珊瑚といえば斧。それはあいつを知る誰もが認めることだろう。
刃の部分が身の丈ほどはある斧を、彼女は自分の手足のように自在に扱う。
その姿を初めて見たとき、俺もかなり驚いた。
『この斧の輝きにかけて、主の命をお守りしよう』
俺があいつと初めて契約したときの一言。
……ま、ぶっちゃけこのご時世、珊瑚の斧に身を守ってもらうことはほとんどないだろうけどな。
「主、何か顔についているか?」
「ん……いや、別に」
まぁ、どうしてそんなこと思ったかって、俺の目の前で珊瑚が斧の手入れをしているからなんだがな。
ここに来て全く血に染まったことのないそれは、なんというか美術館に飾ってありそうな感じだ。
薔薇とかいろいろな彫刻が浮き彫りにされていて、武器として扱うようには見えないからなおさらそう思う。
「なんつーか、毎日飽きないよなぁ、それ」
「ん、手入れの事か? 当然だろう、戦場を駆けるための相棒なのだから」
「戦場、ねぇ……」
戦場なんて俺はまず近寄らないな。まぁ日本がどーにかなって徴兵でもされれば別だけど。
「でもさぁ、そんなに大きな斧だと扱いにくくないか? 自分の身長と同じぐらいあるし」
「確かにそうかもしれぬな。だがこれは何というか……某にとって決意の表れのようなもの、だろうか」
「決意?」
「うむ、全力を以て主を守り、戦い続ける。そういうことだ」
戦い続ける、ねぇ。
珊瑚はどうしてそんな生き方、選んだんだろうな……。
乙女なら乙女らしい、そういう生き方もあるんじゃないのか。
「なぁ……こういうこと聞いていいのか分からねぇけどさ……」
「ん、何だ?」
「……珊瑚って、どうして戦うんだ?」
あぁ、やっぱりやばかったかな。珊瑚が黙ってしまった。
「あぁ、悪いな。やっぱり話しにくいことだよな」
「……いや」
小さく呟く。
「……主、後悔をしたことは、あるか?」
そして、小さくそう尋ねてきた。
「後悔? そりゃまあいろいろと……今考えてみたら、下らないことだけど」
「ふふ、そうか。あまり後悔はしたくないものだな、お互い」
「まぁ、な……」
珊瑚がときどき見せる、あの寂しげな笑顔。
どうしてだか、俺はこの顔を見るのはあまり好きじゃない。いつも何か下らないことを言って珊瑚を呆れさせたり、笑わせたりしようとする。
でも今はそんな空気じゃない。そんな空気を、望んでいない。
「某も、たくさん後悔をしているのだぞ」
「そりゃまぁ、俺より長生きだもんな」
「まあな……その後悔をしないために、某は戦っている」
刃の部分が身の丈ほどはある斧を、彼女は自分の手足のように自在に扱う。
その姿を初めて見たとき、俺もかなり驚いた。
『この斧の輝きにかけて、主の命をお守りしよう』
俺があいつと初めて契約したときの一言。
……ま、ぶっちゃけこのご時世、珊瑚の斧に身を守ってもらうことはほとんどないだろうけどな。
「主、何か顔についているか?」
「ん……いや、別に」
まぁ、どうしてそんなこと思ったかって、俺の目の前で珊瑚が斧の手入れをしているからなんだがな。
ここに来て全く血に染まったことのないそれは、なんというか美術館に飾ってありそうな感じだ。
薔薇とかいろいろな彫刻が浮き彫りにされていて、武器として扱うようには見えないからなおさらそう思う。
「なんつーか、毎日飽きないよなぁ、それ」
「ん、手入れの事か? 当然だろう、戦場を駆けるための相棒なのだから」
「戦場、ねぇ……」
戦場なんて俺はまず近寄らないな。まぁ日本がどーにかなって徴兵でもされれば別だけど。
「でもさぁ、そんなに大きな斧だと扱いにくくないか? 自分の身長と同じぐらいあるし」
「確かにそうかもしれぬな。だがこれは何というか……某にとって決意の表れのようなもの、だろうか」
「決意?」
「うむ、全力を以て主を守り、戦い続ける。そういうことだ」
戦い続ける、ねぇ。
珊瑚はどうしてそんな生き方、選んだんだろうな……。
乙女なら乙女らしい、そういう生き方もあるんじゃないのか。
