集だが、ひとつひとつの詩には、詩人の語るべき主題……テーマが存在する。
そして、私たちも一緒なのだ。私たちは創造主のテーマを元に作られた乙女たち。
オブシディアン、パール、マイカ。鉱石に創造主のテーマを抱かせ、私たちは作られた。
……今日は月食の日。
彼が鉱石に抱かせたテーマは、言うなれば月食の中の闇。
「明るいな」
ベンチに座る私の背後で、初老の男が呟く。
私は、彼をよく知っている。
「人は光を求めるもの。自分たちのテリトリーに灯りを絶やさないからね。貴方とは、まったく違う」
「私は暗闇を求めている、そう言いたいわけだ」
まったく持ってその通り。
彼は月食の元でしか、姿を現さない。
もちろんその性格も暗い。私が巡り会ってきた人間たちの中で、最も陰気な人間。
「で、まだ私を殺したいとでも?」
男の声に、恐怖は感じられない。
いや、感情が存在していないだけだろう。彼はそういう人間だ。
「……いい加減、そういうことを考えるのは嫌になったよ」
「そうか。あのときの若造が、ずいぶんと立派になったモノだ」
彼と出会ったときの私は、あまりにも若く、そして愚かだった。
「だからといって、貴方の作品を完成させるつもりはない」
彼の作品。
それは青い髪の美しい宝石乙女だった。
「……前言撤回、君はまだまだ若造だ。あの素晴らしさを理解できないとは、情けない」
「ならば、私は貴方から見れば一生若造ということさ。理解するつもりなど、毛頭ない」
「なるほど」
男の溜め息。
「……これで何度目だ?」
「五度目」
「そう、五度目だ。こうして五回も話をしているというのに、君は自分のしたことをまったく理解しようとしていない」
理解、だと?
相変わらず同じことを繰り返す老体だ。
「分からないのか? ならば何度でも教えよう。感情が抱く、絶望の素晴らしさを」
絶望、か。思わず溜息を漏らしてしまう。
その単語はすでに飽きるほど聞いてきた。
もうこれ以上聞かされるのは、ご遠慮願いたいものだ。
「今日はこれぐらいにしてもらえるかな」
本を閉じ、立ち上がる。
「駄目だ。もうすぐ完成するんだ、彼女の絶望が。私は一刻も早くそれを……」
「黙れ」
彼の言葉を途中で止める。
「君が邪魔をしなければ、誰も苦しめることなく終わったんだ。その責任は果たしてもらわなければならん」
……勝手な、ことを。
「眠ったのは彼女の意志だった。貴方の作品のためではない」
「それでいいんだ。絶望で潰されかけた心、それを保つために眠りに就かせることこそ、私の……」
「二度と喋れないようにしてやってもいいんだが」
この男は、あまりにも勝手すぎる。
そして、この不敵な笑顔が憎い。
憎い……それでいて、私に似ている。
「……紫水晶の子。君は私の作品ではない」
相変わらず、お喋りな男だ。
きっと喉笛を刻んだところで、彼の口を止めるのは不可能だ。
「だが君の感じている苦しみは、非常に興味がある。ホープの絶望と同じぐらいに、な」
「その名を口にするな。貴様にその権利はない」
「何を言うか。あの子は私の作品、私の子供だ……おっと、このやりとりも五度目だな」
……それは紛れもない事実。どれだけ目を背けても、絶対に存在する現実。
「それでも私に権利がないと……なるほど。ブルーダイヤモンドの呪いは、あながち嘘でもない、か」
「私が彼女を盗んだ、とでも言いたいわけか」
「想像に任せる……おっと、そろそろ時間か。もう少し長く話していたいものだ」
男が背を向ける。
「……ホープを忘れろ。それで完成なんだ……完成なんだ……」
そして相変わらずの捨て台詞と共に、木陰の下へ消えてゆく。
……月明かりがわずかに射す。
誰も知らない宝石乙女がいる。
与えられた名前は、希望という名の青い宝石。
与えられた主題は、絶望を積み重ねること。
姉妹と触れ合う事を禁じられ、自身の呪いが、無数の絶望を生み出す。あまりにも悲しく、それでいて美しい宝石だ。
……私は、彼女を忘れることができない。
それが呪いだというのなら……この身体が朽ちるまで私は覚えていよう。
与えられた名前は、希望という名の青い宝石。
与えられた主題は、絶望を積み重ねること。
姉妹と触れ合う事を禁じられ、自身の呪いが、無数の絶望を生み出す。あまりにも悲しく、それでいて美しい宝石だ。
……私は、彼女を忘れることができない。
それが呪いだというのなら……この身体が朽ちるまで私は覚えていよう。