私は教室で、授業中沙都子に算数を丁寧に教えている悟史の背中を見ていた。
色素の薄い髪が、窓からいっぱいに入り込んでくる陽の光に照らされて、
もともと静かで儚い悟史の印象を、更に希薄なものにしている。
不意に詩音の言葉が脳裏に蘇る。
『お姉には分かるまい、この気持ち』
私は目を伏せた。
「魅ぃちゃん、このプリント宿題だって」
視界にぬっと白い手が伸びる。掴んでいるのは数式が並んでいる紙切れだ。
私はそれを顔を上げずに受け取った。
「さっきからずっと、悟史くんの方を気にしてるね」
そこで私は初めて顔を上げた。レナが穏やかな微笑みを浮かべて私を見ていた。
「悟史くんが心配?」
「……うん」
私は素直に頷いた。
悟史の周囲を取り巻く空気は、普段なら穏やかなものだったはずなのに、
最近のそれはひどくぴりぴりしていて、緊張感を孕んでいる。
原因は知ってる。沙都子の誕生日プレゼントのために最近始めたアルバイトだ。
時給は良いが、仕事内容はとてもハードなバイト。今日も悟史はそれに行くのだろう。
「でも、しょうがないよね」
レナの唇から、まるで吐息のように、その一言が零れた。悲しいけれど、その通りだ。
疲労が悟史の目の下にクマを作り、表情を暗いものにしている。
けれど私には悟史の疲労を取り除くことは出来ない。
出来るのは、親戚のツテでバイトを紹介するぐらいだ。
私は無力だ。
友だちの心を楽にしてあげることすら、出来ない。

明日は綿流しのお祭りだ。
ここ数年、この時期になるとひとりが死に、ひとりが行方不明になるという事件が続いている。
それを村人たちは『オヤシロさまの祟り』と呼ぶ。
私は思った。
今年も『オヤシロさまの祟り』は起こるのだろうか。
私は渡されたプリントを折り畳んで、教科書にしまいながら、窓の外を見つめた。
空が青い。日差しが強い。
セミはひどく切羽詰った声で、鳴き続ける。それはまるで、誰かに何かを警告するかのようだった。

その日の夕方、私は綿流しのお祭りの打ち合わせを終えて、家までの道のりを歩いていた。
夕暮れの中でひぐらしが鳴いている。昼間のセミとは違って、それはとても穏やかで優しくて、
だからこそ、嵐の前の静けさのように思えた。
不意に、声が聞こえた。
振り返ると道の向こうに悟史の姿があった。息を切らせながら、こちらに手を振って走ってくる。
悟史は私に追いつくと、疲労を滲ませた血色の悪い顔をしながらも、穏やかに微笑んだ。
息が切れて、肩が上下に動いている。苦しそうだ。
「悟史、どうしたの?バイトは?」
「今日の分は終わったんだ。よかった、魅音に会えて」
「え……」
私と会えたことを喜ぶその言葉に温もりを感じて、私は言葉を失った。悟史はそれに気付かず続けた。
「遠くから魅音が見えたから、急いで走ってきたんだ。言いたいことがあって…」
「言いたいこと?」
「そう。実は沙都子を綿流しのお祭りに連れて行ってあげてほしいんだ」
「沙都子を?」
私は少し黙った。以前、詩音が私のふりをして登校した時、沙都子に相当ひどい暴行を加えたらしい。
そのこともあって、最近は沙都子とも悟史とも、私は疎遠になっていた。
そんな私に沙都子のことを頼んでいいのだろうか。そう思いながら、悟史を見つめた。
すると悟史は、とても苦しそうな表情で口を開いた。
「……この前はごめん。僕たちを苛めるのは、魅音の限りなく近くにいる人たちだけど、
 それは決して魅音じゃなかったんだ。
 なのに、あんなにひどいことをして…ごめん」
私は首を振った。
「ううん、私こそ、何も出来なくてごめん。それにこの前のことは、私が…」
そこで、悟史の様子がおかしいことに気付いた。
最初は私への申し訳なさで、苦しげな顔をしているのかと思った。けれど違う。
血色はますます悪くなっているし、額には汗がじっとりと浮かんでいる。息も荒い。
寄せられた眉根は、はっきりと、苦痛を訴えている。もう立っているのも辛そうだ。
「悟史、どうしたの?だいじょう――」
悟史に手を伸ばそうとした瞬間、悟史の身体が、まるで人形か何かのように、崩れ落ちた。

