今年もまた、桜の季節がやってくる。
差し込む日差しは暖かく、外は新緑の様相を見せ始め、わたくしの名前とは正反対の、
命に満ちた光景が広がる。
こんな日は、誰よりも大切なあの方と、ただ静かに寄り添っていたい。
日差しを目一杯浴びながら、うたた寝をするあの方の顔を、ただ眺めていたい。
……でも、あなたはもう、わたくしの隣にはいませんね。
春の陽気は、確かに周りの空気を暖めてくれる。
だけど、わたくしの隣はとても寒い。体ではなく、心が凍えそうになってしまう。
あぁ、だんな様……どうしてあなたはここにいないのですか?
「殺生石ぃー、ご主人様明日帰ってくるんだよっ。あと少しだからがんばって……あっ、お姉様!
そっちはほこりが溜まってるから駄目ぇー」
散らかり放題の部屋で、蛋白石が掃除機を持って歩き回る。
そしてわたくしは……右手にはほこり取り。頭に手を当てれば、白い三角巾がしっかりと巻かれている。
背後では、ほこりまみれになった電気石が、床を転がる始末。
あぁ、だんな様……こんな季節はずれの里帰り、早く終わらせてくださいませ。
差し込む日差しは暖かく、外は新緑の様相を見せ始め、わたくしの名前とは正反対の、
命に満ちた光景が広がる。
こんな日は、誰よりも大切なあの方と、ただ静かに寄り添っていたい。
日差しを目一杯浴びながら、うたた寝をするあの方の顔を、ただ眺めていたい。
……でも、あなたはもう、わたくしの隣にはいませんね。
春の陽気は、確かに周りの空気を暖めてくれる。
だけど、わたくしの隣はとても寒い。体ではなく、心が凍えそうになってしまう。
あぁ、だんな様……どうしてあなたはここにいないのですか?
「殺生石ぃー、ご主人様明日帰ってくるんだよっ。あと少しだからがんばって……あっ、お姉様!
そっちはほこりが溜まってるから駄目ぇー」
散らかり放題の部屋で、蛋白石が掃除機を持って歩き回る。
そしてわたくしは……右手にはほこり取り。頭に手を当てれば、白い三角巾がしっかりと巻かれている。
背後では、ほこりまみれになった電気石が、床を転がる始末。
あぁ、だんな様……こんな季節はずれの里帰り、早く終わらせてくださいませ。
◆
『ごめんね、ちょっと用事があって実家に帰らないといけないんだ。1週間ぐらいでもドルから、
留守番よろしくね』
そう言い残して旅立ったのは1週間前。
わたくし達ならば安心して留守を任せられる。そういう期待をかけられていたのだと思う。
そうとなれば、だんな様の期待に添うよう、この家を命に代えて守るつもりだった。
だけど、だんな様が出た日の夜は、春だというのにやたらと冷え込んだ。
寝るという風習がないわたくしにとって、それは一晩中寒さに耐えなければならないということに繋がる。
こたつもすでに片づけられ、普段寝ないのが災いし、寒さしのぎに被る自分の布団もない状況。
こんな時は、いつもだんな様の布団に潜り込んで……そう思い、だんな様の部屋に入る。
「……当然、ですよね」
だんな様の部屋は暗く、誰もいない。
ただそれだけだ。昼間学校に出ている時と同じ、一時の空白のようなもの。
だけど、それが1週間も続くというのは、これまで経験したこともなかった。
いつだって、だんな様はすぐ帰ってきて、皆の夕食を作ってくれる。
疲れた顔を浮かべて夕食を食べ、電気石を膝に乗せての団らん。
――1週間だけの、空白じゃないか。
自分にそう言い聞かせているのに、どうしてこんなにも、体は冷えるのだろう。
そんなことを思い、部屋の扉を閉める。
別に、寂しがってなど……いない、はず。
留守番よろしくね』
そう言い残して旅立ったのは1週間前。
わたくし達ならば安心して留守を任せられる。そういう期待をかけられていたのだと思う。
そうとなれば、だんな様の期待に添うよう、この家を命に代えて守るつもりだった。
だけど、だんな様が出た日の夜は、春だというのにやたらと冷え込んだ。
寝るという風習がないわたくしにとって、それは一晩中寒さに耐えなければならないということに繋がる。
こたつもすでに片づけられ、普段寝ないのが災いし、寒さしのぎに被る自分の布団もない状況。
こんな時は、いつもだんな様の布団に潜り込んで……そう思い、だんな様の部屋に入る。
「……当然、ですよね」
だんな様の部屋は暗く、誰もいない。
ただそれだけだ。昼間学校に出ている時と同じ、一時の空白のようなもの。
