輿宮エ*本事情

 俺たちは、聖なる戦いへと赴いていた。
メンバーは俺と悟史。戦場は輿宮の一書店。
攻撃目標は……そう、エ*本のコーナーだ。
俺たちはいつもと違う私服に身を包み、
知り合いに見つかることを最優先に警戒し、書店へ、ステルスエントリーした。
潜入は成功だ。
「け、圭一、不味いよ、あれ、魅音だ」
いらっしゃいませーと、元気に声を上げる店員は、
確かに魅音だった。
ああ、そうか、ここら一体に園崎の手が広がっているんだ……
「まずいな、河岸を変えるか?」
「むぅ、でも、ここら一帯園崎家のテリトリーだよ? 
どこに行ったって、バレない可能性はゼロとは言い切れないよ」
「な、なかなかの戦略眼だな、見直したぜ」
 この作戦に悟史を加えるのは苦労したが、仲間にすると心強いやつだというのが分かった。
何より、こいつも飢えているんだと実感したのが大きい。
変態を許容する俺でも、やっぱり一人は心細いからだ。
「あ、魅音からレジが変わるみたいだよ」
「お、おう。だが気をつけろ、奴は巡回を開始するかもしれない」
「そうだね……やっぱり場所を変えるしか……」
「いや、悟史よ、ここのエ*本コーナーが、一番種類が豊富なのだよ。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ」
「むぅ……冒険野郎だな、圭一は」
とにかく、俺たちは斥候をすることにした。
相互監視というやつだ。
一人が前進し、一人は監視役をする。
接敵しそうなら、監視役が合図を送り、直ちに退避する。
この繰り返しで、書店内の安全地帯の把握と、作戦決行時の物品の回収をしやすくするのだ。
神経質な悟史らしい作戦だ。無論、実行役は俺だ。悟史は監視役。これは、適任だと思う。
俺だって、自分の趣味に合うものが買いたい。
資金は折半で、俺には二冊の回収が義務付けられていた。
「ふぅ、圭一、大丈夫だよ」
小声で悟史が俺に安全の確保を宣言する。
「よし、アルファ、突入する。ブラヴォー、援護を頼む」
ブラヴォー了解、と悟史は親指を立てた。
 悟史の方向をちらりと見て、微速前進。
その繰り返しで、なんとかA地点まで到達できた。
楽園までは、あとB地点、C地点を経由しなければならない。
それぞれの地点は、安全地帯へのアクセスを考慮して考え出されている。
俺と悟史の知恵の結晶だ。
人は、蛇にそそのかされて知恵の果実を口にしてしまったという。
その結果、人類は楽園を失ってしまうのだ。
だが、あえていおう。
蛇よ、ありがとう。
俺は随分と離れた悟史に、A地点から合図を送る。
アルファ到着した、ブラヴォー進め、と。
悟史はすばやく、この地点までやってきた。
俺と悟史はお互いをすぐに退避させられるように手をつなぎ、本棚の向こう側を偵察する。
「あんたら、何やってんの? 手なんかつないで」
気配さえ感じさせず、魅音は本棚の上から覗き込んできた。
「み、魅音?」
「むぅ……」
こら、赤面するな、悟史。
「ちょ、も、もしかして圭ちゃんアレ? 穴があったらなんでもいいの?」
「な、なんだよそれ、俺はカップラーメンとかこんにゃくとか使ったことは無いぞ!」
「いや、そんなの言ってないし……何なの? エロ本でも買いに来たの?」
こいつ、ためらいもせずに言い切りやがった。俺たちがせっかくエ*本と糖衣に包んで言ってるのに。
 「いや、ちょっと参考書を……な? 悟史?」
「うん……」
だから、赤面するなっての。っていうか、手を放そうぜ。
「ま、いいや。お客様の邪魔はしませんよ。
個室あるから使ってもいいよ。汚さなかったらね。ビデオまわしとくけど」
くぅ、これが園崎のやり方か。しかしな、魅音よ。
お前は大切な商機を逃したんだ。
ここに集結した2500円で、買えるだけのものを買っていこうというのに、それをお前は……
「遠慮しとくよ。さ、行くか、悟史」
「お幸せにー」
ぴらぴらと手を振り、俺たちを見送る魅音。待ってろよ、沙都子。にーにーを今、穢してやるからな。いや、違う。

