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またこの季節がやってきた

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匿名ユーザー

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 3月を過ぎれば、もう春も目の前だ。
 日に日に暖房をつける機会も減っていき、窓から差し込む日差しはとても暖かい。
 そんな季節に、僕は必ず用意しなければならないものがある。
「ご主人様ぁ、おはよ……わっ」
 眠たそうな顔をしていた蛋白石が、一気に目を覚ます。
 無理もない。僕と、一緒に朝食を食べていた殺生石。両方があごに
風邪用マスクをずらしているのだから。
「おはよう、蛋白石」
「早く座りなさい。今日は主様特製の味噌汁がありますから」
「う、うん……えっと、風邪引きました?」
 と、僕と殺生石の顔へ交互に視線を送りながら一言。
 まぁ、そう思われても仕方ない。
「あぁこれ? これは」
「妾の冬毛を防ぐためのものです。本当なら専用のものがあるはずなのに、主様ったら……」
 ……春は、抜け毛の季節。
 そう言うと殺生石はものすごく嫌そうな顔をするから、その言葉はのど元で止めておく。

 縁側に出て腰を下ろす、僕と殺生石。
 マスクを付けた二人が並ぶ光景は、まるで流行り病にでもかかったのかと思わせる。
「マスター……」
 そんな僕の後ろから、電気石がブラシを持ってきてくれる。
 ……天気のよい休日。思い立った日にブラッシングをしてあげないと、
部屋の中が大変なことになってしまう。
「ありがとう。電気石は離れててね。いっぱい毛が付いたらたいへ……」
 そういう前に、電気石の手が殺生石の尻尾に伸びて。
「うーっ」
 電気石の腕にべったりと付く、尻尾の抜け毛。
 一本ならいいが、とても深い毛に包まれた尻尾が九本密集している。
だから電気石にまとわり付く量も、かなりのものだ。
 案の定、電気石の短い腕に満遍なく集まってきた抜け毛。腕を振るって
それを払おうとするが、なかなかうまくいかない。
「あー、お姉様ったらぁ。去年も同じ失敗してるのにー」
「うぅーっ」
 そう言って、台所から居間に戻ってきた蛋白石が電気石を抱える。
「ご主人様、私はお姉様の方をきれいにしてきますね」
「うん、よろしく」
 電気石を抱えたまま、部屋の奥へと姿を消す蛋白石。
 ……僕たちの間を、緩やかな風が抜ける。
「それじゃあ、始めようか」
「ええ」
 一番右端の尻尾を手に取り、毛を強く引っ張らないようにやさしくブラシをかける。
 これが初めてではない。まだまだ慣れた手つきとまでは行かないけれど、
それなりに上手く出来ていると思う。殺生石も、顔をしかめたりはしていないから。
「うわ、すごいねぇ。何だか防寒具に入れたらすごく暖かそう」
 そんな僕の言葉に、どこか困った様子の笑顔を見せる。マスクをつけてはいるが、それは良く分かった。
「もうずいぶんと暖かくなったのですから、必要ないでしょう?」
「まぁ、そうなんだけどね」
 笑いながら、ブラシに付いた抜け毛を袋の中に払い落とす。
「そろそろコタツも片付けないとね」
「妾……わたくしとしては、もう少し残しておいて欲しいものですが。
みかんも」
「みかんはちょっとねぇ。来年までのお預け」
 ブラシに絡みついた毛を払い落としながら、テーブルの上に置かれた
残り少ないみかんを見つめる。
「去年は何個食べたの?」
「そんなもの、数えるわけないじゃないですか……だんな様、そんな
蛋白石を見るような目を向けないでください」
 そう言って拗ねる、殺生石の顔。
 目元だけしか見えないけれど、それがものすごく可愛くて、余計に
笑顔がこみ上げてしまう。だがそんな顔を見せたら本当に怒りかねない。
 庭に生えてる、名前の知らない木を見つめる。
 大家さんがいつも丁寧に育てている庭の草木。春になると、緑を
基調とした色とりどりの花が咲く。
 小さくて古いアパートだけど、こうして季節の移り変わりが目で分かるのは気に入っている。
 今は……まだ緑に乏しく、冬の面影を残している。
「どの木も、すっかり芽を出してますね」
 そうつぶやく殺生石。
 僕には遠くてよく見えないけれど、きっと殺生石が言うのだからそうなのだろう。
それだけ殺生石は目がいい。
「季節を五感で感じられるというのは、よいものですね」
「そうだね」
 台所に置いた春野菜の匂い。
 日に日に暖気を増す空気。
 視界の中で、徐々に増える緑。
 何も食べないと味は分からないけれど、抜ける風の音は聞こえる。
 テレビの音がどこか遠く、ここが家ではないどこかのように感じられてしまう。
「だんな様?」
 手を止めた僕が気になったのか、こちらに顔を向けてくる殺生石。
「ん、あぁごめん」
「……眠くなりがちですが、わたくしの尻尾は枕にしないでくださいね」
 殺生石の尻尾を枕に……か。
 くしゃみは止まらなくなるけど、それはとても気持ちよさそうだ。
 天気のいい日に、外でそんな昼寝が出来たら、どんなに心地よいだろう。
「……桜が咲いたら、みんなでお花見にでも出かけようか」
 僕の声に、はいと返事をしてくれる。
 目元だけしか見えないけれど、殺生石の顔も、少しだけ眠たそうな気がした。

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