薄暗い地下祭具殿の中で、私は虚空を見上げる。
 ひんやりと湿った空気が、不思議と心地いい。夏に縁側の下に潜り込むネコというのはこんな気分なのだろうか?
 もっとも、ここがどんな場所であるかを知っていながら、それでもそんな気分になれるというのは我ながらどうかと思うけれど。
「あの……。魅音さん。それで自分達を呼んだ理由というのは、何なのでしょうか?」
 私は視線を彼らに戻す。
 いつものように「園崎家次期頭首」としての眼を向けると、彼らの顔が益々固く強ばる。どうやら、何らかの叱責を受けるものと思ってしまったらしい。別に私にそんなつもりはないのだけれど。
 確かに、何も彼らに思うところが無いと言えば嘘になる。だがそれは責めるようなものではない。
 我ながら臆病だと思う私の心。内心では恐くて震えている。
けれど、覚悟は決まっている。だから、私は声までは震えさせることなく要求を伝える。

“私が詩音と同じケジメを付ける手伝いをしなさい”

 彼らは一様に息を呑んだ。
 それもそうだろう。よりにもよって自分を犯せと言ったのだ。無理もない。
「あの……冗談……ですよね?」
「冗談などではありません。私は本気です」
 困惑した笑みを浮かべる彼らに、私はきっぱりと言い返す。
「そんな。……何故ですっ!? そんなこと、魅音さんにする理由が……筋がありません」
「お願いですから、考え直して下さいや。魅音さんが何を考えているのか、自分にはよく分かりませんが、ですが……どうかご自身のことを大切にして下さい」
 血相を変えて、彼らは私を押し止めようと口を開いてくる。
 そうだと思う。私だって自分を自分で馬鹿だと思う。
 けれど、この生き方を変えることは出来ない。それを変えるということは、私はもう「魅音」ではなくなるということだ。
 たとえ結果がどうであれ、私は「詩音」を汚した。「魅音」と「詩音」は常に同じだった。「詩音」の悲しみや苦しみを分かち合うのが「魅音」だ。「魅音」の生き方を継いだ私が、「魅音」としての生き様まで汚すわけにはいかない。
「……私もまた、詩音の行いに対し荷担しました。ケジメを付けなければならない理由ならあります」
「そんなの、黙っていればいい話じゃありませんか。俺らだって、そんなの黙ってます。決して誰にも、誓って言いやしやせん。ですから――」
 彼らの……ヤクザにしては随分と良心的なことだが、その言い分も分からなくはない。ひょっとしたら口だけなのかも知れないが、そう言ってくる甘さに私はむしろ好感を覚える。
 だが……。
「つまり、あなた達は私の言葉には従えない……そう捉えてよろしいということですね?」
 私はあくまでも冷淡に、そう告げる。
 彼らはしばし押し黙る。
 そんな彼らを私は静かに見詰めて……。
「くっ……しかし、いくら魅音さんのご命令とは言っても……」
 私はその言葉に、大仰に溜め息を吐いて見せた。
 やれやれ、参ったね。彼らがここまで……意外と強情だとは思わなかった。けどまあ、それならそれでもいい。
「そうですか。そこまで言うなら、私もあなた達には頼みません」
「えっ……? それは……」
 一瞬、彼らの表情に安堵の色が浮かぶが、私の顔を見てそういう意味ではないと悟る。
「あなた方を選んだのは、あのとき詩音を犯したのがあなた方だったから。なるべく詩音と同じ条件で……というだけの理由に他なりません。別に、他の人間でも構わないわけです」
 そうだね。興宮で詩音に絡んだとかいう不良三人組でも探してみるか。それでなくても、それなりの格好をして誘えば、そういうのに飢えた連中の数人は見付けられそうなものだ。
 我ながら、それこそ痴女みたいだと思うが。
 数秒後、彼らのうちの一人が重たい息を吐いた。
「…………分かり……ました」
「おいっ!? お前。正気か?」
「仕方ねえだろ。……下手にそれこそ…………よりは、俺達の方がましだろ?」
「まあ……それは……そうだが」
 どうやら、覚悟は決まったらしい。
「では決まりですね」
 彼らがまた心変わりしないよう、私は直ぐに着物の腰ひもに手を掛けた。これが劇か何かの一場面で、決まり切っていたかのように私はその動作を行う。
 手が震えそうになるのを無理矢理押さえ付け、帯を解く。
 拘束していたものが無くなり、着物の前が大きく開き……そして私はするりと袖から腕を抜いた。
 軽やかに着物が石畳の上に落ちる。
