北条悟史は困惑していた。
どこかへと逃避するかのように、ぼんやりと頭上を仰ぎ見る。自宅の見慣れた天井の木目が視界を占領し、吊るされた蛍光灯のチリチリした明かりが目に染みる。霞がかったように思考が働かない。
彼が一年余の眠りから目覚め、自身の努力とリハビリ、監督の懸命な治療と研究が功を奏し、晴れて診療所を退院したのはつい最近のこと。
退院する前日、監督や仲間たちと一緒に、この自宅の大掃除をしたのを思い出す。病み上がりでまだまだ体力の乏しい自分は、大した役に立てなかったのが口惜しかった。
と言っても、長い間使われていなかった割には目立った汚れも埃も無く、大がかりな作業ではなかったのだけれど。
仲間たちに聞いた話によると、沙都子が家事に勉学に罠作りに(……?)と、するべき事は少なくない中、貴重な休日を使って頻繁に掃除と手入れをしていたらしい。
……彼女はとてもしっかり者になった。本当に。
妹と同様に定期的な注射と検診は欠かせないものの、悟史は自分でも驚くほどに穏やかな気持ちで、ずっとずっと望んでいた平凡な日常を過ごしている。
――否、過ごしていた。つい数分前まで。
「あうあう……悟史、どうしたのですか? よくないのですか?」
「……く、ああぁっ!」
少女の声と『感覚』に、悟史は苦悶の声と共に現実に引き戻される。
悟史の目の前にいる少女の名は古手羽入。つい最近転校してきたという、沙都子の友人である古手梨花の親戚だ。
兄と共に自宅に戻った沙都子に会うために、梨花と羽入は頻繁に遊びに来る。そのまま泊まっていくのも珍しくない。
今日、いや、もう昨日か――も、親友たちと他愛の無いやり取りをして、あの頃からは想像もつかないような眩しい笑顔を浮かべる妹の姿を、悟史は微笑ましく見守っていたものだった。
――ああ、そういえばまだ昨日なんだなあ。何だか十年くらい前のことみたいに感じるんだけど。
悟史はほとほと困り果てて、白いパジャマをまとった少女に目をやる。その姿は妹と同年代の少女にしか見えない。淡い藤色の緩く波のかかった髪、左側に鋭い傷跡の入った艶やかな漆黒の二本の角。ん? ……角? え、角??
悟史は一瞬疑問と怪訝を表情に浮かべ、そんなものは些事だ、どうでもいいとそれを何処かに追いやる。
そう。些事だ。
別に彼が人並み外れて細かい事を気にしない性格なのではない。他の何物も霞んでしまうような――そう、平凡な日常とは程遠い状況に、現在進行形で苛まれているからだった。今の悟史なら、例えば庭に隕石が墜落しても、些事だと認識するかもしれない。彼は頭痛さえ感じながら、この現実と向かい合う。
あり得ないよな、どう考えても。
……妹の同級生に自分の肉棒を両手で握られて、その口に先端を咥えられているなんて。
きゅうっと閉じた唇が膨らんだ先端を吸い上げて、小さな生暖かい舌がそれを突くように舐め続ける。悟史は歯を食い縛って、身体の震えと先端から溢れそうなそれを抑える。
「あぅあぅ。悟史は我慢強すぎなのです……これはどうですか?」
羽入は先ほどまで唇で吸いついていた先端を指で弄りながら、舌先を尖らせてその根元に当て、くすぐるような軽さで裏筋に沿って這い上がらせる。
「……うあっ!?」
ピリッと電気が走るような快感に、思わず身を引いた悟史の背後で、ごづっと重い音がした。続けて背中に鈍い痛みを感じる。そこで初めて彼はすぐ背後にある壁の存在に気がついた。
精神的にも肉体的にも、あらゆる意味で逃げ場がない。
だが、彼の強靭な理性と常識と精神が、このまま流されてはいけないと激しく訴えていた。
「ええと、羽入……ちゃん……っ!?」
布団を包んだシーツを引き裂かんばかりに、ぐっと握りしめて、悟史は意を決して口を開く。
「駄目だよ……っ、こういう、ことは……! 簡単に、しちゃ、だめ……っあぁ!」
再び羽入は唇を締めて、そそり立った悟史のものをぎゅっと吸い上げた。
そうして悟史の言葉を遮った彼女は、ちらりと悟史の方を見上げた視線で「何がですか?」と問いかける。
「む、むぅ……だ、って……ぼ、僕と君は……知り合った、ばかりで……」
羽入が唇を離した。唾液と先走りの混ざった粘着質な液体が、桜色の唇と先端の間に光る糸の橋をかけた。
「あう。人と人との絆を作るのは時間の長さも重要ですが、それだけじゃないのですよ?」
含蓄があるようなないような答えを返し、羽入は再び、今度は舌を強く押しつけて裏筋を舐め上げる。空いた手で袋になった部分を転がす。至福の苦しみが浮かんだ悟史の額から一筋、汗が流れ落ちた。
「それに僕は……ずっと、ずうっと前から、悟史のことを知っているのです」
――彼女が何を言っているのか、わからない……

そして古手梨花も困惑していた。
隣で寝ていたはずの、身体は少女実年齢は熟女な相方――梨花も人様のことは言えない――が、いつの間にかいないと気が付いて起き出してみれば何ということ。その相方は、彼女の百年の親友――あるいはそれ以上の存在ともいえる少女の兄の部屋に忍び込んで、あろうことか貞操を奪っている。
襖の隙間、零れる光の向こうで繰り広げられる想像を絶する淫行に、百年の魔女も愕然とするしかない。
「は、羽入、あああいつ……なっ、何やってんのよ……!?」
喉から絞り出したような、掠れた声で梨花は相手に届かない問いを零す。
裸足の爪先に、襖から伸びる細い光の筋が触れていることに気が付いて、梨花は咄嗟に、びくりと足を引っ込める。
触れた場所から全身に如何わしい空気が染み込んでくるような、或いは光が彼らに自分の存在を教えるような気がして。
……そんなこと、あるわけがない。
梨花は頭を振る。
クールになれ古手梨花。クールになるんだってちょっと待てこのセリフ死亡フラグじゃないか今のなし! なしなし!
