魅音が学校に来なくなった。





正確には魅音でない詩音が学校に来ている。
本人に聞いたわけでもないが、確かにあれは詩音だ。
それに気づいたのは魅音と付き合っていた俺だけのようだった。
レナも沙都子も梨花ちゃんも、先生もみんな気づいていない。
詩音にもそれを言い出す気にもならなくて、悶々としたまま2週間が過ぎた。
放課後の部活も「おじさんちょっとバイトがあるから~」とやらないまま。
沙都子も「最近魅音さん付き合い悪いですわよねー」と不満げに漏らすが
特に気にしているようでもなく、毎日梨花ちゃんと手をつないで帰っている。
放課後の部活がなく、少し魅音がよそよそしいだけ。
…それだけだ。他は何も魅音と変わりない 自分に何度も言い聞かせるが
魅音の席で頬杖をつきぼーっとしている詩音を見ていると
なんで魅音が来ない?と少し苛立つ。



すごく、切ない



キンコーン、と校長の鳴らす終業を告げる鐘。
きりーつ、れー と詩音の号令がかかり、皆がばたばたと帰りの支度を始める。
また今日も部活はやらないんだろ、と俺も支度を始める。
レナや沙都子、梨花ちゃんもそう思っているようで 支度を始めていた
魅音の方に視線を向けると、「あ。」という感じでこっちに駆けてくる
「今日は一緒に帰れないんだ。レナと二人で帰ってくれる?」
ごめんね、と謝る魅音、いや 詩音。

いつもの魅音ならそんなことは言わず 走ってかえろ と笑う。
そして気を利かせて二人で帰らせてくれるレナにごめん、と謝ってから
少し頬を赤く染めて俺のそばに駆けてくる。そしてぎこちなく指を絡めてはにかむ。
急ぐよー!と笑いながら走り出す 鞄を振り回しながら、楽しそうに




それが俺の好きな園崎魅音だ。こんなのは魅音じゃない。



とは言っても その他は魅音そっくりだ。右手で消しゴムをいじるクセも、肩を竦めてみる様子も。
レナ達が気づかないのも無理はないか と思いつつも少し悲しくなる。
俺の沈黙が了承と思ったのか詩音が俺の横を走り抜ける
高く結んだ髪がゆれて 甘い香りがする。
下級生に混じりながら走るその後姿を見ているとまた切なくなる


魅音…お前は今 どこで何をしているんだ?
詩音なら知っているか 代わりにきているくらいだから知っているはずだ
詩音に問い詰めよう。
走って 追いかけて 腕を掴んで逃げられないように。
少し強い声で 魅音は? と 
思ったらすぐに実行しなければ。
レナにごめん!ちょっと急ぐから!と声をかける。
思ったより強い声が出たからか、
レナが少し驚いたようにしてから うん、気をつけて という声を聞いてから教室を飛び出す。
廊下を駆ける 周りにいる下級生たちが邪魔だ。
掴んだ鞄を横に振り、牽制する
ビュッ と空気を切る音がして、続いて下級生がひっと息を呑む音が聞こえた。
黙って道を開ける下級生を一瞥してそのまま走り続ける。


下駄箱まではすぐだ、しかし此処でモタモタ靴を履き変えていると詩音との差が開いてしまう。
乱暴に上履きを下駄箱にぐしゃりとしまい3秒で靴を出す!
靴の踵を踏みながら走り出す
はっと短く息を吸うと外の空気が肺に広がる。
少し遠くに詩音の後姿が見える。
それ程離れてはいない
男と女の差だ。全力疾走すれば追いつくだろう
地面を蹴り上げる足と思い切り振る腕に力をこめる。
踏んだままの靴の踵のせいで少し走りにくい

だが急がないと…!

もっと腕と足に力をこめる、
徐々に詩音の後姿が近くなり、やがて追いつく。乱暴に詩音の腕を掴む。
走っていた詩音は少し前のめりになってから立ち止まる。
「圭ちゃん?」
驚いたような顔で俺の名を呼ぶ詩音、その声は魅音そのもので また俺の胸を痛めた。
ふぅ、と荒い息を押さえつけ なるべく冷静な声を出そうと努める。
「いい加減魅音の真似はやめろよ…!」
あ、と意外そうな顔をしてから詩音は髪を束ねるゴムバンドを外した。
長い髪がふわりと広がって、背中に垂れる。
髪を解くだけで魅音というより詩音っぽくなった。
髪型だけで印象って結構変わるのか…。
詩音はにこりと笑って口を開く。
「やっぱり圭ちゃんはお見通しでしたか。流石お姉の彼氏!」
「ふざけるなよ、魅音はどうした!」
ぐっと詩音の腕を握る手に力をこめると詩音が俺を睨む。
「放してください」


逃げたりしないだろうな、と思いつつも手を放す
詩音はふう、と大きくため息をついた。
「お姉 今ちょっと取り込んでるんです」

取り込む?園崎本家のことだろうか
詩音はそんな俺の心境を見抜いたのか、当たり とつぶやいた
「今鬼婆が寝込んでるんです。それで…」
「次期頭首の魅音がその代わりに色々やってるのか?」
「ええ、そうです」
まったくと言った風にため息をつく詩音
違う お魎さんが寝込んだら村中の人達が騒ぐはずだ
詩音の嘘…?

