「…………?」
 状況がいまいち理解できず、頭が混乱する。が、自分が布団の中に入っていることに気付き、すぐに自分が今まで何をしていたのか理解した。
 ……恐らく、鷹野さんが昼食の後片付けをするために下へ降りて行った後、俺はいつの間にか眠ってしまっていたのだろう。
 鷹野さんのあの格好のせいで、終始緊張が解けず、知らないうちに体に疲労が溜まってしまったのかもしれない。正直、本末転倒に思えるが……。
 そこまでを鈍い眠気を感じつつ頭の中で整理し、俺は布団から立ち上がろうとする。
 とりあえず、今何時なのかを知りたい。感覚的にかなり長時間寝ていたような気がする。それに、窓から射す光が少し朱色に染まっている気がした。

 ……が、立ち上がれない。
 まるで、何かに捕縛されているかのように後ろへ回した手が動かせず、結果バランスを取れず立ち上がることができないのだ。
 その時、俺は最初に感じた違和感を思い出した。すっかり脳内から消え去っていた違和感が、再び頭の中に現れたのだ。
 足で被っていた布団を無理矢理ひっくり返す。そして、その違和感を一番感じる場所……、後ろに”回された”両手に自分の目を向け、その正体を知り、同時に愕然とした。

「……な、何だこれ!? 縛られている……?」
 何故か俺は、後ろ手に手首の辺りを縄のようなもので縛られていたのだ。それも、かなりキツく縛られているようで、ジタバタと暴れても、一向に縄のような物は解けそうにない。
 その驚きと、理不尽な身の危険への恐怖によって、俺は眠気から一瞬で覚醒する。その代わり、縛られている部分からの痛みが今更ジワジワと伝わって来るようになり、同時に巨大な疑問符が脳内を支配した。
 ……一体、どうして俺は縛られている? 眠っているうちに何が?強盗でも入ったのか? ……まさか。俺の他にも一階に鷹野さんがいるのだ。何かあれば、二階に駆けつけてくるだろう。いや、そもそも鷹野さんは今何をしているんだ? 無事なのか?
 あれこれと考える内に、何がどうなっているのか余計に訳がわからなくなり、今度こそ俺の頭は完全に混乱した。

「――あら? もう目を覚ましちゃった? 眠らせてから二時間も経っていないのに、意外と早かったわねぇ、くすくすくす……」
 その時、突然寝ている俺の頭上から不気味な笑い声が耳に届く。俺は驚きながら体を海老のように反らして、その方向に目を向けた。
 ……そこには、鷹野さんがいた。窓の桟に腰をかけながら、妖しい笑みをこちらに向ける、鷹野さんの姿があった。
「た、鷹野さん!? ……い、一体、これは何なんですか!? 何があったんですか!? どうして、俺は縛られているんですか!?」
 俺は鷹野さんへ向かって、ひたすらに疑問の波をぶつけた。言ってる内容は乱暴で、何の論理性も無い。ただ、口に上ってくる言葉をそのまま投げ付けているだけだ。
 ……というか、この意味不明な状況の中で、冷静に話すなんて不可能に近い。
「……くすくすくす」
 だが、鷹野さんは答えない。何か一つでも多くの事を知りたいという俺の心を嘲るかのように、静かに嗤うだけだ。
 それを見据えながら、俺は腹の奥から低く声を出す。
「……もしかして、鷹野さんがやったのか?」
 直感、というより確信に近かった。俺が目を覚まし、鷹野さんが最初に言った言葉。そこから考えると、この人は故意に俺を眠らせたのだ。殴って気絶させたのか、薬でも打ったのかはわからない。
 ……が、ともかくこの人は俺を眠らせた。そして俺の手首を縛って体の自由を完全に奪った。
 ……目的も、動機も全くわからない。しかし、鷹野さんがさっきからこちらへ投げかけてくる、どす黒い敵対のオーラが何よりの証拠だった。
 ――そう、敵。
 目の前の鷹野さんに、以前のような友好的な雰囲気は全く無い。代わりにあるのは、俺の身を脅かそうとする絶対的な敵の姿。だから、もうこの人に気を許すことはできない……。
「……正解。くすくすくす……」
 そこで、ようやく鷹野さんは理解できる言葉を発する。そして、再び嗤う。この状況で、何がおかしいのかこちらには全く意味不明だが、嗤う。
 その笑みはさっきまでの日常的な物とは程遠く、そして、これ以上に無い程この異常な状況に似つかわしく思える。さっきまでのものを小悪魔的と言うなら、こちらは完全に悪魔のようだった。
「ど、どうしてこんなことを……!?」
 その笑みを掻き消すように、更に俺は当然の疑問をぶつける。
 なぜ、鷹野さんがこんなことをする必要があるのかわからない。理由が見当たらない。
金が目的ということも一瞬考えたが、すぐに捨てた。もしそうなら、こんな所にいないでとっくに逃げているだろう。そもそも、医者として家に侵入なんて回りくどいことをする意味がわからない。でも、だったら他にどんな理由が……!?
 そんな風に思案を巡らせる俺を馬鹿にするかのように、鷹野さんは嗤う。