梨花は激しく頭を振る。
振り乱された長い黒髪は、もはやぐしゃぐしゃだ。
て言うか取り乱す必要もない。見なかったことにすればいいのだ。そうだ、それが一番いいじゃないか。無理して止めに入っても、明日から二人と顔を合わせづらくなるだけ。ワインの飲みすぎで悪い夢でも見たのだ。
よし、そうだ。それでいこう。
長年培った経験の賜物かどうかは知らないが、梨花は良い意味でクールといって差し支えないと思われる結論を出す。
そうと決まれば話は早い、沙都子の部屋に戻って布団を被って全て忘れて眠ってしまおう。
梨花はそっと踵を廻らす。だが彼女を百年余弄び続けた『運命』というものが、そんなに親切なわけがなかった。
「ふぁ……梨花ぁ、羽入さん……こんな夜中に、どこに行ったんですの? あぁ、梨花。こんなところに……」
寝ぼけた声に振り向けば、果たしてそこには、襖の隙間から漏れる明かりに、夜闇に慣れた目を細めた沙都子の姿。
二の句が継げないでいる梨花の前で、彼女の視線は当然の如く、眩しさの源たる兄の部屋へ。
「まあ! にーにーったら、病み上がりのくせに夜更かしなんて! 何を考えているんでございますの?!」
眦を吊り上げて魔の襖に手をかける沙都子を、慌てて引き止める梨花。
「あぁっ! だめだめだめ、ダメよ沙都子ぉっ!」
思わず発してしまった彼女の声は、二つの効果をもたらした。
ひとつ、部屋の中にいる二人に、彼女たちの存在を知らしめ。
ふたつ。沙都子の好奇心は、よりいっそう部屋の内部へと向けられて。
結果、全員の思考が真っ白に飛ぶほど、常識を逸脱した状況が訪れる。
沙都子の手によってがらりと襖が開け放たれて、梨花と沙都子は、ズボンと下着を下ろして壁に追い詰められた悟史と、彼の足に跨り、彼の立派に成長した倅を口と手で弄ぶ羽入とご対面。
……宇宙空間が辺りを満たす。そんな錯覚。

「ああああんたはいったい何やってんのよおおおおぉぉぉッ!!」
――羽入さんが……羽入さんが、にーにーの、その、にーにーの……あのその、お、おち(ピー)を?

