陣内 由美は憂鬱だった。いきなり渡されたカードデッキ。殺し合いへの片道切符と知った時にはこの世の終わりだと思った。それでも、ただ嘆くわけにはいかなかった。無理矢理にでも良い方向に考えを改めなければやってられない。そして出した結論がライダーの願いを自分が叶え、戦う理由を無くさせる。到底不可能な事であろう事は彼女も理解している。だが、起こさない事には状況は動かない。だから――まずはライダーの戦う理由を知る為、調査をしていたのだが。
 まさか自分がストーキングされる身になるとは思っていなかった。暗い夜道で相手の様子はよくわからない。足音から恐らくは男である事が推測できるぐらいである。こう言うのもおかしく聞こえるが、ここしばらくライダー達にさりげなく付きまとっていた由美としては、相手のストーキング術は滑稽に感じられた。露骨な足音、物陰に隠れてもはみ出したキャップ帽、自分は付いてきてますよと主張したいみたいである。そんなバレバレなストーカー、なかなかにしつこく何度振り切ろうとしても食い下がってくる。流石に面倒だと感じた由美は実力行使に出る事にした。カードデッキをそっと握り締め、一枚のカードを引き抜く。一般人相手にモンスターを使うのは少々気が引けたが、しつこい相手がいけない。それに少し驚かせるだけなら問題ないだろう。そう自分に言い聞かせ、カードを胸元から真っ直ぐと前に伸ばした。
 瞬間、ストーカーの近く、違法駐車の窓ガラスから孔雀の姿をした異形が飛び出した。孔雀、レーザピーコックは自分の尾羽を雄雄しく広げストーカーを威嚇している。由美はストーカーがどんな顔をして怯えているか想像してクッ、と笑い声をこぼした。本来ならこんな意地の悪い少女ではないのだが、相手がストーカーである事から少々苛立ちの様な思いがたまっていたのだろう。そんな少女の笑みは、次の瞬間には驚きに変わっていた。自身の契約モンスター、レーザピーコックがアメンボのモンスターに襲われていたからだ。由美は何故こうなったかを必死に頭の中で推理した。野生モンスターがモンスターを襲う事はまず無い。反撃の牙を持つ者達を襲うよりも、抵抗手段の無い人間を喰らった方がよっぽど安易だからだ。特に相手の食事を邪魔などして怒らせる事など、彼らの習性からありえない話だ。現状は実際には食事タイムなどではないのだが、とにかくアメンボは野良では無いことは確かだった。そうなると、考えられる状況は一つ。

「おい、いきなり仕掛けるとはいい趣味してんな」

 ストーカーが仮面ライダーであるという事。ストーカーはキャップ帽を脱ぎ捨て、水色のカードデッキを見せびらかす。
 由美は焦っていた。まさか相手がライダーだったとは。暗がりでよく見えなかったが、今ならはっきりとわかる。相手は仮面ライダーエクサル。既に調査もしたことのあるライダーだった。
「あ、あの……」
 どうしよう。明らかに自分から攻撃をけしかけたと取られる状況。言い訳の言葉も浮かんでこない。口ごもる様子はエクサル、住吉の不信感を更に煽った。
「俺のこと、付け回してたよな? 何が目的だ」
 住吉は明らかな敵意を由美へと向けていた。レーザピーコックとアメンボ、タイドボマーは互いに距離を取り牽制しあっている。由美は意を決し、有りのままを話そうとした。

「その、私……」
「ま、いいや」

 問いかけておいて、住吉は由美の言葉を遮った。そして、手首を返してカードデッキを窓ガラスに向ける。
「倒しちまえば、関係ないしな。変身」
 カチン。と気持ちのいい音が辺りに響き、住吉の姿はエクサルへと変わった。エクサルはタイドボマーに合図を出すと、車の中に続く鏡の世界へと飛び込んだ。後に残された由美、そしてレーザピーコック。由美は戦いなんてしたくなかった。争いなんて好まないただの少女であったし、ただの少女でいたかった。でも、巻き込まれた闘争、その脱出法は相手を殺して自分が生き残る事。
 ――違う。私は別の道を選ぶ。
 足が車から遠ざかっていく。だが、ふとその動きが止まる。
 ここで逃げた所で、彼はまた自分を狙うだろう。勘違いの怨みを己の糧とし、何度でも自分を殺そうとするだろう。どちらかが死ぬまで。だったら、勘違いを正せばいい。その方法は、相手にそれを伝える方法はただ一つしかない。
 カードデッキを車へと向け、静かに目を閉じる。
――これは戦いじゃない。話し合いだ。
 変身、と呟き声が発せられ、カードデッキは腰に巻かれたベルトへと穏やかに納められた。由美の姿はもうどこにもない。そこにいたのは紫色の鎧を纏ったライダー、仮面ライダーエイムだった。