 「ところで悟史よ、あの本屋意外にでっかいところ知らないか?」
「むぅ……アレ以上大きいところは無いけど、一つ園崎系じゃないところを知ってるよ」
「なにぃ、そりゃ一番最初にそこに行くべきだぜ」
「いや、このあたりのそういう物件は全部園崎が納めてて、
売れなさそうなものしかその書店には流通しないんだよ……だから、たぶん質は低いよ?」
こ、こいつ、純情そうな顔して実は結構経験深いんじゃないだろうか。
「それでも仕方が無いな……いや、園崎系でいいから、もう一店舗のほうに行くか……」
「でも、そこは……そういうのばっかりなんだよ。その、そういう本の専門店というか……」
「な、何だって、そりゃもってこいじゃねえか!」
「む、むぅ。圭一は冒険野郎だな」
何気に気に入ってるな、そのフレーズ。
 俺と悟史は、とりあえずその専門店へと赴くことにした。
店外にさえ漏れ出るそのオーラは、まるで鷹野さんのようだった。
ああ、あんな人に弄ばれてえ……いやいや、違うぞ、俺は断じて違う。
そう、こう、なんというかちょうどいいぐらいの大きさがいいんだ。
関係も対等。
いや、むしろ俺が攻めだ。
「け、圭一、行くよ?」
「悟史、お前震えているのか?」
「うん……圭一は大丈夫なの?」
「いいや、俺も震えてるさ。
歓喜にな! 俺は一人でも行くぜ! 
悟史、お前はそこで自分の無力を呪ってろ! 
俺がやる。俺が成す」
「け、圭一を一人でなんか行かせないよ!」
「そうか、その言葉を待ってたぜ。
なんか昔もこんなことがあったような気がするんだよな。
思い出そうとすると体がだるくなるんだけど」

とにもかくにも、決心はついた。あとは飛び込むだけだ。
店内は、異様な空気で満たされていた。
迫り来るような肌色の表紙の波に、男たちが出す異常体温による気温上昇。
暑い夏を、より一層暑くさせる。
いらっしゃいませの声も無く、ただ鋭い眼光を飛ばす親父。
すげえ買いにくいが、その代わり勢いが付きそうだ。
俺たちは二手に分かれ、それぞれの予算にあったものを探す。
俺は千円、悟史は千五百円だ。
場合によっては、二人で力をあわせて買うことになる。
値段を見ると、俺の金でぎりぎりといったところ。
安いものなら、悟史の金で二冊ぐらいはいけそうだ。
悟史は、すでに二冊をかかえこんでいた。
顔を赤らめ、レジに進むのをためらっている。
な、何をこの期に及んでアイツは!
「悟史、ゴゥ」
そうささやき、悟史の背中をバンと叩いてやる。
悟史は頷いた。
 俺も一つ、このたわわな果実……いや、やっぱり清純派……
セーラーいいよねセーラー……
ま、まずいぞ、なぜここでレナが出てくるんだよ、おい、その一線だけは越えてはならない
 ああ、やめて、やめてくれ、
俺のレナを汚さないでくれ、ああ!
「ちょっと、圭一、はずかしいよ」
ぽんぽんと悟史が肩を叩く。
ああ、また俺はやってしまったのか。
もう何も見ず、値段だけ確認してやたら愛想の無い店員に金と本を渡す。
一瞬じろりとにらみ、つり銭を渡す。
たぶんこの親父、俺の年齢わかってんだろうな、とか思いつつも、足早に書店を出た。