永遠じみた一瞬の間を置き、今度こそ絶叫する梨花と完全に石化する沙都子。ちびっこ二人の反応は実に好対照だった。
「……あぅ。見てわかりませんですか?」
「わかってても訊きたいのよッ! ってかだからこそ訊きたいのかしら!?」
頭からアホ毛を大量に生やして硬直する北条兄妹。その傍らで、半ばやけくそで喚く梨花。あうあうといつものように気弱そうにしているようで、どこか余裕な羽入神。
「いつからオヤシロ様は縁結びの神様☆から色情魔★にランクダウンしたのかしらねぇ! 人を食う鬼だって言われるのめちゃくちゃ嫌がってたのはどこの誰よあんた、立派に喰ってるじゃないのよ、ええ!?」
一体どこでそんなはしたない言葉を覚えてくるのか。完全に頭に血を登らせて猛烈な早口で捲し立てる梨花に、羽入は申し訳なさそうな顔で口を開く。
「梨花……」
「何よッ!?」
「悟史と沙都子が見ていますのです……」
はっ。
我に返った梨花の視線の先には、眼を点にして古手コンビを見守る北条兄妹。
梨花は乱れた黒髪を手際よく手櫛で整え、コホンとひとつ咳払い。にぱー★と愛らしく、微妙に誤魔化しきれない黒さを含みつつ微笑む。
「は、羽入。おいたはメッなのです。い……いけない迷子な子猫さんが困って、にゃーにゃーなのですよ? みー」
今更。梨花ちゃま今更、取り繕う。
「…………無理しなくてもいいですわ、梨花」
親友の豹変に、沙都子の驚きは少なかった。不思議そうな顔をする梨花に、彼女はジト目で呆れたように溜め息をつく。
「当たり前でしてよ。何年一緒にいると思っているんですの」
そう口にした直後、何年ってほどではないですわね?と自分の言葉に自分で首をかしげる。
――いいえ。何年も、何十年も、一緒なのよ。
梨花は零れかけた言葉を呑みこみ、気を取り直して羽入の方を顧みる。
「羽入も。いい加減ソレ離しなさいよ、この好色神」
新たな二つ名で相方を呼ぶ。彼女はこの期に及んで、まだ悟史の分身を触り続けているようだ。
続けている、と断言しないのは、頬を赤らめた悟史がシーツで己の下半身を羽入の両腕ごと覆い隠しているからである。シーツが中で行われている様子を隠してもぞもぞと動くさまが、ひどく淫猥だった。
二人の幼女の視線が、いくら見えないとはいえ――上記の通り、ある意味、だからこそ――その部分に一点集中しているのをひしひしと感じ、悟史は持てる限りの理性を総動員させて、羽入の指の動きがもたらす快楽に抗う。
「や、やめるんだっ、羽入ちゃん……! こういうことは、その、本当にっ、大切な人と……しないと……」
顔が上気してしまうのは、もうどうしようもない。ただ可能な限り、荒くなる息を殺し、喘ぎそうになる声を呑みこみ、快感に歪みかける表情を引き締める。妹とその親友に、こんな状況で快楽を感じる人間だと思われたくなかった。
「僕は悟史のことが好きですよ? 大切に思っていますのです」
だが羽入は予想の斜め上を行く返答で、いっぱいいっぱいの悟史を更に困らせる。
「さっきも言ったのです。ずっとずっと、見ていましたのですから」
梨花の方を見やる羽入の目が告げる。知っているでしょう?と。
梨花は万感を込めて瞼を伏せるけれど、悟史はそんな事を知る由もない。何がどうしてこうなっているのか把握できないまま、絶え間なく続く羽入の攻めにひたすら耐える。
「にーにー……苦しいんですの? 羽入さん、にーにーを苦しめるのはやめて下さいまし!」
いくら純真な沙都子といえど、羽入と悟史が今している行為が何なのか全く理解できないわけではない。それでもそんな兄の必死な様子を見かねて、気丈に口を出す。
「あう、違うのですよ、沙都子。悟史は……とっても気持ちいいのです」
対して羽入は、場違いなほど満面の笑顔を浮かべて恥ずかしい事実を口にした。
「羽入ちゃ……や、やめ……」
「ななっ、何をおっしゃいますの羽入さん! ふ、不潔ですわぁー!?」
よく似た面影を持つ表情を羞恥で朱に染めながら、悟史と沙都子は口々に抗議する。
「でも僕は悟史に悦んでもらえて、とても嬉しいのですよ?」
羽入の声と表情があまりに明るくて、兄妹たちも梨花も反論の言葉を忘れてしまう。
「辛い、悲しい、嫌な事、色んなものを忘れられるくらい、気持ちよくなるのです。気持ちよくて、あったかくなるのです」
――何も恥ずかしくも、汚らわしくもないのですよ。
微笑んだ羽入は、とても少女とは思えないほど艶然としていて、幼い響きを持つ声もまた、有無を言わさぬ柔らかい重みをもって思考の奥まで潜り込む。
そうなのかも、しれない。そんな考えが三人の頭をよぎって、徐々に染み込んでいく。
