※ページ名を変更しました。 前名:梨花×沙都子(キスのみ)。


梨花×沙都子で、舌入りキスまで。

一部、血の味を連想させる描写有り。





 買い物にいったら、オレンジ味の大きな飴がもらえた。

 店主は、私の隣にいる沙都子のことなんて見えてもいない態度だった。
 沙都子も飴のことなんて見えていないように振舞った。
「ありがとなのです。」
 私はお礼を言って、その気まずい物体を迅速にポケットに突っ込んだ。

 沙都子にも飴を与えて欲しいとか、私一人分だけなら受け取らないとか、
そんな押し問答で時間を長引かせることが、友人を一番苦しめる。
 受け取ったらさっさとポケットに隠してしまって、沙都子が見ていない場所で
食べてしまうのが一番だった。
 彼女は、私がもらったお駄賃のおすそ分けは、頑として受け取らない。

「さあ、次は八百屋さんでしてよ。」
 必要以上に明るい笑顔を作って、沙都子が私の手を引く。
「みー、ジャガイモが安いといいのです。」
「ですわねー。」
「カボチャの方が安かったら、そっちにするのです。」
「ですわねー……って、梨花! カボチャは昨日やっとなくなったばかりではありませんことっ?
向こう1週間は買わない約束ですわ!」
「みー?」
 私が触れれば、沙都子の傷は余計に痛むだけだ。
 だから、彼女が辛い思いをした時間は、私たちの間では存在しないことにしていた。

 ポケットに溜まっていくお菓子の重さや、隠れて食べなければならない味気なさは、
きっと、彼女の痛みの100分の1にも及ばない。
 沙都子と過ごす時間を少しでも幸せなものにするために、これは必要な我慢だ。
「沙都子!」
 背後で野太い声が沙都子を呼んだ。
 沙都子は私の手を引いた体勢で硬直する。彼女の手が、私の手を強く握った。
ぎりぎりと爪が食い込んで痛い。けれど私には、彼女に抗議するような気力は残っていなかった。

 私はゆっくりと後ろを振り返る。
 そこには予想と寸分たがわぬ北条鉄平の姿があった。
 これは、もう駄目な世界だった。
 今すぐ死んで、次の世界に行ってしまいたい。

 この世界には北条鉄平は現れないのではないかと、私は思い込んでいた。
 直前の世界が、まさに北条鉄平によって滅茶苦茶にされた世界だったからだ。
 サイコロの1が出た次の世界では、6…とは行かなくても4や5は出てくれるんじゃないかと
無意識に期待していた。
 1が3回連続しても、そのあとで6が3回連続すれば平均値だ。最終的に帳尻が合うのか
どうかは知らないが…1の次に1は来ないという、私の見込みは甘かった。

 北条鉄平は、おびえて縮こまる沙都子を私から引きはがした。
 沙都子は助けを求めるような目で私を見た。そのとき、私は多分あの、諦め切った顔を
していたのだと思う。私の諦めに感染したように、沙都子の目から感情が抜けた。


 世界は終わったのだ。ほら、遠くでひぐらしがなき始めた。


 二人分の夕食の買い物を抱えて、私は一人で家へ帰った。
「おかえりなさいなのです。」
「…ただいま。」
 買った物を冷蔵庫に入れ、タンスから沙都子の衣類を引っ張り出す。
 それだけで、羽入は何が起きたのか分かったようだった。
「梨花…気を落とさないで欲しいのです。」
「わかってる。」
 前の世界でやったのとそっくり同じに荷造りして、一番上に薬と注射器を詰めた。

 北条家に行き、沙都子を呼び出す。
 夕食中らしく、鉄平は出てこなかった。
「お着替えとお薬なのです。」
「あ、ああ。ありがとうですわ、梨花。」
「…お注射、忘れてはだめなのですよ。」
「あら、私はそんなうっかりさんではありませんでしてよ。」
 いいや、沙都子はうっかりさんだ。
 鉄平が帰って来た世界で沙都子が注射を忘れる確立は、今のところ100%だった。
「教科書はボクが学校に持って行くから心配しなくていいのです。」
 にぱー☆と、作り物の笑顔を浮かべてみせる。
「ありがとう。…ごめんなさい。」
 沙都子が、暗く沈んだ作り笑いで応える。

