外はかりかり、中はふわふわの、イチゴジャムをぬったトーストが一枚、二枚……あ、そうだ、
のどが渇くからオレンジジュースも一ぱい……あれ、いっぱい?
コップに入らないし、これじゃ数えられないや。
よし、食べてから飲むことにしよう。うん、それがいい。
ごぉん、ごぉんと低い音がした。ろう下にある、ぼろっちい振り子時計だ。
ばっちゃは好きって言ってたけど、嫌いだ。お姉ちゃんとトイレに行くときによく鳴るから怖い。
ハト時計だったらかわいいからいいのに。
そういえばトーストの前におはぎを数えてたときも鳴った気がする。
それじゃあ歯をみがいてから一時間ぐらいたったんだ。でも、ぜんぜん眠くならない。
やっぱり羊を数えたほうがよかったのかな、って思ったけど、
布団にくるまり、指を折ってトーストを数えた。…九枚、十枚、じゅうい……。
「どうしよ、お姉ちゃん。指が足りない」
無視された。
しかたないので足の指を使うことにした。温かい毛布から足を出すのはつらかったたけど、がまん。
できなかった。なんだかさっきよりも寒くなった気がして頭までかぶって縮こまる。
そういえばお姉ちゃんは学校から帰ってきて、夕ごはんができるまでずっと同じ本を読んでた。
きっと、それがおもしろすぎて読むのに熱中してるにちがいない。ずるいなあ、私も読みたい。
たしかめようと思った。だけど寒いのはいやだから、毛布で体を巻いて芋虫になり、
歩いて二、三歩のお姉ちゃんの布団を目指す。お尻を突きだしながら両足をおなかまで曲げて、
あごを前に持っていけば進むことができる。
のろいし、少ししか動けないけど、私は一生けんめい、のそのそした。
お姉ちゃんがちらっと私を見る。
「おもしろい?」
「うん」
「どんな本?」
「ふつうの本」
やっと覗ける距離まで来たときに、ぱたん。閉じた本は枕元に置かれた。
私の手が届かない反対側に、だ。ちょっとためらったけどすぐに毛布から這い出て、
そこに回りこんだのに、本はさっき私がいたところへ。
「……いじわる」
「あんたにはまだ早いの。もうちょっと大人になってから」
双子なんだから、私が子どもならお姉ちゃんも子どもじゃないとおかしい。
でも、まあ、たしかにお姉ちゃんは物知りで大人っぽい。
昨日は「ふぁーすときすはレモンの味がする」って意味はわからないけど教えてもらったし、
一昨日だって先週だっていろんなことを教えてくれた。
やっぱりお姉ちゃんは私より大人なのかもしれない。
体がぶるっと震えた。パジャマ一枚に、はだしで畳の上にいるのはものすごく寒かった。
温かい布団のなかのお姉ちゃんと目が合った。ため息をついてる。
「おいで」
袖を引っ張られて、迷わず布団にもぐりこんだ。狭かった。足になにかが当たる。
私の冷たい指先と正反対のもの。長く触れるとそれは逃げる。温かくて気持ちよくて、楽しくて、
しばらく追い回していた。突然、鳥肌がたった。氷のような指におなかを触られた。
お姉ちゃんは笑ってる。私も笑った。すると今までのことがどうでもよくなった。
お姉ちゃんとこうしてるのがとても楽しい。
「──詩音は、きょにゅーになりたい?」
「きょうりゅう?」
恐竜はやだな。なりたくない。
「恐竜じゃなくて、きょにゅー」
「なにそれ?」
「さぁ、わかんない。なんかさ、胸を揉むとね、きょにゅーになるんだって」
胸のあたりを見られてた。
「だ、だめだよ…っ」
背を向けた。自分の布団に戻ろうかと思った。
そのとき、うしろから伸びたものが腰に巻きついてきた。声が、すぐ近くで聞こえる。
「痛くないから……ね?」
耳元でお姉ちゃんが喋るたびに、びくっとしてしまう。腕を振りほどきたくて体を捩ると、
今度は髪の毛で首がくすぐったかった。骨がふにゃふにゃになったみたいだ。力が入らない。
なんとか体を丸くして、足をばたつかせて抵抗したけどムダだった。
蹴った掛け布団が脇に追いやられただけ。いつのまにか仰向けに、馬乗りされて、こわかった。
「えっ……ちょっ…な、泣いてるの?」
お姉ちゃんに言われて、自分が泣いてることを知った。さらに泣きたくなった。
もうぐちゃぐちゃだった。涙がとまらなかった。鼻水がとまらなかった。
拭くのも忘れて泣きじゃくった。