 ……そして、よくわからない事を言った。

「……ふふふ。前原くんがあんまりにも可愛いから、ちょっとお姉さん我慢できなくなっちゃったの。ごめんね。……くすくすくす」
「は、可愛い……!? な、何を言って……」
 理解できない理由に声を上げるが、途中で鷹野さんの声に遮られる。
「前原くん、最初に私と一緒に階段を上ろうとした時、私の下着が見えそうだからって、照れて上って来なかったでしょ? 私が気付いてないと思った? ……くすくす、必死に誤魔化しちゃって、ウブなんだから」
「な、え……!?」
 突然、思いも寄らない事を言われ、俺は素っ頓狂な声を上げた。同時に、あの時気付かれていたということを今更に知り、羞恥心で顔が徐々に赤く染まり始める。
「あの前原くんの様子があまりに可愛くってね。お姉さん、つい悪戯をしちゃったの。
 診察のとき、胸元を開いていたのがそう。前原くんの反応が予想通り過ぎて少し笑っちゃったわ。いつも、あんな可愛い女の子たちと遊んでいるのに、まだそういうことは慣れてないのねぇ、ふふふ……。
 それから、お粥を食べさせてあげようとした時もそうね。胸を腕にくっ付けてあげたのもそう。全部、わざと。前原くんの反応は、どれも本当に面白かったわ。……ごめんなさいね。坊やの純情な心を弄んじゃって。くすくすくす……」
 鷹野さんは、艶やかに濡れた声であっさり全てを言い終えると、再び嗤い始めた。部屋中に響く、小さくも鋭利な嗤い声。いつ終えるのかもわからないそれは、ひどく挑発的で、聞く方としてはかなり不快だった。
「…………」
 ……だが、俺にそれを怒る気力は残っていていない。
 鷹野さんが今打ち明けた真実。完全に遊ばれていたという事実から、俺は恥ずかしさで何の言葉も出せない状態だった。
 俺は必死に誤魔化していたというのに、鷹野さんはそんなものはとっくに見抜いて裏で笑っていたのだ。……その現実に、頭が熱くなる。とんでもなく恥ずかしい。顔は真っ赤で、体は小刻みにがくがくと震えている。心臓がドクドクと鳴る。
 ……それはもう、羞恥などというレベルではなく、屈辱に近いように思えた。
 だが、まだわからないことがある。悪戯だけが目的なら、何故俺を眠らせる必要があるのか? 悪戯だけが目的なら、何故俺を拘束する必要があるのか?
 その理由が、全くわからない。鷹野さんは何をするつもりなのだ? まだ、何かあるというのか?
 ……混乱と羞恥心で、俺は頭がパンクしそうになる。
 鷹野さんはそんな俺の様子を、悪魔のように嬉しそうな顔で見つめ、更に嗤った。
 そして、数瞬の後にゆっくりと口を開く。

「――でも、これからする事に比べたら、大した事ないわね」
 そう、急に無表情な顔で言った。
「……え?」
 俺はその突然の変化に驚こうとする。……が、そんな暇も与えられない内に鷹野さんが窓の桟から降り、こちらに迫る。そして、寝ている俺の肩を掴んで、無理矢理体を起こさせた。
「な、何をするつも……うっ?」
 身の危険を感じて叫ぼうとするが、再び遮られる。しかし、今度は鷹野さんの言葉による物ではなく、俺自身の驚きによる物だった。
 ……鷹野さんが、俺の後ろから、突然胸に手を回して抱き着いてきたのだ。そして、その豊満な胸を俺の背中に擦り付けるように、体を上下に動かしている。……背中全体から、乳房の心地よく柔らかい感触が伝わってくる。
「……な、……た、鷹野さ、ん……?」
 俺はその突然の行為に驚き、そして背中に感じる快感に呑まれそうになりながら、ようやく声を絞り出す。だが、鷹野さんはそんな物はまるで聞こえていないかのように無視し、更に一層その行為を激しくし始めた。
 手を縛られているため、それを制止することも出来ない。ただ、俺はなされるままにその行為を背中一杯に感じていた。
 部屋には、ただ衣服同士が擦れ合う音のみが響く。気のせいか、その音がひどく官能的に聞こえた。

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最終更新:2007年06月22日 01:57