ドンと下腹部に衝撃が走った。
「パパぁ……パパぁぁ……」
「どうしたんだい? ソーダ? 何かあったのかい?」
ソーダだ。彼女は泣いていた。
「……んぐっ……あのね……ソーダね、パパのオヨメサンになりたいの」
「うん……それで? 何が悲しいんだい?」
「……アメジストさんがね……それはムリだって……オヨメサンにはなれないって……」
「……」
「……パパ……そんなことないよね? ……パパ?」
ボクの口から言葉は出ることもなく、手は彼女の頭をなでるだけだった。
「パパぁ……パパぁぁ……」
「どうしたんだい? ソーダ? 何かあったのかい?」
ソーダだ。彼女は泣いていた。
「……んぐっ……あのね……ソーダね、パパのオヨメサンになりたいの」
「うん……それで? 何が悲しいんだい?」
「……アメジストさんがね……それはムリだって……オヨメサンにはなれないって……」
「……」
「……パパ……そんなことないよね? ……パパ?」
ボクの口から言葉は出ることもなく、手は彼女の頭をなでるだけだった。
「マスター? こんな時間にお出かけですか?」
「あぁ」
「……お気をつけて……」
「黒曜石、ソーダを頼むよ」
そう言い残して、ボクは家を出た。
「あぁ」
「……お気をつけて……」
「黒曜石、ソーダを頼むよ」
そう言い残して、ボクは家を出た。
屋敷からしばらく歩いたところにある湖畔。三日月が揺らめく水面のかたわらに、ボクは彼女を見つけた。
「やぁ、奇遇だね。君も夜の散歩かい?」
「アメジスト、なんでソーダにあんなことを言った」
開口一番にずばりと言った。彼女はひたりとこちら見た。
「事実だからさ」
「なぜ今言う必要がある!!!!」
言葉が荒れる。こめかみが熱くなる。
「じゃあ、君はいつ言うんだい? 彼女がいつになったら理解できると?」
「っ……そんなこと……あなたの知ったことじゃない」
「確かに知ったことではないね……ただ癪に障ったのさ、いつか結ばれると信じている可哀相な子供心がね……」
「癪に? 障った……だと? ふざけるな!!!!」
「ふざけてはいないさ、大体ふざけているのは君のほうだろう?」
「な……に?」
「私たちがマスターと結ばれることなど絶対ない、それを誤魔化し続けている君のほうがよっぽどふざけているよ……」
「そんなこと……ソーダはまだ子供だ! いつか結ばれると信じていてもいいじゃないか!!」
「……その言葉、黒曜石にかけてごらんよ」
「!!」
『マスター? こんな時間にお出かけですか?』
『……お気をつけて……』
息が止まる。まぶたの裏に黒曜石の心配そうな顔が浮かんだ。
「……私たちがマスターと結ばれることなど絶対ない」
アメジストがとつとつと語る。
「“私たち”はいくつもある輝石のほんの一部。この世にはもっとたくさんのアメジストがあるし、それにはそれぞれ……マスターもいるだろう」
なんの話だ?
「マスターは宝石をキレイだと思うことがあっても、愛することはない。愛でて愛してくれているようでも、現実では妻子があったり、大切な人がいるものさ」
? ボクの脳が思考を停止したままのせいか、さっぱり理解できない。
「幾千ものマスターがいても“私たち”は結局孤独なのさ」
「そ……そんなことはない……」
やっとしぼり出した声は、今にも消えてしまいそうだった。そんなボクをアメジストは寂しそうに見つめる。
「……忘れるな」
「え?」
「“私たち”は紡がれ語られるもの……マスターに忘れられたとき、それが私たちの“死”さ」
「なにを……誰が忘れるか!」
「ふふ……人は忘れる生き物だからね……マスターでなくとも、今の君のように覚えている人間がいるから、私はここにいる」
本当にさっぱりわからない。何が言いたいんだ、アメジストは。
「忘れるな、ということさ」
ボクの考えを見抜いたかのように彼女は言う。
「忘れるな。優しければいいというわけじゃない……黒曜石やおチビちゃんを大事に思うなら、絶対に彼女たちを忘れないことだ」
「……」
もう反論できなかった。ワケが分からないし、大体忘れることなどあるわけがないのに……言い返すことができなかった。
「やぁ、奇遇だね。君も夜の散歩かい?」
「アメジスト、なんでソーダにあんなことを言った」
開口一番にずばりと言った。彼女はひたりとこちら見た。
「事実だからさ」
「なぜ今言う必要がある!!!!」
言葉が荒れる。こめかみが熱くなる。
「じゃあ、君はいつ言うんだい? 彼女がいつになったら理解できると?」
「っ……そんなこと……あなたの知ったことじゃない」
「確かに知ったことではないね……ただ癪に障ったのさ、いつか結ばれると信じている可哀相な子供心がね……」
「癪に? 障った……だと? ふざけるな!!!!」
「ふざけてはいないさ、大体ふざけているのは君のほうだろう?」
「な……に?」
「私たちがマスターと結ばれることなど絶対ない、それを誤魔化し続けている君のほうがよっぽどふざけているよ……」
「そんなこと……ソーダはまだ子供だ! いつか結ばれると信じていてもいいじゃないか!!」
「……その言葉、黒曜石にかけてごらんよ」
「!!」
『マスター? こんな時間にお出かけですか?』
『……お気をつけて……』
息が止まる。まぶたの裏に黒曜石の心配そうな顔が浮かんだ。
「……私たちがマスターと結ばれることなど絶対ない」
アメジストがとつとつと語る。
「“私たち”はいくつもある輝石のほんの一部。この世にはもっとたくさんのアメジストがあるし、それにはそれぞれ……マスターもいるだろう」
なんの話だ?
