沙都子は、必死に舐め取っていた。
「じゅ……んむ、にーにー、これ、舐めても舐めても先っちょからあふれ出てきまふわぁ」
悟史は苦悶の顔を浮かべながら、息を切らしている。
「はぁ、はぁ、おいしいかい……はぁ、沙都子……」
「おいひいでふわ……にーにー」
沙都子はいままで咥えていたものを、
急に握り締める。
「あふっ!」
沙都子が舐めていた先から、白濁した液が飛び出た。
「沙都子……勿体無いから……こぼさず飲むんだよ?」
息を切らしていた悟史は、
やっと落ち着いたのか、前かがみの姿勢をやめた。

「まだ残ってますわ」
ちゅるちゅると沙都子は、先端の穴から口をすぼめて中身を全て吸い取った。
「にーにー、これ、なんていいますの?」
「棒アイス……だって」

本当は、駄菓子屋でも表示がなかったから、
なんていうのかは、悟史は分からなかった。
他のアイスに比べてずいぶん安かったし、
何より二つに分けて食べられるから選んだ。
悟史の手は、自然と沙都子のほうに少し多い方……
ビニールチューブの絞りがついてある方を差し出していた。

漠然とした不安の中、沙都子は目覚めた。
何か、大好きなものがあって、
それがなくなるような夢だったように思う。
少し胸がどきどきした。
沙都子は胸に手を当てる。

どきどき、どきどき。

確かに生きている証だった。
だから、何か分からないものが怖くて、怖くて。
沙都子は、横で眠る梨花の手を必死に握り締めていた。

「痛いのです……沙都子……くぁぁぁあ」
梨花が大きなあくびをする。
田舎の夜だから、そのかわいらしい音でさえよく響いた。
「ご、ごめんなさい、梨花……」
「どうかしましたですか?」
梨花が眠そうな目で沙都子を見つめる。
しかし、その瞳を、沙都子は受け止めなかった。
「夜が怖いですか?」
「……昔の夢を見ましたの」

漠然とした記憶ではなかった。
それは、確かにあった記憶。
優しかった兄の、優しい記憶。
「棒のアイスがあるでしょう?
ほら……あの二十円ぐらいで売ってるやつですわ」
「ありますね」
「それを……にーにーが溶けない様にって、
わざわざ走って買ってきてくれたんですの……
お使いの時に、少しずつおつりを誤魔化したお金ですわ」

きゅっと、また梨花の手が絞られる。
今度の梨花は、それを受け止めた。
だから、沙都子も私の瞳を受け止めて、
そう言いたかったのだろう。
「そうですか……沙都子、かわいそかわいそなのです」
梨花は転がって沙都子と密着する。
そのまま手を回し、ぽんぽんと背中を軽く叩いてやった。

「ねーむれー、ねーむれー、なのです」
子守唄を歌ってやる梨花……が、
もう片方の空いた手は、沙都子のわき腹をくすぐっていた。
「きゃはは、くすぐったいですわ、梨花!」
「やりましたですね、沙都子!
沙都子の弱いところは把握してますです!」
「あふっ! り、梨花、そこはやめてくださいませ!
そこはやめてくださいませ!」

夜中にじゃれあった二人は、
汗をかきながら、ぐったりとするまではしゃいだ。
「り、梨花……お胸をさするなんて酷いですわ」
「沙都子こそ……ボクのお尻をつねるなんて酷いのです」
そうして二人で、また笑う。

梨花は知っていた。
「今回」は……鉄平が来るのだ。
せめて自分の所にいる間ぐらい、
精一杯沙都子を愛したかった。

「梨花、ありがとうございます」
「どういたしまして、なのです」
そう言って、二人は手を繋ぐ。
二人の手は、明朝まで離れることはなかった。

真夜中の抱擁 ―完―
―皆殺し編へ続く―

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最終更新:2007年04月14日 22:05