不意に、悟史の下半身と羽入の手元を覆い隠したシーツが激しく揺れる。羽入の手が、大きく上下に動いているのだ。
「っく……! う、あ……羽入、ちゃ……!」
制止を懇願する悟史の途切れ途切れの声。
羽入の熱っぽく潤んだ眼。
焦点のぼやけ始めた兄の面差し、同級生の――女の、顔。
それら全てが、思考を溶かす霧のようなものを醸し出し、辺りを支配していくような気がする。
沙都子は二人の姿を交互に見つめて息を呑む。身体のどこかで何かがチリチリと音を立てている。火で炙られているように、心のどこかが赤く焼け始める。兄の様子は依然として苦しそうなのだけど、気持ち良さそうに、見えなくも、ない。
こくん、と沙都子の細い喉が小さく鳴った。
「もう、わかったから! そういうことは誰にも見つからない場所でやって頂戴よ! あんた、私はまだしも、沙都子を幾つだと思ってるのよ!?」
大切な親友が何かに目覚めるのを阻止するかのようなタイミングで、今まで場の雰囲気に呑まれていた梨花が我に返る。
「忘れるのよ……じゃない。忘れるのですよ、沙都子。何も見なかったことにして、寝ちゃいましょうなのです!」
あぅあぅと言い淀む羽入を尻目に梨花は沙都子の手を取るが、彼女の小さな腕は彫像のようにびくともしない。
「……沙都子?」
不安そうな梨花の声と視線を感じながら、沙都子もまた戸惑っている。
梨花の言う通り、今すぐこの異常な光景に背を向けて、兄の部屋を立ち去ってしまいたい。そうした方が兄にとってもいいのだろう。でも、いや、しかし……
「ごめんなさいなのです。僕のにんしきがあまかったのです」
迷い続ける沙都子の傍らで、梨花に叱責された羽入が肩をすくめる。
「やっぱり、いくら悟史のためとはいえ、こういうことは、僕以外の誰にも出来ないことなのでしょうし……」
「そっ……それは聞き捨てなりませんわ!」
悟史のため。誰にも出来ない。という沙都子の琴線に触れる言葉が、燻っていた彼女の心に火をつけた。
羽入は純粋に謝罪したつもりだったのだろうが、逆効果。
「こら沙都子落ち着くのよ、あなたはこんなこと、知らなくていいのです! 羽入も余計なこと言わない!」
慌てるあまり白黒入り混じった梨花の発言もまた逆効果だった。子供扱いされる事を嫌う沙都子はますます意地になる。
「馬鹿にしないで下さいましっ。に、にーにーのために私が出来ないことなんて、何もありませんのでございますわぁ!」
他人に出来て自分に出来ない事などあるものか、と顔を真っ赤にしながら高々と宣言し、兄に向かって突進する沙都子。
今までずっと、自分の分の苦しみを背負ってきた兄。自分が弱くて堪え性が無かったばかりに負担を強いてしまった兄。
ようやく帰ってきてくれた愛する兄のためになることならば、自分は何だって出来る。その一念が彼女を突き動かす。
「――ってそういう問題じゃないからあぁ!?」
悟史の真っ当な指摘は妹に届かなかった。
沙都子は勢いよくシーツをめくり上げ、羽入の手から、兄の、その……いわゆるオットセイ☆を奪い取る。
幼い掌の中にあるソレの、生々しい体温の熱、どくどくと脈打つ感触、浮かび上がる血管の淀んだ青色、そして初めて目の当たりにする造形。
 …………これは……これが、にーにーの……
真っ白に硬直する沙都子の脳天に、ずどん、とキノコ雲が立ち上る。その不吉な形状はブロッコリーを彷彿とした。いや、カリフラワーかもしれないが。全くもって本当にどうでもいい。
「沙都子、いけない。こんなことは、駄目なんだよ……! 早く離れるんだ、いい子だから」
……ああまた兄が心配そうにしている、と沙都子は頭を振って硬直と混乱を振り払い、怖気づいた自分を叱咤する。
落ち着くんだ、うろたえている場合ではない。兄のためならば何でも出来るとさっき考えたばかりではないか。
「……だって、にーにーは、その……悦んでいて、気持ちいいのでございましょう? 私にだって、お手伝いはできましてよ。馬鹿で忍耐を知らずに、にーにーに迷惑をかけてばかりだった、昔の私とは違うんですの!」
「さ、沙都子が、気にすることはないんだってばっ……!」
他にも色々と――それはもう色々と言いたいことはあったが、悟史の口から咄嗟に出たのはその一言だった。
「僕は……迷惑とか、負担とか……そんなこと、全然、思ってないから……!」
「嘘ですわっ」
一刀の下に切り捨てられて、悟史はぐっと言葉を詰まらせる。ずきりと心臓を掴まれたような痛みが走る。
断言した沙都子に気圧された――わけでは、なかった。本心の中に見え隠れする、偽りに。
「たとえ本当に、にーにーがそう思って下さっていたとしても……この私自身が納得しないんですの」
確か、羽入さんは、こんな風に……