 下着は元々身につけていない。それだけで私は一糸纏わぬ姿となった。男の前にそんな姿を晒すという羞恥に顔が赤くなるのを必死に誤魔化す。
「順番は誰からでも構いません。遠慮も要りません。……詩音に……したようにしなさい」
 流石にここまでくると喉が渇く。一瞬、つっかえて上手く言えなかった。
「では、自分から参ります」
 一瞬の目配せの後、一人の男が私に近付いてくる。確か、最後に詩音を犯した人だったっけ。
 彼が私の目の前に立つ。
「それでは魅音さん。少々冷たいですが、横になって下さい」
 私は頷き、彼の言葉に従う。
 ひやりとした固い感触が私の背中から伝わってくる。
「…………失礼します」
 彼は私の脚を大きく開かせ、私の秘部に顔を近付ける。
 男の視線が私の秘部に突き刺さるかのようで、私の秘部が意志とは関係無しに震えた気がした。
「…………っ!?」
 不意に、秘部からぬめった感触が伝わってくる。知識として知らなかった訳じゃないけど、それが男の舌だと理解するのに、ほんの一瞬とはいえ困惑した。
 背筋をぞくりとした感覚が駆け上ってくる。
 どうしようもなく恥ずかしくて、気色悪くて、でもそれに反比例するかのように私の体が反応する。
 男の舌が私の秘唇を這い回る度……私の秘芯をこね回す度、私の秘部が痺れるような熱を帯びていく。
「んっ……んんっ」
 そんな感覚を処理しきれず、私の声から喘ぎ声が漏れる。しかし彼は止めない。ぱっくりと開き、ひくひくと蠢く私の花びらを舌で愛撫し、蜜を啜る。
 未経験なのだから、ちょっとは反応が鈍いのでは……と思っていたけど、どうやら私の場合は逆で、むしろ敏感ようだ。私が詩音にしたのと同じように、私の弱いところを責められ、私の秘部はあえなく潤ってしまった。
「はぁっ……あっ……ああっ……」
 押し殺すような私の喘ぎ声。その反応を見て、私の体がもう準備万端なのだと判断したのだろう。男が私の秘部から顔を離す。
 視線をそちらに向けると、ベルトを外し、ズボンを下ろした。熱を帯びた男のものが露出する。
 男が私の上に覆い被さってくる。
「んっ」
 屹立した男性器の先が私の入り口に当たり、心ならずも私は声を出してしまう。
「…………本当に、よろしいんですね魅音さん? もう、後戻りは出来ませんよ?」
 私の耳元で、彼が努めて冷静に囁いてくる。……けれど、情欲を帯びた荒い息を隠し切れてはいない。
 本当のことを言うと、恐い。詩音には悪いけど、逃げ出してしまいたい気持ちはある。でも……やはりそれだけは出来ない。
 私は無言で「犯せ」と頷いた。
「では……参ります」
 その直後、私の中に男性器が打ち込まれた。
「…………かっ……はっ……んぁっ」
 体の中に生じる異物感に、私は目を見開く。
 けれど、私の秘部はその熱くて固い肉の塊を締め上げていく。
 ぎゅっと目を閉じると、少しだけ涙が零れた。
「大丈夫ですか? やはりお止めになった方が……」
 男の不安げな声に、私は深く息を吸って呼吸を整える。
「遠慮は無用と言いました。詩音の時と同様に、構わず続けなさい」
 そう答えると、男はしばし瞑目した。
「…………分かりました。それでは詩音さんの時と同様に、なるべく手早く済ませます。辛いかも知れませんが、だらだらと続けるより、その方が負担も軽いかと思いますので」
「……えっ?」
 だが言うが早いか、男はピストン運動を再開する。
「はぁっ……あっ……あぁっ」
 今までよりも激しく私の中を掻き回し、そして抉ってくる。
 気持ちいいとかそんなのはよく分からない。痺れるように熱くて痛いだけ。虚ろで、私の何かが欠けていくという妙な惨めさを味わうだけだ。
 荒々しく私の体を陵辱する男を感じながら、やっぱり悟史とは違うとか考えた。悟史だったらきっと、眉根を寄せてむぅとか鳴きながら、抱くんだろうな。
 初めての相手が悟史だったなら、私だってきっとこんな……どこか虚しいというかそんな気持ちにはならなかったんだろう。ふと、そんな気がした。
(…………え?)
 男に体を貫かれながら、現実逃避気味に残していた理性が疑問符を浮かべる。
(どうして私はこんなときに悟史のことを?)
 熱い痺れに喘ぎながら、その答えを探る。
(どうして私は……こんな感情に?)
 それは、考えるまでもない答え。知っていた答え。ただ、気付かなかっただけ。
(相手が悟史じゃないから?)
 それは何故?

