朝。うーんと背伸びをする。気持ちがいい。
昨日あれだけの死闘を演じたにも関わらず、心体共に絶好調だ。いや、演じたからこそだろうな。
あんなに面白いと思ったのは今までになかった。そしてあの出来事を通じて仲間というかけがえの無い物を完全な意味で手に入れ、そして理解できた。

 今日からは以前と違う世界が始まる。
みんなと笑い合い、手を取り合いながら幸せに生きていける世界。
この世界では幸せは有限じゃない。望めば望んだ分だけ幸せが手に入る。
そんな世界なんだ。

「圭一。早く朝ご飯食べなさい。遅れるわよ~」
よく見ればもうこんな時間だ。世界が変わってすぐ遅刻なんてしたくない。
俺は手早く着替えて下に降りた。

ピンポーン。
朝ご飯を食べ、学校の支度を終えたところへ丁度チャイムが鳴る。
「はいはい、レナちゃんおは・・・」
身支度を整え、玄関へ向かうとお袋が固まっていた。その理由はすぐ分かった。
「おはようございます。ご主人様。お母様。」
ぶはっ。俺は鼻血をぶちまけた。それも盛大に。
なぜなら、そこにはエンジェルモートで沙都子が着ていたメイド服を装備したレナがいたからだ。
ご丁寧に真っ白なカチューシャまで標準装備、頬をうっすらとピンク色に染めたレナに男の本能を目覚めさせない人はいないだろう。
「レ、レナ。お前まさか・・・」
「けい・・・ご主人様。これは約束だよ?朝から晩まで私がメイドさんになるのは。
はぅ、恥ずかしい・・・レナ、似合っているかな・・・かな?」

おおおもおもお持ち帰りいいいいいいいハァハァ、と叫びたいのをこらえる。
「似合わないはずがないさ。ああ、断言できる。俺が言うのだからな。間違いないぞ。レナ、とっても似合っている。可愛いよ。」
「はぅはぅ~・・・」
真っ赤になって頭から煙が上がるレナ。俺もレナとセリフに思わず赤面だ。
「ほ、ほら。二人とも遅れちゃうから早く行きなさい。」
お袋にせかされ、はっとする。時間ギリギリだ。
「はぅ~魅ぃちゃんきっと待ってるよ~。ご主人様、早くいこ?」
「それには激しく同感だが、ご主人様はやめてくれ・・・」
言われているこっちが恥ずかしいじゃないか。
「でも・・・約束が」
「ご主人様の命令だ。普通に呼べ」
「は、はい!圭一君」
何か破綻している気がするが無視。俺たちは魅音との待ち合わせ場所まで走った。


「おはよう魅音」
「おはよう魅ぃちゃん」
「もう、二人共遅いよ~。このままじゃ・・・」
魅音はレナの装備を見て呆然とする。それもそうだろう。学校にメイド服を着てくるような変人はうちの学校にはいないからな。まあどこの学校にもいないと思うが。
「魅音、興奮してもいいがするのは教室に行ってからだ。このままじゃ遅刻してしまう。」
「ちょ、おじさんはね・・・」
魅音は何か言いかけていたようだが、既に俺たちが走っているのに気づいて、遅れまいとして魅音も走り始めたようだ。
必死に走っている俺達とメイド。傍から見たらどんな光景なんだろうな。
それは2階の教室から俺たちを見ている沙都子の表情からよく分かる気がした。

「ふー、ぎりぎりセーフだな。」
「間に合ったねぇ~」
トラップを難なくクリアした俺とレナ。あの日の戦い以来、なんだか強くなった気がする。世界最強の主人とメイド、雛見沢にあり。魅音とは違うのだよ魅音とは。
「なあ、レナ。お前はクラス中から好奇の視線を集めているんだが、大丈夫なのか?」
「はぅ・・・大丈夫だよ。レナ、ちゃんと約束通りにするよ。こちらがレナのご主人様です。とっても優しいご主人様です。はぅ~」
うああああああああああ俺に突き刺さる視線が痛い。こいつ痛いよ、って目をしてやがる。畜生。こら沙都子。憐れみの視線を向けるな。
「圭一、ファイト、おーなのです。」
「おじさんも応援してるよ。がんばれチェリーボーイ。くっくっく・・・」
「圭一くん・・・」
梨花ちゃんは同情、魅音はいやらしく、レナは熱を帯びた視線を向けてくる。
「畜生。俺は仲間というものを完全に理解していなかったようだな・・・」
どうやらこの世界も都合よくいかないようだな。上等だ。本気を見せてやる。世界最強のご主人様の本気をな。
今日の部活が待ち遠しいぜ。おまえら首を洗って待ってろよ!