悟史の葛藤を知ってか知らずか。沙都子はぎこちない手つきで、握りしめた手を上下に動かし始める。
どくんと別の生き物のように跳ね、熱く膨れた頭の部分に掌が触れ、その根元のくびれた場所でずるりと何かが滑る。先端から滲み出る液体が指に絡む。その度に少女の手が戸惑いに震えるが、彼女は屹立したそれを離そうとはしない。
固く立ち上がって敏感になったものを、小さく柔らかな指と掌が撫でるように這いずり回る。おっかなびっくり、といった動きが、くすぐるような、もどかしい、じれったい、微量の電流が走るみたいな快感を生み出す。
「私、大人になるんですもの……絶対、にーにーを満足させてみせますわ……!」
だからどこで満足なんて語彙を仕入れてくるのか。この少女たちを小一時間問い詰めるべきなのだろうか。悟史はむず痒さに似た快楽から逃避するように、愚にもつかぬことを考える。
そうして逃避する兄の態度が気に入らない沙都子は、攻めを強めようとするが、当然、性の経験などありはしない彼女には、快楽を引き出そうとする以前に何をどう弄り、どう動かすのか皆目見当もつかない。馴染みのない肉棒の熱や体液の感触に対する恐れと焦りも手伝って、手の動きが余計にぎこちなくなっていく。
「ふ、ふわああぁ……」
沙都子の瞳に涙が浮かぶ。躍起になって分身を弄り続けながら、ぐすぐすと泣き声を零し始める妹を慰めるべく、悟史は思わず現状を忘れ、半ば脊椎反射の如く彼女の頭に手を伸ばす。
が、するりと猫を思わせる動作で沙都子の隣に滑り込む梨花の身体に遮られ、悟史は手を止める。
「……みぃ。沙都子、ボクも協力しますのです」
この異常な状況もどうかと思ってはいたが、梨花もまた、沙都子の涙を見るのは何より嫌だった。
彼女は気だるげな短い溜め息をつくと、自らの艶やかな黒髪を一房手にして、あろうことか、じっと耐え忍ぶように小さく脈打ちながら震える悟史のものに巻きつける。
兄妹は呼吸も忘れてその様子に目を奪われた。
「わかるですか? 沙都子。いつも触っているボクの髪なのです。少しは怖くなくなるはずです」
沙都子の手が、更に小さな梨花の手に掴まれて、改めて黒髪に包まれた悟史の分身へと導かれる。
お風呂上りにバスタオルで互いの髪を拭き合ったり、朝の身支度の際に櫛で整えたりと、共に生活する中で幾度となく触れた親友の髪。微かな風にもさらさらと流れるように揺れる真っ直ぐで綺麗な髪の毛を見て、沙都子はふわふわと癖のある自らのそれと比べては羨ましく思ったものだった。
その、梨花の、梨花の美しい黒髪が……
沙都子は茫然とした、どこか恍惚とした表情で、それを握る手にそっと力を込める。
生まれて初めて経験する兄の熱と、憧れつつも馴染んだ親友の毛髪の滑らかさが混じり合った、背徳的な手触りだった。
梨花は、ゾクゾクとした高揚が己の背筋を駆けあがっていくのを感じていた。毛髪に神経が走っているわけでもないのに、自分の身体に沙都子と悟史の体温が伝わってきていると錯覚してしまう。
梨花のサラサラした髪と、同じく梨花とそして沙都子の柔らかな幼い掌が重なり合って、屹立した悟史のものを扱く。
「り、梨花ちゃ……君まで、何を……!」
悟史はもはや抵抗する気力体力どころか、制止を呼びかける言葉さえ満足に出てこない。
二人の手が動く度に、自身の表面に絹糸のような毛髪が擦り込まれ、傘状の先端を擦り、皮の隙間に潜り込んでと、特に敏感な部分を的確に責め立てられて、骨まで砕けるような快感が与えられ、その代償に全身の力を奪い取られ――そして、下腹部に溜まった劣情が刺激される。
「や……やめっ……!」
悟史は固く目を瞑り、煩悩を追い出さんとばかりに激しく頭を左右に振る。あるいは後頭部を壁に擦りつけた。
全てを投げ打ってでも守り抜こうとした幼い妹と、妹をずっと癒してくれたその親友の少女に、ソレをぶちまけるなんて
ことは間違ってもあってはならない。
あってはならないと、思っているのに……!
こんなのはおかしい、絶対に駄目だ、沙都子は大切な妹で、梨花は妹の友でクラスメイト、二人とも年端も行かぬ少女で――悟史は擦り切れて崩れ落ちそうな理性を限界まで奮い立たせ、膨れ上がって溢れそうな劣情に様々な言葉で蓋をする。
「平気ですのよ? にーにー。にーにーに関わることで、わたくしが嫌いなものなんて、ありませんの」
「……仕方ないわね。付き合ってあげるわ」
二人の言は悟史の耳に届かない。
悟史の意志さえも押しのけるように、先端から溢れて滴り落ちる先走り液が、懸命に擦り上げる沙都子の小さな指や、巻きつけられた梨花の黒髪を容赦なく汚していく。
女性の命とも称される髪が、男性の象徴そのものたる存在を包み、その分泌物に塗れている。
