ある昼下がり、今日も忙しさが喫茶クランクアップを襲っていた。シフトに入っていた者が麻疹で2人もダウン、そんな日に限って客は普段より多く来る。そんなこんなで非番のはずの高野 修也も駆り出される始末であった。もっとも住み込みの修也には突然のシフト変更も苦にならない。むしろ身体を動かしていた方が何も考えずにすむ。そう、仮面ライダーとしての自分も仕事の中では忘れられた。
 あの夜、確かに修也は一人ライダーを殺した。それはライダーとして仕方の無いこと、宿命であった。それでも修也の心にはわだかまりがあった。己の記憶は人を殺してまで必要な物なのか。それよりも何故自分は断片的、しかし確実な仮面ライダーとしての記憶を持ち合わせているのだろうか。最後に生き残った時、それは明らかになるだろう。彼の知りえる願いの力を持ってすればそれは容易だ。しかし、それで取り戻した記憶が忘れていたい物だったとしたら。記憶喪失には2つのパターンがある。一つは物理的衝撃を受け、脳が異常を来たして忘れてしまうパターン。もう一つは過度の精神的ショックから自分自身が記憶を閉ざしてしまうパターン。もし、後者であれば取り戻す必要など無い。忘れたまま今の生活を続けていく方がよほど幸せである。
 コートの男――神崎 士郎――は言っていた。戦いの中に己の記憶は存在すると。それは戦うことで修也の記憶が目覚めていく事を伝えようとしたのだろうか。それとも戦い殺し合い、最後に生き残れば知る事ができるという死闘への誘いだったのだろうか。修也にはわからない。一つだけ言えるのは仮面ライダーとして目覚めてしまった以上、戦うことしか道が残されていないという事だけだった。
 時が経ち、人も大分捌けてきた。店内に残っているのは若いカップル、髭の老紳士、黒髪の少女、眠そうな大学生だけとなった。修也はその中の一人、黒髪の少女の元へコーヒーを届ける。その動作には無駄が無く、修也目当ての女性客が一部存在しているという噂もまんざらでは無いと思える。そんな修也を少女が呼び止めた。立ち止まる修也。呼び止めた物のなかなか少女は口を開かない。その様子を怪訝そうな顔で修也は見つめている。おどおどしているばかりでは相手にも悪いと思ったのだろう、少女は声にならないぐらいの音量で修也に訪ねた。
「あの、どうして戦ってるんですか……」
 修也はその言葉の意味を捉えかねた。喫茶店のウェイターに対する質問してはいささか場違いな質問だ。確かに書き入れ時の喫茶店は修羅場であり戦場である。だがしかし、流石に戦っているというニュアンスはどうだろうか。少々行過ぎ感がある。ましてや大人しそうな少女から発せられた言葉だ。言葉通りの意味に捉えるのが妥当なのだろう。だとすれば取るべき行動は一つだった。修也はマスターに一言断りを入れてから静かに少女に語りかけた。
「少し長くなりそうだからね。外へ出ようか」

