…最近の詩音はいつにもまして子供のようだと葛西は思う。



大人びた口調や容姿から勘違いされがちだが、本当は詩音だって年相応の少女なのだ。
家庭環境が家庭環境だっただけに、人一倍甘えたい意識が強いのだろう。
そんな時、いつも詩音は葛西に擦りよってくる。
葛西にとって詩音は実の娘、いやそれ以上の存在だ。
だからついつい可愛がってしまう。…葛西には娘はいないが、親バカとでも言うのだろうか。

にしても、最近の詩音は少しひどい。
ごはんを作れだの洗濯をしてくれだのそれくらいならまだ良いものの、しまいには着替えさせて体を拭いてときたものだ。
これには葛西も吹き出してしまった。
実の親子ほど年齢が離れていると言えども、詩音は体の発達が人一倍良い。それに茜さんにもよく似ている。
何か間違いがあってもおかしくは無いのだ。
…もちろん、万が一そんな事になればこの葛西、命をもって本家に償うつもりだが。

詩音は滅多に人を信用しない。
疑い深く用心深く、そしてしたたかだ。
だがそれがゆえに、一度“この人は安全だ”と認識してしまうと、とことん無防備になってしまう。
彼女はやり手だが、それでもこの世界の修羅場をいくつも潜り抜けてきた葛西にとっては詰めが甘い。

…このままでは変な輩に騙されてしまうかもしれない。
もしあの北条の息子が詩音さんを泣かせるような事をしたら、自分は……………


と、そこで葛西の思考は途切れた。
背中に温かい感触。
ぱたぱたと雫が垂れ、スーツが濡れていくのが分かった。


「…どうしました、詩音さん」
「あら?バレちゃいました?
まあ私と葛西しかいないんだから、当然っちゃ当然ですね!」

私じゃなかったら幽霊しかいないじゃないですか、と朗らかに笑う詩音。
風呂上がりなのだろう、体が蒸気して熱い。抱きつかれている背中がしっとりと濡れていく。
このままでは風邪をひいてしまうとタオルを取りにいこうとするが、詩音はその間も葛西の背中にピットリと貼り付いて離れない。
葛西は「詩音さんの気が済むまで」としばらく立ち尽くしていたが、詩音はすりすりと頬を寄せるだけで動こうとはしなかった。


「…詩音さん、何か嫌な事でも?」
「いーえ。…あ、葛西、また飲みましたね。酒臭いです。
飲みすぎはダメって言ったじゃないですか!もしくは飲む時は私を誘う事!」
さらにぎゅううと強く抱きしめてくる詩音。動く気配は微塵もない。
葛西はふぅと溜め息を吐き、くるりと半回転した。
つまり、詩音と向き合う形になる。

「ぅわっ…!か、葛西!
それは反則ですって!」
「…詩音さん。本当にどうしました?」

じ、とサングラス越しに詩音を見つめる。
詩音は最初こそ気丈に睨み返していたが、だんだんと覇気を失い逃げるようにして目を反らした。
そして、ポツポツと絞り出すように言葉を発した。



「…………たの……」
「……すいません詩音さん、もう一度……」
「……わく……て…の…」

やはり二度目も聞こえない。
何度も聞くのは失礼かと思い葛西は押し黙った。
…と、詩音が俯いていた顔を上げ、いきなり葛西を押し倒した。
どさり。
崩れ落ちるような形で2人は倒れる。
すかさず詩音が馬乗りになり、ポカポカと葛西を軽く叩いた。葛西は抵抗せず、詩音のされるがままだ。


「……痛くありませんよ、詩音さん。やるなら本気で」
「ゆ、誘惑してたのって何回も言ってるじゃないですかっ!!ちゃんと耳の穴かっぽじってよーく聞いとけってんですよ!!!
だいたい葛西はいつもいつも…今まで私がどんだけ必死にアピールしてたか!!!」
「……………え、」






葛西はその言葉に目が見開く。…最も、サングラスをかけているので分からないが。
「………誘惑?」
ええ、ええ、そうですよと詩音がムキになって叫ぶ。
顔を真っ赤にしながら、目尻にかすかに涙が浮かんでいた。


…最近の詩音さんの行動は甘えていたのではなく、誘惑をしていたのか。
葛西は納得した。
どうりで着替えやら入浴の手伝いやら求めてくるわけだ。

「なっ、なっ、なな何がおかしいんですか葛西ぃいぃ!!
わたっ、私が誘惑とかそんなにおかしいってんですか!?」
「いえ…」

こんなに必死になった詩音を見たのは何年ぶりだろうか。
すっかり興奮しきっている。
…昔から、こんな状態になった時の詩音の面倒を見るのはいつも自分だった。
だから、どうすれば良いのかはよく知っている。

葛西はゆっくりと上体を起こし、詩音の頭をそっと撫でた。
葛西の手は決して綺麗とは言えない。長い事この業界にいるせいで傷跡だらけだし、ゴツゴツしている。
…それでもその手は、小さい頃からずっと詩音を守ってきてくれた、本当に安らげるものだった。


「…へ、……ぁ……」
「…すいません、詩音さん。
決して面白いから笑ったのではなく…」
「………まぁ、…仕方ないですね………もう。」


ぷぅ、とむくれる詩音だが先ほどのように怒ってはいない。
いつもの小悪魔のような彼女からは想像もつかないような、可愛らしい顔をして
いた。…もちろん、普段も可愛らしいのだけれど。