「ほらほら、机をくっつけて~」
お昼の時間。俺たちはいつものように机をくっつけ、バイキング形式のお昼ご飯にありつく。
「さて・・・」
さっきから梨花ちゃんがこちらを凝視してくる。気があるんだろうか。
「圭一。」
いつもの梨花ちゃんのようでどこか違う響き。ああ、あの時の梨花ちゃんか、と納得する。
俺は黙して話を聞く体制を作る。みんなも俺に習う。
「昨日は言えなかったが、礼を言う。ありがとう。本来なら起こるはずの大災害まで圭一は脚本から破ってくれた。
今私たちがここにいて、一緒にお弁当をつついている。それはとってもすごいこと。確率でいったらサイコロを振って7の目が出ること。つまり絶対ありえない事だった。
迷路には出口は一つしかない。つまり大災害は必ず起こるはずの未来だったんだ。」
梨花ちゃんの話をみんなは静かに聞いている。理解できるにしろ出来ないにしろ、ここで口を挟むのは良くないとみんな分かっているようだった。
「でも、圭一の場合は違った。迷路の壁を壊して、本来あるはずのない出口を創った。
それもみんなが幸せに生きていける未来に繋がる出口。これは確率の問題ではない。
起こるはずのない奇跡を圭一が叶えた。そう思う。そのおかげで、私が超えてきた数々の死は報われた。圭一。ありがとう。」
ぺこり、と梨花ちゃんがおじぎをする。そしてにぱ~☆と満面の笑みを浮かべた。
そこで言葉を繋げるのは無粋というものだが、俺はあえて言うことにした。
「俺だけじゃねえよ。みんながいたから、仲間がいたからこそ、だろ。俺一人じゃ、タイマーさえ見つけられずにでかい花火打ち上げるしかなかっただろうな。」

俺は一呼吸置いた。

「さあみんな、今日という日を楽しもう!遊んで遊んで遊び倒そう!俺たちでつかみ取った世界だ。どんな事したって文句は言わせない。
俺たちにはその権利がある!そうだろうみんな。だから今は飯を食おう。腹が減っては戦は出来ない。部活という名の戦争を勝ち抜く為にはあらゆる努力を、だ。」
「さすがは口先の魔術師ですわね。確かに言うことは立派ですけど、実力もそれに伴わないとお話になりませんことよ?」
「はいはい、続きは放課後!それまで勝負は無し。今はご飯。いいね?」

梨花ちゃんとレナが笑い、俺と沙都子が目と目で火花を散らし、魅音がそれを抑える。
これでいいんだ。これこそが俺たちの在り方ってもんだ。

幸せを実感している俺の横から沙都子がミートボールを奪っていく。
「てめええええええブロッコリーとカリフラワーの違いを言ってみろこの野郎がああああああ」


放課後。ついに部活の時間が始まる。

「部活の時間は私たち対等だからね?圭一くん。手加減はしないよ~」
「はっ、上等だ。おまえら全員叩きのめしてやるよ。」
「ふっふっふ、おじさんに勝つなんてまだまだ甘いね。」
「トラップは最後に一つだけあれば十分ですのよ。」
「にぱ~☆」
それぞれがそれぞれ、お互い火花を散らしあう。
くっくっく。どうやらおまえらは前原圭一をなめているようだな。罰ゲームに関係無く専属のかぁいいメイドさんがいるだけで俺の強さは格段にあがるのだよ。
思い知るがいい、男の萌えパワーを。そしてひれ伏すがいい。もはや俺に敵はいない!
「よおし、罰ゲーム決めるよ。そうだねえ・・・誰か提案ある?」
手が上がったのはレナだ。

「えっと・・・敗者が勝者の言うことを聞くのはどうかな・・・かな?」
「OK。それでいこう。やるゲームはこれね」

魅音はトランプの束を置く。それが何を意味するかは俺にはまだ分からない。
「内容はハイアンドロー。まず一番上のカードをめくる・・・”5”が出たね。そしたら次のカードは5より低いか高いかを当てる。単純でしょ?それゆえにいかさまもトラップも出来ない。」
「はぅ・・・それじゃ運任せなのかな・・・かな?」
シャッシャッと慣れた手つきでカードを切る魅音。
「運も実力のうち・・・そうでしょ?」
「そうだな。だからこそ俺に負ける要素なんて微塵もないんだがな。」
「ほえづらかいていられるのも今のうちでしてよ!」
ふん。トラップが使えない沙都子は敵じゃない。もし障害になるとしたらそれは・・・
「はぅ・・・そのトランプかぁいいね。お、お持ち帰りいいいいいい」
レナしかいない。かぁいいモードのこいつなら運を味方につけることも不可能じゃない。
だが・・・勝つのは俺だ!


