鬼婆の口汚い罵りに、私の頭が沸騰してくる。
 悟史君が裏切り者だと? 悟史くんが汚い血を引いた厄介者だと? ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなっ!!
 悟史君が何をした? 悟史君に一体何の非があると言うのか? 悟史君に一体何の罪があるというのか?
 ああ……怒りのあまりに自分の唇が震えているのがよく分かる。私の胸が憎悪に染まるのがよく分かる。理性が掻き消され暴力的な感情が塗り潰していく。

“ウルサイ。黙レ”

 だから気付かないうちに、そんな心の内を声に漏らしてしまった。
 鬼婆の表情が憤怒に染まる。
 ……そこで、ようやく私は自分が何を言ったのか自覚した。けれど、もう止まれない。止めることが出来ない。
「……鬼婆、あんた一体何言ってんの? 黙って聞いていれば言いたい放題」
 その口調は自分でも信じられないくらいに静かで冷たかった。
「あぁん? なんばねすったら口の利きぃっ!!」
 けれど、その静かさは最後の一線だったようだ。鬼婆の腐臭のする声を聞いた途端、私の感情が爆発する。
「やかましいいいいいぃぃっ!! 黙って終いまで聞けやこの鬼婆あああぁぁっ!!」
 私は鬼婆の怒声を蹴散らすように怒鳴り返す。
 地下祭具殿に私の声が反響して、私の感情がその場を支配する。
「だいたい、あんたは悟史君の何を知っているって言うの? 悟史君のことを何にも知らないくせに害虫みたいに言い捨てて。
悟史君がどんなにいい人か私はよく知っている。悟史君が北条家だからいけないの? 馬鹿みたい。時代錯誤も甚だしいっ!! くだらないくだらないくだらないっ!!」
 たとえ、この後にどんな目に遭わされるか……それが分からない訳じゃない。けれどこの感情の吐露を止めることは出来ない。
 鬼の形相で私を睨む鬼婆。それと同じく、私も凄絶な視線で睨み返す。
 地下祭具殿を時間が凍ったような静寂が包み込む。
 その静寂の中、やがて……私は鬼婆が私と悟史君の仲にこだわっている事に気付く。
「そっか。……魅音が告げ口した訳ね」
 こいつはいつか殺す。
 そんな呪いの視線を魅音に浴びせる。けれど魅音は能面のように無表情……くそ忌々しい。
「ふっ。くっくっくっ。くくくくくくくあははははははははははははははははははははっ!!」
 ……あーもうどうでもいいや、馬鹿馬鹿しすぎて笑える。
 私は首を上げ、鬼婆を睥睨する。
「はい、確かに私は園崎家の面子だとか世間体なんてどうでもいいです。全然興味ないですしっ!! ええ、認めますよ。好きですよ。私は悟史君が大好きです。
でもそれの何がいけないって言うのっ!? 人が人を好きになるのに何の理由が必要っ!? 答えろこの人でなしどもがあっ!!」
 そして……私は私の命綱を自ら手放したことを自覚する。
 壊した。徹底的に壊した。
 周囲の私に向ける視線が……「救いようもない」とはっきり伝えてくる。けれどそれでも構わない。
「私の言っていることがおかしいなら反論してみろっ!! 出来ないんでしょ? 自分の後ろめたさを隠すことしか出来ないちっぽけな連中がっ!! そんなんだからお前らは――」
 唐突に、魅音が私の目の前に手をかざした。……もう、しゃべるなと……。
「もう結構です詩音。あなたの言い分と覚悟はよく分かりました。ですが、ここは雛見沢で、そして園崎家です」
「だからそれがどうしたと――」
「聞きなさいっ!!」
 再び声を荒げようとする私を魅音が遮る。
「詩音? ……あんた、興宮で生活するにあたって、どれだけの人に世話になってる?」
 背筋をぞわりとしたものが駆け上がってくる。
「……葛西さん。奥の牢屋にいる」
「なっ!? そんなの……」
 いや、本当は驚くような事じゃない。みんな共犯で、私に巻き込まれた犠牲者だ。
「覚悟のある詩音はいいとして、葛西や善郎おじさんがどうなるか? ……想像が付かない?」
 頭が冷える。
 全身から熱が失われていく。
「詩音。婆っちゃに謝って」
「で……でも、でも……でも……」
 私はこの場に及んで、言い逃れを試みる。
 それを見て、冷徹な表情を浮かべ、魅音は私に踵を返した。
 無言で座敷へと戻っていく。
 その背中を見ながら、私の頭の中がぐじゃぐじゃに溶けていく……。
 私は威勢よく鬼婆に喧嘩を売った。
 自分は悪いことはしていないと言い張った。そしてそれは間違っていないと信じている。
 けど……でも私は今日までの生活でお世話になった人達を巻き込んでしまっている。これは、言うまでもなく私の責任。私一人が受けるべき咎だ。
「あ……あ…………ああ……」
 意味もない声が私の口から漏れ出る。
 恐くて、申し訳なくて……でもどうしてそうなのか理屈がまだ私の中で整理がついてなくて……。
 それまで背中を向けているだけだった魅音が、不意に私を振り返り、小さく頷く。
 その頷きの意味は……。