 終わることが確定した世界で、それでもこうやって明日のための準備をするのは、
1秒でも長く沙都子と一緒にいたいからだ。
 見込みのない患者に施す延命措置と同じようなものだった。
 それを沙都子が望んでいるのか、私には分からない。
 それを沙都子が許してくれるのか、私には分からない
   数日後、予定調和に従って沙都子が倒れた。 
 沙都子は今、保健室のベッドの上で小さくなって震えている。
「注射はしましたか?」
「いや、いやぁっ!」
 焦点の定まらない目で、何かから身を守ろうとするかのように両腕を上げている彼女を
見れば、回答は明確だった。もしかしたら経口薬の方も飲み忘れているかもしれない。
 ポケットからケースを出し、注射器の針をアンプルにセットする。
 針先を弾いて空気を追い出した。
「沙都子、だいじょうなのですよ。」
 保健室の中には私以外には誰もいないのに、彼女は虚空に北条鉄平の姿を幻視して
暴れている。彼女の腕をとって、注射器の針を…皮下にすべりこませようとした瞬間、
沙都子は私の方を向いた。
 私の手を、多分、叔父の手だと勘違いした。
「あああぁぁっ!」
 成人男性ならともかく、子供の体ではひとたまりもない。
「くっ!」
 沙都子に勢い良く振り払われて、私の体は床の上に転がされた。
「っ痛…。」
 そして気付く。注射器がない。
 私はあわてて立ち上がり、転んだ拍子に跳んでいった注射器を探した。
「あった!」
 でも…それは、掃除してあるとはいえ床の上に落ちてしまっていた。
おまけに針先が少し曲がっている。
 保健室だから消毒用アルコールならあるだろうが、それで拭いたとしても
これを沙都子の体に入れることはためらわれた。
「ああ、ああ、あああ。」
 沙都子は両腕で頭を抱えて、がくがくと震えている。

 入江に電話して注射器をもってきてもらうのが一番早いが、それでもかなり時間がかかる。
 発作を起こしている間はずっと、脳は強いストレスにさらされていることになる。
入江が来るまで沙都子の脳が保つかどうか…。

 何かない?
 治療薬とまではいかなくても、沙都子の症状を和らげてくれる何かは?
 …悔しい。薬の材料ならここにいるのに。髄液でも血液でも、女王感染者の
体液は何でもそのまま緩和剤として使えるのに。

 私はふらふらとガーゼ用のハサミに手を伸ばした。
 これで指先をバチンとやって、沙都子の口の中に…。
「駄目。」
 私はハサミを戻した。
 いつかのループで試したことがあったが、彼女は血の味を嫌う。
…血の味が好きだという人間の方が珍しいだろうけど。
「何か…。」
 私は無意識に注射器を求めて、ポケットに手を入れていた。
 指先に触れたものを掴み出す。
 固くて丸くてオレンジ色のナイロンで包装された飴玉。
「…いける?」
 包装をはがして口に入れる。
 僅かな酸味と、甘みと、柑橘系の香りが口の中に広がった。


 咳止めシロップに砂糖が入っているのはなぜ?
 カロリー増強のためじゃない。子供が美味しく飲んでくれるからよ。


 上履きを脱いでベッドによじ登り、浅く短い呼吸をしている口元に近づく。
 うっすらと開いた唇に顔を近づけて…。
 二人の唇が触れ合って、ぴちゃっと濡れた音がした。
「ふっ、んんっ?」
 沙都子はびくりと身を震わせる。上体を仰け反らせて逃げようとする彼女に、
身を乗り出してついていく。
「んっ、んん!」
 閉じようとする唇を唇で開かせて、飴の溶けた唾液を流し込む。
 ほら、沙都子の好きなオレンジ味。恐がるようなものじゃないでしょう?
「ん、ん…。」
 飲んでくれた。

 オレンジ味の効能か、沙都子は大人しく私の唇を吸い始めた。
 頭に触るのは良くなさそうだったので、頬を撫でていい子いい子する。
 沙都子はくすぐったそうに身をよじった。
 注射のような即効性はないが、じわじわと効いてくれているようだ。
 沙都子の体から緊張感が抜けていく。