お姉ちゃんがおりる。私は体を起こして、泣く。
「泣かないでよ。大丈夫だってば」
「やだぁ……っく、ぜったい…いたい…もん……っうぅ」
「だーかーら……あー、もう、めんどくさいなぁ」
むずと、手を、ちょうどパジャマのクマさんがいるところまで引っ張られた。
「触ってみて、詩音。お姉ちゃんは痛くないからさ」
指先だけ出る大きめの袖で目をこすると、ぼやけていた目の前がはっきりした。
ずるずる鼻をすすっていると、顔に張りついていた髪の毛は掻き上げられた。
いっきに視界が広がる。肩の震えが、だんだん、おさまってきた。
しばらくすると泣きたい気分もやわらいだ。目だけで見上げた。微笑んでた。
なんだか照れくさくて手元に視線を移す。
ちょっと、本当にちょっとだけ、クマさんは膨らんでいる。
ぺしゃんこだったのに、最近、こうなってきたのは私も同じだ。
でも、自分のも、まだ触ったことはなかった。
深く息をすって、クマさんの右耳のあたりを軽く掴む。
「ほら、ね、大丈夫でしょ?」
「……………ちっちゃいね」
頭突きされた。
「あんたのも同じくらい小さいくせに」
じんじんする額を押さえて、目頭にたまる涙を拭いた。
お姉ちゃんはうつむいて手を動かしている。
「着替えるの?」
ボタンが全部はずれて、パジャマの前が開かれてく。することがなくて、ぼうっとしていた。
おへそが三つに見えた。急に、手の中がむにむに。
あくびを噛み殺して目を向け、逸らし、また向けた。
上にある手が、私の手を、その下のものを揉む。
マシュマロみたいな柔らかさのあとに硬い芯があった。そして、温かかった。
なにも言えなくて、逆らうこともできなくて、ちらちらとそこを見ていた。
感触がなじんできた頃、手の甲にあった手はなくなった。胸の上に取り残される。
だから、もう、やめていいのに、やめたかったはずなのに。
「……触って…いいん、だよ、ね…?」
「ん…いいよ」
お姉ちゃんがどきどきしてるのがわかった、ううん、もしかしたら私の方がどきどきしてた。
まだ触るのに慣れなくて、少しのあいだ弱く揉んでいた。
指先を押しつけると浅くへこんで、ゆっくり元に戻ろうとする。
そこで力を抜けば押し返されてもどかしい。
逆に力を入れて柔らかいのをつぶしていくのは気持ちがいい。
強く揉んだ。指と指の隙間にぷにぷにしたのが入りこんでくる。なにをしても柔らかい。
こんなに柔らかいのに、一カ所だけ硬かった。ずらしてみると桃色のとんがりがちょこんとあった。
それをつつくのと同時に袖をぎゅっとされた。お姉ちゃんの顔はほんのり赤くて、口からため息、
にしては多すぎるし熱いものを吐き出している。初めて見た。
さっきから無言だったから、そろそろ話をしたかったけど、
恥ずかしくなってなにも言わずに視線を戻した。
すくうように持つと、ぷっくりしてるのが余計に目立つ。
さきっぽがとがってきて真っ赤になる。
無意識に体は傾いてた。
けど、さすがにいきなりは戸惑った。
それにまた頭突きされたくないから、最初は唇でつまむ。
豆つぶみたいに小さいのに熱がどこよりも高かった。
しばらくそのままでいてお姉ちゃんが怒ってないのを確認して、とんがりに吸いつく。
手で触ってたときよりも硬くなってる気がした。顔を離したら、ぬるぬるで光っている。
絵の具でぬったようなキレイなピンク色。丸っこくて、お菓子みたい。
お姉ちゃんには言えないけど、心の中で、すごくおいしそうだと思った。
真ん中のとんがりだけじゃなくて、肌色と同じくらい色の薄い部分もかぷっとした。
音が鳴りそうなくらい吸って、口の中ではむはむする。くわえたままでいると懐かしい感じがした。
頭になにかが乗る。お姉ちゃんにもたれかかって見てみた。
さっき暴れたせいでくしゃくしゃだった髪をとかしている。
瞼が、重い。
「んっ……詩音、赤ちゃんみたい…」
からかう口調にむっとして、いたずらに噛んだ。強くやったわけじゃない。前歯ではさむ程度だ。
お姉ちゃんの苦しそうな声がする。
やっちゃった。痛かったかもしれない。
急いで体を離して正座する。頭突きされる準備はできた。
畳のきしむ音がした。ひざの上でこぶしを握る。固く目をつぶる。
