口移し編(???×レナ)

 あの運命の昭和58年を乗り越え、時が流れたある年の夏の夕暮れ……。
 ここは普段人気のないダム建設現場跡地。
 そこにある専用の秘密基地に、竜宮レナは独り閉じ篭っていた。
「この村には奴らが潜んでいる……。もう奴らは鷹野さんや梨花ちゃん、そして、私にも成りすましていて……」
 レナがこの考えに取り憑かれる発端となったのは、数週間ほど前に見た恐ろしい悪夢であった。
 父を騙そうとする悪い女の出現。鷹野が見せてくれたスクラップブック。そこに書かれてあった恐るべき陰謀。宇宙人の襲来とウイルス。そして雛見沢の滅亡……。
 もちろん、今まで鷹野からスクラップブックなど見せてもらったことは一度もない。
 しかし、夢が妙に生々しく現実的で、さらに毎夜見続けたこともあり、とても普通の夢だとは思えなかったのだ。
 次第に、あれはオヤシロさまからの警告なのではないかと考えるようになり、そして一週間前に決定的な出来事が起きた。
 父親が夢に出てきたのと全く同じ愛人を家に連れてきたのだ。
 夢で見たとおり、女が金目当てで近づいてきたことを示す確かな証拠を掴んだため、被害が出ないうちに追い出すことができたが、これで予感は確信へと変わった。
―――私が雛見沢を守るんだ……!
 それから数日間。レナは来るべき事態に備えて、密かに準備を進めていった。
 大規模な事件を起こして、奴らを表舞台に引きずり出す計画。
 夢の中では思ったほど警察の協力が得られなかったため、今回は自分一人で事を進めることに決めた。
 第一、夢で見たことを警察がそのまま信じてくれるわけがない。
 仲間たちに相談することも考えたが、全て夢のとおりなら、すでに自分以外の多くが宇宙人に支配されていることになり、とてもそんな危険は冒せなかった。
 せめて、あの人にだけは相談すべきだったのでは……という迷いもあったが。
「もしかしたら、もう残っているのは私だけなのかもしれない……。でも、私には逆転の一手がある!」
 自らを奮い立たせるように叫ぶと、レナは愛用の鉈を力強く掴み、必要な備品が入ったバッグを携えて秘密基地の外に足を踏み出した。
……その時、彼女は見てしまった。
 数メートル先の茂みに、異様に膨れた頭に、化物のような醜い顔、そして巨大かつ真っ赤な目玉でギョロリとこちらを窺っている、青白い体をした明らかに人間ではない者の姿を……。
「ひっ……!」
 一瞬恐怖の声が漏れてしまうが、レナはすぐさま鉈を構えて叫ぶ。
「あ…あっははははは! 出たなぁ、宇宙人!!」
 これでもう疑う余地は無い。宇宙人は今まさに目の前に存在していたのだから。
 オヤシロさまのお告げは正しかったのだ。