ついに俺たちは、至宝を手に入れたのだ。悟史は二つ、俺は一つ。
川原の橋げたの下で見せあいっこ。
いや、ヘンな意味じゃなく。
「な、なぁ、悟史、お前一体どんなの買ったんだ?」
「これと……これ」
お姉さん系……いや、巨乳系と言うべきか。
たわわとゆうかたゆゆというか、そういった感じの果実が二つ、
迫力のある構図で映し出されている。これを撮った奴は天才だ。
「ほ、ほう、なかなかいい趣味をお持ちで」
「圭一のはどんななの?」
「お、おう、俺、実は値段だけ見てきたんだよな。どんなのだろ……」
クールになれ、前原圭一。今手を震わせてどうする。
「こ、これだよ」
「圭一……君ってそんな趣味があったの……」
「なんだよ、人の趣味にケチつけんな……よ……」
ロリゐタ
「ちょ、これはちが……」
「二人ともー、そんなところで何やってんです?」
「うげぇ、詩音! か、隠せ!」
俺は突如としてやってきた詩音に対応しきれず、
隠蔽工作用に持ってきたかばんに本をつっこんだ。
悟史はそんなことに気が回らなかったのか、その本を乱雑に草むらに投げ出した。
「ん? 悟史くん、今何か投げませんでした?」
「え……あ、むぅ……」
ずんずんと近づいてくる詩音。こうなったら逃げるわけにもいかない。
「悟史……もう観念しろ」
「むぅ……」
「さとし……く?」
詩音の目の先には、悟史の買ってきたエロ本が二冊。固まる空気。下がる気温。
「ははは、悟史くんも男の子ですもんねぇ。
そういうのに興味ないのかって、心配でしたよ。
さぁ、悟史くん、ちょっとウチよっていかないですか?
近くに私のマンションがあるんですよ、さぁ! さぁ!」

「む、むぅ……」
何だよ、悟史……お前、お前! エロ本要らねえんじゃねえか! ちくしょう、このダラズがぁ……俺なんて、俺なんてなぁ、手元に残ったのが炉利ぃな本で……こんなのでおっきしたら俺もう戻れねえよ……沙都子とか梨花ちゃんの顔見れねぇよ……
「ぼ、僕は圭一と一緒に遊んでるんだ、ごめんね、詩音。また今度!」
 悟史は本を拾い上げ、俺の手を引いて走り出した。
「さ、悟史、お前ぇ……」
「ちょ、悟史くーん? 悟史くん!」
詩音も走って追いかけようとしたが、
途中で追いつかないと悟ったのか、走るのをやめた。

