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カレースプーン
焦点は知恵留美子

「ふふふ、……ご馳走様」
この世で一番美味しい私のチキンカレーを食べ終え、私は食器とマイスプーンを流しに持っていく。お腹のそこから熱い。カレーの持つ熱さに当てられて、くらくらになった私は焦点の定まらない目で追いながら蛇口をひねった。勢いよく流れる水が私の両手を冷やしていった。スプーンを水にさらしていたときだった。銀色の光を放つスプーンの細長い持ち手を人差し指と親指で無意識のうちにすっとこすり上げていた。スプーンの柄は私の握りに合うような曲線に仕立て上げられている。無論、オーダーメイドの代物でありこの世に一つも存在しない。
「硬い……長くて……きれいで」
ぎゅっと柄の部分を両手で握り締める。私の体温で温くなった銀色は痛いほど自身を主張していた。
「駄目……カレーを食べるのに使う神聖な……神聖な什器をこんな……」
がくがくと膝が震えていくのが分かる。既に私は食事の際下着以外の衣服を脱ぎ捨てていたから、余計に膝と膝の間の熱が増していくのが実感できた。もしこのときワンピース、いつも着ているあの白いワンピースを着ていればもう少しだけ自我を保つことが……できていたのだろうか。
「んああ!!」
気付くと握り締めた両手から少し突き出たスプーンの柄を股間に突きつけていた。
「駄目……止めないと……カレーを汚してあう! ごめんなさ……」
銀色の光沢が下着越しに私の秘裂を突き上げてくる。まるで生き物のようにその硬い体を押し付けてくる。下着越しなのに柄の三分の一程度は私の中にうずまってしまった
「ぁあん」
蹂躙される体を支え切れずに私はキッチンの側壁にずるりと体を預けた。
「もう、やめ……お願い……もうこんなこと……ああ!」
おかしかった……両手でぐっとスプーンの柄を離そうとしてくるのだが、まるで触手のように、意思を持った生物のように柄を強引に滑り込ませてくるのだ。
「あう! 中に入って……る」
ぐしょ濡れで色が変わった下着のわきからその細長い柄で入り込んできたのだ。ちゅくりと粘液をかき回した音が耳に入る。
「やぁあ……ごめんなさい!! ……こんな、もうあなたに欲情なんて……しないから許してぇ……くぅうぅうん……」
ああ、そうか。これは罰……なのね。カレーを使う神聖なスプーンとカレーそのものを汚した私への罰。カレーの神様が下した、淫乱な私に与えた懲罰、おしおき……
「ごめんなさい、……もうしませんから……いい子でいます、あう……! だから、だから」
もう柄は中ほどまで呑み込まれていた。柄は細身だからするするとその体を蛇のように滑り込ませていく……ヘッドをくねらせて中に入り込み強引にかき回される。
「もっと……もっと悪い留美子を叱って! お願い……お願い!!」
私は必死に懺悔した。カレーを驕り、ないがしろにしてしまった私には相応の罰が必要なのだ。だから、ここは……じっと……
あふれ出てくるカレーへの愛液が自分の下着を濡らし、お尻の方まで生温い感触が伝わって来るのが分かる。罰を受けているのにもっと体は欲しい感じてしまう自分の女としての性がとても愚かしいと思えてしまう。
「はぁ……はぁ……耐えなきゃ……私がすべて悪いん……!? はあう?!」
突如だった……スプーンの柄の動きが止まった。私に執拗に罰を与えていた、この銀色の蛇のような動きが無機物のように動かなくなってしまったのだ。
「ああ……」
制裁が終わってしまった……じゅくりと濡れた手にあるのは懺悔の念にまみれた細長い銀塊と垂れ流した液から放たれる乱れた自分のにおいだった。
「……もう終わり……なの? まだ……きてない……のに」
駄目……駄目です。カレーの神様! まだ罰が緩すぎます。もっともっと、私を、あなた様に欲してしまった淫乱なあなたの教徒には更なる戒めが必要なのです。
「お、願いします……動いて、もっと苦しめて……背いてしまった留美子に……ください……」
ぐっとスプーンに力と想いを込める。先ほどのような甘がらい折檻を求めているのだがぴくりとも動かない。
「いや……動いて……さっきみたくかき回してほしい…のに…………」
熱が入って冷めそうにも無い私の……陰核がじんじんと腫れ上がってとどまる兆しをみせない。……ち、違います! そんな、快楽を得たいからだとか、イき損ねてしまったからとか、そんなんじゃ決して……どうして、与えてくださらないの?罰は、尊いあなたからの天罰ならなんでも受ける覚悟はあるのに……
「……いや……! まさか、私に失望して……見捨て……」
そんな……ごめんなさいごめんなさい!! 今見捨てられたら私はもう鹿骨、いやこの世では生きていけません! 懺悔なら……懺悔ならあああ!!
「くうぅううん!! み、見て!! 私こんなに反省していますからっ……! 
あなたが かはっぅうんん!! 与えてくださら……ないなら……じっ自分でいじめて、懺悔しますからああぁ!!!」
悔根と絶望にさいなまれた私は見放されたくない一心で、自らの蜜壷に柄を突き入れた。下品な水音が辺りにこだまして、垂れた罰当たりな淫液の染みがパンティの腰の部分にまで達して、帯のような跡をつくったが、そんなのはもう関係なかった。
「罰当たりで……んふううっ! すけべで、あくっ! 教師の風上にも置けない淫乱
なあ……る、留美子を……もっと、見てええええ!! もう見放さないでっ! お願いいぃいぃいいイクぅううぅ!! ……あっ!!」