「なぁ……こういうこと聞いていいのか分からねぇけどさ……」
「ん、何だ?」
「……珊瑚って、どうして戦うんだ?」
あぁ、やっぱりやばかったかな。珊瑚が黙ってしまった。
「あぁ、悪いな。やっぱり話しにくいことだよな」
「……いや」
小さく呟く。
「……主、後悔をしたことは、あるか?」
そして、小さくそう尋ねてきた。
「後悔? そりゃまあいろいろと……今考えてみたら、下らないことだけど」
「ふふ、そうか。あまり後悔はしたくないものだな、お互い」
「まぁ、な……」
珊瑚がときどき見せる、あの寂しげな笑顔。
どうしてだか、俺はこの顔を見るのはあまり好きじゃない。いつも何か下らないことを言って珊瑚を呆れさせたり、笑わせたりしようとする。
でも今はそんな空気じゃない。そんな空気を、望んでいない。
「某も、たくさん後悔をしているのだぞ」
「そりゃまぁ、俺より長生きだもんな」
「まあな……その後悔をしないために、某は戦っている」
後悔をしないために……。
結局それ以上聞く気にはなれなかった。
「はぁ……」
やっぱりダメだ。
珊瑚のあの顔を見ていると、どうしても目を合わせることができない。
だからって外に出て何の解決になるのか。先ほどの疑問が大きくなるばかりだ。
「こんにちは」
「え、こんにちは……あぁ、ペリドットか」
緑の多い、眼鏡が似合うほんわかした女性。
宝石乙女お姉さん組の一人、ペリドットだ。珊瑚が世話になっていて、互いによく知っている。
「浮かない顔をしていますけど……珊瑚と喧嘩でもしましたか?」
「いや、そーいうわけじゃねぇんだけどな」
……そういえば、ペリドットは珊瑚の師匠なんだよな。
「……あー、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいか?」
結局それ以上聞く気にはなれなかった。
「はぁ……」
やっぱりダメだ。
珊瑚のあの顔を見ていると、どうしても目を合わせることができない。
だからって外に出て何の解決になるのか。先ほどの疑問が大きくなるばかりだ。
「こんにちは」
「え、こんにちは……あぁ、ペリドットか」
緑の多い、眼鏡が似合うほんわかした女性。
宝石乙女お姉さん組の一人、ペリドットだ。珊瑚が世話になっていて、互いによく知っている。
「浮かない顔をしていますけど……珊瑚と喧嘩でもしましたか?」
「いや、そーいうわけじゃねぇんだけどな」
……そういえば、ペリドットは珊瑚の師匠なんだよな。
「……あー、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいか?」
聞くだけでは申し訳ないということで、近くの喫茶店でお茶を奢ることに。
「あの子が戦う理由、ですか」
「後悔しないためっていうのは聞いたんだけどさ……どうもその先が聞きにくくて」
紅茶を一口。
そしてカップを置き、こちらに顔を向けるペリドット。その顔は相変わらずの穏やかな笑顔だ。
「珊瑚が気になって仕方ないのですね。ふふふ」
予想外の一言に、コーヒーを吹きそうになる。
何を言い出すかと思えば……。
「あのなぁ……」
「やっぱり、あの子のことが好きなんですか?」
「し、しし、知るか!」
「ふふふ、照れなくてもいいんですよ」
何故こんな中学生みたいな会話を……。
「でも、あの子もきっと貴方のことが好きなんですよ。だから戦ってるんだと思いますけど」
「いや、そうじゃなくて。なんというか……珊瑚が戦うきっかけってのが知りたいんだよ」
あえて珊瑚が俺のことをどーのこーのというところはスルーする。
そのスルーが気に入らないのか、ペリドットはどこかつまらなさそうな気も。
だが、溜め息を一つつき、相変わらずの笑顔を浮かべて一言。
「あの子、怖がりなんですよ」
当たり前、そんな感じの口調だった。
だが、俺はそれを自然に受け入れられた。あいつ自身の口から聞いたことがあるから……一度だけ。
