人の身に例えるなら、それは喪失感という感覚に近いのだと思う。
 自らの存在というもの……自分を自分として認識させる意識が、世界を渡るのと共に希薄になる。
 神として残された力は、もうほとんど残ってはいない。本当にこれでもう最後だ。泣いても笑っても、これでもう最後。
 自分の周囲の状況を確認する。
 カレンダーなど見なくても、時間は分かる。……綿流しの十日前。その深夜。
 そしてここは……。
 彼女が視線を落とすと、暗がりの中で少年が眠っていた。

“ごめんなさい”

 誰にも届かない彼女の呟きが、闇の中に溶けて消える。
 神は人の世界に干渉出来ない。それは罪を犯してはならないから。罪と隔絶された世界に住まうが故に神。
 では、神が罪を犯すなら?
 それは……人に堕ちる。罪にまみれた世界に生きるのが人なのだから。
 本来、それはあってはならないこと。しかしそれでも……罪を犯し、禁を破ってでも彼女は運命に抗いたかった。
 我が儘だ。摂理に反している。しかし、それでもなお……彼女は未来を譲れなかった。娘の運命を譲れなかった。それはつまり、人としての思い。神が持つべき視座ではない。神はどこまでも無力で無口でなければならないのだから。
 今宵、彼女は罪を犯す。相手はだれでもいい。けれど彼女は少年を選んだ。今この時代の雛見沢で、縁が最も深い男は彼なのだから。





 闇の中で圭一は意識を取り戻す。……もっとも、それは正確な表現ではないのかも知れないが。何故なら結局のところ、圭一はその光景を夢だと認識しているのだから。半覚醒時には「ああ、これは夢だな」と気付くこともたまにあるが、つまりはそんな状態。
 脳に映る光景は眼球で捉えたものではない。けれど、それははっきりと彼の中で像を結んだ。
 寝間着は着ているはず。布団もかぶっているはず。けれど、それらはすべて半透明に透けている。それだけではない。それらの感触も希薄だ。まるで存在しているようで、同時に存在していないかのようだ。
 そんな彼の上に、裸体の少女が覆い被さっている。
 暗闇の中のはずなのに、圭一には彼女の姿がはっきりと見えていた。背中まで伸びた髪は緩やかにウェーブを描き、面立ちは幼げで……それでいてどこか大人びた目をしていた。側頭部から生える二本の角が奇異と言えば奇異だが、それを不快に思わないし恐怖も感じない。
 今までその少女とは面識は無い。無いけれど、圭一には彼女が身近に感じられた。
 透けた寝間着を通り抜けて、少女の手の平が圭一の胸へと置かれた。現実感の薄い……羽か何かで愛撫されたようなその感触に、圭一は思わず身じろぎする。

“     ”