「はあ、またやってしまいました」
暑いシャワーで体を清めて私は深く自室のいすに腰掛けて、先ほどの蛮行を省みた。実はカレーに、その……食欲以外の気持ちを持ってしまうのは初めてではないわけで……
「駄目ですね、私は……また心身を締め上げないと」
私たちすべての人を優しく撫でてくれる聖人のごときカレー。その気持ちを裏切った私には戒めがさらに必要だ。私はいつもよりも厳しい罰である4日間のカレー抜きを心に命じ、台所へと食器の洗いに向かった。


おじいちゃんの資料
焦点は鷹野三四

ニュースで梅雨入りが発表されていた。それに漏れず、この雛見沢にも雨降りが続く6月が訪れた。常人なら嫌う、湿り気を帯びたとうとうと継続する水の季節だが私たちのような不道の輩にはその汚れた姿を隠すことができる相応の季節なのかもしれない。
そんな他愛もないことを浮かばせながら私は市内のとある文房具屋に足を運んでいた。見上げれば陰りの無い灰色の空がしんしんと雨を降らせながら遠くまで伸びていた。
「どうも」
不愛想な店主の声を背中越しに聞く。何件か回って辿り着いたこの店には一般の駅構内にあるような若者向けのカジュアルな雰囲気は微塵も感じられない。雨音が貫くように聞こえる古めかしい店内に置かれているのは業務用であったり果たして何に使うか分からないようなカルトな文房具ばかりだった。雨期なのに妙に毛羽立った店内は恐らく前原君や魅音ちゃんといった学生たちは好んで入らないような暗い雰囲気を醸し出している。別に良いのだ。私は目当てのものを得られればそれで良い。店が繁盛しているのか店員の対応だとかそんなことはどうでも良い。私が今夜使う物さえ手に入ればどうでもいいのだから。
傘を差す。雨に濡れたアスファルトのにおいが鼻をついてくる。

今日も残り少ないかりそめの仕事を終える。夜の診療所はほとんど人気が無くなる。人がいなくならないと私としても今夜は困るのだが。先ほど購入した物をデスクに並べた。店名など入っていない無骨な紙袋から取り出す。コピー用紙と黒のインクカードリッジ。無論ただの紙とインクではない。紙は古紙使用率0パーセントで、インクジェット適正を付加した上質紙だ。一方のインクはプリンターメーカー製造の純正品であり価格の落ちるサードパーティー品などではない。できる限り程度の高い品を求めたかった。それゆえ大衆向きの安価な製品が少ない例の文房具屋を利用したのだ。値はそれなりに張った。だけど価格など二の次だ。これからを思えば……そんなものは……