勝った。圧勝だった。まるで俺の出した答えになるようにトランプの数字が変わっているような感覚。
今の俺に勝てる者はいないだろう。運も味方につけた俺は無敵。
魅音には肩を揉ませ、沙都子にはお菓子やジュースを買いにいかせ、梨花ちゃんは膝にのっけて撫で撫でにぱ~☆することにした。

「うああああ、羨ましいっす」
頭をかかえ、こちらを見ている某二人組に見せつけるように圭一はハーレムを楽しむ。
「はっはっは。・・・おい魅音、もう少し強く。手を抜いていいなんて誰が言ったんだ?」
さすが魅音。表面上はにっこりしているが、内に秘めた怒りを感じ取らずにはいられないぜ。
俺がハーレムを堪能し、沙都子に買ってこさせたジュースを飲みながら梨花ちゃんを撫で撫でしていると、バン、と教室の扉が開いた。
「はぅ、ただいま戻りましたご主人様」
そう、レナには新しいメイド服を監督に貰って着てくるように指示したのだ。
いつもの私服をそのままメイド服にしたような、純白のメイドさん。服が真っ白なので、顔が赤く染まっているのが余計に際だっている。
恥じらっている姿と合わさって、もうそのまま抱き締めて×××をしたくなる。

「レナ、とっても似合いますです」
「うんうん、おじさん萌え死んじゃいそうだよ」
「とっても可愛いですわ、レナさん。」

俺たち全員がレナを褒め、見つめている事にまた赤くなるレナ。頭から煙があがり、壊れたように突っ立っている。萌え。
「・・・よし。時間も時間だ。俺も十分堪能したし、罰ゲームはここまで!レナ以外終わりにしよう」
終わってほっとしている魅音達だが、「え?」と聞き返してくる。
「屋根の上で俺とレナは約束したんだ。レナが負けたら俺にメイドでご奉仕、夜も返さないよ☆って」
魅音達の時間が止まった気がする。奴らが動き出す前にここを離れるべきだ。
なぜなら、罰ゲームが終了した時点で俺はただの前原圭一に戻ってしまったから。
「レナ、行こうか」
レナの腕をぐっと掴み、問答無用でそのまま引っ張って学校を後にした。
この時のスピードはモーリス・グ○―ンが「キミ、スゴイヨ」って拍手してくるぐらい早かったんじゃないだろうか。
レナも引っ張られる早さで足が宙に浮いていたし、学生じゃ絶対ありえないスピードだったな。
でも、ここ雛見沢ではありえないなんて事はないんだ。やろうと思えばなんだって出来る。家に着いた後が楽しみだぜ!

そして早くも圭一の家。別名前原屋敷とよばれるこの家には、なんと両親が仕事の関係で家にいないというドキドキなシチュエーションが待っていた。
「レナ、突っ立ってないで入れよ」
「は、はい。おじゃまします」


リビングに入り、テーブルに置き手紙があるのを見つけた。
「ご飯作る時間が無かったから適当に食べて☆」
なんてこった。レナ(メイド☆)の出来たて手作りご飯を味わえるというイベントまで用意されていたとは。
「あれ、ご両親はどうなされたのですか?ご主人さま」
律儀にメイド口調で喋るレナ。意外と本人も楽しいのか、口調や仕草に堅さが見られない。
「ああ、仕事で東京に行くとか言ってたな。それに、どうやら夜ご飯が無いらしい」
「はぅ・・・二人きり・・・よるごはん・・・」
ぼん、と頭から輪っか型の煙がもくもくと立ち昇り、真っ赤に茹で上がるレナ。
「確かに想像出来なくはないが、思考が飛躍し過ぎだぞレナ」
普通のメイドはこんな思考はしないと思います。
俺の言葉を聞き、レナはあたふたと
「はぅ、れ、レナは何の事かさっぱり分かりませんです」
と慌てて言うが、
「あ・・・やっぱり分かります。レナがご飯を作る・・・作らせて頂きますね。ご主人様」
「うん、期待して待っているね」
にっこりと微笑む俺。いつの時代も優しい主人にメイドは恋心を抱いてしまうもんだ。それが現実にあるかどうかはさておき。


