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春宵月影

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匿名ユーザー

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 ある日、アメジストが突然訪ねてきた。

「やあ、お邪魔かな?」
「いいさ、あがりなよ」
「ああ、そうさせてもらう」

 おまけが憑いているのもいつものことか。まあ、いいか。

「ちょっとぉ。おまけってなによぉ~」
「気にするな。些事だ」
「あのねぇ……」
「月長石」
「なによ」
「大人しくしてなさい」

 ふふふ。しょげた『おまけ』にもイスを勧める。まあ、いつものことだ。気にするほどのことでもない。

「さて、食事でもしていくがいい。私は仕度をしてくる。茶道具はあそこ、葉っぱはあそこだ。
 好きに使っていい。少し時間が掛るから、くつろいでいなさい」
「ああ、そうさせてもらう」

 二人をおいてキッチンにこもる。さて、何を喰わせてやろうか……。


「オーブン待ちだ。食前酒に何か飲むか? あいにくワインは切らしているのだが……。ああ、ジンで何か作ろうか?」
「まかせるよ」
「うん、待ってろ」
「……と言って、出てくるのがジン・リッキーとはね。マティーニくらい作るのかと思ったが……」
「お前がそう思っていると読んで、変えてみた。ライムは自分で搾れ。お前もたまには自分の手を汚すといい」
「まったく……言ってくれる……」
「そう言うな。私も一杯付き合おう」

 お互い、何を言うでなく。何をするでなく。ただ、酒を流し込む。聞こえるBGMはキッチンで煮込まれる鍋の音くらいか。
 オーブンは静かに中のものを焼いている。『おまけ』も静かに酒に付き合っているし……。
 静かに流れる時間を肴に酒を呑む。

「そろそろかな。おい、『おまけ』。二杯目は任せたぞ。仕上げと盛り付けをしてくる」

 何か口走っているようだが聞く耳は持たない。『おまけ』の扱いはアメジストに任せておけばいい。さて……。

「さあ、どうぞ。たいしたものは無いが、遠慮なく食べてくれ」
「む……美味しい……。ペリドットや黒曜石の料理とも違う味……」
「ふむ、なかなか良い舌をもっているな『おまけ』。そのソースは私のオリジナルだ。誰にも教えていない」
「相変わらず、美味い料理を作るものだ……。ん? これは? 野草か?」
「ああ、裏山に自生している野草だ。香りが良いのでな、衣を着けて揚げてみた……どうだ?」
「ふむ……歯ざわりも良いし、香りは……なるほど、いいな。春の息吹を感じる」

 他愛も無い言葉を交わし、食事を進める。独りの食事と違い、話し相手がいるというのも悪くないものだ。

「もういいのか? 足りなければ何か作るが?」
「いや、もう十分いただいたよ。食後のアルコールはまだあるかい?」
「ああ、いいだろう。月長石、そこの棚を開けるとたいていの酒はあるはずだ。好きなものを飲むといい。私は後片付けをしてくる」
 食事の後の片付けを済ませ、二人を居間へ移動させる。春とはいえ、夜はいまだ寒い。暖炉の前を勧め、グラスを重ねる。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 暖炉の中で炎が揺れる。光と影が交錯する。薪がパチパチと音をたててはじける。炎に慣れ親しんでいる私でも、暖炉の炎は気が休まる。
 アメジストと二人、揺れる炎を眺めて時間を過ごす。酒と沈黙と炎の安らぎ……贅沢な時間だ……。

「もう一杯どうだ?」
「ああ、いただこう」

 暖炉の炎に照らされたアメジストが振り向く。顔色が良く見えるのは……酒のせいか、炎のせいか、それとも……。ふ、まあ、いいさ。
 月長石はうたた寝を始めている。静かだと思ったら。手元にあるブランケットを掛けて置くか。

「すまないな」
「いいさ」

 時々、こうして二人で時間を過ごす。何をするでもなく。何を言うでもなく。私にはこれが結構、居心地がいい。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 暖炉の前の二人。思惑も行く先もまるで違う二人。だが、他の姉妹が(陽)ならば、私やアメジストは少なからず(陰)の性格を持つ。
 そこで寝ている『おまけ』もそうだろう。
 居心地の良さはそのあたりか……。
「もう一杯どうだ?」
「いや、今夜は十分にいただいた。連れも寝てしまったようだし、そろそろ引き上げるよ」
「そうか」

 『おまけ』を背負ったアメジストを見送る。

「また来るがいい。美味いものを喰わせてやる。あと一月もすれば良い魚が手に入る」
「それは楽しみだ。また寄らせて貰う」

「ああ、アメジスト……」
「なんだ?」
「……脂ののった魚に合うワインを見繕ってきてくれ。次は、それで一杯呑もう」
「……わかった。何か探しておこう」

 『言葉』をかけてやろうかと思ったが……止しておこう。あいつは、私の言葉を必要としていないしな……。
 さて、届く魚をどうやって食わせてやろうか……。


「ん……帰るの?」
「ああ、良い時間を過ごしたのでね。今夜は、もう十分だ」
「顔色……良くなったね……。思い詰めてたものが落ちたみたいよ……」
「あいつのおかげかな。他の姉の誰とも違うからな。真珠やペリドットでは、こうはならない……」
「アメちゃんったら、繊細で純粋だから……」
「寝言にしても聞き捨てできないな……純粋で繊細かどうか……今夜はゆっくり教えてやろう」
「きゃぁぁぁぁ♪」
「はしゃぐなよ」


 薄紫の霧に包まれて月が陰る春の夜……灼熱の思いを秘めた乙女が物思いに耽る……。


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