「どうした、かかって来なさいよ! 私はお前達なんか怖くないんだからねえっ!!」
 レナのこの挑発に対し、宇宙人は全く微動だにしなかった。まるで彼女の言葉など意に介しないといった風に。
 その態度がレナを若干苛立たせた。相手がこちらを嘗めきっていると解釈したのだ。
「あっはははははは! 来ないなら、こっちから行くよぉぉぉーーーっ!!」
 レナは宇宙人目掛けて突進し、その頭をかち割ろうと大きく鉈を振りかぶる。
 しかし、次の瞬間、宇宙人はレナに手をかざしたかと思うと、そこから顔目掛けて煙を噴射した。
「きゃあっ!」
 不意に喉に煙を吸い込んでしまい、レナは苦しそうに咳き込む。
「ゲホッ! ゴホッ! なに、これ……?」
 さらに両目に走った激痛に堪え切れず、思わず鉈を手放してしまった。
 その隙を見逃す相手ではなかった。
 いきなりレナに襲い掛かり羽交い絞めにすると、そのまま地面に押し倒して圧し掛かる。
「あっ……!」
 一瞬の出来事で起き上がる暇も無く、続けて両手までも押さえつけられ、レナは完全に身動きを封じられてしまう。
―――しまった……!
 レナは何とか起き上がろうと身をよじり、両手を動かそうともがく。
「放せっ! 卑怯者! 殺してやるからっ!」
 最悪なことに宇宙人は体臭もかなり酷く、鼻につく臭いがレナの抵抗を鈍らせる。
 しかも、見かけによらず相手の身体はどっしりと重く、腕の力も物凄いものでびくともしない。
 それでもレナは諦めずもがき続けるが、無駄に体力を消耗していく一方だった。
 やがて疲労が溜まったのか、荒々しい抵抗も次第に弱々しいものになっていく。
「うっ……く……」
 まだ強気に相手を睨みつけているが、息はかなり上がっており、全身に力が入らないようだった。
 それを見て抵抗を諦めたと判断したのか、宇宙人はレナの両腕を片手だけで纏めて拘束しようとする。
 だが、相手の注意が自分から一瞬逸れたのをレナは見逃さなかった。
 両腕に精一杯の力を込めて拘束を解くと、そのまま宇宙人の鳩尾におもいっきり打撃を与えたのだ。
 下から突き上げる形のためそれほど威力は無いが、それでも相手は呻き声を上げて横に倒れこむ。
―――やった……!
 すぐさま立ち上がると、近くに落ちているはずの鉈を探し始める。
―――早く! 今のうちに殺さないと……! 
 もう辺りは薄暗くなってはいるが、ここは自分の庭同然の場所のため鉈はすぐに見つかった。
 そして、宇宙人にとどめを刺そうと振り返る。
 ガキィンッ!!
 だが、次の瞬間、金属同士がぶつかる衝撃音がしたかと思うと、レナの掌から鉈が回転しながら飛んでいった。
―――えっ……?
 突然のことにレナは呆然とするが、見ると目の前に見たこともない棒状の武器を持った宇宙人が立っていた。
 それで彼女は理解した。あの武器の一撃で鉈を弾き飛ばしたのだと。
 そして……それから我に返るのに一瞬の間を作ってしまったことが、レナの命取りとなった。
 気付いた時には、武器を放り捨てた宇宙人が再び掴みかかってきていたのだ。


 レナは慌てて身を翻して逃げ出そうとするが、すでに相手の腕が触手のように腰に巻きつけられていた。
 そして、いとも簡単に抱きすくめられてしまう。
「あっ……! いやっ! 放して、汚らわしいっ!」
 今度押さえ込まれたら確実に命は無いだろう。
 レナは身をよじらせ、腕を振り回すなどして必死で抗うが、相手の強い力には逆らえず、またしても地面に押し倒されてしまった。
 そして、再び両手首を一纏めに拘束され、身体には全体重で圧し掛かられ、今度こそ身動きできない状態にされてしまうと、レナの瞳に初めて恐怖の色が宿った。
「うぅ……」
 先程までの強気な態度は失せ、輝きも消えかけている両の瞳にも涙が浮かんでおり、細い肩も震え始めている。
 それを見た宇宙人は、着ている宇宙服のようなものの中から、得体の知れない透明な液体の入った小瓶を取り出した。
―――こ、殺される!
 レナは身を震わせながらその様子を眺めていた。
 中身が毒なのか、酸なのか知らないが、きっとあれを使って殺すつもりなのだ……。
 だが、次の相手の動作がレナに更なる恐怖を与えることになった。
 宇宙人はいきなり口にその液体を含むと、そのまま醜い顔を近づけてきたのだ。
―――う、嘘だ……。そんなこと……。
 レナは理解した。相手は液体を口移しで無理やり飲ませるつもりなのだ。
「い、いや…いやぁぁぁぁぁっ! 放して、放してぇぇぇぇぇっ!!」
 一度は失った気力を取り戻し、必死になって再度抵抗を試みる。
 涙が零れ落ちるほどに顔を震わせ、肉付きの良い太ももや、その奥にある白い布地がスリットの間から覗くのも構わず両脚をばたつかせて暴れに暴れる。
 ずっと決めていたのだ。自分の初めてのキスは大好きなあの人に捧げるのだと。
 それがあんな見るもおぞましい顔の、しかも人間ですらない奴に奪われようとしているのだ。
 たとえこの場で殺されることになるとしても、このささやかな誓いだけは守り抜きたかったのに……。


