――――あら? あなたまたここに来たの?
あの時以来ね。久しぶりに会えて私も嬉しいわ。いつも一人なんだから。
それで、『今回』は何の用? まさかあの時みたいに遊びたいの? ……駄目よ、まだ梨花が死んでいないんだから。
違うの? やっぱり悟史についてなの? そうよね。今はそれしかないものね。

確かに彼の存在は一種のイレギュラーだったわ。昭和58年の6月にただ一人、起きていなかった人物ですもの。
今までのどの世界からも隔離され続け、なのに彼は世界に多大な影響を残していった。
彼は昭和57年の綿流しの夜、叔母を金属バットで撲殺する。雛見沢症候群の発症が彼を狂わせ、世界から隔離した一つのいい例。
発症故に入江診療所に閉じ込められ、彼が気付かぬ間に世界は終焉を迎えていく。
幾度も繰り返される惨劇の中に閉じ込められていたことにすら、彼は気付けなかった。
だけど、彼の消失は多くの悲劇の可能性すら孕む。

最も彼の影響を色濃く受けたのは『綿流し編』『目明し編』の世界。
人物に限定させるなら園崎詩音。
悟史の失踪は彼女の心の傷となり、傷口から沸いてくる鬼を留めきれなかった。
その結果があの大虐殺。
彼女はエレベーターフロアの上に落下したあと、自分の存在を謝罪しながら転がり落ちて、壮絶な死を遂げたわ。
『生まれてきて、ごめんなさい』
環境と悟史との狭間で運命に翻弄された彼女は、強い後悔を強い意志に変えて、次からは沙都子を守ることを決意する。
けれども、彼女はまた別の運命に囚われる運命だったのよ。

それが『皆殺し編』における鷹野の強い意志。通称『ルールY』。
折角の決意も鷹野の銃弾一つで掻き消されてしまったわ。
他のみんなも、例えば沙都子だって『ルールZ』が崩れたのに殺されてしまった。
圭一だって『ルールX』を打ち破ったのに殺された。
これはもうどうしようもなかった。
けど、それでも梨花にまだ生き続ける強い力を与えたのも事実。

梨花の強い意志が羽入にも伝わり、羽入が加わったことで鷹野を打ち破った世界が
『祭囃し編』の世界。
もちろん富竹はもちろん、赤坂や入江、葛西、大石などの大人組みの活躍も成功の鍵だった。
そしてその世界の中でようやく詩音は悟史の姿を見つけるわね。
本人は気付いていないけど、これは100年の想いが叶った瞬間だった。まさに奇跡。
梨花たちも鷹野を打ち破り、初めてオヤシロさまは恐怖の偶像としてではなく、融和をもたらす神として祭られる。
敗者のない世界。
部活メンバー全員が無事で、誰も死ぬことが無く、昭和58年6月という迷宮を抜け出した。
みんな幸せ。みんな仲良し。めでたしめでたし……。

本当に?

ねぇ、本当にそうかしら? くすくすくす。
何? ルールXYZを打ち破った上での悲劇があるのかって?
さぁね。それについては分からないわ。だってそれを見れるかもしれないのは未来なんだもの。
だから今回は、ルールXYZについてお話しましょうか。

ルールX『誰かが疑心暗鬼に陥る』
ルールY『富竹殺しなどの鷹野の強い意志』
ルールZ『園崎家を事件の首謀者だと誤解する土壌』

これらのルールは複雑に絡み合ってお互いが補強しあう存在だった。
『鬼隠し編』『綿流し編』『目明し編』『罪滅し編』などはこの3つの影響を完全に受けたからこそ、起こった悲劇。
圭一が、詩音が、レナが。運命に導かれるように破滅への道を登っていった。
しかし『罪滅し編』にて3つの錠前のうちの一つが解かれる。
圭一が『鬼隠し編』の記憶を取り戻し、自分の身でレナの狂気を殺したのだ。ルールXを破るという圭一の快挙。
そして波に乗るように次の『皆殺し編』でも圭一はあっさりとルールZを破り、『祭囃し編』では梨花によってルールYが破られた。
全ての錠前は砕かれて、ハッピーエンド。

本当に?