トントントン、とまな板を叩く音が聞こえる。テーブルの上に置いてあった蜜柑を一つだけ食べながら、リモコンのスイッチを押す。
「おらぁ、暴れんじゃねえよ」
暴れる若い女性を男性が組み敷いている、夜の公園。女性は必死に声を上げて周囲に助けを呼ぶが、声はむなしく辺りに響くだけだった。
「ぐぎゃぎゃ、ここら辺は構造に欠陥のあるマンションしかなくてな。住民はとっくに退去していないのよ! どれだけ騒ごうが無駄だぜえ」
 男の言葉には絶望しか残っていなく、やがて女性はおとなしくなり、されるがままにその柔肌をピンクに染め、体を揺らす。

「・・・っ!」

ピッ、急いでとチャンネルを変える。
(何で7時台なのに激しい濡れ場なんかやっているんだ! 雛見沢放送は!)
「・・・ご主人様、どうかなさいましたか?」
くるり、とメイド専用に作られたエプロンをひらひらさせながら、レナは振り向いた。
「・・・・・・いや、雛見沢に新たな謎が出来ただけだ」
はてな、と小首をかしげるレナ。――良かった。もしレナも見ていたらとても気まずい空気が流れるところだった。
 俺が冷や汗を流していたところへ、ピピピッ、ピピピッと甲高いアラーム音が鳴った。
「あ、ご主人様。お風呂が沸いたみたいですよ」
「すごいぞレナ! 料理をしているとみせかけて実は時を超越し、風呂を沸かす時間列と料理をする時間列を並列に処理していたとはな!」
レナは困ったように笑いながら
「よ、よく分からないけどレナにはそんな凄いことは出来ないよぅ。ただスイッチを押しただけだよ・・・だよ」
ご主人様の家の設備は凄いね、とレナ。
「都会じゃ割と見かけるぞ。いちいちお湯と水を加減しなくていいから楽なんだ。温度の設定も出来るし・・・まあ確かに雛見沢じゃうちだけかもしれない」
はぅ、都会ってすごいね、と目を輝かせるレナ。雛見沢も充分凄いんだけどな・・・・・・
レナに風呂入ってくる、と告げて、パジャマとタオルを持ってバスルームへ向かう。

雛見沢の家庭にあるのは「お風呂」、うちのは「バスルーム」と呼ぶのが合っていると思う。

言葉の意味としては英語か日本語かの違いしか無いのだが、雛見沢の家々とうちの家はどこか雰囲気が違うから。
それは馴染めていないとか疎外されているとか、そういう事じゃない。雛見沢の人達にはとても良くしてもらっているし、信頼し合える「仲間」だっている。
レナだって、たかが罰ゲームなのにここまで付き合ってくれている。
でも・・・・・・時々不安になる。レナが引き起こした事件は、鷹野さんが書いたスクラップ帳の魔力に取り憑かれたからなのは確かだ。
不幸を運んでくる大石さえもすっかり騙されるほどに、精巧に作られていた、それだけ影響力のあるスクラップ帳。それを何十冊も、
一人の看護士でしかない人間が作ることが出来るのだろうか。誰に殺されたのかも未だに分からないまま、妖しく微笑むその瞳に映っていたのは一体なんだったのだろうか・・・・・・

無造作にかごに放り込まれたタオルのしわが、俺を無様だなと笑う悪魔のように見えた。

「うぁ~」
目を瞑り、シャワーを頭から染み込ませるようにゆっくりと流す。お湯は足からかけないと体がびっくりするらしいが、俺はこのやり方が気に入っているから変えようと思わない。
それに、毎日「部活」をやって心身共に鍛えられているから、この程度で体がびっくりするなんて絶対にありえないしな。
 足先までじんわりと浸透し、湯を含んだ髪の毛から荒く水気を取り、丁度よい温度にセットされた、ゆとりを持って設計された湯船に身を沈める。
髪の先からとん、とん、と床を叩く水滴が落ちる。ぼんやりと無心に、それを見つめる。・・・・・・何か話し声が聞こえてきた。

 はい、前原でございます。あ、いえ、私は雇われたばかりの専属メイドでして・・・・・・はい、申し訳ありませんがそれは分かりません。
・・・はい、ご主人様は只今入浴をされていまして……はい、はい。分かりました、必ず伝えます。はい、それでは失礼致します。
…どうやら電話だったらしい。がちゃん、と電話を置く音がしてからしばらくすると