印刷されたコピーの束を携えて、診療所の空いた病室に入る。誰もいない真っ暗な廊下を歩くとき途方も無い高揚感が私の中を駆け巡っていた。まだ刷り下ろされて間もない紙の束はその温かみをじっと抱いた胸の奥底に伝えてくる。その熱に当てられたのか普段は血の通っていないような白色の頬は心なしか熱を帯び桃色に染まっているのが分かる。いや染められているのだと心の中で修正する。それほどまでに私が胸中に抱いているこのコピー紙は自分にとって意義のあるものなのだ。短めに揃えられたナース服のスカートも自分の欲情に多少なりの拍車を掛けた。普段着とは違う、まるで男の視線を集めるためだけに仕立てられた短いスカート。ニーストッキングでは収まらない素肌の見える脚。少なからず露出された自分の身体で急速な体液のめぐりが行われていることを自覚する。

部屋に入り備え付けのベットに腰を掛けると、ここで初めて私はインクの香り高いコピーの束を注視した。
「……はぁ」
瞬間、少しずつ口の中の唾液の分泌が増していった。首筋の動脈の鼓動が聞こえたような気がした。
「おじいちゃん……」
私がコピーしたのはおじいちゃんの資料だった。この世で一番尊い存在の私のおじいちゃんが残した雛見沢症候群の研究資料。生涯をかけて論究された神の論文だ。しかもただのおじいちゃんの資料ではない。これはおじいちゃんの草案。つまり発表用にタイプされたのとは違うほとんどがおじいちゃんのペンによって書かれた生の原稿だ。普段はめったに持ち出さないこの資料は普段は厳重に閉まってあるが、この日だけ6月を迎えたこの時だけその封を破ったのだ。とはいえ傷を付けるような真似は避けたい。そう思い先ほどのコピー紙とインクカードリッジを求めたのだ。手書きの資料を写し込むために。そうとなればできるだけ良質な複製を用いたかった。本音を言えばコピー機を使わずに相応の印刷業者に頼み製作してもらいたかったのだが門外不出の資料だ。何かあってからではどうしようもない。だから、診療所のコピー機でやむなく手を打つことにした。紙とインクにこだわったのはそのためだ。

「おじいちゃん……ああ……!」
少しだけ冷めてしまったおじいちゃんの資料を顔にかざす。まだ少しの温かさが頬を染めるがそれ以上に資料のインクのにおいが鼻腔をダイレクトに犯した。それは脳にまで届き、さらなる血のめぐりを呼んだ。紙の中に一二三という文字が見えたとき、熱くなった涙が瞳を潤ませた。
ベッドに完全に身体を預けおじいちゃんの資料と共に横になる。弾みでスカートがまくれ下着があらわになるが資料に夢中になった私はそれを歯牙にも掛けなかった。
「おじいちゃん……すぅぅ、おじいちゃんのいいにおいがする……はぁぁぅ」
資料に魅入られた私はただただ手書きの文字が醸し出すインクのにおいを余すところ無く犬のように嗅ぎまわった。香りだけでは物足りなくなって次は舌を出した。自分では確認することはできないけれど、血が過剰にまわって真っ赤になった舌の先を「序文・背景」の文字に添わす。黒色のゴシックに触れた瞬間、舌先にじんとした刺激が乗ってさらなる劣情を吐き出させた。
「いあう……! おいしい……おいしいようおじいちゃん! 」
過度に垂れた唾液によって文字の周りの余白が灰色に変色してしまうが感じた粘膜の刺激をもっともっと求めようと舌を紙面に押し付けた。「序文」の項がささくれ立って柔らかくなって穴が開いてしまいそうになるが心が押し込められて止めることができなかった。
「んんぅ……んんんぅゆ」
ついに穴が開いたコピーにそのまま顔を押し付けた。目を瞑って濡れた穴に舌を通してそのまま前後させる。資料の、おじいちゃんの味がさらに感じることができるように。
「はあう……! はあうん」
私は動きを止めると口撫が行き届いていないまだきれいなままの資料の束を片方の手に集める。資料の多くを占めている項目、「結果」「考察」が目に入った。それらを筒状に巻き込み片手で固定をする。表面の曲線に舌を添わせつうっと先端まで舐める。
「おじいちゃん……み、三四もしていい? 」
たわむベッドの上で膝立ちになり返ることない問いを被せた。返ってきたのは膝とシーツが擦れる音だけだった。核心に触れる。そのまま覆い被さるように丸めた資料の上に跨ってがくがくと膝を震わせながら腰を下ろした。
「うう……はひ……」
厚みがあるため硬さを帯びている資料の束が履いている下着に食い込む。
「はあぁぁあぁ……」
熱い息が思わず漏れる。だらしなく開いた口の角から粘りっ気のある唾液が垂れ、太もものニーストッキニングを濡らす。その部分だけ濃い黒を作り出した。資料のコピーを両手で持ち替えて、ゆっくりと自分の秘所を擦っていく。下着越しながら直接的な性感帯への刺激が色欲で染まる脳を追い詰めていく。
「……もうこんなに……う……字が……滲んで」
先ほど舐めあげた紙に付けられた唾液と摩擦が原因になってインクがぶれるように滲み始めていた。
「おじいちゃん……駄目ぇ……汚れちゃう」
浮き上がったインクが下着のクロッチに薄い色を付けた。白色の下着の股布はわずかながらの黒を乗せていた。滲んだ快感の黒に心を奪われ、脱力し頭をまくらに押し付ける。両手の前後がさらに勢いと力強さを増していく。
「ううふぅぅあ……!! あはぁあ……おじいちゃん……おじいちゃん。おじ……! 」
とある資料の訂正書きが不意に目に飛び込んだ。瞳孔がくっと開く。

