――友達はたくさんいた。いつも周りには誰かがいたし、何かをやる時は自然と人が集まってきた。でも、それだけじゃ足りなかったんだ。俺が欲しかったのは数なんかじゃない。本当の友情、親しき友達。困った時には悩みを打ち明けられて、どんな時にも励ましあう。そんな苦楽を共に出来る親友が欲しい、欲しかったんだ。

 都内のオープンカフェの一角。掻き入れ時は過ぎたのだろう、客の数も疎らで活気はあまり無い。唯一、学生らしき集団がテラスにたむろし、少し喧しいぐらいの音量で談笑している。そんな他愛ない風景。その中に野川 正敏の姿があった。大学の同級生と何時もの様に遊びに行った帰り。そんな状況が影響しているかはわからないが、正敏の顔には疲れが見えた。
「この後何所行くよ?」
「……あー、悪い俺先帰るわ」
 少しの驚きを見せる友人達に手を振り、正敏は会話の輪の中から一人抜け出す。最近アイツ付き合い悪くなったよな、そんな声が正敏の耳に入ったが、それを心の中で掻き消して足早に立ち去った。

「――わかってるよ」
 けたたましく鳴り響く共鳴音。ライダーである正敏以外には聞こえない物だが、当の正敏には苦痛以外の何でもない。ふと見上げたビルの窓に緑色の怪鳥が写り込む。フォレスとしての契約モンスターであるホワイトアイズ、それが共鳴音の正体だった。モンスターは契約さえしてしまえば主人にだけは従順な猛獣である。しかし――いかに従順であっても、餌やりを怠ってはならない。餌を与えられないモンスターは主人の命令も無視し、ただ本能のままに命を喰らい始める。そうなる前に定期的に餌を与えてやる者がライダーとして優良な存在である。少なくとも、モンスターたちの中では。
 正敏の憂鬱も知らず、ホワイトアイズの催促は止む気配を見せない。彼はただ契約獣として真っ当な要求をしているのに過ぎないのだ。そこに遠慮と言う物は存在しないし、必要ない。その事が正敏に更なる不快をもたらす。彼だって餌をやる事を好きで放置しているわけじゃない。手が空けばライダー探索がてら、モンスター退治に勤しむ。共鳴音が聞こえれば、友人達との会話もそこそこにミラーワールドへ走る。やれるだけの事はやっているのだ。それでも、ホワイトアイズはなかなか満足してくれない。通常よりも大喰らいな彼には、普段の生活が充実している正敏は相性が悪かったのだ。しかし一度執り行ってしまった以上、契約を破棄する事などできないのは重々承知である。だからこそ、今の所は催促だけに留まっているとも言えた。

 ふと、共鳴音の音色が歪む。ホワイトアイズと付き合いの長い正敏はそれが何を示すか理解していた。それはミラーワールド内で、モンスターを発見した事を知らせるサインだった。正敏は手頃なデパートに飛び込むと、そのままトイレへと駆け込んだ。トイレの中はお誂え向きに人っ子一人いやしない。正敏はワイシャツの胸ポケットからカードデッキを取り出すと、化粧台の上、小さく切り取られた鏡と向き合う。小声でぼそりと呟き、ベルトにカードデッキを装填する。次の瞬間、正敏の姿は深緑のライダー、フォレスへと変わっていた。
 ミラーワールドに飛び込んだフォレスは、ホワイトアイズが待機している場所へと急いだ。
――折角の機会だ、逃がす物か。
 フォレス自身、戦闘力はお世辞にも高いとは言えないが、機動力と身のこなしなら自信があった。人が誰もいない都会のジャングルを華麗なステップで突き進んでいく。30秒もかけずにフォレスは相棒の元へと辿り着いた。羽ばたき、旋回している相棒の横にはムカデのモンスターの姿があった。巨大な体躯のそれは、非力なフォレス達が相手にするには少々厄介な相手に見えたが、その分倒した時の命の大きさにも期待が出来た。フォレスのバイザーを握る手に自然と力が入る。襲い掛かるムカデにカウンターの一撃が浴びせられる。裏拳交じりに放たれたアッパーは勢いよく飛び掛ってきた魔物を高く打ち上げた。すかさずアンカーを伸ばし、投げ縄の要領で相手の動きを拘束する。単純な力勝負では分が悪いと踏んだフォレスは、なんとかして対抗策をひねり出していた。動きを制限してしまえば真っ向から力比べする必要もなくなる。相手が攻撃を封じられたのを理解し、ホワイトアイズが何度も空中から攻撃を仕掛ける。徐々に体力を奪われていくムカデに、フォレスは勝利を確信していた。