だけど、それが1週間も続くというのは、これまで経験したこともなかった。
いつだって、だんな様はすぐ帰ってきて、皆の夕食を作ってくれる。
疲れた顔を浮かべて夕食を食べ、電気石を膝に乗せての団らん。
――1週間だけの、空白じゃないか。
自分にそう言い聞かせているのに、どうしてこんなにも、体は冷えるのだろう。
そんなことを思い、部屋の扉を閉める。
別に、寂しがってなど……いない、はず。
1週間があまりにも長く感じられるようになったのは、3日目を過ぎた頃からだった。
毎日のように夜の冷え込みは続き、最近は冬物の着物を出して、日中も着込んでいる。
その姿を、食卓を共に囲む蛋白石と電気石は、不思議そうな顔で見つめてくる。そうだろう、
本来ならこんなものがいらないほど、暖かいはずなのだから。
「殺生石、もしかして冷え性なの?」
「いいえ」
「そ、そうなんだ」
極力いつも通り応えたつもりだが、なぜか困ったような表情を見せ、それ以上問いつめることなく
食事を続ける蛋白石。
だが、電気石の視線は、未だわたくしの顔を見つめてくる。
「寂しい?」
あまりにも唐突に、そんなことを尋ねてくる。
「そんなはずないでしょう。わずか1週間ではありませんか」
今思えば、そう言って安心しようとしているのは、わたくしの方だった。
そのときにはもう認めていたはずだ。長すぎる1週間の空白。
どれだけ、だんな様の存在が、自分の中で大きかったのか。
「……気分が優れません。少し休んできます」
「え、ご飯はどうするの?」
「お任せします。それでは」
毎日のように夜の冷え込みは続き、最近は冬物の着物を出して、日中も着込んでいる。
その姿を、食卓を共に囲む蛋白石と電気石は、不思議そうな顔で見つめてくる。そうだろう、
本来ならこんなものがいらないほど、暖かいはずなのだから。
「殺生石、もしかして冷え性なの?」
「いいえ」
「そ、そうなんだ」
極力いつも通り応えたつもりだが、なぜか困ったような表情を見せ、それ以上問いつめることなく
食事を続ける蛋白石。
だが、電気石の視線は、未だわたくしの顔を見つめてくる。
「寂しい?」
あまりにも唐突に、そんなことを尋ねてくる。
「そんなはずないでしょう。わずか1週間ではありませんか」
今思えば、そう言って安心しようとしているのは、わたくしの方だった。
そのときにはもう認めていたはずだ。長すぎる1週間の空白。
どれだけ、だんな様の存在が、自分の中で大きかったのか。
「……気分が優れません。少し休んできます」
「え、ご飯はどうするの?」
「お任せします。それでは」
寂しいなんて、思っているはずない。
そのはずなのに、今夜もわたくしはだんな様の部屋を覗く。
相変わらず、冷たい部屋。夜の冷気のせいか、それとも別の何かのせいか。
この、いくら着込んでも収まらない寒気は、一体何なのだろう。
そのはずなのに、今夜もわたくしはだんな様の部屋を覗く。
相変わらず、冷たい部屋。夜の冷気のせいか、それとも別の何かのせいか。
この、いくら着込んでも収まらない寒気は、一体何なのだろう。
◆
だんな様の帰宅を明日に控えた夜。
やはり、わたくしはだんな様の部屋の前に来ていた。
昼間はだんな様が帰ってくるのに備えて部屋の掃除をし、二人の食事はペリドットに来てもらい、
作ってもらった。
とてもではないが、今のままではまともな料理も作れそうにない。それほど心が、弱っている。
こんな弱い自分を、誰にも見せるわけにはいかない。例え、だんな様であっても極力避けたいほどなのに。
だけど、もうわたくしの心は限界だ。だんな様には申し訳ないと思いつつ、部屋へと足を踏み入れる。
畳のきしむ音。いつもだんな様がここに寝ていたら、寝返りを打つたびにこの音が聞こえる。
わたくしが立ち止まると、たちまち部屋から音は消える。ここにいるべき人は、明日にならないと会えない。
――寒い。
口から漏れる息が白くなっているように感じてしまうほど、わたくしの体は震えている。
「だんな、様……」
愛しい方のことを思い、部屋を見渡す。
そして目に付くのは、布団が収められている押し入れ。
あの中に、だんな様がいつも眠っている布団が入っている。
だんな様が、いつも抱きかかえるようにして眠る掛け布団。だんな様の体が横たわっている、
敷き布団。
気付けば、部屋の真ん中にその布団を敷いていた。本来寝るべき人は、ここにはいないのに。