『おじいちゃん、この文字間違ってるよ』
『「追求」はこっちの「追及」、それで、「薦める」はこっちの方の「勧める」だよ』
記憶がよみがえっていく。おじいちゃんとともに過ごしたあの研究の日々。地獄のような暗黒の日々から私を救ってくれたあのおじいちゃんの笑顔。見せてもらった資料。正しい字に置き換えたときに褒めてもらったあの喜び。

「ひゃはああぁぁん!!あはっ…あっあっあふぁ……! あはぅはあ!! おじいちゃん、その……文字……もじぃっぃい!」
資料の膨大な数の文字の群から偶然見つけた二つの字が私の心を幼少へと退行させた。
「それ! それぇぇ! み、美代子が探したんだよぅうぅぅぅ! いっぱいいいいひい、いういっぱい、時間かけてえぅあうああ!」
大人に身体なのに心だけが戻ってしまった私はただ、込み上げる思いを昇華させることしか頭になかった。激しい動きでナースキャップがぱさりと落ちるが構いもしない。そんな自分の醜態を気にもせずさらに両手の速度を上げていく。
「もっとおお……もっと褒めてえ! またお手伝いするからああひうゆ! 」
たまらなくなった私は仰向けに転がった。染み出た愛液とインクでぐちゃぐちゃになったクロッチを片手でずらし、水を浴びせられたような秘所をさらす。下向きに資料を
押し付ける。今度は重力を資料に乗せることができて今までの何倍もの快感を得るようになっていた。
「もう駄目もう駄目もう駄目えぇえぇ! おじいちゃんがきてるうううあうあふう!」
塗りつぶされたその横に訂正として加えられた「追及」「勧める」の文字に陰核を押し付けた私は真っ白な電流が襲う。残してあった近くの資料に顔を突っ込み押し付けながらそのときを待った。
「おじいちゃん……イクっ! 美代子もイっちゃうううう! もっと資料……!読ま、読ませてえええ!!……資料ううっじゅうんん! ……!? 駄目! 踏まないで! おじいちゃんの資料踏んぁじゃぁいやああやううあうあ!! 駄目えええ!」
幼い頃の記憶が入り混じった私は腰を浮かせた。髪の毛がぼさぼさに乱れた。はたから見れば「追及」と「勧める」などただの文字に過ぎない。しかしかけがえのない
この二文字に言いようのない劣情を私は覚えたのであった。
「はあ……ふはああ」
体をゆっくりと落ち着かせて心を整理させていく。ベッド上に散らばったおじいちゃんの資料とシーツにできた大きな染みが目に入る。頬がまだ火に当てられたように熱かった。気だるい体を起こし濡れてしわがれた資料に手をやった。雛見沢症候群、L2の文字が瞳に入った。
「……待っててねおじいちゃん……もうすぐ……もうすぐおじいちゃんの研究が完成するから……もう少し」
懐かしいおじいちゃんの神様のような声が聞こえたような気がした。