「お魎さんが寝込んだだけで2週間もか?おかしくないか?」

あ、と詩音はまた意外そうな顔をしてからまたふう、とため息をついた。
「圭ちゃんにはかないませんね…。悟史くんが帰ってきたんです。」

悟史っていうと鬼隠しにあったっていう…?

「ええ、そうです。実際は少し病気で入院してただけなんですけど。
今度から毎日の薬剤の投与によって日常復帰できることになったんです。
今はまだ…入院していますけど」

心なしか詩音の声が高くなった気がする。
そういや詩音と悟史は仲がよかったと魅音に前聞いた。

「へえ… で、それと魅音とどういう関係があるんだ?」

嘘をついて学校を休む程重大な何かがあるのか


「はぁ… お姉は悟史くんが好きなんです。」










え?だって俺と魅音は… 


「ええ、それに私と悟史くんも好きあっています。
お姉は以前、あ、以前っていうのは悟史くんが【失踪】する前…のことです
お姉と私は双子ですし 好きなタイプも似てたりするんですよ?
だから…その前、えっと お姉は結構悟史くんにベッタリだったみたいで…
家同士の事情もありますし、結構隠れてたみたいなんですけど…」

ベッタリ?悟史に?魅音が…?

「悟史くんも、お姉を嫌ってはいませんし…。正直困ってるんです。
最近入院先に押しかけてきてて、…あはは ごめんなさい。
だからちょっと圭ちゃん 助けてくれませんか?」

「助けるって…何をだよ」

フフフ、と不敵に詩音は微笑み白い指を俺の首筋に這わせる
ひんやりとした指はぞくりと不思議な感覚を呼ぶ
詩音はそのまま耳元に口を寄せ、内緒話でもするかのように言った

「私と、悟史くんと、圭ちゃんを…です」

耳元で囁かれたその言葉はなんだかひどく艶かしく、秘密めいていた

ど、どうするんだよ、と情けないと自覚できる程情けない声が出た

「あはは、興味あります?やっぱり」

ぱっと俺の首筋から指をはなし あはは、と詩音は笑う

「誤魔化さないで教えろよ…っ」
「圭ちゃんちょっと怖いですよー?もっと気楽に気楽に」
「な…っ だから誤魔化さないで教えろって!」
「えっとね…ふふふ」


詩音はんー、と唇に人差し指をあて、言うべきかどうかを思案していたようだったが
「あはは 当日になったら教えます」

と、身を翻し園崎家の方へかけていった
それはもう【詩音】で魅音の面影はなく、
その後姿を見て切なさを感じることもなく、ただ魅音に裏切られたような 少しだけ虚無感があった。
自分があれだけ魅音を想っていた時に、魅音の想いは悟史の元へ向かっていたのだろうか


少し苛ついた


大きく息を吸う。
さっきまで息をとめていたわけでもないのに 
少し涼しいこの空気が心地よかった
苛立ちで赤くなっていた顔が冷えていくのが分かる
それでもまだ顔は熱くて、魅音や詩音や悟史とか色々な感情が渦巻いている。
俺は魅音が好きだ
それを魅音に伝えた時 潤んだ瞳で私も、と言ってくれた
だからそれを疑うこともなく俺は信じてきた
でも……

ふと眼前の建物を見上げるとそこは自宅。
いつの間にと思いつつもドアノブに手をかける
がちゃり と施錠の感触
「あれ、親父達どっかいってんのか?」
ポケットの中を弄る。
鞄の中、ポケット全部を探るか鍵はいっこうに見つからない
「家に入れない?ちょっとやばいんじゃないか…」
雨も降りそうだしなぁ…と呟き空を仰ぐ
額に冷たいものがあたる

「雨…!」

数秒空を見上げているとポツポツとしていた雨が激しくなっていく

「やべっ…」

家の前まで来て立ち往生なんてごめんだ
濡れるよりは学校かどこかで雨宿りさせてもらったほうがいいそう思い走り出す
そうだ 学校じゃなくても魅音のうちとか…。
でも今魅音のうちに居るのは詩音だ
さっきの意味深な言葉もあり なんだか会い難い気がした
雨の中を走るのは中々心地よく、びちゃびちゃと靴の中には水がたまったが特に気にならない
少し浮いた気持ちはパパーッと車のクラクションで現実に引き戻される

