鯛焼き喫茶、テンガロンブレイク。片桐 勇馬は気づけばちょくちょくここに足を運んでいた。別にウエスタン趣味があったわけでも、ウエイトレス目当てで通っているというわけでもない。寧ろ気になるという点では初めて来た時、妙にウロウロしていた少女の方が大を占めていた。彼女、陣内 由美の正体など勇馬には知る良しも無い。もう一度付け加えるが、決してウエイトレス目当てでは無い。……本当にそうだろうか。多分、いや恐らくそうなのだろう。
 勇馬がここに足繁く通っている理由。それは単純に鯛焼きの味が気に入ったからだった。初めて来た時はモンスターに邪魔され、友人に邪魔されありつく事が出来なかったが、その後改めて来店し、その味に感動した。食に無頓着な勇馬にここまで思わせたのだ。友人が勧めたくなる理由もわかるというものだ。

「ねぇ、君が片桐 勇馬くん?」
 勇馬が最後の鯛焼きを口に入れていると、突然一人の男が彼に話しかけてきた。男の容姿は至って地味で、細身で小柄。だが、そんなありふれた姿の中に勇馬は何所か凄みを感じていた。それも何か途方も無い悪意、または狂気の様な物を。
「そう、だけど」
 気圧されない様、静かに、強く言葉を選ぶ。鯛焼きの味が感じられなくなるのが良くわかった。男はそんな勇馬の様子など気にしない素振りで張り付いた笑みで語りかけてくる。
「そうかよかった。僕はジェスター。君の事は君のお友達から聞いたんだ」
 ジェスター、と名乗った男はベストの胸ポケットから紫色の何かを取り出し、突然ジャグリングを始めた。勇馬には何がどうなっているのか理解できなかったが、その何かが彼のテーブルの上に置かれた瞬間、疑問は霧散した。ムカデの紋章が描かれたカードデッキ。そう、ジェスターとはライダーとしての名。男もまた仮面ライダーであるという事。
「戦ってもらうよ、怒龍くん」
「断る……とは言えないんだろう?」
 怒りを露に、しかし冷静に言葉を返す勇馬。またか、そんな気持ちが無かった訳でもない。だがそれ以上に、ジェスターの雰囲気に言いようのない嫌悪を覚えていた。これから殺し合いを始める。自分が死ぬかもしれないのに、悠然とヘラヘラ笑っている。今までのライダー達とは明らかに違った様子に怒り以外の感情が湧き上がる。あえて言うのならそれは正義感。人を殺める事の軽視、それを認めまいとする心だった。
 カードデッキを突き返し、自分のカードデッキを取り出して見せる。ジェスターは龍の紋章の描かれたそれを見、目を輝かせる。今の今までで一番生気のある表情であった。が、勇馬がそれをすぐに引っ込めると元の張り付いた笑みを作りなおした。
「だが、まずは会計を済ましてからだ」


 テンガロンブレイクを出た二人は会話を交わすまでも無く路地裏に足を踏み入れていた。割れた窓ガラスに各々のカードデッキを翳し、ベルトを装着する。
「変身!」
 二つの声が路地にこだまし、二人の仮面ライダーが対峙する恰好となる。淡い菫色の鎧を纏ったジェスターは少しも態度を崩そうとしない。仮面の下からも判るぐらい、余裕の表情を浮かべている。怒龍は対照的に怒りを瞳に宿しミラーワールドへと飛び込んだ。

 飛び込むや否や、怒龍はカードを引き抜く。戦いの上で先手を取る事は重要なファクターである。そのまま押し切ることが出来れば戦闘での主導権を握る事もできる。何よりも相手のペースを乱す事は戦略的に見て有効な一手たる物だ。だが、怒龍にとってそんな事は些細な事だった。ただ怒りをぶつける。
「SOWRDVENT」
 ドラゴンランサーの切先に感情を乗せ、ジェスターへと果敢に挑んでいく。一撃目は払われたが、返す刀の二撃目が下腹部を捉えた。ジェスターが腹を抱え、うずくまる。他愛ない、そう怒龍が思い槍を引いた瞬間。