……その上に座るだけで、ほんの少し体が温まるような、そんな感覚を覚える。
掛け布団を被ってみたらどうだろうか……先ほどよりも、ぬくもりが強くなったように感じられる。
そして何より、わずかにだんな様の気配が残るこの布団が、今はあまりにも心地よい。
布団に頬をすり寄せるだけで、少しずつ弱った心が、癒されていく。
――こんな情けない姿、誰にも見せられない。
それを理解しているのに、布団から浮かぶだんな様の虚像に甘えることを、やめることが出来ない。
こうしているだけで、ほんの少しだけ寂しさをごまかせるのだから。
やめられるわけがない……早く、一刻も早く、だんな様に帰ってきてもらいたいのに。
今宵は、あまりにも長すぎます。
やはり、わたくしはだんな様の部屋の前に来ていた。
昼間はだんな様が帰ってくるのに備えて部屋の掃除をし、二人の食事はペリドットに来てもらい、
作ってもらった。
とてもではないが、今のままではまともな料理も作れそうにない。それほど心が、弱っている。
こんな弱い自分を、誰にも見せるわけにはいかない。例え、だんな様であっても極力避けたいほどなのに。
だけど、もうわたくしの心は限界だ。だんな様には申し訳ないと思いつつ、部屋へと足を踏み入れる。
畳のきしむ音。いつもだんな様がここに寝ていたら、寝返りを打つたびにこの音が聞こえる。
わたくしが立ち止まると、たちまち部屋から音は消える。ここにいるべき人は、明日にならないと会えない。
――寒い。
口から漏れる息が白くなっているように感じてしまうほど、わたくしの体は震えている。
「だんな、様……」
愛しい方のことを思い、部屋を見渡す。
そして目に付くのは、布団が収められている押し入れ。
あの中に、だんな様がいつも眠っている布団が入っている。
だんな様が、いつも抱きかかえるようにして眠る掛け布団。だんな様の体が横たわっている、
敷き布団。
気付けば、部屋の真ん中にその布団を敷いていた。本来寝るべき人は、ここにはいないのに。
……その上に座るだけで、ほんの少し体が温まるような、そんな感覚を覚える。
掛け布団を被ってみたらどうだろうか……先ほどよりも、ぬくもりが強くなったように感じられる。
そして何より、わずかにだんな様の気配が残るこの布団が、今はあまりにも心地よい。
布団に頬をすり寄せるだけで、少しずつ弱った心が、癒されていく。
――こんな情けない姿、誰にも見せられない。
それを理解しているのに、布団から浮かぶだんな様の虚像に甘えることを、やめることが出来ない。
こうしているだけで、ほんの少しだけ寂しさをごまかせるのだから。
やめられるわけがない……早く、一刻も早く、だんな様に帰ってきてもらいたいのに。
今宵は、あまりにも長すぎます。
たかが1週間。されど1週間。
その程度の時間で、わたくしは今、どれだけ自身が弱くなったかを知らされた。
こんなにわたくしを弱くしたあの方は、あまりにも罪なお方。
「ご主人様、今駅に着いたんだって。もう少しで帰ってくるねっ」
今駅に着いたということは、あと10分ほどでだんな様の顔を見ることが出来そうだ。
――さて、どういった歓迎をして差し上げましょうか。
どこかから流れてきた桜の花びらを見つめながら、そんなことを考えていた。
「蛋白石、今夜の夕食はどうしましょうか」
「え、晩ご飯? んーとぉ……ご主人様疲れてるかもしれないから、何か元気になるものがいいなぁ。
私も手伝うよ?」
「……そうですね、そうしましょうか。主様には元気でいてもらわなければ困りますから」
後ろに座る蛋白石に、笑顔を向ける。
「特に今夜は……ふふふ」
その程度の時間で、わたくしは今、どれだけ自身が弱くなったかを知らされた。
こんなにわたくしを弱くしたあの方は、あまりにも罪なお方。
「ご主人様、今駅に着いたんだって。もう少しで帰ってくるねっ」
今駅に着いたということは、あと10分ほどでだんな様の顔を見ることが出来そうだ。
――さて、どういった歓迎をして差し上げましょうか。
どこかから流れてきた桜の花びらを見つめながら、そんなことを考えていた。
「蛋白石、今夜の夕食はどうしましょうか」
「え、晩ご飯? んーとぉ……ご主人様疲れてるかもしれないから、何か元気になるものがいいなぁ。
私も手伝うよ?」
「……そうですね、そうしましょうか。主様には元気でいてもらわなければ困りますから」
後ろに座る蛋白石に、笑顔を向ける。
「特に今夜は……ふふふ」