 喫茶外路地裏、修也と少女は気まずい雰囲気に包まれていた。傍から見れば喧嘩中のカップルにも見えるだろう。しかしそんな生易しいものでは無い。いつ殺し合いが始まってもおかしくない、そんな関係だったのだから。
「まずは……君はライダーなのか?」
 修也が重い口を開く。少女はゆっくりと頷いた。その反応は修也を酷く落ち込ませた。あの質問の時点で可能性は十分すぎるほどにあった。それでも、こんな内気そうな少女が仮面ライダーとして生死を懸けて戦っている事が信じられなかった。そして何より、彼女を殺さなければならなくなる展開が彼の脳裏を掠めた、それが何より修也の心を動揺させたのだった。
「でも、私人殺しなんてしません!」
 唐突に少女が叫ぶ。まるで修也の心を見透かしている様だった。紡がれた言葉、それが嘘でも良かった。それだけで修也の心は穏やかでいられたから。
 ふと修也は先ほどの質問を思い出していた。戦う理由、それは自分自身の記憶の為。状況に流されていた中でもそれだけは確かであった。では、少女の戦う理由は何なのか。人を殺さないというならモンスターから人を守るという善人じみた言い分だろうか。考えていても答えなど出てこない。全ては少女にしか知りえない事なのだから。
「俺は自分の記憶を取り戻す為に戦っている。君はどうなんだ?」
 少女の顔が曇る。戸惑い、もしくは不安といった負の表情を明確に浮かべた。
――俺の話し方が悪かったのだろうか。
 修也としては出来る限り優しく答えたつもりだった。しかし年上の男が問い詰めると言う状況では少女が怖がるのも無理は無い。自己嫌悪に陥る修也だったが、どうやらそうでは無いらしい。少女はおずおずと口を開いた。
「私、成り行きでライダーになってしまって……。でも、人殺しとかそういうの良くないと思うんです。だから、この戦いを止めたいんです」
 悲痛な願いだった。今にも泣きそうになりながら少女は訴えていた。他人の為に精一杯になれる。他人の為に悲しむことができる。何故こんな少女がライダーになってしまったのだろう。しかしライダーとしてある為には戦いは避けられない。理想だけでは人は生きていけない。自分の願いの為には他者を殺める。少なくとも修也の知る仮面ライダーとはそういうものだった。彼女だけが違っていても戦いは止まらない。ふと、自分の事に視点が移った。願いの為にただ戦い続けるだけの存在、しかしそこには迷いが生まれていた。事象の天秤が揺れ動いている。自分がどうしたいのかさえわからなくなる。奪う事と得る事、ジレンマに陥っていく修也、だが少女の声で現実に引き戻された。
「みんなの願いが叶えば戦い、終らせられると思ったんです。でも、全然……。貴方の願いも叶えられそうにない」
 修也はようやく理解できた。何故少女が自らライダーである事を明かしてまで問うたのかを。彼女は純粋に戦いを終らせたかったのだ。その先に見つけた一つの解。それを実行するため、勇気を振り絞り一人のライダーに接触した。可能性が限りなく0に近い事はわかっていただろうに、それでも諦めきれなかった。彼女は恐れ等持っていない。自分よりもよほどしっかりしている。ただ優しすぎるだけ。しかしそれはライダーとして致命的だった。
「あの、やっぱり……戦うんですか?」
 修也はすぐに答えることが出来なかった。他人の願いを叶えようとした少女を殺せるというのか。そこまで、人としての全てを投げ出してまで自分の記憶は必要だというのか。彼女はライダーバトルを逃げなかった。逃げずに、その宿命に立ち向かおうとしている。自分はどうだ? 自分はどうしたい? 己の記憶、戦う意味、人の命、何が一番大切なんだ?

――答えは、とうに出ている。

「……帰りなよ。それがいい」
 自然に零れた言葉。だが、その言葉は今までで一番優しく響いた。少女の曇っていた顔がパッと晴れる。快晴の空の下、笑みを浮かべた二人がそれぞれの帰路へと足を向けた。
 修也が喫茶のドアに手をかけようとした時、何時もの共鳴音が鳴り響いた。少女が修也の方を振り返る。それは彼女も仮面ライダーである事実の覆しようのない証明となる。しかし既にそんな事は修也には関係ない。ライダーだから倒す、そうではないのだから。鏡に浮かぶモンスターの姿は蝿を連想させた。修也は理解した。自分の殺したライダー、その契約モンスターであると。それは彼にとって都合のいい話だった。
「俺が行く。君は待っていればいい」
「……でも!」
 不安そうに見つめる少女の頭を撫でると、修也は仮面ライダールークへと変身した。少女の方を少し振りかえり見、ルークはミラーワールドへと飛び込んだ。


 蝿型モンスター、ミュートフライは鏡世界に入ってきたルークを視認するや否や、即座に襲い掛かってきた。主人の仇であるルークに対し、過剰なまでの敵対心を燃やしている。ルークは相手のスピードに翻弄されつつも、一枚のカードをベントインした。
「ADVENT」
 ガルドホークがビルの谷間から姿を現す。そしてその燃え盛る翼がミュートフライに襲い掛かる。スピードでは負けなしのミュートフライだが、主だったハスト同様に耐久力はあまり高くない。不意打ち同然のガルドホークのタックルを喰らい、地上へと墜落した。それでもミュートフライは戦いをやめようとしない。鋭く伸びた右腕を振りかざし、ルークに挑む。一撃目はバイザーで防がれる。二撃目は避けられた。三撃目からは掠りもしなかった。
「過去に生きる事、それは間違っている」
 ルークは隙を突いてミュートフライの腹部に鉄拳を喰らわせる。悶絶するミュートフライ、ルークの拳の応酬は止まらない。トドメとばかりに回し蹴りがミュートフライを襲った。
「俺は……過去と決別する!」
「FINALVENT」
 上空を旋回していたガルドホークがルークと一体となり、ルークは空へと舞い上がる。その手にはあの時と同じ、ガルドソードが妖しく煌いている。しかし、その剣に乗せられた思いは違っていた。地表すれすれまで急降下してくるルーク。勢いをそのままに、燃え上がるガルドソードがミュートフライの身体を寸断した。


「あの……お疲れ様でした」
 鏡から戻ってきた修也に少女が缶ジュースを差し出した。何気ない気遣い、それが今の修也にはとても嬉しく思えた。
「ありがとう。そうだ、名前聞いてもいいかな? 俺は高野 修也って言うんだ」
「……陣内 由美です」
 はにかみながら由美と名乗った少女は答えた。

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最終更新:2009年07月07日 21:27