「圭一くんっ! 圭一くぅぅぅんっ! 助けてぇぇぇぇぇっ!!!」
 思わずここにはいない想い人に助けを求めるが、相手の獣のような顔はそれに構わずに徐々に接近してくる。
 それに連れて、汚らわしく不快な吐息も顔に浴びせられていく。
―――うぅ、誰か…誰かぁ……。
 もはやレナにできることは、身を強ばらせ、唇を引き結び、顔を背けて拒絶の意思を示すことだけだった。
 しかし、それも今や儚い抵抗でしかなかった。
 宇宙人は空いているほうの腕でレナの細い顎を強引に掴むと、いとも簡単に真正面を向かせる。
―――いやだ、こんなのいやだよぅ……。
 怯える表情が嗜虐心をそそったのか、宇宙人が青い舌でベロリと舌なめずりするのが見えると、彼女の恐怖は頂点に達した。
―――助けて、助け……。
 レナの悲痛な願いは誰にも届かなかった。
 そして、声にならない悲鳴の中、無情にも相手の脂ぎった唇が貪るようにレナに重ね合わされる。
「んっ…! む…うぅぅぅん!!」
 息苦しさと気持ち悪さから逃れるためレナは首を振ろうとするが、相手の腕がしっかりと抑えているためピクリとも動かない。
―――いやぁ…やめてぇ……っ!
 せめて、これ以上の侵入だけは許すまいと、唇を固く閉じるが、すぐに限界が訪れた。
 息苦しさに堪え切れなくなり、レナが酸素を求めて口を僅かに開けると、相手がすかさず液体を流し込み、太い舌を侵入させて巧みに口内を蹂躙し、嚥下させようとする。
「んぐっ…! うっ! うあ…ぁ……!」
 喉から漏れる嚥下音と共に、とうとうレナは液体を飲み込まされた。
 そのまま舌を絡ませられることだけは免れたが、そんなことなど問題ではない。
 ただこれから訪れる死よりも、ファーストキスを奪われた絶望と悲しみに胸が張り裂けんばかりだった。
 何よりも悔しかったのは、相手の口付けに微かな気持ちよさを感じてきてしまったことだった。
―――うぅ…嘘だ……。こんなに…嫌なのに……。
 顔を背けることも離すこともできぬまま、レナは悔し涙を流し続けた。


 その後も、宇宙人はしばらくレナと唇を重ねていたが、やがておもむろに唇を離すと、同時に彼女の身体を解放して立ち上がった。
 レナはほんの僅かな間だけぐったりとしていたが、間もなく身を横たえたまま腹ばいになって動き始めた。
 こんな目に遭わされながらも、宇宙人に立ち向かう気力までは失っておらず、先程飛ばされた鉈を拾おうとしているのだ。
―――赦さない、絶対に赦さないから……!
 瞳からは涙が溢れ続け、口の中には吐き気が広がりながらも、手を伸ばせば鉈を掴める場所まであと少しというところに辿り着く。
 しかし、進むことができたのはそこまでだった。
 全身の力が急激に抜けていき、同時に強い眠気が襲ってきたのだ。
 おそらく液体の効果なのだろう。伸ばしていた腕が力なく落ち、瞼も重くなる。
―――だ…だめ……。眠ったら、何をされるか……。
 スクラップ帳には、宇宙人が捕まえた人間をすぐには殺さず、解剖などの人体実験を行うことが書かれていたのだ。
 レナは強烈な眠気から何とか抗おうとするが、とても堪えられるものではなかった。
―――悔しい……。このまま死んじゃうなんて……。
 あれほどの辱めを受けたのだ。これ以上何かされるくらいなら、ひと思いに殺して欲しかった。
 背後から、宇宙人が徐々に迫ってくる気配がした。
―――いや…だ…。解剖…なん…か……。た…すけ…て……。
 意識を手放そうとした時、レナはその人の顔を思い浮かべて名を呟く。
「けい…い…ち…く……ん」
 今際の際の幻なのだろうか、瞼を閉じる寸前にこちらを心配そうに見下ろす彼の姿を見たような気がした……。

 その後、レナが気を失ったことを確認した宇宙人は、無抵抗の彼女の身体をゆっくりと抱えあげると、秘密基地の中に運び込み、バタンと扉を閉めた。




 口接し編へ続く

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最終更新:2010年03月20日 17:40