とりあえず、傍のバス停に緊急避難した。
私の家まで運ぶには悟史は重いし、この辺りには民家も無かった。
人気も無いから助けを求めることも出来ない。
けれど、近くにあるバス停なら、ベンチもあるし屋根もある。
とりあえず悟史をそこまで運んで寝かせた。
ぐったりと、悟史はベンチに横になった。
シャツが汗で身体に張り付き、胸が苦しげな呼吸で上下している。表情も辛そうだ。
私はハンカチを近くにあった水道で水に濡らし、ベンチに跪いて、悟史の額に当てた。
ぴちゃ、という微かな水音が響き、その冷たさに悟史が微かに震えた。
私はそのハンカチを、悟史の頬にも当てた。
青白い顔に浮かぶ苦痛が、微かに和らぐ。
私はハンカチを持っていない方の手で、そっと悟史の頬を撫でた。
私の友だち。沙都子の兄。そして、詩音の想い人。
そうだ。彼は、詩音が一生懸命好きな人なんだ。
それじゃあ、この胸の痛みは何?
私は悟史を見つめた。かつて、ずっとそうしていたように。
バイトで働き続け、家では沙都子を叔母から守り、村全体からも冷たい視線を受け、
十分な睡眠も取れず、栄養不足でこけた頬。
そして疲れ果てた、悟史の心。

「……ごめんなさい」
不意に、唇から謝罪が零れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
涙が溢れる。声が掠れる。私はこの人を救えない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ぽたり、ぽたりと涙が落ちる。視界が歪む、その中でも、
悟史の肌の蒼白さははっきりと読み取れる。
閉じられた瞼はあまりにも無垢だ。誰がこの人を傷つけていいと言うのか。
私は悟史に寄り添って、顔を伏せながら謝り続ける。
「ごめん、悟史。ごめんなさい…」
「魅音」
何度目か分からない謝罪を呟いたその瞬間、声が聞こえた。
「魅音、もういいよ」
顔を上げると悟史が微笑んでいた。顔色は悪いままだったが、
先ほどよりは呼吸も落ち着いている。
「もういいから、泣かないで」
このうえなく優しい声が降る。私は首を振った。
「ううん、よくない。悟史はこんなにいっぱい苦しんで、倒れちゃうほど疲れ果てて…」
「魅音のせいじゃないよ」
悟史の手が、私の頬を撫でる。悟史の笑顔が、私の目の前にある。
救いたい。救えない。その思いが胸を交互に抉る。
「いいんだよ、魅音。自分を責めなくていい。魅音は何も悪くないんだから」
どうしてそんなに優しいんだろう。
こんなにぼろぼろになっているのに、どうして。
私は涙を拭った。
「それより……あの…魅音」
悟史が言いにくそうに、戸惑った表情で私を見た。
「えーと、その…む、胸が当たってる」
「え…あっ」
私が悟史に寄り添っているせいで、胸が悟史の肩に押し付ける形になっていた。
ばっ、と身体を離して、急いで謝った。
「ごめん!嫌だったよね…」
「いや、別に嫌ってわけじゃ…むしろ嬉しいというか」
「へ?」
「あっ、いや、ごめん!何言ってるんだろ僕…」
悟史が照れ臭そうに笑ってごまかす。
けれど私は、その言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かがぱちんと弾けたのを聞いた。
「私…私は、悟史にならいいよ」
そう言葉を放った瞬間、悟史が大きく目を見開き、
そしてひぐらしの声がいっそう大きくなったのを感じた。