魅音の髪留め
焦点は前原圭一

「しかし暑いな」
雨がそぼ降る薄暗い外を見て俺はつぶやいた。
「こんな天気じゃ気分も滅入っちまうっての……」
「なんか黄昏ちゃってるねえ……いい男が台無しだよってか? 圭ちゃん」
声を掛けてきたのは俺の1番の親友の園崎魅音だった。俺のこんな戯言を返してくれるのはクラスの中でも気さくなこいつぐらいだった。
「だろ? 俺のセクシーさが消えちまうぜ」
「ふふふ……」
薄ら笑いだが柔らかい表情を浮かべる魅音。それを見て俺の落ち込んだ気持ちがすっと浮かびあがっていくのがわかる。こいつはマジでいい奴なんだよ……面倒見がいい。それでいて人の足元をみるようなことなんて絶対しないしな……顔も結構良いし……
「圭ちゃんの言うとおり暑いね……おじさん汗ばんじゃうよ」
机の上の下敷きを取り、風を起こす魅音。少しだけ男勝りなのが玉に傷なんだけどな……
「ああ、そうだなあ、蒸し暑くて汗が…………っ」
会話を続けようと魅音に向き合った時だった。魅音の起こした風が俺の顔に当たった。呼吸をする。風に乗って辿り着いた魅音の……多分、髪の毛のにおいがふわりと俺の鼻腔に入ってきたのだ。
「しかしいつまで降るのかねぇ……外にも出れたもんじゃないよ」
俺が魅音のにおいに戸惑う俺に気にも掛けずに、魅音はそのまま扇ぎ続けた。魅音の髪の毛、汗のにおいと石鹸の香りが混じり合って俺の周囲に漂う。魅音のにおいに占領され、一気に出てきた生唾をゆっくりと飲みこんだ。
「洗濯もできないし、部活も制限されるし……」
起こされる風によって、魅音の結わえた髪が複数本まとまって、たなびく。その動きに目を奪われながら送り込まれてくる魅音の、思春期を迎えている親友のにおいを無意識のうちに肺に入れる。魅音のにおいと梅雨の熱さに冒されて、俺の下半身に脈々と血が流れていくのがわかった。
「……ってどしたの? 圭ちゃん?」
「おお、あ、いや……そうだよな、洗濯物には塩だな……」
気が付くと魅音の怪訝そうにまばたきする瞳が目の前にあった。彼女の大きな瞳にあせった俺はとっさに口から言葉を吐く。
「はは、なにそれ……圭ちゃん、まさかほんとに暑さで……」
怪訝な表情の魅音は俺の顔を下から覗き込むようにして言った。追及されてしどろもどろになる俺。いぶかしむ魅音は次第に顔をほころばせた後に、
「変な圭ちゃん」
そう言って席を立ちどこかへ行ってしまった。
「魅音……」
場に残されたにはいまだに漂う魅音の残り香と教室の蒸し暑さだけだった。無駄に熱くなった額に手をやりながら俺は自嘲した。
「きたねえ……今のはきたねえよ魅音……あんな事されたら誰だって……」
十中八九、魅音が自分のにおいを撒き散らしていたのは無意識の行動だ。漫画とかに出てくる痴女が自分のにおいをフェロモンのように散らす……そんな計算高くて、淫靡な真似があいつにできるはずがない。ただ暑かったから扇いでいただけ……
それだけなのに……俺はあいつに……あいつのにおいに欲情して……
気が付くと消えそうなにおいを俺は自重することなく丹念に嗅いでいた。気が付かれないようにすうっと静かに鼻を鳴らしながら……