「……詩音さん、そろそろ…」
どいてくれますか、と言おうとしたその時。
にやり、と詩音が微笑んだ。
それと同時に何か温かく柔らかいもので唇を塞がれる。

「……、詩音さ」
「だーめ。…誘惑するって言ったじゃないですか。
ふふ、葛西。私のファーストキス、どうでした?」

ペロリと唇を舐める詩音。
さっきまでの顔はもう無い。
いつも魅音をからかっている時のような、悪戯好きの子供のような顔に戻っている。

ああ、やはり茜さんによく似ている…いや、そんな事言ってる場合じゃあない。

どうにかして止めさせなければいけない。
…自分は理性が強い方だが、何か間違いが起こってからでは遅いのだ。
だいたい詩音さんはあの北条の息子が好きだったのでは無かろうか。


「……ん、…む」
詩音が懸命にキスを続ける。
ちゅ、ちゅ…と軽く押しつけるように、何度も何度もそれを繰り返した。
何度も何度も………
何度も…………………………
…………………………。


唇にキス。
首もとにキス。
口の端にキス。


葛西はある事に気付いた。
………キスしかしていない。




思えば詩音だってまだ中学生だ。
時代が時代、せいぜい中学生が知りうる性交渉の範囲はこの程度。
むしろここまで出来るのが驚きである。一体いつの間にこんな事を覚えたのか。


葛西はある事を思いついた。
少々強引だが、それが一番効果的な方法だろう。
そう思うやいなや、葛西はぐいと詩音を抱き寄せた。

「…ん、……んむぅっ!?は…ちゅ、……んん…っ」
さっきまでのついばむようなキスではなく、深く長いキス。
まさか葛西がこんな行動に出るとは思ってなかったのだろう。
詩音は驚いて離れようとしたが、頭を押さえ込まれそれすらも出来ない。
逃げ回る詩音の舌を捕らえては、軽く吸って噛む。
歯列をなぞってやると、詩音はぴくんぴくんとはねた。

「…ん、ふむ…ぅんっ、…んぁ…」

舌のぷにぷにとした感触が気持ちいい。
次第に詩音も舌を絡めるようになり、両腕を葛西の首に回しこむ。
とろんとした瞳で葛西を見つめる詩音は、たまらなく可愛い。


思う存分口内を犯し、ようやく唇を離した。
つつ、と唾液が糸をひく。

「…っぷは……っは、はぁ…
…あ!?ちょ、葛西、待っ…!」
風呂上がりだったため、キャミソールにホットパンツと楽な格好をしていたのが仇となったのか、詩音は簡単に衣服をめくりあげられた。
肌が葛西の視線に晒される。

「や、やめっ、葛西っ!待って!やめてください、葛西…!」
「やめません」

ジタバタする詩音をいとも簡単に押さえ込み、ぐいと脚を開かせる。
葛西は乱暴に上着を脱ぎ捨て、詩音にのしかかった。




「じょっ、冗談ですよねっ…?!ね、葛西、すいません、謝るから、かさ…んっ…!」
「少し黙っていて下さい。
…誘ったのは詩音さんです。責任はきちんと取ってもらわなくては」


思いのほか騒ぐので、葛西は手で詩音の口を塞ぐ。
さっきまであんなに安心することが出来た手なのに、今はなんでこんなにも怖いのだろう、…と詩音は思った。


なんて乱暴な扱い。
私の言葉なんて聞いてくれやしない。
これじゃあまるでレイプじゃないか。




「…っく、ふ…ぅ……っ…、」

自然と涙がこぼれた。
―――――怖かった。

今まで葛西は、どんな嫌がる事も詩音が頼めばしてくれた。
逆に、詩音が嫌がる事は絶対にしなかった。

それが今どうだろう。
自分から誘ったとはいえ、無理矢理に押さえ込まれて、やめてと言ってもやめてくれず―――強姦と変わりないじゃないか。
目の前にいるのが葛西じゃなく、知らない男の人に見えた。
…と、口を塞いでいた手が離される。

「…っふ、えっく…葛西…、ごめ…なさ……ごめんなさ…っくや、め……っえ…」
「…………………」


ぱさり、と上着がかけられた。
ふわりと漂う酒とタバコの香り。
…葛西の匂いだ。
こんな状況にも関わらず詩音は安心してしまう。
葛西はそっと詩音の頬に触れ、額に軽くキスをした。

「…良いですか、詩音さん。
男を誘惑するってのは、こういう事なんです。
あなたが思っているよりもっと―――痛くて、怖くて、生々しい。」
「…っふ、…く………葛西、ごめ、なさ……
わたし、……ぅくっ、…」



―――少しやりすぎたか。
葛西は自分の指を見つめる。
後で本家に行こう。指の一本や二本、ケジメをつけてもらわなくては自分の気がすまない。



「…いえ、分かってもらえれば良いんです。これに懲りたら、もうこんな事…」
「っく、…うっ…っく……く…っ…ぅ…っく……
く………………………………
くけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ
けけけけけけけけけけけけけけ!!!
………ってのは冗談で…、…
…ぐす、葛西、…すいませんでした。…ありがとうございます…」

詩音は涙を拭いながら、ぐちゃぐちゃになった衣服を整える。
冗談を言える元気があるなら大丈夫か、と葛西は重い腰を上げた。
今から本家に行ってこよう―――――と、その時。


がしり。
詩音に裾を掴まれる。

「……詩音さん?」
「…葛西、さっきは迷惑かけてすいません。反省してます。
…で、その……」


もじもじと、詩音が身をくねらすようにしてこちらを見上げる。
その頬は赤く染まり、心なしか息も荒い。


「…さっき、葛西があんな事したせいですよ?
あの、その……もう一回、さっきのやってくれません…?」




―――懲りてない。




………こりゃ、爪どころか臓器もいくつか持っていかれるかもしれない。
葛西はふっと微笑み、詩音の肩紐に手をかけた。




後篇

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年10月06日 21:46