梨花と沙都子が二人だけで遊びに行った、今日はまたとないチャンスだった。
 己の他に誰もいない倉庫の家の中、内緒の買い物から帰った羽入はすり足で台所へと移動する。
 右手に提げた白い紙袋のささやかな重みを感じる度に、唇が緩んでしまう。
 大好きな二人と一緒にプールへ遊びに行くのも、それはとてもとても楽しそうではあったが、彼女にはかねてより一度は叶えたい野望があった。
 流し台を背もたれにするようにして、羽入は床にぺたんと腰を下ろす。
 買ったばかりの白い紙袋を制服の赤いスカートを纏った膝に乗せて、震える指先で、ゆっくりとそれを紙袋の中から取り出した。
 薄い紙をフリルのように幾重にも重ね、リボンでまとめられた巾着袋型のラッピング。そのリボンに括られたタグには【Angel mort】の金文字。
 丁寧にリボンを解いて、薄布のような衣をはがし、羽入の指先はその中を弄り、好きで好きでたまらない目当てのものを探り当てた。
 ――大きい……それに、柔らかい……
 くすりと笑みを零し、彼女は舌なめずりをする。唾液に濡れた唇が光る。
 そう、コレを独り占めすることが、羽入の大いなる野望だった。
 もちろん、梨花や沙都子と一緒に卓を囲んで楽しむのも得難い幸せだと思うけれど……時には、一人欲望のままに貪り尽くしたい。そんなことを思ってしまう日もあるものだ。
 標準を遥かに上回る大きさを誇るそれを、いとおしそうに両手で抱え込み、陶然とした表情で口を開いて、羽入は欲望と唾液で赤く濡れた舌を伸ばす。
「あっ……」
 舌先が柔らかく甘い表皮に触れて、思わず吐息が零れた。
 じんわりと繊細な甘味が舌の上に染み込んでくる。
 ……この味、この感触、この舌触り、全部、全部僕だけのもの……
 じっくりと味わうように舌を這わせ、時折甘く歯を立てていると、そのうち表面の皮がふやけて、そこから滲み出たとろりとした白いものが舌に絡みついてくる。
 その味が口腔いっぱいに広がって、羽入は頬を紅潮させてぞくりと身を震わせた。
 ――共に暮らす梨花と沙都子に内緒で、こんなことを。
 羽入は好物を口にしている悦楽と優越感、そして娘のようにすら思っている友人たちに隠れてこのような真似をしている罪悪感もまたスパイスに変えて、更なる甘い誘惑に満ちた一時を味わう。
「はあ、はあ……」
 甘美で不埒な味わいに、自然と息が荒くなる。脳みそが芯までとろけてしまいそう。
 千年にも及ぶ長い時を生きた中でも、こんなの、味わったことが無い……!
「あっ……!」
 捕食に夢中になるあまり、うっかり、それを持つ手に余計な力を込めてしまった。つぷり、と柔らかな表面に指先が潜り込む。
 指と表皮の隙間から、とろとろと黄味の混ざった白いものが溢れ出る。
「ああっ、駄目なのです……零れちゃうのですぅ……っ!」
 なんて勿体ない……!
 思わず悲痛ですらある驚きの声を上げた羽入の唇の端からも、それが零れて顎を伝い落ちた。
 ぽたぽたと垂れる白いゲル状のものが、羽入の着る制服の胸元を汚していく。

 ……ああ、何ということだろう。顎と手がこんなになってしまった。
 万が一、予定よりも梨花と沙都子が早く帰ってきたらどうしよう。欲望の赴くままに白いものに塗れたこんな姿を見られたら。
 そう思いを巡らせると、今にも玄関の扉が開いて、ただいまー、という沙都子の元気な声と、梨花の気だるげな、或いは猫を被った甘えた声が聞こえてくるような気がしてならない。
 このような姿の自分を発見した時に見せるであろう、梨花の蔑んだ眼と沙都子の怒った顔を夢想し、羽入は打ち震える。

