宝石乙女まとめwiki 静かな場所
 『ここは静かな場所だよ。それでもいいかい?』
  わたくしが初めて彼……今のミーディアムの元に来たときに、彼が呟いた一言です。
  町でも一際目を惹く、美しくも古びた屋敷。彼はそこで使用人も雇わずに一人で暮らし。祖父から受け継いだ遺産で日々を暮らす彼。生活必需品すらも全て注文で済まし、少なくともわたくしが来てからは、来賓はあれど自ら外出したことは一度もありません。
  ですが何もしていないわけではありません。毎日家の手入れを一人でしているのです。屋敷の雰囲気には似合わない掃除機の音、洗濯機の音。物を動かす騒音。庭木の剪定をする鋏の音。
  彼の言葉は嘘でした。この家は充分に音のある世界だと、わたくしは思います。

  今日は小さな宝石乙女たちが遊びに来ました。近場での遊び場に、この屋敷の庭はちょうどいいようです。
天「電ちゃーん、まってよぉー」
電「ん~?」
  何をしているのかは分かりませんが、ずいぶんと楽しそうな笑顔。わたくしにも幼少という時期があれば、あのような幼子の笑顔を浮かべることもあったのでしょう。
主「……ふぅ」
  その微笑ましい様子を、遠くから鋏を持って見つめる彼。若くして大富豪、今は下界との関わりを断って暮らしている、わたくしのミーディアムです。彼女たちがこうして遊べるのも、彼の計らいでした。
  いつも楽しそうに微笑んでいる彼……外に出ない彼にとって、そういう刺激はよい物なのでしょう。ですが、どうも腑に落ちないことも……。
電「……ぐりーんだよー?」
鶏「きゃっ! い、いきなりなんですのっ!?」
  紅茶の注がれたカップに手をかけてから、やっと電気石が傍にいることに気づきました。
鶏「な、何なんですか、ぐりーんだよーというのは……」
電「んー……?」
  ……どうもこの子とは会話を成り立たせることができません。
電「お兄さん……」
鶏「お兄さん? 彼が何か?」
電「……飴、もらった」
鶏「それはよかったですわね」
電「……あげるね」
  手渡される水色のあめ玉。貰っても困るのですが……電気石の行動はともかくとして、いつも彼はこの子たちに甘いようです。幼子が好きなのかどうかは知りませんが。まぁ、人として問題があるわけではありませんので、余計な心配は無用です。何より、彼が優しい人だというのは、見ても分かりますので……そう、優しい人なのですから……。

 彼の元に来てまだ半年も経っていませんが、それでも彼は謎が多い人です。下界との関わりを断っている理由もそうですし、過去や素性に関することは全く話しません。
  ですが分かったこともあります。特技は庭木の手入れと時計の修理。料理は少し苦手で野蛮な事が嫌い。そして趣味は……。
主「鶏冠石ー」
鶏「え……なんでしょう?」
主「いや、美味しいかなって……少しは料理が上手くなったと思うんだけど」
鶏「はぁ……まだまだですわ。味つけが中途半端ですし、具材によってはちゃんと火が通ってませんもの」
主「あらら、残念……」
  こういうことははっきりと伝えなくてはいけません。これから私の給仕一切もやっていただくのですから、さらなる実力の向上を目指して頂かなくては。それでも、前よりは食べられる物になってきましたが。初めての時は……。
主「でも食べてくれて嬉しいよ。昔は一口食べるたびに愚痴言われちゃってたし」
鶏「今は言うのを控えているだけです。言おうと思えば今だって十二分に不満がありますので」
主「き、厳しいね……」
  ……わたくしの好みの味を目指しているのも、ちゃんと分かっていますけど。
主「どうかした? また変な味でも……」
鶏「なんでもありません。それより貴方、最近あの子たちとずいぶん仲がよろしいようで」
主「ん、天河石ちゃんたち? 可愛いよね」
鶏「それはそうでしょう、わたくしの妹なのですから。それより、下界と関係を持つのを嫌っていそうな貴方が、どうしてあの子たちを招いたのかというのが気になるのです」
主「え? 別に外が嫌いって訳じゃないよ。ただ身体がちょっと、ね。庭先ぐらいまでしか出られないもので」
  ……迂闊でした。よく考えれば医者らしき人だって、週に一度屋敷に来ていたではありませんか。変な先入観を持って話を切り出した自分が、少しだけ嫌になりそう……。
鶏「申し訳ございません。変なことを言ってしまって」
主「え、全然気にしてないよ。それよりこうして食事をしながら話ができる相手がいるんだ。あの子たちと出会うきっかけを作ってくれたのも鶏冠石のおかげだし」
鶏「な、何ですかいきなり。面と向かってそんなことを……」
主「ちょうど、いい機会かなって、そう思ったんだ。ありがとう、鶏冠石……そう言うタイミングがね」
  ……いつも料理に愚痴を呟く人に向かってありがとうとは、本当に彼は謎の多い人です。
鶏「……感謝しているのなら、いつものあれを弾いてくださらないかしら」
  自分の顔が、その時どうなっていたのかは分かりません。ただ、彼にはあまり見られたくない顔をしていた……それだけは分かります、うぅ……。
主「いつものって、ギター?」
 趣味は、ギターを弾くこと。きっと彼に外に出るだけの体力があれば、それだけでお金を稼ぐこともできたでしょう。それだけ、彼の弾くギターは素晴らしい物を秘めていました。初めて聞いたあの音を、今でも忘れはしません。
主「弾けって言われて弾くのって初めてで恥ずかしいけど……」
鶏「その割にはいつでも弾けるように脇に控えているではありませんか。さぁ、早くしてください」
主「あはは……じゃあ、一番得意な曲で一つ」
  彼は座ったままギターを構え、呼吸を整えるように足下でリズムを取り、そしてゆっくりと演奏を始めます……。
  得意な曲は……わたくしがここに来たばかりのときに弾いていた、初めてギターの音色を聞いたときの曲でした。

  この屋敷には、音があります。生活の音があります。
  音のある屋敷。不味い料理には不満を持ちますが、今のところは概ね満足している次第です。