とんとんとん
歩くような音が聞こえてきた。

とんとんとん、がちゃり

…しゅる…ふぁさっ。――何の音だろうか。
 まだ音は続いた。ぱちぱち、とボタンを外すような音。そして衣擦れの音が聞こえた・・・・・・ってまじか! 
慌てて顔を扉に向ける。うちのバスルームの扉は、真ん中がモザイクがかったプラスチック? 
材質がよく分からないが、人間のシルエットくらいならこちらから見えてしまう為、どんな事が起きているか、くらいは分かる。
そこで俺が見たものは

……刺激的な、妖艶な舞だった。すらりとした四肢が、ただ脱ぐ、という行為を行う為だけに艶めかしく動く。少しずつ取り払われていくメイド服。
なまじシルエットしか見えない分、否が応にも想像力が掻き立てられてしまう。――くっ・・・・・今ものすごく、この扉を開けたいっっっ! でもシルエットだけっていうのも凄く萌えるっっ! 
 俺が思考の矛盾に激しく悶えていると、がちゃり。レナがタオルを体に巻いてその姿を顕現させた。

――ぶひゃっ。
鼻血が勢いよく飛び出す。俺の脳のCPUが悲鳴を上げる。
「な、なんだこいつは! 萌えのツボというツボの全てを、しかも極限まで刺激してくるぞ! ちくしょう! 地上に舞い降りた天使様あああああ」
真っ白なタオルが、レナのうっすらとピンクに染まった肌を際立たせている。顔はすでにピンク色に茹で上がっており、
恥ずかしげにもじもじしながら、目線は俺と自分の足下とをちらちらと、行ったり来たりしている。
「あ、あの! ご主人様! お電話が内容と体を洗って頂きに来ましたっ!」

 ・・・・・・言っている事がよく分からない。俺のCPUがオーバークロックしているからなのだろうか。・・・いや、それはレナも同じだ!
「・・・・・・ええっと、レナ落ち着け。クールになれ。そしてちゃんとした日本語に直してくれ。俺も」
レナは大きく息を吸い込み、口から「暴走」の二文字をはき出すように、溜めた息を吐き出した。それを二回繰り返した。俺も。
「えっと、レナも一緒にお風呂に入っちゃダメかな・・・かな?」
…あ、ち、違う! お電話の内容を伝えにきたんだよ! と両の拳をグーにしてレナは言った。それは知らないな。聞いてないし聞こえない。
一緒に背中を流し合ったりあんな事したりするんだろ? もちろんOKだ。誰が断るものか。
もし断るようなやつがいたとしたら、そいつはよほど頭と目が悪いに違いない。頭が悪いどころかいかれている。そいつは頭も下半身も不能だと断言できるね。

 俺の中で暗く渦巻いていた雛見沢の闇についての思考は、強力なレナのパンチによって全て粉々に吹き飛んでいってしまった。
目の前のレナという対象に、前原圭一はすっかり身も心も奪われてしまった。

確かに、ここ雛見沢では不可解な事がたくさんある。
それは鷹野さんと富竹さんの不自然な死であったり
鷹野さんの残した大量のスクラップ帳だったり

雛見沢放送の過激な内容など、まだまだ分からない事がたくさんある。
でも、きっとその答えを俺は手にしている。自分の置かれている状況が既に答えを導き出している。だからこそ、俺は想い、願い続けなければならない。
幸せがいつか終わる事、それはどうしようもない事実だ。

――でも
俺は失った幸せを取り戻す方法を知っている。
その方法が正しい道だという事も知っている。   
辛い事に遭っても、そいつを平気で笑い飛ばせるような素晴らしい仲間がいる。
困難な問題が起きても、一丸となって立ち向かう家族がいる。

……その事に気付かせてくれてありがとう。一人の天使は、綺麗な羽が汚れてしまった。自分一人で汚れは落ちることはなく、やがて飛ぶことさえ出来なくなってしまいました。
疲労によって鬼の住む世界に通ずる沼に、その小さなからだを沈めてしまう。
もがけど、どんなに頑張ってもその手は虚空を掴むだけ。それでも意地を張って、助けを受け入れる事はしませんでした・・・・・・でも本当は、この手を引っ張って欲しかったんだよ?
だから、本当にありがとう。私の小さな、本当に小さな救援信号に気付いてくれて。

窓に浮かぶ二つのシルエットは、やがて複雑に絡み合い、一つへと混じり合うように消えていった。

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最終更新:2009年10月04日 18:58