「それでは前原君、日直の仕事をお願いしますよ」
HRが終了すると知恵先生がじきじきに声を掛けてきた。そうだった……今日は日直だったんだ。黒板の清掃やら、日誌やらの仕事が陰鬱な雨の日も手伝って気分を落とす。短く先生に返事をした後に俺は黒板に向かった。周りの掃除をしていると
「おつかれ、圭ちゃん」
魅音が来ていた。後ろ手に組んで見据えている魅音を一瞥し、そのまま黒板に向き直った。
「おう、魅音か。ったくこんな日に日直だなんて……ついてねえよな」
「まあね……仕方ないさ……でも、ちゃんと仕事はやってね。みんなが交代交代で
やってるんだからさ……くれぐれもさぼっちゃ駄目だよ?」
手伝ってくれるのかと思ったのだがどうやら違うらしい。みんなの学級委員長のおでましってところか……
「へいへい……わかりましたよ、委員長様……」
委員長と呼ばれたのがうれしかったのか、満足気な顔を見せながら言う。
「ふふ、上等上等。……それじゃ、おじさん帰るね、この雨だから今日の部活は中止、圭ちゃんも日直だしね」
湿気でべた付くチョークの粉に悪態をつく俺の姿を尻目に、魅音はバイバイと手を振って教室を出て行った。少し時間が経って雨の校庭を歩く、赤の傘を差した魅音が教室の窓越しに見えた。ぽつんとあいつは一人で歩いていた。
「じゃあな……魅音」
そうつぶやくと、俺は再び黒板と向かい合った。

清掃は終わった。さっさと日誌を書き始めよう。自分の机に座って今日の出来事を思い出しながら適当に鉛筆を動かす。
───さっきの魅音のにおい……いい……においだったな。
そう思えばこの場所で魅音のにおいの風を受けたんだよな。もうあのときの香りは残ってはいないけど…… ふっと魅音の机を横目で見る。
「……ん?」
魅音の机の端っこに何か小さな物が乗っていた。赤い色をしたそれに導かれるように俺は座っていたいすを引いた。
「……」
輪ゴムだった。あいつの髪留め用の輪ゴムが置かれていたのだ。赤い色をしたそれを手に取る。これは……多分毎日、魅音の髪を束ねている愛用の髪留めだ。見たことがある。この赤いやつは結構な頻度で学校に付けてきている。
「忘れたのか……」
指に取って、拾い上げる。少しだけ湿り気を帯びているような気がして……
───確かお気に入りって言ってたな。これを毎日……魅音は……髪に……
少しずつ心の底から込み上げてくるものを感じた。粘った唾をくっと飲み込んだ俺はそっとYシャツのポケットに入れた。席に戻り、日誌の続きを書き始める。
鉛筆を握る手ががくがくと震えていた。

家に帰った後も、心がふわふわしていた。夕飯は俺の好物ばかり揃っていたのだが、まるでスポンジを食ってるみたいで味気なかった。食欲よりもむしろ……
───風呂に入っておこう