「なぁんちゃって」
 ジェスターは飛び起きると既にセットしていたカードをバイザーに読み込ませた。
「NASTYVENT」
 ジェスターの背後、鬱蒼とした廃ビルの中から巨大な百足が姿を現す。ジェスターの契約モンスター、リングテラー。その巨体に圧倒されている怒龍に容赦なくジェスターが襲い掛かる。左腕のリングバイザーの刃を展開し、リングテラーの方角へと怒龍を突き飛ばす。咄嗟にガードを取った怒龍の頭上、リングテラーが迫る。背後を取られた怒龍に逃げる術も無い。身体全体で巻きつかれ、勢いよく紫の霧を浴びせられる。程なく霧を浴びた怒龍の手からドラゴンランサーがゴトリと零れ落ちた。
――力が、入らねぇ……
 リングテラーの持つ即効性の神経毒。その威力は強化服に身を包むライダーにとっては微々たる物だが、それでも手足の痺れや軽い脳震盪となって効果を発揮する。即効の分、持続時間も短いがジェスターにとっては十分すぎる物だった。
 地に落ちたドラゴンランサーを拾い上げ、怒龍を斬り裂く。装甲が弾け、火花が飛ぶ。怒龍は懸命に拘束を解こうとするが、足のみに場所を移したリングテラーの束縛は解除される気配を見せない。辛うじて動く上半身を使い、カードを引き抜くがジェスターのドラゴンランサーに弾き飛ばされる。
「楽しんでくれてるかな?」
 この状況においてもニヤケた雰囲気で迫るジェスター。その斬撃は残忍で容赦が無い。
「……くっそぉ!」
 ジェスターに対する怒りを、何より何もできない自分への歯がゆさを爆発させたその時。


 バスン。
 一発の銃声が響き渡った。怒龍には銃弾の軌跡が見えていた。リングテラーの背後から放たれたそれは的確にジェスターの腕を撃ち抜いていた。
「悪いな、ソイツは俺の獲物なんだ」
「仮面ライダー、ドーベル……!」
 銃声の主、仮面ライダードーベルは悪びれる様子も無く、愛銃リボルショットをクルクルと回してみせる。怒龍としては何故ドーベルが助けてたのが疑問で仕方なかったが、今はそんな事を言っている場合ではない。感覚の戻った左腕で真下をぶん殴る。奇怪な悲鳴が上がりリングテラーの拘束が解かれていく。素早く距離を取り、ふと後ろを見やる。そこにはドーベルが立っていた。このまま背後を任せてもいいのだろうか。怒龍の中で先程の疑問が渦を巻く。
「何故、助けた?」
「お前は俺の獲物……ってのは冗談でな、俺も一度アイツにはこっぴどくやられかけたんだ」
 やれやれといったポーズでおどけてみせるドーベル。そこには少なくとも怒龍に対しての敵意は見られなかった。
「そこで、お前と手を組もうと思ってな」
 怒龍は誰がお前と、そう言おうとしたが言い留まった。怒龍に拒否権は無い。断ってドーベルを敵に回すのは非常に厄介であったし、何より助けられた仮りを返さなければいけない。怒龍、いや片桐 勇馬とはそういう男であった。
「いいだろう」

 即席タッグがジェスターを迎え撃つ。当のジェスターは自身のパフォーマンスを邪魔された事に怒り心頭で、ドラゴンランサーを叩きつけていた。その怒りを残したまま乱暴にカードをバイザーへと叩き込む。
「SOWRDVENT」
 ジェスターの両腕に三日月状の刃を携えた武器が舞い降りる。巨大な双刃で正面から挑んでくるジェスター。それを牽制しようとドーベルのリボルバイザーが火を放つ。ジェスターは弾道上から素早く飛び退るが、その分怒龍に幾らかの時間が生まれた。その隙に一枚のカードを装填する。
「GUARDVENT」
 ドラゴンシールドが飛来し、ジェスターのリングスラッシャーの猛攻を食い止める。二つの刃から繰り出される攻撃を受けるのは容易では無かったが、今回はサシでの戦闘ではない。忘れてくれるな、と言いたげにドーベルがリボルショットを放つ。銃撃を受けて再び飛び退るジェスター。忌々しげにドーベルの方を睨み、悪態を付く。
「折角面白い所だったのに……いや」
 ジェスターは何かを閃いた様に顔を上げる。その仮面にはもう怒りの表情は浮かんでいなかった。元の、不気味な笑みを貼り付けていた。