「さぁ、圭一、ついたよ」
そこは、輿宮の少し外れ、雛見沢寄りの山道の傍らにある小屋だった。
中からは人の気配は全くしない。
「ここは?」
「僕と沙都子の隠れ家なんだ……昔、つらいことがあったときはここに逃げ込んでね……」
「なるほど、助かったぜ。ここなら自由に鑑賞できるってわけだな」
「うん、さぁ、上がって」
俺は、悟史の後について小屋に入っていった。
中にはランタンとろうそく立てがあり、悟史はそれに火をともしていった。
「さ、見るか」
「うん……あのさ、圭一」
「なん……だ?」
俺の目の錯覚だろうか。悟史が、脱ぎ始めたように見えるんだが。
「あの、圭一のはじめて、貰うって……僕、決心したから!」
 ちょ、決心するなおい! 何考えてんだよ、悟史、あの友情っぽい演出はなんだったんだよ、あれ、もしや愛が成せる業ってやつだったのかよおい、納得のいく説明をぉ!
「ちょ、待て、お、俺はれれれ、レナが好きなんだ、な、お、お前もアレだろ? その、詩音が好きなんだろ?」
「むぅ……僕、本気だよ?」
俺は身の危険を感じ、かばんも省みず逃げだそうとした。
が、すぐに退路は閉じられる。扉が、開かない。
「言っただろ? ”沙都子”と、僕の隠れ家だって」
「ね、ねぇ、冗談ですよね? その、悟史くん?」
「やっと僕をくん付けでよんでくれたね、圭一。さぁ、どっちがいい?」
目がマジだ。
 ちょ、どっちって何? 何が起こるの? ねぇ、ねぇ!
「どっちもいやぁぁあ! にーにー! にーにーぃぃ!」
「沙都子も最初はそう言ってたんだよ。でも、今は……分かるよね? 僕ってそういうのがうまいらしいんだ」
そういうのってなんだよ、なぁ……俺たち、友達だったんじゃないのかよ……
おかしいのは俺? それとも悟史? いや、もうどっちでもいい。
「さ、悟史を返せ!」
「どうしたの圭一? 頭がおかしくなっちゃった? 僕は悟史だよ」
「いいや、違うな」
「じゃあ、何だって言うの?」
「お前は……ホモだ」
「そうだよ」
「や、やぁぁぁあ、ら、らめぇ、らめぇ! クールになって! お願い、クールになってよぉ!」
「そろそろ観念しなよ、圭一」
悟史が、俺を部屋の隅へと追い込んでいく。
「お、俺をどうする気だ?」
「沙都子と同じ目にあってもらう」
悟史が急に鬼の表情で、俺の肩をつかみ、後ろを向かせようとする。
「おらぁ、ケツ出せケツぅ!」
抵抗する俺に、悟史の平手が飛んでくる。泣きじゃくる俺。
「うう、ぐすっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「なに念仏唱えてんだよぉ、おい?」
平手がもう一発飛んでくる。
「一つだけ……聞いて。痛くしないで」
「叶えてやるよ、力抜きな」
「アッー!」

「そこまでよ!」
突如、扉が大音響を上げ、二つに裂けた。
「助けを呼んでる人が居る! 嘆きを聞き取る鉈がある!
正義の鉈戦士、竜宮礼奈ただいま参上!」
「くっ! いいところでぇ!」
「れ、レナぁ、怖かったよぉ!」
ついに俺は、声を上げて泣き出してしまった。
「これで勝ったと思うなよ、礼奈!」
「どうしたの? かかってこないの?」
勇ましく鉈を振り上げるレナに、悟史は半歩下がる。
「勝ち目の無い戦いはしない主義なんでね。逃げさせてもらうよ」
悟史が強く地面を踏むと、床が回転し、悟史は地下に飲み込まれていった。
「まてぇ!」
高笑いを残しながら、悟史は地下へと消えていく。
悟史が行った道は、もう開かなくなっていた。
「大丈夫? 圭一くん?」
「う、うん、なんとか」
そう、よかった。
俺の意識は、そこで絶えた。
 ひぐらしの声が聞こえる。
ああ、そうか、今までのは全部、夢だったんだ。
そうだよな、悟史があんなことするわけない。
どうかしてる。
ひぐらしが鳴いている。
早く帰らないと、母さんが心配するだろう……
早く、帰る?
俺の背筋は凍りついた。

「やっと起きたんだね、圭一。
”入れた”瞬間気絶したから、どうしたのかって心配したよ。
良かった。さぁ、続きをやろう」
「え? 入れたって……何を?」

「そんなの決まってるじゃないか」
悟史はわざと、一呼吸置いた。

「***だよ」

「う、う、うぁあああああああああああああああああああ!!!!」

この事件は何も終わってなんかいない。
まだ続いてる。 まだまだ続いてる。
誰かこの事件を終わらせてください。
この残酷で無残で悲しい……
この事件を終わらせてください。
それだけが俺の望みです。

「あのとき一つ叶えてあげたじゃないか、今度はダメーーーーあははははははは!」

輿宮エ*本事情―完―

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最終更新:2007年03月18日 18:39