よく考えてみて。一人だけルールに縛られたままの人物がいないかしら?
……それこそが悟史なのよ。
もちろんルールYについては何も知らないし関係も無かった。でも、残りの二つは? ルールXとZについては?
彼はどの編でも必ず地下に居て、地上とは隔離されてきた。
だから地上で何があっても関係ないんじゃない?
そう、例えばルールXが圭一によって砕かれても悟史には当てはまらないように。

ここで彼の叔母殺しについても考えましょう。ここでの時間は無限にあるんだから。
叔母を殺した理由は、あなたならわかるわよね。そう、沙都子を救うためよ。
叔母の暴力から沙都子を守るのもそろそろ限界だった悟史は、ついに叔母を殺すことを決意し、綿流しの夜に撲殺する。

けど、彼みたいに温和な人物がすぐに殺人を犯そうなんて考えるものかしら? いくら症候群が進んでいたとしてもね。
実際、当初の彼は考えていなかった。周りに相談することで、誰かの力を借りてどうにかするつもりだった。
けれども、北条家という特殊な事情がそれを邪魔する。
近所の人たちに相談することも出来ずに、一人苦しんだに違いないわ。
だって、沙都子と一緒に逃げ出しても泊めてくれる家なんて無かったんだから。
そこで彼が思いついたのは、身近にいる友達に相談するという方法だった。
友達の中には御三家の人間が二人もいるし、どうにかしてくれるに違いない。
そんな期待をまだ少年だった彼が持っていても不思議じゃないわよね。

でも、その期待は見事に裏切られるわ。
魅音は適当にはぐらかすばかりで、効果的なことは何もしてくれなかった。
梨花には頭を撫でられるだけで、何もしてくれなかった。
元から期待などしていなかったが、レナも出来なかった。

最初は「あ、そうなんだ……」程度に感じていた気持ちがどんどん膨らんでいく。
悲しみから怒りへ、そして憎悪を持ち、最後には人を信じられなくなる。その闇に付け込むように症候群が彼を洗脳していく。

『あいつらは僕がもがき、苦しんでいるさまを見て、蔑んでいるんだ』
『僕が苦しんでいるのを見て、喜ぶのは園崎家に違いない』
『じゃあこいつらも園崎家の仲間。僕の肩をもった振りをしているだけなんだ』

こんな風に悟史が考えていても、何らおかしくないと思えるのは私だけかしら。
妹の存在も煩わしいものへと変わっていく。

『なぜ、こいつを守る必要があるんだろうか』
『自分で火種を撒いておいて、消化させるのは僕に任せるのか?』

妹でさえ憎むようになる。自分の環境を嘆く。
それでも沙都子を見捨てなかったのは、妹という存在を断ち切れなかったせいかもしれないわね。

綿流し当日。今までの積年の恨みを叔母にぶつけた。
何度も何度も、死んだあとも殴る。バットが血糊でカラーを朱に染めても、それは止まらなかった。
信じていたのに。信じていたのに……! みんな死んでしまえ!
もはや原型を成していない叔母の顔を見て盛大に彼が笑ったのは、泣き方を忘れた彼の涙に違いないわ。

そして、その考えを保ったまま隔離された彼が、目覚めたときやろうとするのは復讐なんじゃないかしら?
例え症候群が治ったとしても、記憶が消えるわけでもないし。

と、ここまでが悟史についての私の考えよ。
そして今に至ると考えれば、今の悟史の心情を少しは理解できるんじゃないかしら。
むしろ殺されないだけ良かったほうよ。堕とされるなんて軽い方。

でも悟史は堕とすべき相手を最初に間違っているわ。
だって詩音は唯一、悟史を助けようと爪を剥がしたのだから。
2枚目で詩音は泣き叫んだけど、それよりも大事だったのは挑んだこと。誰も助けようとはしなかった状況で、唯一助けようとした。
これは褒められるべき行為だったと私は思うわ。

綿流し前日に『魅音』へお願いをした悟史。
彼は本当に『園崎魅音』へお願いしたのかしら?
それとも『園崎詩音』へお願いしたのかしら?
本人曰く、魅音が二人居ることに気付いていたらしいから、どちらかに頼んだことになる。
じゃあどちらに?

――私は詩音だったと思うわ。前述の通り、悟史は魅音に対して憎むような感情を持っていた。
もし気付いていたのなら、わざわざ『嫌いな魅音』に沙都子を頼むだろうか。そうは思えない。
恐らく、喧嘩したのも詩音だと気付いていたはず。だからこそ頼んだ。
本気で自分を心配してくれる彼女なら、頼めると思ったんじゃないかしら――

悟史が詩音を最初に手に掛けたのは何の運命だったのか、私には分からない。
でも、今度こそ詩音の救いの手が悟史に届きますように。

園崎家を憎む悟史と、その園崎家に属しながらも悟史に思いを寄せる詩音。
全ては出会ったあの日に定められていたのかもしれない。
あなたも、私と一緒に彼らの物語を見届けましょう。

――――例え、その先の未来が深紅に染められていたとしても。


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最終更新:2008年05月21日 13:29