「SWORDVENT」
 ビルの谷間、機械音が響き渡る。フォレスのバイザーはアンカーを使用しながらのベントインが可能ではあるが、今は使用していない。当然、第三者の物という事になる。周囲を忙しなく警戒するフォレス、その頭上から回転する刃が襲い掛かった。間一髪、頭頂部への直撃は避けられたものの、ムカデとフォレスを繋ぐアンカーは全て断ち切られてしまった。刃は回転を止めることなく、大きな弧を描いて大通りへと流れていく。
「あ~あ、残念。外しちゃった」
 何所か幼さの残る声が木霊する。声の主は一歩、また一歩とフォレスへと近づいてくる。
「誰……だ?」
 フォレスの記憶には無いライダーの出現。警戒の為、じりじりと後ずさる。ふと、彼の視界に先ほどのムカデのモンスターが入る。そして再びライダーを見やる。そして理解した。このムカデ――リングテラーは今自分の眼前に迫っているライダー――ジェスターの契約モンスターである事に。
「僕? 僕はジェスター。よろしくね?」
 おどけた風に挨拶をするジェスター。手に持った刃をシルクハットに見立て、さながらマジシャンを気取るかのような素振りだ。
「……そうかい」
 一瞬の出来事だった。フォレスが残るアンカーを放る。アンカーはジェスターの持った刃を絡め取り、フォレスの元へと戻っていく。それと同時にフォレスは勢いをつけて斬り込んでいく。当然、その手にはジェスターのリングスラッシャーが握られていた。命中すれば致命傷は免れない。力では敵わなくとも、知略でカバーすれば勝ち残る事が、生き残る事ができる。フォレスは雄叫びとともに刃をジェスターへと押し付けた。

「NASTYVENT」
 無機質に機械音が響く。そして、フォレスのすぐ背後にリングテラーが聳え立った。黄色い霧が散布され、リングスラッシャーは後10cmと言う所でジェスターの前に固定されていく。フォレスには何が起こっているのか理解できなかった。わかるのは自分の体が動かないという事、そして今は刃が自分の方を向いているという事だけだった。
「君、弱いねぇ」
 無邪気で無慈悲な声がフォレスの横から聞こえてくる。
「ねぇねぇ、他のライダー紹介してくれれば助けてあげるよ。僕はもっと楽しみたいからさぁ」
――助かる?
 フォレスは生き延びる為、無我夢中で叫んでいた。口が神経毒と緊張で強張っているのも忘れて。
「ど、怒龍! 仮面ライダー怒龍、片桐 勇馬! 清明院大学二年生!」
 もっと、もっと叫ぼうとした。だが後が続かない。知らないのだ、他のライダーの存在を。フォレスの脳裏には自分と、怒龍、未だリングスラッシャーを下ろす素振りの無いジェスター、そして既に死んだと聞かされたギルティしかない。次の言葉なんて続くはずが無い。これだけでは足りないかもしれない。もういっそ、出鱈目にでも叫ぼうかと必死に単語を組み合わせ始める。だがフォレスの考えとは裏腹に、ジェスターは刃を静かに下ろした。
「オッケ、ありがとね」
 更にはリングスラッシャーを放り捨て、背を向けるジェスター。完全に戦意が見られない。フォレスは胸を撫で下ろしていた。安堵した事で自分を侵していた神経毒の効果が切れていた事に気づいた。手はもう不自由なく動く。
――今ならやれる。……どうする?
 恐々と、手を伸ばそうとするフォレス。だが、不意にジェスターに声を掛けられた事でその手はすぐに縮こまってしまった。
「そうだ。君は何で戦っているの?」
 フォレスは俯き、ひたすら考える。自分の戦っている理由。そんなの、判りきっていた事だった。
「友達、だよ。俺は親友が欲しいんだ」
「じゃあ僕なってあげるよ」
 突然の甘言。フォレスにとっては驚嘆の一言だったが、同時に喜びも噛み締めていた。ただの友達ではない。ライダーと言うこれ以上無い心強い友だ。自分が欲しかった全てが手に入ったような錯覚にさえ襲われる。

「FINALVENT」
 背を向けたままのジェスターにリングテラーが巻きついていく。フォレスには一瞬何が起きているのかわからなかった。だが理解した瞬間、必死の形相でカードをまさぐり始める。決死の思いで一枚のカードを手に取り、バイザーへと運んでいく。その手に回転するジェスターの刃が容赦なく叩き込まれた。カードは弾き飛ばされ、フォレスの右腕からは血が噴出す。怒号に似た悲鳴が響き、フォレスは転がるようにしてその場にへたり込んでいた。
「そう、その顔だよ! もっと驚いて! もっと楽しませてよ!」
 戦意を喪失したフォレスは一歩も動く事などできない。純粋に、残虐にリングスラッシャーは振るわれていく。その都度、フォレスの深緑の装甲は火花を散らし、赤黒く染まっていく。十度目の斬撃が思い切り叩き込まれ、ぐしゃぐしゃになったフォレスの装甲は大きく飛ばされた。そして巻き起こる大きな爆発。その燃える炎を、ジェスターは綺麗だと思った。


「さてと。仮面ライダー怒龍かぁ――」
 仮面の裏で舌なめずりする音が聞こえる。全ては、怒龍とジェスターが邂逅する五日前の事である。

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最終更新:2009年08月19日 00:21