悟史だから――沙都子を守るために百年休まずに戦い続けた悟史だから、梨花の許しを得られるのだ。もしこれが……彼女の大切な少女の手が触れていて、彼女の自慢の髪を汚しているのが他の男のモノだったなら、祭具殿から鎌を持ち出して、根元から切り落としてやりたい衝動に駆られていただろう。梨花にはその自信があった。
沙都子の柔らかな掌が髪の束ごと竿を揉みこむ。梨花の指先が先走りを含んで固まった髪の毛を先端に擦りつける。
じゅくじゅくと淫猥で粘着質な音が室内に響いていた。
「うあ、あ、あぁ……!」
激しい快感と苦悶に追い詰められて、悟史の口から悲痛な声が漏れる。少女の掌が、指が、髪が、悟史の男性に絡みついて握り締めて擦り上げて、理性と倫理と忍耐をボロボロに溶かしていく。
駄目だこんなの、おかしい、ああどうして、駄目だって、駄目だって言ってるのに――
「――ッ……!!」
我慢に我慢を重ねた果てに、声にならない叫びをあげて、悟史は決壊する。
二人の手の中で彼の分身がビクンと大きく脈打つ。大きく後方に反った背中と後頭部が、衝撃と共にまともに壁とぶつかるが、痛みを認識する余裕はなかった。
それでも悟史は僅かに残った気力と理性を掻き集め、蓋が弾け飛ぶように先端から飛び出した白濁から沙都子と梨花を守るために、己の先端へと手を伸ばす。
最初に感じたのは熱さだった。遅れて、ゼリー状に固まった塊のぬるっとした不快な粘りが掌に飛び散る。
それでも、彼の手指をすり抜けた飛沫が、二人の無垢な頬を汚してしまう。
「あ……何てこと……!」
悟史は慌てて彼女らの顔を汚すものを拭きとろうと手を伸ばそうとするが、今現在最も白濁に汚れている自分の手でそれを実行したら惨事が広がるだけだ。そもそもまだ放出が終わっていないため動くことが出来ない。
「あぅあぅ。とっても気持ちよかったという証拠なのです。二人とも、よく頑張ったのですよ」
羽入が沙都子の頬についた白濁を指で掬い取り、赤い舌で舐めとって微笑んだ。無邪気とも妖艶ともいえる顔だった。
「ふわぁ……熱いの……にーにーの、凄いですの……あぁ、梨花ぁ、羽入さ……私、やり遂げましたの、ね……」
支離滅裂なうわ言を零しながら、精液の熱さと匂い、達成感と未知の感覚に溺れる沙都子の意識が闇に沈む。
糸が切れた人形のようにくたくたと脱力する沙都子の体を、梨花がしっかりと抱きとめた。
「沙都子は梨花に任せて大丈夫なのです。あう……悟史はまだ、物足りなさそうなのですね」
愉しそうな羽入の言葉に、カッと悟史の頭に血流が昇っていく。
彼女の言うとおり。不本意の内に発射され、目の前にいる二人にかかってはいけないと、これ以上ないほどの快楽に抗い、抑えていた欲望の塊がまだ下腹部に残っているような感覚はしていた。
「言ったはずですよ。恥ずかしがることなどないのです。僕が……今すぐ、楽にしてあげるのです」
何も言うことができずに俯く悟史に対する羽入は、あくまで優しい。
ズボンを脱いで、パジャマの上着だけになった彼女は、いつの間にか再び悟史の上に跨っている。
硬さを残した悟史の分身と羽入の入り口が触れ合い、くちゅっと粘性のある音を立てた。
――まさか。
この期に及んで止めようとする悟史が口を開く前に、その手を振り切って、羽入は慣れた動作で竿を掴み、それにあてがうようにして腰を落とす。
華奢な指先が肉棒を擦り、充分に潤った柔らかく熱い羽入のそこが、悟史の先端をぬぷりと包み込む。
それを受けて高度を増すモノを、彼女は一気に咥えこんだ。
ずぷずぷと音を立てながら、先端から亀頭、肉棒の半ばから根元と、熱く滑った胎内が悟史を包み込んでいく。
やがて全てを呑み込んだ羽入が、ふぅと小さく息を整えて、ゆらゆらと緩慢な動作で体を揺らし始めた。
「う……あ……あぁああぁっ!?」
羽入の落ち着きとは正反対に、悟史はきつく目を瞑って喉から悲鳴じみた喘ぎを絞り出す。
彼女の様子は、ゆっくりしているように、見えるだけ。その実、彼女の内部は悟史のものをみっちりと強く締め付けながら、ざわざわとうねり蠢いて激しく擦り上げてくる。
見た目の静かさと内部の激しさのギャップ、何より想像を絶する感触に、羽入の中に収められている肉の塊が更に硬く膨らんでいき、それと共に羽入の心身もまた昂ぶっていく。
「あぅ……ああうっ、悟史……いい、いいのですよ……っ、一緒に……一緒にっ、行きましょう、なのです……」
両手を床について、彼女は前後左右に腰を動かし始める。膣壁自体の蠢きに根元から揺らされる刺激が加わり、悟史の分身も精神もドロドロに溶かされて、それでいて、どくどくと痛いほど大きく脈を打つ。
「う……うわ、あぁあ……!」
