頭の中が真っ白だった。
考えられるのは、あの指に首を絞め上げられること。
口は顔の飾りになる。水から揚げられた魚のようにあがいて意識が途絶えるのを待つ。
そうすれば楽になれる。
だけど彼女がそれを許してくれなかった。
ギイ、と叫び声をあげて扉が開いた途端、胸が詰まる。
いくら息をしても気管に穴が空いているのか漏れ出し、運良く通り抜けても石になってしまった。肺には届かない。
頭痛が、悪寒が、目眩がした。
なにもこれは今日に限ったことじゃなかった。毎日毎日同じように私を苛んだ。
靴を鳴らす音が止む。
膝にうずめた顔を上げたくなかった。
薄暗い牢内で表情がはっきりしなくても、据わった瞳に射貫かれていることはわかった。
視線が体中を這いずり回って、まるで針先で撫でられているようだった。
影が覆い被さり、それから逃れたくて後ずさりしたけれど、背中はすでに岩壁。
剥き出しの肌に浅い傷ができた。
痛みに呻く気力はない。
やっとの思いで私は固く目をつぶった。
このまま瞼が縫いつけられればいいと思った。
なにも見たくなかった。
世界から遮断されることを望んだ。
でもそれは許されないから、私は弱いから、視界に彼女を受け入れる。
目と鼻の先に白無垢の──ああ、もう白なんかじゃない。
赤だ。
赤でほとんど塗り潰されている。
足が折れたように彼女は膝をついた。
布が擦れてぬちゃっと音がする。
しばらくしても水音は消えなかった。ボタボタとずっと続いている。
それは彼女からするようだった。
指先から滴るだけじゃない。腕から足から首からも落ちていく。
色々なところからこぼれていてどこなのかわからない。
手には冷たい光を放つものがあった。
肉厚ナイフ。これも塗り潰されている。
「ここにもいたんだね、『魅音』」
怖いとか悲しいとかいう感情はなかった。
ついにその日がきたんだと実感するだけ。
ただただ私の頭は働いている。
彼女が泣いてることしかわからなかった。
だから抱きしめた。
冷たさが刺さっても、ドロドロとした熱が広がっても抱きしめた。
……もう、いいよね。私、がんばったよ。
…おねえ…ちゃん…………

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年01月03日 15:55