僕が一人の人間から目を離せなくなるというのは、初めてだった。
小学生のころからそんなに友達は多くなかった。
別に、少なかったわけでもないけど、僕の対人関係能力に関しては、
普通、いやそれ以下だったかもしれない。
それは、他人にそれほど執着することが無かったから。
今こうして友達として話している、佐藤も、友人として見る、というには抵抗があった。
出会って一週間だというのに、友達と呼ぶには失礼かもしれないという本、僕の独断によるものだけど。
佐藤は言った。
「ところで、シン。お前……なんだ、好きな子とか居るのか?」
佐藤がいやらしく笑う。
「え? す、好きな子?」
うろたえる僕に、太郎
――ちょっと可愛そうな名前だが、横山太郎という、川原のエロ本を投げてくるので有名な男――
が、ちゃちゃを入れる。
「赤くなんなって、わかってる、礼奈だろ? 竜宮礼奈」
「しっ、声でかいって……」
幸い、休み時間中だったので、あたりは騒がしかったから、僕たち三人以外には聞こえていなかったようだ。
「……まぁ、そうだよ」
「ほう、シンにしてはなかなか素直じゃないか……
俺は、あいつだよ、町嶋。お前んち、隣なんだろ?
今度会う口実作ってくれよ。
俺、礼奈に教科書貸したことあるからさ、お前よりちょっとは話やすいはずだぜ……交換な、交換」
つまり、佐藤は僕と仲がいい町嶋鏡子に用があるのであって、僕に用は無い……んだと思う。
僕が他人に執着しないというひとつの要因が、鏡子だった。
僕にはんだよくわからないけど、
鏡子は僕以外の男からみたらやたら魅力的に見えるらしく、
僕に会う口実を作ってくれという奴が後を絶えなかったからだ。

一週間というのは、平均的なタイムだ。
でも、今回はちょっと違う。
以前までは僕の方にいいことなんか無くて、一方的にセッティングの要求をされるだけだったから。
小学生の癖にそんなことをたくらむ人間が多かったのは、僕にとって少々ショックだった。
もう大分なれてしまったけど。
「おいおい、俺は蚊帳の外かよ?」
「うっせー、お前はエロ本で、も投げて暮らしてろ」
「馬鹿、おまえらなぁ、あんなちっちゃいおっぱいのどこがいいんだよ? 男ならもっと大きいのを」
とりあえず、必要以上に大きい声で話す太郎を、僕たち二人は早急に無視した。
そのうちあだ名が決まるだろう。太郎じゃ可愛そうだ。

「善は急げだ、シン、今日の放課後いけるだろ? 早速礼奈とセッティングしてやる」
昼休み、いつものように席をあわせて弁当を食っていたときに、突如佐藤は肩をばんばんと叩いて言ってきた。
半ば忘れかけていたことを、突如として出されたことで、過剰な反応をしてしまう。
「きょ、今日って……確かに予定は無いけど……鏡子のほうは分からないよ?」
「俺は明日以降でもいいから。でも、竜宮は別だ。誰かに取られちまうぞ?」
「取られるってそんな……物みたいに……」
「確かになぁ、竜宮って可愛いもんなぁ」
太郎にそういわれて、なんとなくちらっと竜宮の方を見てしまう。
女の子のグループを形成しており、視線さえ送りづらかったが、
和気あいあいとほかの女子と話をしていたのを見て、やっぱり可愛いと思った。
そう、可愛いと思ったんだ。
「んじゃあ、放課後、な」
そう言って、佐藤は飯を食べてすぐ、グラウンドのほうへと走っていった。
僕にもあれぐらいの元気があったら、こんなに意識する前に話しかけられているだろうか。
「俺もちょっと行ってくるわ」
結局最後は、僕一人で弁当を食べることになってしまった。

ただそばに居るだけで、どきどきしてしまう。こんなんじゃ駄目だ……
「……んで、こっちが信也、みんなシンって読んでる。覚えてくれた?」
「うん、みんな覚えたよ」
トリップしていた僕に、礼奈は笑顔を向けてくれた。
「そ、それでさ、今度みんなでボーリングいかない? 俺ら三人と、あと誰か連れてってさ」
佐藤もこういうことに慣れているわけじゃないんだろう。この言葉を言うのに、ずいぶん長い時間を費やしてしまった。
本当に……いい奴だ。
「うん、いいよ」
また、礼奈は笑顔を見せる。

 僕たちは、ボーリングに行ったり、学校の休み時間に普通に遊べるぐらいの仲になった。
鏡子と佐藤も同じ感じで、いちいち何があったとか報告してくる佐藤にイライラしながらも、
僕たちは、ずっと、仲が良かった。

ずっと……一ヶ月間だったけど。
十三年も生きていない僕たちにとって、その一ヶ月は、永遠だった。 「れ、礼奈、かふっ、れぃ、な」
「気安くその名前で呼ぶなぁぁッッ!!」
無慈悲な一撃が、僕の脳天を砕いた。
きっと血が出た。
もうこれは、決定的だ。
さっきのわき腹への一撃なんかとは比にもならないぐらいに、決定的な一撃。
「……礼、奈……僕を……信じて?」
僕は、礼奈に手を伸ばした。
礼奈の動きが一瞬だが、止まる。
なんとかその間に、倒れてしまった体を、上半身だけ起こした。
頭がやられていたせいか、体が思うように動かなかった。
「礼……奈……」
最後の一撃は、僕から少しの間、光を奪った。
痛みだけが広がる闇の中で、僕の罪を繰り返し、繰り返し、鈍った頭に言い聞かせる。
 僕は礼奈に恋をした。 
―完―

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年03月18日 18:05