「やっぱり前原さんでしたね」
声のしたほうを振り返る にこりと車の中から微笑むのは…
「監督?」
「ほら、やっぱり前原さんですよ そんな隠れないで」
助手席に座っている人に監督は話しかける
「ちょっ…監督!やめてよ… 早く行かないと」
「魅音!?」
助手席から聞こえたのは確かに魅音の声 いや、詩音なのだろうか
「け、圭ちゃん…」
「魅音なのか!?今までなんで学校やすんでっ・・・!」
車に駆け寄り開いた窓越しに怒鳴りつける
「ほらほら前原さん落ち着いて 魅音さんとお話したいなら車へどうぞ、濡れますよ?」

じゃあ失礼します と呟いて後部座席のドアを開ける
助手席には魅音、運転席には監督 後部座席には・・・
毛布に身を包んだ誰かが座っていて、その隣に座ると肩に俺の頭を預けてきた。
眠っているようで 規則正しい呼吸音がする

「えっと・・・なんかすいません」
靴は未だぐちゅぐちゅと音をたてていたが、
後部座席を振り返る監督はそれを嫌がる素振りはなく出発しますよ と言った
ざーー、とより強くなった雨の音。
見難い窓の外は後ろへと流れていく。
俺に頭を預ける人の方を見る
頭の大半は毛布で隠れているが、はみ出ている髪は色素が薄く車が揺れるたびサラサラとゆれた
次に助手席を盗み見ると角度的に魅音の顔は見えず、唇をかみ締めていることと
片腕をつねるように握っているのしかわからなかった

そういえばこれからどこへ行くんだ?

雨だからか、随分とゆっくりな監督の運転は眠気を誘った。
それでも窓の外を眺めると、少しだけ見覚えのある景色
      • そうだ、梨花ちゃんちへの道
何度か神社へは行った レナや、魅音たちと。
そのときの魅音の笑い声が蘇り、また胸を締め付ける
がたん、とまた車が揺れる
もう寝てもいいかな・・・





ぺちぺち、と軽く頬をたたかれることで俺は目を覚ました
「あ、やっとおきた」
さっきまで隣で寝ていた人・・・俺と同世代ぐらいの少年が俺の頬を叩いていた
「むぅ・・・えっと 初めまして、だよね?僕は北条悟史 悟史でいいよ」
にっこりと微笑み・・・悟史は言った
初めて見る顔だ 雛見沢の人間じゃないのか?

いや ちょっとまった    さっきこいつはなんていった?
僕は北条悟史

悟史?




「悟史くんが帰ってきたんです」「お姉は悟史くんが好きなんです。」
詩音から聞いた話が思い出される

こいつが・・・



「むぅ…君は?名前。」
俺がよっぽど黙っていたからか悟史が申し訳なさそうに口を開いた
「圭一、 前原圭一」
まるで聞き覚えのある、と言った様な風に悟史は俺と魅音の顔を見比べた。
「そっか!君が圭一かぁ 詩音からよく聞いて「悟史!」

魅音が怒鳴る
悟史はむぅ、と苦笑した

車がとまる。
「此処でいいですね」

監督が魅音にそう聞き「はい」と魅音が答えた

「では私達は少し行ってくるので待っていて下さい。車から出ないで下さいよ」

監督はバサリと傘を開き神社の石段を登っていく
魅音もその後に続いた。


「むぅ 置いてかれたね、僕ら」
「そ、そうだな」

普通の友達のように話しかける悟史
その間も詩音の言葉が頭の中で渦をまいていた。

「さ 悟史は」

疑問が言葉になる
聞きたくもないことが。
「詩音が すきなのか?」

違う 嫌い そうじゃないよ    
そう答えられたらどうなる?
それは悟史が魅音を好きかもしれないと、そういうこと…だ。
俺はどうする
どうにかできるのか…?

「え?どうしたの?   むぅ…答えるからその怖い目やめてくれよ」

よほど怖い目 をしていたのか緊張を和らげると悟史はまた笑った
「うん 好きだよ。詩音は。ずっと僕の力になってくれた」
照れ隠しか悟史は頬をかいた

「へえ… 仲いいんだな」
少し皮肉っぽくなってしまった。
「あはは 惚気っぽいかなー ふわ…」
悟史は大きな欠伸をしてから

こて、とまた肩に頭を預けてきた
「ごめん…眠いんだ ちょっと眠らして……」

ざー、と雨は降り続ける
今窓を開けたら雨が全部入ってくるのだろうか と考えながらまた魅音に思いを馳せる

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最終更新:2007年03月10日 01:08