「え…えぇ?」
悟史がいくらか間の抜けた声を出す。私はどうにでもなれと思って言った。
「ほら、悟史がこんなにぼろぼろになったのは、私にも責任は無いとは思えないし!
 それなら悟史の、何ていうか、そういう方面のお手伝いを、
 おじさんがしてあげるのも責任のうちかなぁ、なんて……」
悟史の頬に朱が差している。動揺しているのがはっきりと見て取れた。
「え、あれ、魅音…じょ、冗談だよね?」
「冗談じゃない。悟史が冗談にしたいって言うなら、しょうがないけど」
心臓が口から飛び出そうなのをこらえて、私はきっぱりそう言い切った。
自分の顔が赤くなっているのが分かる。
そして悟史の手を取って、自分の胸に押し当てる。
自分の胸が、くにゅ、と揺れるのが分かる。
「み、魅音…」
「私、悟史が好きなの」
不意に、涙声が戻ってきた。
そうだ、私は悟史が好きなんだ。
ずっと前から、ずっと悟史を見つめていた。恋心だなんて気付かなかった。
けれど、ずっと好きだった。
「好き。好きなんだよ、悟史」
涙が頬を伝う。苦しい。心が張り裂けそう。
だってこの人は、詩音の好きな人なのに。
「どうしよう、私、悟史のことが好きだよ」
でも私は、こんなにもはっきりと、悟史を好きだと気付いてしまった。
詩音のものになってほしくないと、こんなにもはっきりと思ってしまった。
「ごめんね、どうしようもないの。好きなの。ほんとにごめん」
「魅音」
悟史が微笑む。
「どうして謝るの?僕は嬉しいよ」
悟史が私を抱きしめる。触れた腕の温もりに、胸がますます苦しくなる。
「好きだよ、魅音」
そして、唇が触れた。

私は悟史の膝の上に乗って、キスを続けていた。
触れた唇が唾液で濡れる。ひどく熱くて、それだけで酔ってしまいそうになる。
舌がまるで溶けてしまうみたいに、それは甘い感覚だった。
「んぅ…ふぇ…」
ぴちゃり、と音を立てて唇が離れる。唾液がふたりの間で糸を引いている。
「魅音、顔まっかだよ」
「ん…悟史こそ」
ふたりとも火照ったように肌が赤い。やがて、悟史の手が私の胸を撫でた。
それは緊張しているかのように、大人しい、抑えた様子だった。
「いいよ、もっと……ちゃんと触って」
そう言うと、悟史の手に力が込められたのが分かった。
くにゅ、ぐに、と胸が揉まれる。悟史の手が触れていると思うだけで、
私は吐息が震えるのが分かった。
「魅音…」
悟史の手が服の中に入ってくる。ブラがぐい、と上に押しのけられ、
シャツの中で乳首がツンと上を向くのが分かった。
「あ…あぁ…」
胸が揉みしだかれる。ただ触れているだけで、どうしてこんなに切なくなってしまうんだろう。
びりびりと、感じたことの無い感覚が身体の軸に走る。
「魅音、みお…ん」
悟史がシャツ越しに、私の乳首をかぷっ、とくわえる。
布越しの濡れた刺激に、私は思わず仰け反った。
「やぁっ……」
悟史の舌がちろちろと動き、私の乳首をなぶる。その行為がとても恥ずかしくて、
私はぎゅっと目をつぶった。
不意に、悟史の膝が私の脚の間で動いた。
「んあっ」
胸は揉まれて、舌でなぶられたまま。
同時にジーンズ越しに股間をぐりぐりと膝で押される。
圧迫するような、じんわりと沸き起こる感覚に背筋が痺れる。
「あぁ…悟史…さ、とし…」
これじゃダメだ。私はぼんやりと思った。
私ばっかり触ってもらって、悟史は全然気持ちよくなっていない。