どっちの肩もつかまれて横に押された。たぶん布団に倒されたんだと思う。
右のほっぺたのあたりが柔らかい。
でも、どうして、鼻や唇まで柔らかいのにうもれてるのか気になって、片目で盗み見た。
肌色しかなかった。
頭を動かすと、あれがあって、吸いついた、かもしれない。
もう、ねむくて、どうでもよかった。
「つぎ、詩音の番だよ」
「…ふえっ……」
てきぱきとボタンがはずされていく。脱がされることはなかった。
袖は通したままパジャマの前を開く。
そしたら、やっぱり、お姉ちゃんとおんなじものがあった。
ちっちゃい。
寒くて目が覚めた。とっさに腕で隠す。
「いくじなし」
「……やめようよ…もう寝ようよ」
「今やらないとだめっ!明日、お姉ちゃんだけきょにゅーになってたら
入れ替われなくなるんだよ?いいの?」
それはいやだ。二人に違いがあったら、いろんなことが不自由になる。
大人のひとがお菓子をくれるとき、交代で『魅音』になってもらってたんだけど、できなくなる。
あとは、そうだ、缶詰めのおかずが出たとき、お姉ちゃんが隠れてるあいだに
私が『魅音』になって食べるのもできなくなる。
おやつ一口分と引き替えだから、これができなくなるのは困る。
でも、こわい。あのときのお姉ちゃんみたいに私もなるのかな。
風邪のときみたいに熱が上がっちゃうのかな。
あんなとこ触られたら、どんな気分がするんだろ。
「心配しなくていいよ。くすぐったいだけだから」
前みたいに無理に引き剥がそうとしない。手を添えるだけだった。
見上げると、お姉ちゃんがうなずく。
私は腕をどけた。
すぐには触らなかった。おなかを撫でて、少しずつ、少しずつ、近づいてきた。
触るよ、と言われた瞬間、呼吸をとめる。体が、がちがちだった。手も汗でべとべと。
だけど、十秒ぐらいしたら息苦しくなって、口を大きくあけて空気を吸うと肩の力が抜けた。
落ち着いて、うん、と返事をする。
すっぽりと、そこは、お姉ちゃんの手にはまった。そして柔らかいとこに指が沈んだけど、
どうってことなかった。ほっぺたをつつかれるのと一緒の感覚。
ただ、ちょっとだけ、こっちのほうが恥ずかしい。
風船をわらないようにつかんでたのが、粘土をこねる手つきになった。
ぐいと押したり持ち上げたりされて形がどんどん変わっていく。
間近で観察するのは変な感じだった。それに、こそばゆい。
「痛くない?お姉ちゃんにどんな感じか教えて」
「ぁ……むずむず…する…」
手が動くのに合わせて口から変な声がした。
くすぐったいときにはおなかの底から笑うはずなのに、胸のとこからなにかが溶けて
じわじわ出てくる。
自分のじゃないみたいだった。
笛の音ぐらい高くて、言葉のはしっこが震えてて、うまく話せないちっちゃい子。
ずっと聞いてたらおかしくなりそうだった。
ざらざらしたものが肌をすべってる。それが通ったあとは濡れていた。そっか、舐められてるんだ。
突然、とがってたところを無理やり押しこまれる。
背中のうしろがびりびり痺れた。
「あ…っ!…お、ねえちゃ…ん……」
叫んでしまった。
顔を上げたお姉ちゃんは目を丸くしていた。
「どうしたの?」
「っう、わかんない……わかんないよぉ…」
頭がいっぱいいっぱいで、なにも考えられなかった。
体が熱っぽくなるから、やめたくて、やめたくなかった。なにがなんだか、わからない。
お姉ちゃんのパジャマを握りながら耐えた。すると、優しく名前を呼ばれて頭を撫でられる。
「やめよっか」
その声は明るかった。笑顔も見せてくれたけど、私は悲しかった。
悲しいことは二人ではんぶんこだからだ。
きっと、今、お姉ちゃんは悲しい。
だって、明日、きょにゅーになっちゃうかもしれないから。しかも、ひとりで。
それはとても不安で、悲しいこと。
「……やめちゃ…やだ」
お姉ちゃんを悲しませたくなんかないんだよ。
「がんばる。がんばるから。…お姉ちゃん、…泣かないで」
「…詩音が先に泣くからじゃん……ばか」


次の日、お昼ごはんに出た缶詰めのサバ味噌煮を二人分食べた。おいしかった。

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最終更新:2008年04月05日 12:50