熱い風呂に浸かっていたからなのか、風呂上りの俺は普段よりも体の血の巡りが急速に行なわれていることに気付いた。喉もとの鼓動を感じながら二階の自室に向かう。家族から離れて、一人自室にこもる。
「はあ……ふう……」
机に向かって引き出しに手を掛けた。
「……あぁ」
真っ赤な円が目に飛び込んできた。なんだかじっとりと濡れて、赤というより朱色がかった様相をしていた。指に摘んで目の前に持ってきてみる。
「あいつが……これを……髪に、毎日……」
小刻みに震える指を働かせて、鼻の先に、
「……うぁあ」
───これ……やべえだろ
学校で嗅いだ魅音のにおいの数倍の濃さがこの輪ゴムには染み付いていた。実際のところはそんなに強くない。微弱なものかもしれない、他人からしてみれば。しかしながら俺は魅音という人間を知っている。あいつの笑い顔、気丈そうであるが、芯は軟い女子であること。魅音の体つき、声……魅音のいろんなものが俺の心の中に焼き付いている。だから俺は魅音の、実際からしてみれば微弱なにおいも敏感に感じ取ってしまう。
「……み、魅音」
気が付くとゴムを口の端にくわえていた。少しだけ前歯で噛む。味はほとんどない。でも、魅音の一部を口に入れていると思うと心がどうしようもなく高揚した。男の性だ。下半身の芯にも激しい血流が起こっているのを自覚した。大切な親友に果てない劣情を覚えてしまった自分がいた。
「う……く……ちくしょう」
未だ経験のない下半身を露出して片手の輪ゴムを鼻の先へ再び持っていった。右の方は垂直に起きたペニスを握らせる。
「ああう……ああ」
摩擦の音が聞こえてしまうほどの強さと速さでペニスを上下させた。魅音の髪のにおいが間接的にペニスへの刺激となった。こんなになるのかというぐらい硬くそしてかさを増した逸物を高速でしごく。まるで魅音の髪の毛に顔をうずませながら、オナニーをしている感覚に陥った。
「く……お前が……魅音が悪いんだ……からな……くそっ」
思春期の男にあんな無防備をさらした魅音が悪い……こんなになってしまったのはすべて魅音のせいだと正当化しようとした。異性を直接意識させるような行動を取ったのは魅音……
……いや、俺が悪いんだ。自分の……好きな奴の無防備さに勝手に欲情して……性のはけ口として魅音をネタに利用しているのだ。恋愛感情を持った親友の、しかも大切にしている髪留めに言いようのない最低の感情を持ってしまったのだ。
「ごめん……! 魅音……ごめん……ごめん」
心の自覚は芽生えても体の動きは止まらなかった。あいつのお気に入りの髪留めの輪ゴムにペニスを通す。余った残りは指に絡ませて調節した。
「はあ、ああ…………うお……良い……」
輪ゴムの感触が直に伝わる。言いようのない色欲が下半身を支配する。
───魅音にしごかれてるみたいだ。
そのイメージが脳裏に浮かんだ瞬間に爆ぜた。鈴口から出た粘った塊が手と髪留めを汚した。魅音そのものを汚していると思うと脈動が止まらなかった。5回、6回と精液を吐き出しているうちに心と体が冷静さを取り戻す。
「……はあ…………はああ」
大切な親友を犯してしまったという最低の余韻が体じゅうに残っていた。

「圭ちゃん、おはよ!」
今日も雨だった。六月の湿っぽい空を吹き飛ばすように彼女は言った。
「……おおう……」
「どうしたのさ、圭ちゃん……元気ないね、もしや6月病ってやつ?」
冗談で言っているのか分からないが、魅音は口を尖らせながら話を掛けてくる。昨晩に魅音を犯してしまった最悪の俺に無邪気に話してくる。何も知らない魅音のその姿を見ると、無性に背中があわ立った。ぞくりとした震えが小波のように襲ってきた。整った端正な顔立ちを、そのきれいな髪を……また汚したいと思った。
「……………………魅音、これ……お前の」
震える手を感付かれないようにあの輪ゴムを手渡した。すっと魅音の目が大きさを増す。
「昨日見つけたんだ…………お気に……だったん……」
冷静さを保とうと必死な俺の言動をさえぎり
「嘘?! 圭ちゃん! これ探してたんだよ! 見つかんなくて……なくしたかと思ってた……」
「……はは、よかったな」
乾いた笑いしか出なかった。
「……お気に入りって……覚えててくれたんだ……圭ちゃん」
「……………」
「せっかく、圭ちゃんが見つけてくれたんだし今日はこれ付けるよ……」
そう言うと魅音は俺の手からあの輪ゴムを取るとそのまま口にくわえた。
どくりと心臓が波打つ。魅音は付けていた髪留めを外した。ぱさりと髪の束が落ちていった。初めて魅音のストレートを見たような気がする。
「……詩音みたいでしょ」
「詩音みたいだな」
魅音の口の端の輪ゴムに心を魅入られた俺は、気の利いたこと一つさえ言えなかった。
「……よいしょっと……どう、圭ちゃん? 決まってる?」
俺が汚した輪ゴムが魅音の長い髪の毛をまとめていた。こくりと俺は首を振った。
「……へへっ……ありがと、圭ちゃん……」


fin


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最終更新:2008年06月14日 14:58