“私も、悟史のことが好きだったから”

 けれど、今の私の行為は、初めてを悟史と……という機会を永遠に失ってしまうものだ。
 ダカラソレガ悲シクテ……。
 心の奥底から、感情の波が押し寄せる。
「……っ!!」
 ダメだ。
 そんな感情、今はダメだ。
 忘れろ。忘れるんだ園崎魅音。
「はぁっ……あぁっ……あんっ……くっふっ……んんっ」
 私は湧き上がる感情から逃げるように、男のものを受け入れることに意識を集中させた。……とにかく、とにかくとにかく、今は忘れよう。
「あふっ……くぅんっ……んんっ……あんっ」
 私の中を犯す男性器の先が子宮にぶつかる度、その刺激が私の頭の中にノイズを生み出すような錯覚を感じる。
「ふぁぁっ……んくっ……んんっ……」
 膣壁が彼の節くれ立った部分や反り返った部分に擦られる度、私の秘部からじわりと蜜が溢れていく。
 私の上から、発情した男の荒い息が聞こえる。
 私の……普段なら絶対に出せないような情欲に染まった声に反応するかのように、男のものが更に私の中で固く熱くなっていく。
 そして、彼が苦しげに呻きながら特に激しく腰を私に打ち据えて……。
「はぁっ……はっ……ああああっ」
 彼は自分のものを私から引き抜いた。
 どろどろに熱くたぎった精液が私の体に降り注ぐ。それを見下ろしながら、私は妙に冷えた感情が湧き上がるのを感じた。
 あははは。こりゃいーや。自分が汚れたってよく分かる。最低の気分だ。
 薄ら笑いを浮かべながら、私はその場に立ち上がった。
「さあ……次はどちらです?」
 そして、それから私は詩音と同様に四つん這いの格好で後ろから犬のように犯され、そして下から突き上げられるように犯された。





 それから、私は彼らを解放し、シャワーを浴びてベッドに入り込んだ。声を押し殺して泣いた。きっと、私の胸の痛みは全然詩音が受けたものに届いてなんかいないと思うけれど。悟史の傷の痛みにも届いていないと思うけれど。
 しかし、悪い事っていうのは続くものだ。
 詩音があれだけ傷付いたっていうのに、あの数日後に悟史がいなくなってしまった。
 その事実を知ったときの衝撃は、私自身上手く説明出来ない。とにかく、心の中にぽっかりと大きな穴が空いたようだった。
 沙都子なんか、それこそ見ていられなかった。
 でも、同時に思う。それなら詩音はどうだったのだろうかと……。
 会うのが恐くて、ずっと避けていた。
 ……学校にも行っているし、男の人に対する怯えも収まったようだと葛西さんには聞いている。
 でも、それでも様子は直接この目で知りたかった。だってたった一人の妹だもの。
 それに……結局、私はまだ詩音に謝っていないのだから。
「…………よしっ」
 私は大きく息を吸って、鍵を詩音の部屋のドアに差し込む。
「葛西なの? ……大丈夫。鍵は開いてますよ」
「葛西さんじゃないよ。詩音」
 出来るだけ穏やかな声で、詩音に告げる。
 そして、ドアノブから鍵を引き抜いて、手を伸ばす。
「…………入るよ? いい?」
「……うん」
 そんなたった少しのやり取りに、私の緊張が弛緩する。
 私はドアを開けて、詩音の部屋に入った。
 久しぶりに見る詩音の顔は…………優しい笑顔だった。
「いらっしゃい。魅音」
「うん」
 詩音は笑って私を出迎えてくれた。
 それが、本当に嬉しかった。
(ごめんね詩音)
 そして、私は微笑みながら詩音へと近付いていく。詩音の本当の胸中なんて、欠片も理解していないまま……。


―END―

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年06月15日 22:13