“葛西や叔父さんのように、悟史も巻き込まれるかも知れないよ?”

「……ひぅっ!?」
 理解した。
 理解した。
 そうだ。私が恐れたのは……それだった。
「ま……待って……お姉……」
 ぽろぽろと涙が零れる。
 ダメだ。そんなのは絶対ダメだ。私一人ならまだいい。けれど、他のみんなは関係無い。私一人で済むことなら……。
「ごめん…………なさい。頭首……様」
 私のプライドとかそんなもの、もはや関係無かった。
 そんなものより……彼らの方が重い。
 だからなるべく鬼婆の気に入るような言い方をして……。そして、鬼婆がにたりと笑みを浮かべる。
「では詩音。…………ケジメをつけて貰います」
 無感情な魅音の声。
「………え? ケジメ……って? ど……どうすれば?」
 壁いっぱいに立てかけられた拷問器具。
 それを改めて見て、私は震える。
 魅音は園崎組の若いのに視線で指示を送る。
「あ……………の?」
 漆黒のスーツを着た彼は、無表情な顔で私に近付いてくる。
「失礼します」
「え? ……ちょっとっ!?」
 手荒く彼に腕を掴まれ、その強い力に抗することも出来ず、私は無理矢理後ろ手にされた。
 そして、ガチャリとした金属音と腕に冷たい感触……。
 手錠を嵌められたのだと、理解する。
 思わず、どういうことかと私の体が震える。
 その直後、魅音が私の疑問に答えてきた。

“彼らによる辱めをもって、それぞれのケジメとします。……園崎詩音。あなたの体を使い、その彼を含めた三人に絶頂を与えなさい”