 エクサルは遅れて入ってきたエイムにかったるそうな眼差しを向けた。
「おっそいってーの」
 その腕には既にタイドハンマーが握られている。自分は殺す気がなくとも、相手は違うのだ。そう改めて認識させられたエイムは我武者羅に叫んでいた。
「あの、私は戦うつもりはありません!」
 手を広げ、抵抗しない事をアピールするエイム。その身体にタイドハンマーの一撃が浴びせられた。激しい火花が飛び散り、エイムは弾き飛ばされる。立ち上がることもままならないエイムに次の一撃が振るわれる。間一髪、転がるようにして回避する事に成功した。だがエクサルの攻撃は止まる気配を見せない。
「何訳のわからない事を。人を殺そうとしておいて!」
「それは誤解です! その、少し、脅かそうとして……」
 タイドハンマーの二撃目がエイムの身体に直撃した。仮面の下でか細い悲鳴が上がる。立ち上がりかけていた華奢なライダーは再び地面へと転がる。
「言い訳がましい。こそこそつけていた癖に、よ」
「AXCELVENT」
 エクサルが入れた一枚のカードによって彼のジペットスレッドに水球が装着される。
「それは……! 貴方の、願いが……知りたかったから」
 自分で言っていて自信が無くなっていく。こんな話、信じてもらえるのかな。そんな思いがエイムの中を駆け巡った。悪い予感は的中する。
「訳わからないから。死ねよ」
 高速でタイドハンマーが振るわれる。一撃、また一撃とエイムの装甲が何度も火花を散らしていく。これ以上は幾ら強固なライダーの身体でも持たない。
――ああ、私死ぬのかな。
 大きく飛ばされながら、エイムはぼんやりと自分の境遇を考えていた。何所か遠くから見た自分はいたく滑稽で、間抜けに見えた。こんな無駄死、したくない。私は、まだ死ねない。戦いを止めるまで、その為になら、戦わなければいけないのなら。宙空で一枚のカードを引き抜く。素早く手甲へと放り込む。
「ADVENT」

 機械音がコールし、虹色の孔雀が姿を現す。レーザピーコックはエイムを自らの背で受け止めると、尾羽の先から七色の光線を放った。光線は追撃しようと駆け出していたエクサルをダイレクトに命中し、小規模な爆発が巻き起こる。
「やっろ、ふざけやがって……」
「SHOOTVENT」
 既にエイムの姿はレーザピーコックの上にはなかった。跳躍し、エクサルの真上を通り過ぎる。その足を地に下ろした時、細身の身体には不釣合いな程の巨大な羽根が装着された。レーザピーコックの尾羽と同等のそれは、持てる全ての砲門を展開してエクサルを狙い撃つ。先程以上の爆発がエクサルを包み込んだ。
 状況は既に一転していた。挟み撃ちされる形となったエクサルに勝算は無い。どちらかを相手しようと向かえば、再び背後からの集中砲火が待っている。そして何より、エクサルに飛び道具は備わっていない。持ち前の機動性もリーチの前では無に等しかった。だからと言って、ハイそうですかとやられてやるほどエクサルも落ちぶれてはいなかった。
「GUARDVENT」
 レーザピーコックの砲撃を防ぎながら巨大な盾が降り注ぐ。エクサルはそれを素早く掴み取ると、火線の薄いエイムの方へと駆け出した。大地を蹴り上げ、残る水球全てを費やして激流を生み出す。その流れに乗って一気に突っ込んだ。その攻撃はエイムには見切られた。掠りもしていない。だがそれで構わなかった。エクサルの退路は開けたのだから。そのままの勢いを利用し、エクサルは車のガラスへと飛び込んだ。復讐の念を心に刻み込みながら。


「行っちゃった、か……」
 再び取り残されたエイム。真実を伝える事は出来なかったが、その代わりに一つ大事な事に気づけた。それは戦う理由。戦いを止める為に、戦う。戦いを終らせる為に、力をぶつける。その矛先はライダーではない。戦わなければいけない宿命、その呪縛を打ち破る為に戦う。人の命を救う為の力、そんな力があったっていい。
 ミラーワールドに立ち尽くすエイムの姿はボロボロだったが、何所か誇らしげであった。

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最終更新:2009年07月08日 02:06