LUNATIC


「鷹野さん、窓を開けてくれるかい」

 そこには笑いながら片手を回して窓を開けるよううながすジロウさんがいた。運転席の私を外からのぞき込んで居る。私は車内からぼう然と見ていた。ジロウさんの笑顔を月明かりが照らす。恐いほどに穏やかな笑顔だった。

 窓ではなくドアを開いたのは、それが私の無意識から来る願いだったのだろう。私が愛した人はいつも、私を置いて死んでしまっていた。だから、あの世から私を迎えに来て欲しいと願っていた。

 子どもの頃は何度両親が迎えに来る夢を見たかわからない。死にたくはなかった。けれど、生きる意味もわからなくなっていた。愛した人はみんな死んでしまっていたから、この世で愛した人を私は殺した。殺して、誰にも奪われないようにするために。

 そして今、殺したはずのジロウさんが私の目の前で笑っている。ジロウさんにはH173を投与して、路地に捨てた後だった。私が立去る前にジロウさんは目覚めてしまったのだ。

「こんな夜中だけど、なんで僕達はこんな所にいるんだろうね……」

 照れ笑いしながらジロウさんがつぶやく。私は眉が寄るのを自覚しながらも笑ってしまった。今のジロウさんはL5の末期なはずだった。それでも、私を信頼しきっている顔に頬が歪む。

 山狗に抑え付けられながら、私を拒絶した時の記憶をジロウさんは自分で封印して、いつものように私の側で笑っていた。
 その姿に雛見沢症候群を全身で否定されているようで憎らしく感じる。

 本当にこの人はバカだと思った。一度信じたものは、死んでも信じきるとでもいうのだろうか。

「ジロウさん、覚えていないの?さっきまでどこにいたのか」
「……うーーーーーん」

 考えこむ表情に普段のジロウさんとはやっぱり違うと確信する。こんな時のジロウさんは慌てながら訳の分からない事をしゃべり続けていたはずだ。私はその様子が面白くて何度困らせたかわからない。

「覚えてないのね。幸せな人」
「ものすごく嫌な夢を見たような、そんな気がするよ」
「そう、夢を見たの」
「夢だよ。夢じゃないと困る。小此木くんや山狗のみんなに抑え付けられて……君に……」
「私に?」
「こんな事を言って良いのかなぁ……」
「殺されそうになったのなら、夢じゃないわよ」

 ジロウさんの私を見る目が大きく開いた。そして、私に一歩踏み出す。私はジロウさんに抱きついていた。

「夢じゃないわ。私、あなたを殺したの」
「……僕は生きてるよ」
「そう想い込みたいだけ。もう死んでいるの」
「なら、なぜ君もここにいるんだい?」
「私も死んだのかもね。あなたと一緒に」
「どうしていつも、君はそんな悲しい冗談を言うんだい?」


 抱きしめ返すジロウさんの腕と声は柔らかいものだった。怒りも憎悪もなにもない、寂しさと悲しさがこもっているようだった。

「冗談じゃないのよ」

 本気だと続けようとした唇は塞がれて、言葉が止まった。舌に絡みつく熱さに、ジロウさんの抱きしめる腕の強さと食い込む指の痛みに、私はまだ生きている事を感じた。少しずつジロウさんの吐息が乱れ始める。雛見沢症候群は理性から奪ってゆく。

 私の下腹部にジロウさんのものが熱を持って触れていた。キスを止めるとジロウさんは私を抱きしめながら肩で息をしていた。

「ご、ごめん……ごめん、こんな所で……」
「ジロウさん」

 私はジロウさんに抱きかかえられた。私はジロウさんのうなじをなでながら耳もとに囁きかえす。

「ジロウさん、続けたいなら車に入って」
「……う、うん」

 限界まで下げた助手席にジロウさんを座らせ、シートの背もたれを後部座席へ倒す。そして私がジロウさんの上に座る。途惑うジロウさんが私の頬に手をそえた。暖かい手に私は微笑み返しながらジロウさんの前をくつろがせる。

 元気になっているジロウさんのものを取り出して、シートから下りると屈んでジロウさんのものを口に含んだ。大きく口をあけたつもりだったけれど、それでも歯が当たりそうになるのを感じて一度顔を引いた。

「……ごめん、無駄に大きくて」
「謝る必要はないのよ」

 口に含まず舌先と指で刺激を与えながらジロウさんの反応を伺った。

「鷹野さん……僕にそこまでしなくていいよ。僕と鷹野さんは不釣合いだってわかってるつもりだよ」
「ジロウさん?」

 ジロウさんの言葉に自虐的なものが滲んでいた。そして、それがジロウさんの発症でもあったのだろう。ジロウさんの疑心暗鬼が向かうのがどこなのか。それは他者とは限らないのだ。
 自殺したおじいちゃんがそうだった。痴呆で衰える脳に恐怖し、私を傷付ける前に私の前から去っていったのだ。

「ジロウさんを選んだのは、私なの。わかる?」
「……鷹野さんには研究がある。邪魔はしたくない」

 ジロウさんの言葉を遠くに聞きながら、私は今罰を受けている。そんな気がした。

「ごめん、鷹野さん。僕……君の事を愛してないわけじゃないんだ」
「わかってるわ」
「どうしたのかな、今夜は。なんだか気味が悪いよ」
「恐いの?ジロウさん」

 ジロウさんは俯いてなにも言わなかった。のしかかり、抱きしめると大きな体が震えていた。キスをする。手を添えたジロウさんの頬や喉にかなりの熱を感じた。発症している。発症しているのに、この人は困ったように微笑んでいた。