 少女が何か呟く。
 圭一には、それが何という言葉なのか聞こえない。けれど少女が浮かべる悲しげな表情から、察した。
 彼女は圭一へと体を預け、そして彼の胸へと顔を寄せた。圭一の胸に唇を当てる。柔らかな乳房と固い乳首の感触が圭一の腹の上から伝わる。
 希薄で現実感のない刺激だけれど、それでも少女の温もりと肌の滑らかさに圭一は素直に反応してしまう。
 彼女が何故、そんな悲痛な表所を浮かべてまでこんなことをするのか分からない。……本当なら止めるべきなのかも知れない。そんな考えが一瞬、彼の脳裏をよぎった。けれど彼女は決意している。こんなにも悲痛に覚悟を決めている。
 だから、下心を抜きにして彼は彼女の好きなようにさせることにした。理由はきっと聞かない方がいい。これは夢だと、忘れた方がいい。
 少女は圭一の胸を舌で愛撫する。キスを交えながら、何度も子犬のように舌を這わせる。くすぐったいような快感に、圭一は小さく身じろぎする。
 そのまま、少女は圭一の陰茎へと右手を伸ばした。寝間着を脱がすことなく、やはりその手は下着も通り抜けて圭一のものを優しく覆った。そしてその手は既に固くなっていた圭一のそれをしごいていく。
 欲情とか、彼女を犯したいとか……そういうのとはもう少し違う気がする。そういったものに比べたら柔らかくて脆い……そんな熱情が圭一に湧き上がる。恋とかそういうものではないけれど、それでもそれは愛情を含んだものだと、圭一は自分の感情を認めた。
 希薄な感覚なんかでは物足りないと、より強い刺激を求めるように圭一の陰茎にはより多くの熱が集まり、脈打つ。
 と、そこで少女は圭一の胸から顔を離す。
 それだけじゃない、しごいていた陰茎からも手を離した。しかしそれはこれでこの行為が終わりという意味ではない。
 彼女は反り返った圭一の陰茎の上に腰を下ろす。ふっくらとした蜜肉の感触が、圭一のそれを覆う。
 そしてそのまま、少女は腰を前後に振った。
「…………んっ……くっ……」
 挿入が成されているわけではない。けれども、その蠱惑的な刺激に圭一は軽く呻く。股間に力が込められ、亀頭が熱く疼く。
 男の下半身に理性は無いなどと言われることもあるけれど、それは逆だと圭一は思った。自立した強固な意志を持って、圭一に挿れさせろと切なく訴えてくる。
 くにゅくにゅとした花びらが圭一のものを愛撫するたび、圭一のそれは熱く震える。そしてその反応を受けながら、ゆっくりと少女のものもまた花開いていった。
 じゅるりと、花の奥から蜜が零れ圭一の陰茎を濡らす。ぬめり気を帯びたその刺激に、圭一は脳内を掻き回されるような快感を味わう。
 圭一が見上げると、少女の口からは熱い吐息が漏れていた。声は聞こえない。けれどもその熱っぽい表情に、圭一の心臓はびくりと震えた。
 その顔は淫靡だと思った。それと同時に、綺麗だとも感じた。
 切なそうに圭一を見下ろして、彼女は腰を振るのを止める。そしてうっすらと微笑んだ。
 それに対し、圭一も応えるように小さく微笑む。ほんの少しでも、それで彼女の憂いが和らぐのならと……。きっとそれくらいしか、彼女のために出来ることはないと思いながら。
 少女は腰を浮かし、圭一のものを両手で起こす。
 亀頭の先が彼女の秘部の入り口へとあてがわれた。雫が圭一のものの先から根本へと伝っていく。
 そして、やはり服など無かったかのように、そのまま彼女の中へと埋め込まれていく。それはどこまでも非現実的で幻想的だった。
 けれども、熱い疼きも彼女の温もりも確かに伝わってくる。
 少女は圭一の腹の上に両手を置いた。重さは感じない。
 再び少女が腰を振り始める。
 柔らかく、それでいて絞り上げるように絡み付いてくる締め付けに、圭一はもう一度歯を食いしばる。
 我慢する必要など無い。それが分かっていても、……未経験の快感に身が竦んだ。
 びくりと、ひときわ大きく圭一のものが少女の中で脈打った。
 駆け上ってくる悦びに、圭一は再び呻く。
 けれど、それをまるで無視するかのように、少女は腰を振り続けていく。そこに遠慮も容赦もない。
 うっすらと、彼女の目から涙が流れていた。
 そして、何度も、何度も繰り返し何事かを囁く。
 その光景に、圭一は胸を締め付けられる。彼女が誰に謝っているのかは知らない。けれど、どうしてか……それが本当に伝えたい誰かに届かないことが分かる気がしたから。
 何度も擦られ、そしてその度に快感と射精感が高められていく。
 それに抗う術はない。
「………………はっ……あっ……あぁっ」
 圭一は荒い息を吐いて、彼女の膣内へと射精する。その迸りは勢いよく彼女の子宮へと注がれた。
 彼女はそれを目を瞑りながら受け止め……そして圭一は、そのまま目を閉じて再び眠りに落ちていった。





 月を見上げながら、羽入は古手神社へと歩いていく。
 田圃が続くあぜ道。蛙の鳴き声が賑やかだ。月に照らされて周囲の水面が光っている。彼女はその縁にしゃがみ込み、手を入れてみる。……冷たい。
 千年ぶりに味わう実体の感覚はやはり鮮烈だ。実に味わい深い。羽入は微笑む。
「これで僕は、不貞と姦淫の罪を犯した……人間なのですね」
 この五感こそが、そのなによりもの証。神から人へ堕ちたという何よりの証拠。
 涼やかな夜風が羽入の髪を撫で、そして涙を拭っていった。





 その翌日、古手羽入は雛見沢分校へと転校してきた。
「ねえ圭一君、新しいクラスメートが増えるのって、嬉しいよね」
 羽入は早速年少の生徒達に揉みくちゃにされ、そんな光景を圭一は遠巻きに眺めていた。
「ああ、そうだな」
 そう言って、圭一はレナに微笑み返す。
 そして彼はもう一度羽入へと視線を向け、彼女の転校を祝福した。
 夏の夜の夢は、忘却の彼方に。


―END―


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最終更新:2009年01月06日 00:28