「マスターは宝石をキレイだと思うことがあっても、愛することはない。愛でて愛してくれているようでも、現実では妻子があったり、大切な人がいるものさ」
? ボクの脳が思考を停止したままのせいか、さっぱり理解できない。
「幾千ものマスターがいても“私たち”は結局孤独なのさ」
「そ……そんなことはない……」
やっとしぼり出した声は、今にも消えてしまいそうだった。そんなボクをアメジストは寂しそうに見つめる。
「……忘れるな」
「え?」
「“私たち”は紡がれ語られるもの……マスターに忘れられたとき、それが私たちの“死”さ」
「なにを……誰が忘れるか!」
「ふふ……人は忘れる生き物だからね……マスターでなくとも、今の君のように覚えている人間がいるから、私はここにいる」
本当にさっぱりわからない。何が言いたいんだ、アメジストは。
「忘れるな、ということさ」
ボクの考えを見抜いたかのように彼女は言う。
「忘れるな。優しければいいというわけじゃない……黒曜石やおチビちゃんを大事に思うなら、絶対に彼女たちを忘れないことだ」
「……」
もう反論できなかった。ワケが分からないし、大体忘れることなどあるわけがないのに……言い返すことができなかった。
「おかえりなさい」
部屋に戻ると黒曜石がソーダをあやしていた。黒曜石の腕の中でソーダは静かな寝息をたてている。
「……あ……ぁぁ……ただいま」
「今、眠ったところです……」
黒曜石は何も聞かない、おそらくボクの表情から大体察しているのだろう。
「それじゃあ、私はソーダちゃんをベットまで連れて行きますので」
ドアノブに手をかけるところで呼び止めた。
「……ボクは、君たちのことを絶対忘れない」
黒曜石は一瞬きょとんとしたあと、すぐに微笑んだ。
「ありがとうございます。嬉しいです、マスター。それじゃあ、おやすみなさい」
パタンとドアが閉まる。黒曜石の温かみも同時に部屋から出て行った気がした。
部屋に戻ると黒曜石がソーダをあやしていた。黒曜石の腕の中でソーダは静かな寝息をたてている。
「……あ……ぁぁ……ただいま」
「今、眠ったところです……」
黒曜石は何も聞かない、おそらくボクの表情から大体察しているのだろう。
「それじゃあ、私はソーダちゃんをベットまで連れて行きますので」
ドアノブに手をかけるところで呼び止めた。
「……ボクは、君たちのことを絶対忘れない」
黒曜石は一瞬きょとんとしたあと、すぐに微笑んだ。
「ありがとうございます。嬉しいです、マスター。それじゃあ、おやすみなさい」
パタンとドアが閉まる。黒曜石の温かみも同時に部屋から出て行った気がした。
『……人は忘れる生き物だからね……』
「ボクは!! 忘れるものか!!」
奥歯を強く食いしばり、そうつぶやいた。
「ボクは!! 忘れるものか!!」
奥歯を強く食いしばり、そうつぶやいた。
「ずいぶんイジメたもんだね」
がさりと木の枝が揺れ、そこから見慣れた猫耳が飛び出した。
「いつからそこにいた?」
「最初っから。アメジストのあるところにムーンストーンありよん♪」
「……そうか」
「それにしてもイジメ過ぎじゃない? ボクちゃん涙目だったよ? わけ分かんないようだったし……」
「ただの事実さ。それこそ、いつかは分かることでもないしな」
「ふーん……でもさー、ソーダちゃんはちょっと可哀相じゃない? ホント」
「……子供はキライだからね」
「誰かさんにそっくりだったとか?」
「……」
ギロリ。
「あー!! ごめんごめん!! 悪かった、私が悪かった!!」
湖畔に輝く月がゆれる。月と星の煌めく夜空の下、今日も宝石が輝く。
がさりと木の枝が揺れ、そこから見慣れた猫耳が飛び出した。
「いつからそこにいた?」
「最初っから。アメジストのあるところにムーンストーンありよん♪」
「……そうか」
「それにしてもイジメ過ぎじゃない? ボクちゃん涙目だったよ? わけ分かんないようだったし……」
「ただの事実さ。それこそ、いつかは分かることでもないしな」
「ふーん……でもさー、ソーダちゃんはちょっと可哀相じゃない? ホント」
「……子供はキライだからね」
「誰かさんにそっくりだったとか?」
「……」
ギロリ。
「あー!! ごめんごめん!! 悪かった、私が悪かった!!」
湖畔に輝く月がゆれる。月と星の煌めく夜空の下、今日も宝石が輝く。