私は悟史の脚の間に手を伸ばした。ひどく硬い感触がそこにあった。
「うわっ…魅音?」
悟史の戸惑った声が聞こえた。私はベンチに座っている悟史の膝から降りて、
悟史の足元に跪く体勢になる。
そして、悟史の学生服のズボンのチャックを下ろした。
「魅音、何するんだよ」
悟史の顔を見た。紅潮した頬。戸惑いがちに寄せられた眉根。
そして、どこか期待の色が浮かんだ瞳。
乱れた息を整えて、その期待に応えるように微笑む。
「お…おじさん、口でしてあげるよ。あんまり慣れてないから、
 上手く出来るかどうか分かんないけどね」
悟史が目を見開いて驚くのを確認してから、私は向き直って、下着から悟史のあれを取り出した。
初めて見るものだ。硬直して、膨張していて、色は赤黒い。
悟史の普段穏やかな人柄とは不釣合いな、そのグロデスクで凶暴なそれに、
緊張すると共に興奮している自分を感じた。
とりあえず、両手を添えて、口を開けてぱくっとくわえる。
「うあっ…」
悟史が微かに呻いた。甘い響きの声だ。
私は目を伏せて思い返す。いつだったか、
そういう雑誌を雛見沢の外れにある空き家で見つけたことがある。
幼かった、けれどもそういう行為に興味が無いわけでは無かった私は、
じっくりとそれを熟読したものだった。
そこに書いてあったことを思い出しながら、添えた両手を動かす。
そして歯を立てないように気をつけて、唇を動かし、舌を動かす。
じゅぷじゅぷと音がする。手と唇を動かして、舌で包み、舐める。唾液の量を増やす。
「魅音……あぁ…」
悟史が気持ち良さそうに声を上げる。

懸命に手や口を動かしながら、頬がひどく熱いのが分かる。
苦くて青臭い味と匂いが、つんと鼻を刺激する。
そういうものもひっくるめて、自分が興奮しているのが分かる。
私はふと思い付いてシャツを上げた。そして胸を持ち上げ、胸の間にそれを挟んだ。
そのまま胸ごとしごき、上の部分は口で刺激する。ぶるんぶるんと胸が揺れた。
「ああぁ……っ…駄目だ、魅音っ!」
切羽詰った声が聞こえて、頭をぐっと押さえつけられた。
悟史のそれが喉の奥に入り込み、むせそうになる。
けれどそれよりも先に、口の中にびゅっと液が放たれるのが分かった。
苦味が広がる。苦しい。涙が溢れて、私は顔を離そうとした。すると顔にもその液は飛び散った。
精液が、口、顎、シャツそれから剥き出しになった胸を白く汚した。
ぽたぽたと肌を伝って精液が下に落ちる。
口に入った分はどうにか飲み込んだ。
あまり美味しいものじゃないが、どうしても飲んでみせたかった。
顔を上げると、悟史は呆けたような表情で、顔を上気させてぼうっとしていた。
私は思わずにやりと笑って身体を起こす。
「あっれえ、気持ち良すぎて魂抜かれちゃったぁ?おじさん、結構こういうの得意かも」
そう言いかけたところで、悟史の手が、剥き出しになったままの胸の片方をがしっと掴んだ。
思わず肩が竦む。
「……魅音こそ、気持ち良さそうだったじゃないか」
「へ?」
いつになく悟史の声が低い。口元も笑みの形に歪んでいて、何やら不敵だ。
そう思った瞬間、悟史のもう片方の手が伸びて、私の股間に触れた。
「魅音、脱がすね」
「は?う、わぁっ!!」
悟史の片手がジーンズのボタンとチャックをあっという間に外し、膝までずり下ろす。
私はたちまちショーツのみという格好になった。
「ちょ、ちょっと悟史……あぁっ」
悟史の指が、ショーツ越しにその部分をつねった。先ほどの行為で濡れて湿っていたそこは、
くちゅりと水音を立てる。
「魅音、これは何だよ?濡れてるじゃないか。魅音こそ、僕のをくわえながら、感じてたんだろ?」
「ち…ちが…」
「嘘つき」
ショーツを引っ張って、指が中に入ってくる。誰にも触られたことの無いその部分を、
悟史の指がぐりぐりと刺激する。
「ふぁ、ああぁっ!や、悟史…」
悟史は指を容赦なく突っ込む。ピンポイントに直接刺激されるその感覚に、
脚ががくがくと震えるのを感じた。
「魅音のここはトロトロだよ?すごく気持ち良さそう…」
「やだっ…あぁあっ…」
駄目。もう立ってられない。
力が抜けて、崩れ落ちる私を、悟史が抱きとめる。
「ほら、魅音倒れちゃ駄目だろ。まだこれからなんだから」
私はベンチの上に寝転がされた。そして足に引っかかっていたジーンズと下着を抜き取られる。
悟史の指は、ぐちゅぐちゅと音を立てながら私の脚の間で動き続けている。
「は…あぁ…やああっ…」
「魅音、可愛いよ」
悟史が身体を動かす気配がした。ふっと影が落ちる。悟史が私に覆いかぶさったのだ。
悟史の顔が、私の左肩の上に来る。耳が熱くなるのを感じた。
「魅音」
息が耳にかかる。それに身を竦ませると、耳の中までねっとりと舐められた。
「魅音…入れていい?」
「え…」
太ももに、硬く膨張したものが当たっているのを感じた。
そしてその瞬間、身体の奥の熱が、それを欲しがっていることに、はっきりと気付く。
欲しい。あの硬くて大きいのを、私のあそこに入れて欲しい。
私は悟史の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。
「いいよ、悟史」
そう囁き返した瞬間、とても大きな衝撃が、私の下半身を襲った。

