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長い友達

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匿名ユーザー

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  冷たい水が嫌になる冬の朝。
(……やっぱ薄くなってきたかなぁ)
  今日も男は鏡を見てうな垂れていた。
(毛生え薬誰か作って……)
  思考を止め、男は財布を見た。そこにはいつもの見慣れた空気しかなく、イチヨウもユキチもいなかった。
(……作ってもらっても買えねぇよ……)

  少女は嬉しそうに鍋をかき混ぜていた。
「おはよー化石ー」
  気だるげな男の声を聞いた少女が、ゆっくりと振り向いた。少女は飾り気のない、純セーラー服を着ていた。
「おはよ、マスタ」
  薄く広い丸レンズの奥では、惚けたような瞳がきょろきょろとせわしなく動いていた。
「今日の朝ご飯はー……たくあんと荒巻か。そのうち、ちゃんとしたお礼しなきゃなー」
「雑草スープもできたやがな」
  言いながら、少女は鍋の中身を紙コップに注いだ。
  雑草スープ。男はそれを見ながら、一つのことを考えていた。
(……やっぱり、慢性的にミネラルが足りてないからなんだろうなぁ)
  男は再び考えるのをやめて、食事ができることをお天道様に感謝した。

  男が仕事へ出かけた後。
「どうしたもんやろか」
  少女は悩んでいた。首を捻り腕を組み胡坐をかいて、いかにもな姿勢で悩んでいた。
  どうにも、男の元気がなかった。ひねりひねり。
  髪のことで悩んでいるのは無意識の海を通じて知っていた。ひねりひねり。
  まったく、どうしたものか。ひねりひねり。
  こてん。少女はいつの間にか安畳の上に転がっていた。
「……お?」
  頭をぶつけたせいか、少女の中である記憶が蘇っていた。

「ただいま~、って、何だその格好は」
  少女は輝いていた。
  服が似合ってたとか、全力で何かに取り組んでいたからとか、そんな比喩的な意味ではなく、本当に輝いていた。
「似合うかな? 前のマスタからもらったやねん」
  本当に輝いていた。金色に。ビカビカと。それはもう目も当てられないくらいに服が輝いていた。
「え~っと……最近さむぅなってきましてー、このままやと夏ごろにはもっともっと寒くなってますんやろうなー、氷点下くらい」
  沈黙が六畳一間の安い貸し部屋を闊歩していた。
(……漫才のつもり、なのか)
  少女は少し俯いて、メモのようなものを見て小さく呟いた。
「……ツカミは、おっけー?」
(いや聞かれても)
  男の考えは口から出なかったのだろう、少女は向き直り話し始めた。
「ところで昨日、友達が泣いてましてな~。『俺にはなんで毛がないんや~』て」
  男の心にひびが入った。
「せやからゆうたったんや、『ええがな、ホモの気があるんやから』」
(ひどいなおい! ……ってもしかして俺か? 俺の話なのか? でもホモの気はないぞ!?)
「そしたら『ホモの気もないわ!』って言われてな、またおーいおいと泣き出したんや」
(そりゃそうだろう……ってやっぱ俺なのか!?)
「ほんで、あんまりうるさく泣くもんやから『ほな毛が欲しいんやな?』って聞いたったら『欲しい!』って泣きながら言うてな」
(わかる、わかるぞその気持ち。俺も今すぐ泣き出したい)
「ほやから」
(まさか毛を生やしてやったのか!? でもどうやって!?)
「角材で思いっきり頭殴ったって『ほら毛が生えた毛があるけがある怪我ある』ってやったったら」
(鬼か!?)
  男の心は粉々に砕け散った。
「動かへんくなってもうて」
「って死んだのかよ!!」
  男が少女に見事な突っ込みを入れた。
「……やっと元気、出たやな」
  少女は優しく微笑んだ。
「マスタ、この漫才な、前のマスタがやってたやつやねんや」
  少女は笑みを浮かべたままゆっくり話し始めた。
「初舞台でさっきのやつやったんやけど、生憎お客さんに髪ない人ばっかりでな、最後までやらへんうちにボコボコにされてもうてん」
(もしかして)
「いや、死なへんかったけど」
  男は考えを口から出していなかった。
(……読まれた!?)
「まあ読まれた読まれてないはおいといて。そのあとも、マスタは頑張って人を笑わせようとしててん」
「やっぱ読んだのか、ってすげぇな。芸人」
「当然や。で、前のマスタも髪薄かったんやけど」
  少女は顔を上げた。
「うじうじ考えるのが髪に一番よくないってゆうてた。だからマスタも笑って、な」
  少女は、にへらと笑っていた。
「そしたら髪も増えるかもしれへんやん?」
「そ、だな……でもさっきのあれはどちらかというと漫談だろ」
「漫談……そうかもしれへんね」
  男もいつしか、少女と一緒ににへらと笑っていた。

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