「君にも楽しんでもらおうか」
「STRIKEVENT」
 ジェスターは器用にリングスラッシャーでジャグリングをこなしながらカードを引き抜き、バイザーに装填して見せた。ジャグリングを続けるジェスターの両腕に無数の脚の生えた手甲が装着される。わしゃわしゃと動く脚に思わず顔を背ける怒龍。しかしジェスターは寧ろ楽しそうに脚達を動かしている。
「この、気色悪いわ!」
 ドラゴンシールドを真っ直ぐに構え、ジェスターへと向かっていく。その瞬間、ジェスターは飛んだ。自身の背後にそびえるビルに向かい、随分な勢いをつけて。普通ならそのまま激突している所だが、動き続ける脚達が衝撃を緩和し、さらに壁をよじ登っていく。ドーベルの銃の嵐がビルを撃ち抜いていくが、それを上回るスピードでたちまちジェスターはビルの天辺まで到達する。こうなってしまえば今の怒龍に攻撃手段は無い。苦虫を噛み潰し、新たにカードを装填する。
「SHOOTVENT」
 ドラゴンシューターを装備し、狙いを澄ます。隣ではドーベルが二丁銃での狙撃を行っているが、何分距離と角度が悪い。精密射撃を得意とするドーベルだが流石に真上の相手には骨が折れているようだ。そうこうしている内に、ジェスターが反撃に出る。両手に持ったリングスラッシャーが投擲され、二人のライダーを弾き飛ばす。直撃は免れたものの、飛ばされたリングスラッシャーは持ち主の腕へと帰っていく。そしてまた、真上から回転する刃が怒龍達目掛けて迫る。今度の一撃は深く、怒龍はドラゴンシールドを、ドーベルはリボルショットを使用不能にされる程だった。
「ほーらほら、まだまだ行くよ!」
「SWORDVENT」
 更にチャクラムの数が増量される。四つとなったリングスラッシャー達が次々と襲い掛かる。隙を見て反撃しても動く脚、フールウォーカーの機動性に避けられてしまう。手が無いと焦り始める怒龍に、ドーベルが囁きかける。

「おい、ソレ。後何発残ってる?」
「一発だけだ」
「一発あれば十分だ。いいか、俺が合図したら撃て」
 それだけ言うとドーベルは怒龍から身を離す。標的がばらけた事で飛び交うリングスラッシャーの軌道にもブレが生じ始める。それでもお構いない無しにジェスターは投擲を辞めない。が、一瞬の隙を突いてドーベルがカードをセットに成功する。ドーベルはリボルバイザーをホルスターに収めると、一気に壁を駆け上がった。
「AXCELVENT」
 コール音が鳴り、ドーベルの動きが俊足を越える。その勢いを加えたまま、回し蹴りをジェスターへと叩き込んだ。幾ら機敏な動きが出来るとは言っても、それは違う次元に身を置いていたからであって、同じ次元に足を踏み入れられてしまっては避けようも無い。ジェスターがビルから引き剥がされ、宙に舞う。
「今だ!」
 ドーベルの合図が響き、次いでドラゴンシューターの爆音が響き渡る。ドーベルの回し蹴りはジェスターを怒龍の射程内に収めるまでの布石。自身を駒として攻めの一手を掴もうとする戦士と、その信頼に応えようと全力を尽くす戦士。即席タッグにしては、あまりに強力すぎた。


 爆煙の中から、ジェスターが姿を現す。致命傷は避けてはいるものの、フールウォーカーは破壊され、本人自身にもかなりのダメージが入っているのが見て取れた。それでも、生きている事は残る二人にしてみれば十分脅威だった。
「いったいなぁ……」
 装甲についた埃をはたくジェスター。その手は既に粒子化が始まっている。
「あぁ、時間か。まあいいや、今回はこんな物で。前にいっぱい遊んだしね」
 一人ごちると、ジェスターはミラーワールドから退却していった。怒龍達はそれを阻もうとしなかった。両者共に体力を消耗していた事、そして彼らにも制限時間が来ていたからだった。特にジェスターより早く入った怒龍は限界が近い。
「一つだけ聞かせろ」
 怒龍がぶしつけに訪ねる。
「お前は、殺し合いに乗っているのか?」
 ドーベルは答えない。答えたくても答えられない、と言いたげに背を向ける。そんなドーベルを見、怒龍は片桐 勇馬として叫んだ。
「俺は人を殺さない。それを押し付ける気は無いが、お前が人を殺すなら邪魔はするかもな」
 ドーベルは一言、ああ、とだけ残して現実世界へと戻っていった。勇馬はその背中に何所か優しげな面影を感じていた。

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最終更新:2009年07月29日 02:35