「う…うああああぁぁあっ……!!」
「魅音、魅音…!」
私は悟史の身体に縋るようにしがみつきながら、大きく喘いだ。
悟史の肩越しに、バス停の古びて黒ずんだ木の屋根が見える。
とても暗いそれを見ながら、私はぶるぶると震えた。
苦しくて痛い。けれど、熱くてとても気持ちいい。
悟史が硬くて大きい全てを、私の中に押し込む。私は深く息を吐いた。
あまりにも強すぎるその感覚に、自分のどこかが吹っ飛んでいってしまいそうだった。
けれど悟史は小さく呻いて、言った。
「魅音、ごめん、動くよっ…」
「ふぇっ、ちょっとまっ…あああっ!」
悟史が腰を強く動かした。どすん、という衝撃に思わず目を見開く。
びしょびしょに濡れた下半身に、大きく揺さぶりをかけられる。
「やあああっ、悟史、さとしいぃぃぃっ!!」
「魅音、魅音、魅音……!!」
悟史が動く。木製のベンチに肌が擦れる。身体ががくがくと震えて、
唾液が唇の端から零れ落ちる。
私は悟史の身体にしがみつく手に力を込める。まるで縋るように。
繋がっているその部分から、足のつまさき、それに頭のてっぺんまで、
びりびりと快感が走り抜ける。
「好きだよ、魅音…魅音っ…!!」
「わ、わたしもぉっ、悟史…悟史のことが…んあぁあっ!!」
悟史が私を真っ直ぐ見つめる。悟史の汗が私の頬に飛び散る。
暗い、苦しい、痛い、熱い。悲しい、嬉しい、恐い、切ない。
たくさんの感情がぐちゃぐちゃに絡み合って、脳みそがどろどろになる。
「魅音、出すよ…!」
「さとし、さとしぃ、あああぁああぁああっ!!」
熱いものが、私の内側に広がるのが分かった。
悟史の精液が、私の奥に注ぎ込まれる。
私はびくびくと震えて、それでも悟史を掴む手は離さずに、それを受け取った。
「魅音……」
不意に、唇に柔らかい感触が降りた。
それは、触れるだけの、とても温かいキスだった。
悟史は微笑んでいた。私も一緒に微笑んだ。