悟史の腰に跨っている状態から素早く膝立つ上下運動を何度も繰り返し、波打つ襞で熱く屹立した悟史のものを扱く。
妹とさして変わらない年齢に見える少女の尋常ならざる腰と膣の動きに、悟史の精神は急速に何処かへ向かって引き上げられていく。精神が、思考が、魂までもが、真っ白く溶けるのを通り越して引き裂かれて千切れるのではないかという錯覚さえ起きる。その錯覚を認識できたかどうかすら怪しい。
「あうあう、あぅ……そう、そうなのです、悟史、あぅ、あぁあっ……もっと、もっと大きく、もっと硬くして、なの、ですぅっ……!」
ぐちゅっ! ずちゅっ、ぐじゅ……羽入が動く度に、結合部からおびただしい量の蜜と先走りが混じった液体が溢れ、部屋中に響き渡るほどの派手な水音が立っていた。
焼けつくような柔らかな襞が敏感になった自身を握り締めてきて、溶けて混ざり合ってしまいそうな蜜がぬるぬると絡みつき、全てを絞り取られそうな妖しい蠢きが絶えず悟史を責め立てる。
気持ちいいのか恐ろしいのか泣きたいのか、もう自分を支配する感覚が何なのかすらわからない。
「あぅあぅ……いいのですよ、悟史……このまま、いっぱいいっぱい、出していいのです……」
何がどういいんだそんなわけがないと、反応する余裕も正常な思考も、もはや彼には残っていなかった。
「あ、あ……もう、っ……出る……!」
びくん、と目の前の少女の中に咥えこまれた分身が大きく震えるのを感じた。先端から迸る欲望の流れが、ぎゅうぅっと一際強く締めつけてきた羽入の胎内に、文字通り絞り取られる。
「あぁぁうっ! は、あ……でて、出ているのです……僕の、僕の中に……熱いのが、いっぱいっ……あぁあっ! すごい……すごいのです、あぁ、僕の中に……!」
膣壁がひくひくと心臓の鼓動に合わせるように収縮を繰り返し、脈打つ肉棒にまた刺激を与える。
一息つくことも、余韻に浸ることもせず、羽入は再び取り憑かれたように猛然と腰を動かし始めた。
「あ……そんな、っ……もう……うあぁっ!」
「あ。あぅ、あぁ……あは、ああぁ……僕、僕は……あの人以外の、を……中に……あの人じゃない人と、している、のです、ね……あぅ、ぁ……」
羽入は夢中で悟史を貪っている。
快楽を貪る姿は、まるで本能のままに行動する獣みたいだ。
「あぁっ……あの人がっ、あの人が、悪いのです……あぅ、あうぅ……言ったのに……」
ぽろぽろ、ぽろぽろと、激しい水音に紛れて消え入りそうな声が零れ出す。
ぐじゅぐじゅと蜜と先走り液、更に先ほど膣内に流し込まれた精液が、泡立つほどにかき混ぜられて、羽入の秘部から太腿へと伝い、悟史の体に落ちていく。
情欲に濡れた眼差しが、遠く虚空を覗き込んでいた。
「また……会えるって、必ず、会いに、あぅ、来てくれるって……僕を、あぅあ、あ……見つけて、くれるって、あぁ、い、言った、のに……」
踊るように跳ねる羽入の体。白い肌に光る汗が飛び散って、淡い藤色の髪が流れ、傷の付いた漆黒の角が艶めく。
貪っている。本能を、情欲を、快楽を……人のぬくもりを。
獣みたいに。とても、とてもきれいな、獣みたいに――
「ぼ、僕を、こんな……こんなに、待たせて……っ、あっ、ああぁ、あぅっ……僕を、こんなに……寂しくさせて……! あぅ……あ、ああぁっ!」
――寂しい。
その一念で、娘の面影を持つ少女のために繰り返した、昭和58年の初夏。
似通った日々、同じような時間を、何度も通り過ぎても結局は救えなかった人がいて、幾度同じことがあっても、一度も逃げ出したりはしなかった人がいた。
少しでも、それを癒し労うことが出来るなら、そうしたい。
仲間たちの中でも、生涯を共にしたいと誓い合った人がいる彼女は、人の温かさとその心地よさを誰よりも知っていた。
そうでなければ、縁結びの神様になんてなれはしない。
でも、それを教えてくれた人は、もう傍にいなくて。
その温かさ、心地よさを知っていればいるほど、求めれば求めるほどに、手を伸ばしても届かない現実に愕然とする。上れば上るほどに、落ちる時の高さと痛みは増すのだ。
長い百年を耐え抜いた人に温かさを与えようとしながら、羽入は自らが失った温もりを思い出して押し潰される。
あの頃を知る者は、彼女以外に誰一人として存在しない。彼女のささやかな幸せを刻んだ日々は、今ではあまりにも遠すぎて、秘密にすらなれない古ぼけた記憶。
身体に残る温かさも心に残る思い出も、掌に掬った砂が指の隙間から零れ落ちていくように、時が進むにつれて無情にも流されて、その喪失と恐怖は身を切り刻み心を引き裂いてゆく。
どんな事があっても、家族と呼べる人のために戦い続ける強さは、いったいどこで手にいれられるのだろう。