 三人。……葛西に善郎おじさんに悟史君。妥当な……数字。しかし……。
「な…………何よそれっ!? 冗談にしても質悪すぎますよっ!! ふざけないでっ!! そんなの、出来るわけ無いじゃないっ!! ちょっと……やめ、あんたら。本気なの?」
 けれど、理解してしまう。
 客席にいる者共はみんな……本気だ。
 私という生け贄を舌なめずりするような視線で嬲る。
 その絡み付くような視線に、私は喩えようもない悪寒を覚える。汚物で満たしたプールに入れと言われてもこうはいかないかも知れない。
「うぐっ!?」
 私は不意に、後ろの男から背後に倒される。前に突き倒さなかったのは彼なりの気遣いのつもりかも知れないが、そんなことされても何の救いにもならない。
 ゆっくりと、むしろ優しく、彼は私を石畳の上に横たえた。
「や……やだ……やだ。こんなのやだ。許して……だって私まだ……だって、こんなのって――」
 芋虫のように体をくねらせながら私は喚く。
 そんな私を魅音が冷たい瞳で見下ろしてくる。
「詩音。……それがどういう意味か分かってて言ってるんだよね?」
 それは、魅音からの最後通告。
 私は、押し黙ることしか出来ない。
 嗚咽が漏れる。
 …………抵抗を止めた私の態度を観念したのだと判断したのだろう。魅音が私の脇に近付いてくる。
 実際、私は観念した。
 魅音が私の横に座り、私のスカートに手を掛ける。
 スカートが下っていき、私の太股と下着が露出する。
 それだけで私の顔は羞恥に赤くなる。
 やがて……スカートが私の脚から完全に脱がされた。
「う……くっ」
 歯を食いしばって、泣き叫びたいのを……これ以上泣き叫ぶのを抑える。
 魅音は無言のまま、躊躇うことなく、次の作業――私の下着を脱がしにかかる。
 思わず私は顔を背け、目を瞑る。けれど、柔らかな布地が私の秘部から離れ、その代わりに私の秘部が外気に触れる感覚は、誤魔化しようがない。
 思わず脚に力を込め、腿と腿を密着させて抵抗するが、無駄な話だった。膝のところで、固く閉じているので、魅音はそこで脱がすのを諦めたけれど。
 涙が止まらない。
「ひゃうっ!? くっ……んんっ?」
 不意に、秘部に生温い感触が押し当てられる。
「何……してるの魅音?」
 閉じていた目をそちらに向けると、魅音が私の股に手を差し込んでいた。
 それだけじゃない。粘っこい……ローションを擦り付けるように、私の秘部を愛撫し、揉みほぐしてくる。
 小声で魅音が答えてくる。
「いくら何でも、いきなりは詩音だって無理でしょ。…………だから……」
 だから、準備をしているというのか……。
 そんなの……嫌なのに……。
「んっ!! んんんんっ!! くぅっ……んっ」
 けれど、双子故に魅音の弱いところが私の弱いところでもあるのか……まるで私を知り尽くしているかのように、私の性感を巧みに刺激してくる。
 秘肉の縁を柔らかく撫でながら、秘芯を指でこね回す。丹念に……執拗に。
 敏感な部分を刺激され続け、感情とは裏腹に、秘部に血流が……神経が集中し、高ぶってくる。
「はぁっ……あっ……あぁん」
 感じるものか……感じるものか。
 そう何度も頭の中で繰り返すのに、私の口から、誰にも聞かせたことのない牝の声が漏れる。
 嘘だ。こんなのって……嘘だ。
 感じてなんかいない。こんなので、感じるわけがない。こんなの、ただの刺激じゃないか……。
「あぅっ……くぅっ……ん」
 けれど、痺れるような甘い感覚をどれだけ排除しようとしても……。
「……どうやら、準備はいいようですね」
 魅音が静かに男に告げる。
 私はそれを聞いて、首を横に振る。
 けれど、彼らは止まらない。
 魅音が私の股から手を抜く。そして、私の元から離れていった。
 かちゃかちゃと男がベルトを外す音が頭の上から降り注ぐ。
 私は目を瞑ったまま、それを聞くことしか出来ない。
「ひぅっ!?」
 私の体の上に、男の気配が近付く。
 そして……私の下腹部の上に、熱くて固い感触が触れる。
「やっ……あっ……ああ……」
 とてもじゃないけれど、目を開けて直視する度胸は無い。けれど、彼が何をやっているのか、否応なしに理解してしまう。
 私の股と股の間に、男のものが入り込んでくる。私の秘肉の下をなぞるように、固い感触が出入りする。
「……それでは、いきます。初めてでしたら、力を抜かれた方がよろしいかと思われます」
 私はそんな忠告に耳を貸す余裕もなく、歯を食いしばる。
 でもそんな私の行動も彼にとっては分かり切っていたことだったのだろう。
 彼は一旦私の股から彼のものを抜き、そして無遠慮に私の脚を抱きかかえ……そして、私の秘部の中を犯してきた。
「あくっ!? うぐっ…………うぅぅうぅっっ!」
 それまで、何ものも侵入したことのない部分に何かが入って来るという未知の感覚に、私は身悶えする。
 異物感。熱くて固くて節くれ立った男のものが、一気に私の中の奥へと突き進んでいく。
(悟史君……悟史君……悟史君……悟史君……)
 私は何度も悟史君の名前を呼ぶ。
 意味が無いと分かっていても、それで悟史君がここに現れて、彼らから私を救ってくれるなんて……そんな都合のいいことがあるわけ無いって分かっていても……。
「ひぐっ……うぐっ……うあああぁっ」
 もう、私は初めてを悟史君と……という機会は、永遠に失ってしまった。
 それに……。
(痛い……。痛いよ。お願いだから、そんなに激しくしないで)
 けれど、その声が上手く口に出せない。
 私の太股に、彼の腰が打ち据えられる乾いた音が聞こえる。
 ぐちゅぐちゅと、自分の秘部からとは信じられないほどに淫猥な水音が聞こえてくる。
 異物を吐き出そうとするのか、私の秘部が男のものを締め上げ、そしてその分、濃密にその質感や形状を脳裏に伝えてくる。
「はぁっ……はぁっ……あぁぁっ……あぅん……」
 そんな気は全く無いのに、私の声から萌える喘ぎ声に、甘い……男が好きそうな色が混じってくる。
「はっ……あっ……くうっ」
 私を犯す男の方も、限界なのか微かに呻き声を漏らす。
 畜生……このド変態が……。あんたも殺す。絶対に殺す。いつか絶対に八つ裂きにしてやる。
「はぁ……はぁ、はぁ……はぁ……はぁっ……」
 不意に、男は私の中から自分のものを抜いた。
「はっ……あああぁぁぁぁ~~っ」
 そして、苦悶とも快楽とも付かない呻き声をあげる。
 ……どうやら、達したらしい。
「これで、まずは一人目ですね」
 いつの間にか、再び私の側に寄ってきた魅音の声が、すぐ隣から聞こえてくる。
 私は、泣き疲れてそれに反応することも出来ない。
「では、次の相手をして貰いましょうか」
 嘘……?
 まだやるの?
 もう、私……あのね? 魅音、痛かったんだよ? これ、本当に痛かったんだよ? それだけじゃなくて……あのね? とてもみじめで、悲しくて……嫌なんだよ? だから……魅音。
 精一杯の媚びを含んで、魅音を見上げる。
 けれど、私を見下ろす魅音の目は、とても冷たくて……。
「嫌あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! もう嫌ああああああぁぁぁぁぁぁっ!! お願いだからもう許してえええぇぇぇぇっ!! これ以上、私を汚さないでえええぇぇぇ~~っ!!」
 それまで、どこかで我慢していたものが……私の心が何度目かの暴発を繰り返す。
 そして、石畳に響くまた別の足音。私に近付く男のもの……。
「お願い。お願いだから近付かないでっ!! もう嫌っ!! 嫌あああぁぁぁぁ~~っ!!」
 体をよじらせて、逃げだそうとするけれど、無駄な話だった。
 それから私は目隠しをされ、猿ぐつわをされた。
 二度目は後ろから犬のように犯され、三度目は下から突き上げるような格好で犯された。