射精が終わると、悟史はずるりと私の中から抜き取った。
気だるい感覚が、じっとりと身体全体を襲う。
中に残された精液が、どろりと落ちてきそうになるのを感じる。
もうとうに夕暮れは終わり、辺りは暗くなっていた。月が白く昇っているのが見える。
服を着るためにベンチを降りようとすると、悟史が私をそっと抱き寄せた。
私はそのまま悟史の肩に頬を当てて、身体をゆだねる。
「……魅音が好きだよ」
「…うん、私も」
まだ息が微かに荒い、掠れた声で囁きあう。私も悟史も、ぼんやりとしていた。
「好きになった。興宮のスーパーで買い物に付き合ってくれた時も、
 野球チームのマネージャーになって世話してくれた時も」
身体が硬くなる。緩んでいた頬が強張る。
静かに、身体の中の温度が下がってゆく。
「僕のことを、あんなに魅音が気にかけてくれるなんて思わなかった。すごく嬉しかった」
悟史が私の身体に回した手に力を込める。
けれど私はその悟史の手に自分の手を添えることが出来ない。
だって違う。悟史が言っているのは、私のことじゃない。園崎魅音じゃない。
「明日、僕はやらなきゃならないことがある。
 けれどそれが終わったら、またチームに戻るから。そうしたら……魅音?」
私は泣いていた。

知ってしまった。知りたくなかった。いや、うっすらとは勘付いていた。
悟史が私を、別の人と勘違いしていることに、本当は気付いていた。
「どうしたの魅音?僕、何か魅音を傷つけた……?」
私は涙を手の甲で拭いながら、首を振った。
あなたは何も悪くない。ただ、私が事実から目を背けていただけ。
そう、私は知っていた。悟史が本当に好きなのは、詩音だってことを。
「魅音、大丈夫?魅音……」
涙が溢れる。私はそれを止めることが出来ない。
ただ、悲しいだけ。切ないだけ。悟史をどうしようもなく好きで、
大好きで、あがいていただけ。途方に暮れているだけ。
月が白い。まるで能面のような顔で、無慈悲に私を眺めている。
歪んだ視界の中、その凛とした姿を見て、私は気付いた。
そうか、これは罰なんだね。大切な妹に、好きな人に、
そして自分自身にさえも嘘をついた、私への罰なんだね。
ごめんなさい。
「大丈夫だよ、悟史。ちゃんと明日、沙都子をお祭りに連れて行くから」
私は微笑んで言った。正直、上手に笑顔を作れているか自信は無い。
きっと下手くそに歪んでいることだろう。
けれど悟史は、安堵したような表情を見せた。
ひとつだけ、悟史の不安を取り除けた。私にはこれが精一杯。

きっと、近いうちに悟史は知るだろう。
自分が本当に好きだったのは詩音だということに。
そして詩音と悟史は、心から愛し合うだろう。
私みたいに、まるで相手も自分も騙すようなやり方ではなく。

ごめんね、詩音。
悟史は詩音のものだから。どうせずっと詩音のものだから。
だから、少しだけ。今だけでいいから夢を見させて。
私は悟史の肩に頬を当てたまま、悟史の背中に手を回した。
悟史も私の背中に、手を回す。
悟史の温もりを身体全体に感じる。あまりにも幸せすぎて、脆すぎて、切なくて苦しい。
「魅音、本当に大丈夫?」
悟史の戸惑いがちな言葉に、私は明るい声音で返す。
「うん、大丈夫だよ、悟史」
すぐに、大丈夫になるから。そう心の中で呟いて、私は静かに目を伏せた。


そしてそれが、悟史との最後の思い出。

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最終更新:2007年02月08日 18:16