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それはとっても甘くて

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匿名ユーザー

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 家事も一段落付いた。
 だが、この手持ちぶさたになる昼時の穏やかな時間は、どうも落ち着かない。やはり修行をするべきでは……。
「お姉ちゃんっ、何読んでるのぉー?」
 と、背後から天河石が抱きついてくる。
「ん、洋菓子作りの参考書だ。クリスマスに合いそうなケーキの作り方を調べてる」
 去年は、黒曜石の家でケーキは用意してもらい、某は当日の手伝いだけを行った。
 そういう訳で、今年の事前準備……主題となるクリスマスケーキ製作の任が、某に回ってきた。ただそれだけだ。
 だが、某の一言で、天河石の笑顔が明るくなる。当然ではあるが。
「わぁ、今年はお姉ちゃんが手作りするんだねっ。天河石もお手伝いするー」
「ああ、頼りにしている。さすがに一人で巨大なケーキを作るのは厳しい」
 それに、どのみち某がダメだと言っても、駄々をこねるだけだろうし。
「えへへー。みんながびっくりするようなの作ろうねっ」
「そうだな。せっかく作るのなら、趣向を凝らした物の方がよい」
「しゅこー? んー……えっと、すごいってことだよね。うんっ、天河石頑張る!」

 天河石と列んで、先ほどの参考書を読む。
 しかし、どうも某はカタカナの言葉に疎い……バニラ、エッセンス? 何だそれは。なんせんすという言葉もあるが……。
「どーしたの?」
「あ、いや……ちょっと分かりにくくてな。洋菓子については、あまり詳しくない」
 ここで姉らしさを取り繕って、見栄を張っても仕方がない。
 素直に、洋菓子の知識に弱いことを告げると、いつもに増して天河石の笑顔が明るくなる。
「じゃあねっ、天河石に任せてー。黒曜石お姉ちゃんとかからぁ、いろんな事教えてもらったよー」
「ほう。初耳だな……ではこのブッシュドノエルというのは、どういう物なのだ?」
 ……天河石の顔が、硬直した。
「え、えーとね。んーと……写真みたいなのっ。おっきい木だよっ!」
「まぁ、確かに丸太そのもの……そうではなくてな。どのような材料が必要なのかと」
 やはり、天河石の笑顔は硬い。
 まぁ、意地悪しているつもりはないと言えば、嘘になるが……某もまだまだだ。こんな遊び心が芽生えてしまうとは。
 これでは、主と同じだな。やりたい気持ちは分かるが、自重せねば。
「そこまで困らなくても大丈夫だ。参考書を見れば、何とかなるだろう」
「そ、そうだよっ。そのためのご本だもんねっ」
「ああ……しかし、どれがよいだろうか」
 参考書における、クリスマス用のケーキのレシピは結構な量がある。
 これらの中からどれか一つ……写真だけでは、どうも決めかねてしまうな。
「天河石、この中で一番美味しいと思う物はどれだ?」
 と、質問を投げかけては見るが……。
「全部っ!」
 ……やはりな。
「にゅ?」
「いや、そんな不思議そうな顔を浮かべなくてもいい……」
 とはいうものの、さてどうするか。
「どれ作るか決まらないのぉ?」
「ああ」
「じゃあねっ、天河石にいいアイディアあるよー」
 ほう、天河石の良いアイディア、か。
 時折出す、この子の妙案はなかなか面白いものがある。
 それが時に解決に結びつくことも……聞いてみるのも、悪くない。
「あのねっ、ここの本にあるのを全部ねっ……」

          ◆

「……で、晩飯がケーキ丸々1ホールって訳か」
 今晩の食事を前に、明らかに不機嫌そうな主の一言。
「も、申し訳ない……このような物を作るのは初めてで、その、楽しんでしまって……」
「楽しんでしまって、ケーキを7つも作ったと?」
「気付いた時にはすでに……」
 何故そこまで材料が間に合ったのかも不思議だが、とにかく日持ちしないケーキが7つ、現在冷蔵庫を占拠している。
 腐らせるのにはもったいない。後で他の姉妹にでも渡すしか。
「ったく、一体どれぐらいの食費を費やしたんだか。明日からおかずはなしか……」
 愚痴をこぼしながら、皿に置かれたケーキに手を付け始める主。
 ……ここに来て、主は一度も怒鳴っていない。ただ呆れた顔を浮かべ、目の前のケーキを見つめる。
 本来なら怒るべき場所……だが、主には怒れない理由がある。
「えへー……けぇきぃー……いっぱぁーい……」
 四六時中、某のケーキ作りに付き合っていた天河石。
 今は、毛布を被って眠りの中だ。
 その寝顔に浮かぶ、幸せそうな微笑み。
 天河石に助けられた……そんなことを言ってしまったら、悪い姉に認定されてしまうだろうか。
「……ったく」
 某は見逃さない。その寝顔を、時折横目で確認する主の姿を。
 ――本番は、頑張らねば。そんな思いが、強くなる。
「珊瑚、さすがに1ホールはつらい。お前も食べろ」
「そ、某はその、だいえっとというものに……」
「する必要ないだろ」
 満腹であろうと、今回の失態を主が許すことはなかった。
 こんなに甘いものを食べてしまっては、人形の体でも太ってしまうのではないだろうか。
 ……修行の量、増やしておくか。

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