 それから私は、家に帰されてから……泣いた。それから数日間はずっとベッドの中に潜り込んでいた。
 しかも、悪い事というのは続くものだ。
 その数日後、悟史君が突然いなくなってしまった。
(どうして……どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてっ!!)
 私は荒れた。
 ううん、荒れ狂ったのは心の中だけ。実際にはそんな……暴れ回る気力すら無かった。
 大石、そして鷹野さんから悟史君や雛見沢についての話を聞いて……でも空っぽな私の心は、何一つとして晴れなかった。
 部屋の中で虚空を見詰めていると、不意にドアから鍵をいじる音が聞こえてきた。
「葛西なの? ……大丈夫。鍵は開いてますよ」
 最初は葛西にすら男の……そんなものに怯えてしまったけど、今はもう大丈夫だ。
「葛西さんじゃないよ。詩音」
 え? この声?
「…………入るよ? いい?」
「……うん」
 扉を開けて、姿を現したのは……お姉だった。おずおずとした作り笑いを浮かべながら、手にはどこかで買ったケーキの箱を持っている。
 その姿を見て……魅音の媚びるような目を見て、私の心が凍る。必死に取り繕っていた平常心がひび割れて、砕けた。
 ううん、違う。鬼が目覚める。
 恐らく、ここに来たのはこの前のことを謝るためだろう。馬鹿な奴だ。世の中にはどれだけ謝罪の言葉を伝えても償えない相手……許さない相手がいるというのに、謝れば許して貰えると甘いことを考えている。
「いらっしゃい。魅音」
 自分でも信じられないくらいに優しい口調で魅音を招き入れる。
「うん」
 そして、疑うこともなく、微笑みながら魅音が部屋の中に入ってくる。
 ……仕方ないよね? ここは鬼の住処で、私は鬼だもの。そんなところにのこのことやってくるあんたが悪い。
 さて……どうやってケジメを付けさせてやろうか?
 私は陰惨なイメージを次々と思い浮かべ、柔らかい微笑みを顔に貼り付けながら、心の底で舌なめずりする。
 あはっ……はは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。


―END―

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最終更新:2008年05月26日 00:08