「私たちは長い時間を生きてきました。いくつかの歴史の転換期だって、その目で見てきました……その中で、とても多かった物が一つ。分かりますか?」
「え……せ、戦争?」
「当たりです。人間は、争いで物事を変えようとするのが好きなのでしょうね。私のマスターも、何人かは戦争に赴きました」
「……その、やっぱ帰ってこない人とか……」
「ええ、いました」
聞くべきではなかったのかもしれない。
宝石乙女っていうのは、マスターの死を何度も経験してきているんだ。ただでさえ辛いはずなのに、戦死だと? 思い出したくないに決まっている。
「すまない。辛いこと聞いちまって」
「気にしないで下さい。あの子のことが好きなら、知っておいてくれた方がありがたいですから」
「だ、だから……まぁいいや」
「素直じゃないんですね」
「うるせっ。で、珊瑚もやっぱりそういう……マスターが、戦死を?」
「いいえ」
短く、率直に答える。
「あの子は、マスターを戦争で失ったことはありません。ただ、今から数十年前に大きな戦争、ありましたよね?」
「……第二次世界大戦とか、そんなのか?」
「はい。あの子のマスターはその戦争に赴き、そして片足を失って帰ってきました」
片足、か。
生々しい話だ。お茶の場の話題ではない気もする。
「あの子、負傷したマスターの姿を見て、ひどく怯えていました。どうして自分のマスターが、こんなことにならなければならないのかと」
「……何というか、あいつらしいな」
「ええ。でもやがて、それは後悔に変わりました。自分がマスターを守るべきなのに……と」
「あの子が戦う理由、ですか」
「後悔しないためっていうのは聞いたんだけどさ……どうもその先が聞きにくくて」
紅茶を一口。
そしてカップを置き、こちらに顔を向けるペリドット。その顔は相変わらずの穏やかな笑顔だ。
「珊瑚が気になって仕方ないのですね。ふふふ」
予想外の一言に、コーヒーを吹きそうになる。
何を言い出すかと思えば……。
「あのなぁ……」
「やっぱり、あの子のことが好きなんですか?」
「し、しし、知るか!」
「ふふふ、照れなくてもいいんですよ」
何故こんな中学生みたいな会話を……。
「でも、あの子もきっと貴方のことが好きなんですよ。だから戦ってるんだと思いますけど」
「いや、そうじゃなくて。なんというか……珊瑚が戦うきっかけってのが知りたいんだよ」
あえて珊瑚が俺のことをどーのこーのというところはスルーする。
そのスルーが気に入らないのか、ペリドットはどこかつまらなさそうな気も。
だが、溜め息を一つつき、相変わらずの笑顔を浮かべて一言。
「あの子、怖がりなんですよ」
当たり前、そんな感じの口調だった。
だが、俺はそれを自然に受け入れられた。あいつ自身の口から聞いたことがあるから……一度だけ。
「私たちは長い時間を生きてきました。いくつかの歴史の転換期だって、その目で見てきました……その中で、とても多かった物が一つ。分かりますか?」
「え……せ、戦争?」
「当たりです。人間は、争いで物事を変えようとするのが好きなのでしょうね。私のマスターも、何人かは戦争に赴きました」
「……その、やっぱ帰ってこない人とか……」
「ええ、いました」
聞くべきではなかったのかもしれない。
宝石乙女っていうのは、マスターの死を何度も経験してきているんだ。ただでさえ辛いはずなのに、戦死だと? 思い出したくないに決まっている。
「すまない。辛いこと聞いちまって」
「気にしないで下さい。あの子のことが好きなら、知っておいてくれた方がありがたいですから」
「だ、だから……まぁいいや」
「素直じゃないんですね」
「うるせっ。で、珊瑚もやっぱりそういう……マスターが、戦死を?」
「いいえ」
短く、率直に答える。
「あの子は、マスターを戦争で失ったことはありません。ただ、今から数十年前に大きな戦争、ありましたよね?」
「……第二次世界大戦とか、そんなのか?」
「はい。あの子のマスターはその戦争に赴き、そして片足を失って帰ってきました」
片足、か。
生々しい話だ。お茶の場の話題ではない気もする。