 ――みーみー。くいしんぼネコさんがひとりじめなのです。ずるいのですー。
 ――(訳:あんたって、何て駄目な神なの? 呆れるわ。)

 梨花はとりあえず沙都子の前では猫を被り――長年の友でありトラップマスタ―たる少女は、梨花の本性などとっくの間にお見通しであろうに――その実、他の人の前では絶対に見せない、あの皮肉った目で見下してくるだろう。
 そう言う梨花だって、まだ子供の貴方には早いと何度も注意しているのに、自分と沙都子に内緒で苦いものを味わって酔い痴れているくせに……

 ――ずるいですわ、羽入さん! 一人だけで楽しむだなんて……どうして私にもお声をかけて下さら、い、いえ……何でもございませんわ!

 沙都子は可愛らしい八重歯を見せながら、顔を赤くして憤るだろう。でも甘い甘いコレが大好きで素直な彼女は、羨ましそうな眼差しを隠せないのだ。
 ……混ざりたいだなんて、沙都子は何ていけない子なのでしょう。
 羽入はくすりと唇を緩める。己の預かり知らぬところで欲を満たすための足しにされているなど、当の沙都子はまさか夢にも思うまい。

 改めて見れば、手の中にあるものの皮が、穴から漏れ出た白いものですっかりふやけてしまっている。それを持っていた両の手のひらも、もうぐちゃぐちゃだ。
 もっとゆっくりじっくり丹念に時間をかけて味わっていたかったけれど、仕方がない。
 心の底から残念そうな表情を浮かべ、羽入は覚悟を決める。溜め息と共に未練を体内から追い出す。
 ああ……本当に、とても、とても名残惜しいけれど――
 ……一気に、イってしまおう。
 両手に持ったソレを、羽入は一思いに口の中へと押し入れる。
「あぅ、ん……んぶっ……」
 それなりに大きさのあるものを無理に押し込んだ息苦しさに、羽入は吐息を漏らす。
 皮の内側からどろりと溢れ出てくる白い液体が、彼女の口腔を蹂躙するように満たしていく。
「ん……! んふ、う……!」
 とろとろと舌に纏わりついてくるような白と黄色の甘味と、それとは違う表皮を覆う白い粉状のもののふわりとした甘味。
 そして、それらを吸い取った表皮の鼻腔を突き抜ける味わいを一身に感じ、羽入は至福に喘ぐ。
「んっ……」
 更にベストに垂れた白いクリームを指ですくい取り、恍惚の表情で汚れた己の指を口に入れ、音をたてんばかりにしゃぶりついた。

 喉を鳴らして口の中のもの全てを飲み干し、彼女は短くはない間、その余韻に浸っていた。
「あぁ……幸せなのです……」
 汚してしまった制服はきれいに洗ったし、例のものを包み込んでいたものはあらかた処分した。
 全ては彼女のお腹の中にある。
 ――証拠隠滅、完了。
 何気なく窓の外に目をやると、水着やタオルの入ったビニールのバッグを手にした梨花と沙都子が見えた。
 素晴らしい勘で羽入の視線に気付いた沙都子が元気に両手を振り、走りだした。やれやれという表情で、梨花が彼女の後について駆け出す。
 何も知らない二人の姿を見て、お帰りなさいという気持ちを込めて手を振り返す羽入の胸に、ちくりと針を刺すような痛みが走る。
「僕だけ……ごめんなさいなのです、梨花、沙都子」
 ……一人でこっそり楽しむのも良いけれど、やっぱりこういうことは皆でした方がいい。
 魅音詩音、レナや、圭一を誘っても良いかもしれない。きっと何事も、人数は多い方が楽しいから。
「次は皆で一緒に、楽しみましょうなのです」

 ……それでもたまに、独占したい誘惑に駆られちゃうんだろうなぁ、と業の深きオヤシロ様はぺろりと小さく舌を出した。




(了)

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最終更新:2010年03月05日 22:23