沙都子ちゃんは、あまりの痛みに身をこわばらせていた。
「ゃぁぁああッ! ぬ、抜いて、抜いてくださいまし、抜いてくださいましぃぃ!」
「大丈夫ですよ……沙都子ちゃん……まだ、始まったばかりですから」
自分が自分で嫌になる。
沙都子ちゃんが好きだというのに……いや、好きだからこそやっているのだが……
とにかく私は、抽送を続ける。
「やっ、やっ、やですぅぅ、ぬ、ぬぃてぇぇ! ふわぁああああああん!」
「沙都子ちゃん、もうちょっとだから、もうちょっとだから、我慢して!」

私もつらいというのは、たぶん自分を誤魔化すための言葉だ。
事実私は、辛くないのだ。
それどころか、愉悦の笑みさえ浮かべてるではないか。
そんな自分の内なる暴力性に気付き、
うろたえ、蔑み、嫌っていようと……
私は続けるのだ。

「沙都子ちゃん、これで、最後だから」
これを突き入れれば忘れてしまうのだから。
沙都子ちゃんに贈る、私からの、最初で最後の花束。
ひょっとすると……私は沙都子ちゃんの事が
…………………………………好きだった。
(もうオチは分かっているでしょうが、続きを読むには「リテ・ラトバリタ・メイド」と唱えてください。)






「はい、もう終わりですよ、沙都子ちゃん」
「う、うう……酷いですわ、監督……」
そう、これで何もかも終わりなのだ。

雛見沢症候群は、たった今より、急速に撲滅される!

沙都子ちゃんは、そのための実験台だった。
一度そう思ってしまうと、こんな職業をやっているというのに心が痛む。

「よかったですね、沙都子ちゃん」
「何がですの……三本もお注射を打たれて、何が良かったんですのよ……」
沙都子ちゃんはぐったりしてしまっているけれど、
薬の副作用ではないだろう。
たしかに沈静の作用はあるが、ここまで強力じゃない。
さっきまで泣き叫んでいたせいだ。

「これで……もう少しすれば……お別れかもしれませんね」
「? 何を言ってますの?」
「いえいえ、こちらの話ですよ……沙都子ちゃんは、悟史くんが帰ってくるとしたら、
まずどうしてあげたいですか?」
「ま、ますます意味がわかりませんわ。支離滅裂でしてよ」
そういいつつも、真剣に考え込む沙都子ちゃんをかわいいと思う。
一時は本当に、自分の家の子供にしたかったぐらいなのだから。
「……とりあえず、挨拶しますわ」
「はは、そうですね。挨拶は大切です。
でもですね、私が聞いているのはそういうことじゃありません。
……何度も言っているように、私は沙都子ちゃんの幸せを願っています。
もし、再会がどんな形であっても……沙都子ちゃんは……受け止められますね?」
「な、なんですの? もしかしてわたくしの体が目当てですの?」
沙都子ちゃんが左右の腕を掴んで、身を固めた。
何か勘違いされたようだ。

「ふふ……単刀直入に言いましょう。
悟史君は生きています。そして……私は居場所を知っています」
「知ってますわ」
「へ?」
即答だった。

「にーにーも……同じ病気なんでしょう?」
「な、なぜ?」
「分かりますもの。兄妹をなめないでくださいませ……っていうのは嘘ですわ。
詩音さんも案外間抜けなんですのね。
あんな浮かれた顔していましたら、誰でもわかりますわ」
沙都子ちゃんは、そう言って笑った。
その端には涙があった。
本当は、信じきれなかったのだろう。
詩音さんのことだって、確証ではないのだから。

「悟史君は寝たきり生活だったので、まずリハビリを始めなければなりません。
若いので筋組織の回復は早いと思いますが……後遺症は考えられます。
今までどおりの生活が保障されるとは限りません……が、中にはそういう状態から回復するどころか、
以前より増強されたという例もありますから」
「に、にーにーが筋肉ムキムキになって帰ってきますの?」
「ええ、そうかもしれませんね」
私は冗談用の微笑を、沙都子ちゃんに投げかけた。
沙都子ちゃんは一緒になって、笑ってくれる。
この一瞬だけ……いつも、時が止まった気がする。


「みー、沙都子、いっぱいお注射されてかわいそかわいそなのです」
「梨花? 居ましたの?」
「さっき来たばっかりなのです。もうお注射が終わったから、
入っていいといわれたのですよ」
そういいながら、梨花ちゃんは沙都子ちゃんに抱きついて、
頭を撫でていた。
微笑ましい光景だ。
ずっとずっと見ていたい。
でも……それも……雛見沢症候群が根絶されれば……

「入江も、かわいそかわいそなのです」
「へ? あははは、嬉しいなぁ」
突然の梨花ちゃんの手に、私はくすぐったいものを感じたけど、
それを受け入れた。
「いっぱいいっぱい撫でてあげますから」
「ありがとうございます」

「だから、泣くのはやめてほしいです。いい大人がみっともないですよ」
ドキッとした。
自分が涙を流していることさえ、気付かなかった。

「い、いえいえ、ひ、雛見沢症候群の、根絶は……私の、夢でしたから」
涙を流したことが分かったとたんに、
私の声は涙声になってしまう。
何とも不思議な体だった。
「だったら、笑うですよ。にぱー☆」
「に、にぱー☆」

「……入江、もう決まっていたことなのですよ」
「何がですか?」
私は涙をぬぐって、梨花ちゃんの顔を見た。
不思議と、十歳は大人びて見えた。

「入江が必ずすると念じたことは、入江は必ず成すのです。
だから……どうか、念じてください。
お魎が入江をどこかには行かせないのです。
お魎だけじゃない。雛見沢の皆が、入江をこれからも必要とするのですよ。
走って転んだときは、誰に言えばいいですか?
お風邪を引いたときは、誰に言えばいいですか?
もし……誰かが大怪我をしたとき、神様に祈れとでも言いますですか?
神様は居ますが、成すのは人間なのですよ。
神様は最後の最後に、人差し指でほんの一押しするだけなのです。
特にここの神様は……生意気ですから」
そうして梨花ちゃんは、にっこり笑って言うのだ。

「ふぁいと、おーなのです」
「あはは、ふぁいと、おー」
私も同じように、やった。

ふぁいと -stay hinamizawa- ―完―

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最終更新:2007年05月03日 01:53