「あの子、負傷したマスターの姿を見て、ひどく怯えていました。どうして自分のマスターが、こんなことにならなければならないのかと」
「……何というか、あいつらしいな」
「ええ。でもやがて、それは後悔に変わりました。自分がマスターを守るべきなのに……と」
『某も、たくさん後悔をしているのだぞ』
あの寂しい笑顔を浮かべながら告げた一言。
なんだよ、俺の下らない後悔よりずっと辛いことじゃないか。それをあんな顔で……。
前言撤回、あいつは臆病じゃない。俺なんかよりずっと強い。
「最初はそのマスターの脚代わりになるための訓練として、私のもとで修行をしていました。でも、決意ができたのでしょうね」
「……マスターを守るために、本気で武術を?」
小さく、一回だけ頷く。
「そっか……」
沈黙。
その中、コーヒーを一口含む。
せめてあいつの口から聞いてやるべきだったのかもな……やたらとコーヒーが、苦く感じる。
「なんか、甘いモンでも食うか?」
「そうですね。あ、ここのホットケーキはですねー、とっても美味しいんですよ」
なんだよ、俺の下らない後悔よりずっと辛いことじゃないか。それをあんな顔で……。
前言撤回、あいつは臆病じゃない。俺なんかよりずっと強い。
「最初はそのマスターの脚代わりになるための訓練として、私のもとで修行をしていました。でも、決意ができたのでしょうね」
「……マスターを守るために、本気で武術を?」
小さく、一回だけ頷く。
「そっか……」
沈黙。
その中、コーヒーを一口含む。
せめてあいつの口から聞いてやるべきだったのかもな……やたらとコーヒーが、苦く感じる。
「なんか、甘いモンでも食うか?」
「そうですね。あ、ここのホットケーキはですねー、とっても美味しいんですよ」
そのあと、神妙な顔つきの男とホットケーキを食うという、妙なことにつき合わせてしまった。
そんなペリドットと別れ、ビニール袋片手に家へと帰る。
「あっ、マスタぁーおかえりっ。それおみやげー?」
「何でもお土産にするなって。まぁ、プリンなんだけどな。晩飯の後にみんなで食おうぜ」
「やったーっ」
天河石にビニール袋を渡し、居間へと向かう。
「おい珊瑚ぉ、まだそれやってたのか?」
そこには、相変わらず道具を広げて斧の手入れをする珊瑚。
「ああ、おかえり。今終わったところだ」
「ふーん。相変わらずご苦労なことだな」
「まあな、某もそう思う。それより主、さっきの話なのだが……」
予想外、いきなりさっきの話を切り出されるとは。
「お、おう。なんだ?」
なるべく焦りを悟られないように、普通に振る舞う。
まさかさっきの話をあいつ自身から……。
「何を堅い顔浮かべているのだ?」
「べ、別にいいだろっ。それより何だよ」
「ん、ああ」
珊瑚の顔は、いつも通りのすました笑顔。
そして一言……。
そんなペリドットと別れ、ビニール袋片手に家へと帰る。
「あっ、マスタぁーおかえりっ。それおみやげー?」
「何でもお土産にするなって。まぁ、プリンなんだけどな。晩飯の後にみんなで食おうぜ」
「やったーっ」
天河石にビニール袋を渡し、居間へと向かう。
「おい珊瑚ぉ、まだそれやってたのか?」
そこには、相変わらず道具を広げて斧の手入れをする珊瑚。
「ああ、おかえり。今終わったところだ」
「ふーん。相変わらずご苦労なことだな」
「まあな、某もそう思う。それより主、さっきの話なのだが……」
予想外、いきなりさっきの話を切り出されるとは。
「お、おう。なんだ?」
なるべく焦りを悟られないように、普通に振る舞う。
まさかさっきの話をあいつ自身から……。
「何を堅い顔浮かべているのだ?」
「べ、別にいいだろっ。それより何だよ」
「ん、ああ」
珊瑚の顔は、いつも通りのすました笑顔。
そして一言……。
「主を守るための戦いに、理由など必要ないと思うぞ。それ自体が理由なのだから」
……こいつには勝てる気、全然しないわ。やっぱり。
……こいつには勝てる気、全然しないわ。やっぱり。