……触れることで分けてもらえるなら、そうしたい。
百年の絶望を抜け出しても尚、羽入の千年の孤独はまだ続いていく。
己の決断と責任を忘れたわけじゃない。彼女はわかっている。でも、それでも願ってしまう。
待っているから。諦めないから。もう一度会いに来て、連れて行って、独りにしないで。
――僕を……
悟史は羽入の、無音の声を聞いたような気がした。
そして、こんなことが前にもあったような気もして、彼は彼女をそっと抱き寄せる。
羽入の事情は知らない――知るわけもないけれど、もしも、誰かに届けたい思いや受け取りたい願いがあるなら。
あるなら、
……大丈夫。
きっと大丈夫だから。
自分でも自分の言っている意味がよくわからないまま、悟史は彼女に囁いた。
悟史の上に跨った羽入が大きく体を震わせる。
「ああっ、あぁ……僕は……僕、は……あ、ああ、あああぁぁぁ――!」
羽入は悲鳴をあげて背中を反らし、遙か彼方へと意識を飛ばす。
絶頂を迎えた声は、慟哭に似ていた。
そのまま気絶してしまい、ぐったりと倒れ込んでくる羽入の柔らかな体を、悟史は連続した射精に体力を削り取られ、肩で息をしながらも優しく抱きとめる。
歴戦の妖婦のように自分を激しく責め立てていた女とは思えない程、小さくて軽い体だった。
タオルで体を拭き、着ているものを整えてあげて、勿論自分の服装も整えて、足元に敷いてある自分の布団に沙都子と並べて寝かせてあげる。
先ほどまでの乱れぶりがまるで嘘のような安らかな面差しだ。隣の沙都子もまた無垢な寝顔を見せていた。
……むぅ。そういえば僕はどこで寝よう。
急激に冷え込んだ空気に、悟史はくしゃみを一つ。
「……ありがとうなのですよ。悟史」
「え?」
不意に口を開いた梨花の意外なセリフに、悟史は驚いて彼女の方を顧みる。
「羽入に付き合ってくれて。ありがとうなのです」
梨花は、布団に横たわって静かな寝息を立てる親友と相棒を、限りなく温かな眼差しで見守っていた。何事にも淡白な彼女にしては珍しい表情だと悟史は思う。
「でも、悟史はお人好しなのです。度が過ぎるとおバカさんなのです。みー」
茶化した口調だけど、微塵も笑っていない梨花の表情を見て、おかしいよね、と前置きして、悟史は今言っておいた方がいいように思えた、とある事を話し始めた。
去年の綿流しの祭りの数日後から、一年間眠り続けていた自分。
意識は全く無かったし、夢を見ていた記憶も無いはずなのに、本当は、もっともっと長い間眠り続けていて、その間に沢山の人たちの沢山の声や言葉を聞いた。それが誰だったのかもどんな内容だったのかもわからないけれど、沙都子や仲間たちを始めとする、近しい人々だった……そんな気がする。
妹や仲間たち、故郷を大切に思う気持ちは紛れもなく本心で、偽りはない。でも、全く恨んだことがないかと問われれば、答えは否だ。間違いなく。
けれど、その眠り続けた長い時間に通り過ぎていった、様々な声や言葉があまりに悲しく痛々しくて、一生懸命で。
だから次第に……「もう大丈夫」と、聞こえる声に答えを返すようになっていった。
もういい。もうそんなに、苦しまなくてもいいから。
少なくとも自分は、もう気にしないから、と。
そうして彼は戻ってきた。このひぐらしの鳴き止んだ季節の雛見沢に。
「やっぱり、貴方はお人好しよ」
悟史の話を一通り聞いた後、ふいっと梨花は顔をそむける。
むぅ……と黙りこくる悟史。
「……でもボクは、あなたが嫌いではないのです」
小さな小さな、梨花の呟き。
つくづく他人に甘い男だ。そんな話を聞いたら、またひとつ愚かな魔女の心が軽くなってしまうではないか。
悟史に義務付けられたのは、末期発症の果てに入江診療所の地下に沈む運命。
百年以上にも渡る時の繰り返しの中で、悪戯に沢山の人を見捨てたと思っていた。
それでも貴方は……その眠りを、無駄じゃなかったのだと言ってくれるのね。
見あげた梨花の視線の先には窓があって、少しだけ滲んだ月が、静かに闇夜の中に浮かんでいた。
もう運命を賽に例える魔女ではないけれど、でも、願ってる。
悟史が心安らげる誰かと巡り合えるように。
ひょっとしたら、もう巡り合っているかもしれないその人と心穏やかに生きていけるように。
そう、彼の行く先にどうか6の目を。





「――って……強引にちょっといい話っぽく纏めてお終いと思ったら大間違いよ! このエロリ神ーッッ!」
「あ、やめるのです梨花、あ、あ、辛いのはイヤイヤなのです梨花ぁぁあああうあうあ゛ーーー!?」



(了)

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最終更新:2008年05月07日 22:14