 私の一番好きな笑顔を浮かべて、私の腕の中にいた。

 どうして良いのかわからずにいると、ジロウさんの腕が背中に回り腰をなで始めた。そしてお尻から太股へと手がのびてゆく。私は何も言わずジロウさんにしがみついた。
 エンジンの切られた車内はせまくて暑苦しい。汗ばんで肌にまとわりつく服を強引に脱がされると痛みが肌を走った。
下着ごとパンツを下ろされ抱きかかえられる。

「鷹野……さん」

 誰を相手にしているのかわからないような表情なのに、ジロウさんは私の名前を呼んでいた。遠慮のなく太い指が私の中に入り込む。嫌悪感はないけれど痛みに体が硬くなるのを感じた。
 普段なら、普段のジロウさんならこれだけで私からそっと身を引いてくれていた。

 奥に何があるのか探るように太い指が入り込んでゆく。最初は引きつれる痛みがあった。一度受け入れると私からあふれたものが潤滑剤になり、増やされる指を受け入れていく。

 キスもない、言葉もない、ただ、なすがままにされるしかない行為に私はジロウさんにしがみつく。今までのジロウさんとの事がどれほどまで大事にされていたかを思い知らされていた。まどろっこしいと思う事も、面倒だと思う事もあったのに、今はそれが懐かしかった。

 乱暴な指でしかないのに。引きぬかれるのを察すると私の腰が揺れて指を引き止めようと下腹部に力が入ってゆく。今の状況はずっと願っていた事なのだ。ジロウさんが体だけを目当ての男なら、となんども思っていた。
 なんども、なんども願っていたはずなのに。 ……こんな時にそうなるなんて。

「ごめん、大丈夫かい……鷹野さん」

 ジロウさんの声がした。顔を上げてジロウさんの表情を見る。視線が定まっていない様子に現実の私じゃなく、ジロウさんの思い出の私と話しているのが見て取れた。

「……痛いわ」
「鷹野さん……ごめんっ……ごめんっ」

 皮肉っぽくささやいてもジロウさんの腕は私の腰を抱え込んだ。そして自分のものを私にあてがい強引に引寄せてゆく。熱さと痛みが内股を押し上げていた。私の体はそれなりに受け入れる準備ができているはずだった。それでも引き裂かれるような痛みを覚えながら強引にジロウさんが入りんで来る。
 ジロウさんにとっては欲望を素直にぶつけただけなのに辛くて仕方がない。

「鷹野さん、キツイ……力を抜いて」

 私は何も言えずに首を横に振る。痛みに声も出なかった。頬を伝う涙で初めて自分が泣いている事に気がつく。酷い事をされているわけじゃない。ジロウさんの配慮が普段より薄いだけだ。
 それだけのことなのに私の体は拒絶するように軋んで、下肢に痛みを響かせていた。

「ごめんっ……」
「ジロウさん……ダメ、ジロウさん」

 喉をかきむしっているジロウさんの手を取って指を絡めた。指を絡め合う様に手を握りながらキスをする。唇を軽く開くとジロウさんの舌が入って来た。腰を自分から動かして少しでも楽な体勢を探す。けれど、車内でできる体勢は限られていて痛みは決して楽にはならなかった。そのままジロウさんに動かれ、私は内蔵をかきまわされている気分だった。

「は……、あっ……ああっ、や……、ジロウさんっ!」

 叫んでも止まらない動きと、痛いほど握り締められる手に、ジロウさんが普段とは違う事を体に刻み込まれていく。叫んでも、泣きわめいても動きは止まらない。むしろ、奥へ奥へと楔を打ち込まれるように痛みが頭へとかけぬけていた。



 弾かれるように目を開くと、胸倉をつかまれて頬をはられた後だった。タバコの匂いで小此木だと悟る。若干乱れていたものの身なりは整えられていた。私はあのまま気を失っていたらしい。

「ずいぶん派手に可愛がられておられましたなぁ」
「……見てたの」
「時間になっても待合わせ場所に来られないと、あちらから連絡入ったもんで」
「ジロウさんは?」
「部下と遊んでますんね。……角材拾って追いかけてたから、富竹のヤツかなりキテやがんなぁ……」
「私を守ろうと必死なのね、きっと」

 小此木の視線を感じたけれど私は視線をあわせなかった。

「富竹の所に行きたいなら、送ってやるぞ」

 私はその言葉に小此木の頬を叩いた。叩いた手の平が痛むのを感じ、どれほど強い力で叩いたのかを思い知らされる。小此木は唇のはしを切ったようだったけれど、血をぬぐいもせず薄く笑っていた。

「それでは三佐、後の事はよろしくたのんますん」

 怪しい雛見沢弁でそう言った後、白々しく敬礼すると小此木は私の前から消えた。私はハンドルを握ってエンジンをかける。車を走らせると途中で道端に倒れ込んでいるジロウさんを見つけた。
 私はアクセルを踏みこんで遅れた時間を取り戻そうと目的地に急ぐ。

 もう、後戻りはできなかった。

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最終更新:2007年09月30日 23:11