 彼女の体をそっと仰向けに倒し、覆いかぶさる体勢で唇を重ねる。
 沙都子の両腕が私の背中に回り、ぎゅっと抱きついてきた。
「っ?」
 彼女の舌が私の口の中に入ってくる。指先に劣らず器用な舌が口中をなぞり…。
 ちゅるん。
「あ…。」
 飴、取られた。
「ちょっと、そうじゃなくて。」
 未だ正気に戻ったとは言いがたいぼんやりとした表情に、なんとなく勝利の笑みが
追加されたような気がする。
「…いらないって言ったくせに。」
 ちょっとむっとして、反撃に出る。
「んー、んーっ。」
 いやいやする沙都子のあごを捕まえて、さっき彼女がやったように舌を差し入れる。
 くちゅ。
 僅かに開いた歯の隙間から舌をもぐりこませた。
 …このままじゃ、取り返すのは無理ね。

 ひとまず飴にはかまわず、ガードを緩めることに専念した。
 口蓋から舌下まで、舌先の届く範囲をくまなく探る。
「んっ、んん。」
 沙都子は私の体との隙間に手を入れて押しのけようとしていたが、くすぐったくて
力が入らないらしい。
 縋り付くように私の服を握り締めて、ぎゅっと眉を寄せている。
「ん、ふぁ…。」
 口が開いたところで飴を取り返す
  …変ね。 
 一旦安定したように見たのに、沙都子の状態はまた少し悪化したようにも見える。
 呼吸が荒いし、微熱があるような潤んだ目をしている。

 …。

 …。

 …!

 足りてないのね?

 私は再び沙都子の治療を開始した。
「あっ、ふぁ、ふっ…うん。」
 オレンジ味の溶け出した二人分の唾液の、沙都子が飲み切れなかった分が口の端から
頬に伝う。
 いったん飴を沙都子の口に預けて、頬に流れた分を舌ですくい取った。
「ひぅっ。」
 すくい取ったものを沙都子の口に戻す。
「…ごめん、くすぐったかった?」
 ぼんやりと私を見上げる目は、うっすらと涙が滲んでいるのに嫌がっているわけでは
なくて、不思議な印象だ。

 …まだ、足りない?

 ちゅ、くちゅ、ぴちゃ、ぺちゃ。
 二人の口の中で飴が行ったり来たりする。
 固くてつるつるした飴の感触と、ぷにぷにした舌の感触とが交互に来る。
 オレンジ味の沙都子の舌は水気の多いゼリービーンズみたいで少しも嫌な感じはしなかった。

 飴が小さくなる頃には、沙都子の体はすっかり弛緩していた。
 とろんとした目で天井を見ている沙都子に毛布をかけて、入江に電話しに…。
「羽入? どうしたの?」
 羽入は保健室のすみっこでぺたんと座り込んでいた。
 顔は赤いし息は荒いし、まるでさっきの沙都子のようだ。
「ら、らって、梨花が…!」
 本人は真剣に抗議しているようだけど、潤んだ上目遣いだからちっとも迫力がない。
「私が何をしたっていうのよ。…入江に電話してくるから、沙都子をみててね。」
 あぅあぅ鳴いている羽入を残して、私は職員室に電話を借りに行った。

 入江に電話をして戻ると、羽入はベッドの隣に立ってじっと沙都子を見下ろしていた。
「沙都子は大丈夫そう?」
「はいなのです。」
 良かった。
「あぅあぅあぅwww」
 羽入がからかいを含んだ視線をよこす。
「梨花は責任を取らないといけないのですよ?」
「責任?」
「沙都子のファーストキスを情熱的に奪った責任なのです。」
 ふぁ、ファーストキス?
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんな舌がくっついてるようなのが、
 どうしてキスになるのよっ?」
 確かに唇もくっついてたけど、キスって、ほら、もっとこう、唇と唇の表面がちゅって…。

 私が否定すると、羽入はきょとんとした。
 そして、うつむく。
 …肩が震えている。
 やがて、耐え切れなくなって声に出して笑い始めた。
「な、何で笑うのよ!」
 羽入は質問には答えずに笑い続けている。
 ……だんだん腹が立ってきた。

 今夜のおかずは懲罰用キムチに決定だ。

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最終更新:2007年08月25日 11:07