青い太陽。
手を揺り動かすと、からんころん、小気味よい音がして太陽は二つになった。
小さく深呼吸。両手で持ったガラス瓶を唇に押し当てる。ビー玉が落ちるまで傾けると、
炭酸水がとくとく流れ込んできて、渇いた口の中にまんべんなく染み渡る。
舌を痺れさせる刺激は、軽くて滑るような甘さに緩和された。
そして喉を通り過ぎるとき、むず痒かったのも束の間、潤いに満たされた。
不意に肩を叩かれた。首をひねって振り向こうとしたら、頬になにかがつっかかって動けない。
よく見てみると、原因は誰かの指だった。見覚えのある人差し指。
昨日もトランプを慣れた手つきで切り混ぜていた、あの手の一部。
それの持ち主である彼女と向き合おうと、今度は逆に振り向いたときだった。ぷに。
「はうっ」
うしろで噛み殺したような笑い声が聞こえた。
やっぱり彼女だと確信したとたん、なんだか嬉しくなる。緩んだ口から話したいことが次々と溢れ出してくる。
早く言葉をかけたくてかけたくて仕方がなかった。
それなのに、頬に指先が埋まったままだ。これじゃあ目を見て話せない。
「み、魅ぃちゃん、どうしたのかな?」
遠くにあったゴミ山が消えた。正確には人影に隠された。
魅ぃちゃんが私の前に回りこんだんだ。なにをするんだろ。
ぼうっと眺めていると、両頬を包む感じで手が添えられた。
そして、ふにふにとつまむのを繰り返していたけど、しばらくして外側に引っ張られる。
反射的に「痛いよ」とこぼした。私の頬は解放される。
「いやー、ごめんごめん。柔らかくて気持ちよかったからさ、つい、ね。つい…」
屈託のない笑みを浮かべて私の横に腰かける。
私は傍らにラムネを置くと、膝をついて体ごと彼女に対峙した。
「どったの、レナ?」
「魅ぃちゃんだけずるいんだよ、だよ」
無防備な頬を今度は私がいじめる側になる。
痛くないように、力を加減して掴んだ。引っ張る。にらめっこのときみたいな変な顔。
思わず吹き出して、魅ぃちゃんをむっとさせてしまった。それは怒るというより小さな子が拗ねるような表情。
「むにむにのほっぺた、かぁいいよ~」
「れ、れにゃ……ひっはりすぎ…」
「魅ぃちゃんおっもちかえりいいいいぃぃ!!」
かぁいいモードの私に頬をこねくりまわしされているといっても、魅ぃちゃんが大人しくやられてるはずもなくて、
すぐに反撃を受けた。脇腹のあたりを指が探ってくる。くすぐり攻撃だ。形勢逆転。
でも私だって引き下がるわけにはいかない。部活のせいか、おかげか、負けず嫌いになりつつあった。
ゲームじゃ魅ぃちゃんには適わないけど、こういうのは私の方が強いことにも最近気づいた。
いたずらをしかける。おなかの底から笑う。そんなじゃれあいが続いた。
今思えば、部活以外で彼女と遊ぶのは久しぶりだ。ふたりっきりになるのも、そうかもしれない。
転校してきた頃は、魅ぃちゃんがずっと隣にいた気がする。圭一くんが来てから減ったんだっけ。
ちょっとだけ寂しいな。
「はぁ、暴れたらのどが渇いたね」
呼吸を乱した魅ぃちゃんはネクタイを緩めていた。シャツが肌に張りついてるのが、この位置だとよくわかる。
私はついさっきまで宝探しの休憩をとっていたからまだ余裕があるけど、魅ぃちゃんは違うのかもしれない。
思い出してみると、魅ぃちゃんが来る前に走るときの足音が聞こえた気がする。
なにかの用事だったのかな。バイトとか。
掌でうちわのように扇ぐ彼女にラムネを差し出した。
「はい、飲んでいいよ」
「ん、ありがと。それじゃ一口…」
「全部あげる。でも、ビー玉はレナがおもちかえりするからだめなんだよ」
そう言うと、苦笑しながらも受け取ってくれた。
中身は瓶の半分より少ないくらいが残ってる。さっき私が飲んだからだ。
つまり、これって──
「今なんか言った?」
「う、ううん……間接キス、になるのかな…って…思っただけ…」
最後まで呟いて、自分が変なことを考えていたのを知った。慌てて口を塞ぐ。
あのね、いやなわけじゃないんだよ、だよだよ。ただ意識したら恥ずかしくなっただけなんだよ。
それに、こんなの初めてじゃない。
お昼時間、魅ぃちゃんのおかずをもらうとき、あーんってするのも間接キスだもん。
と、余計に考えてしまって顔が熱くなった。
「へ……ああ、うん…そうかもね、あはは」
心なしか魅ぃちゃんの顔も赤くなったような感じがするけど、たぶん私の勘違いだ。
ラムネ瓶が唇の上で傾く。それから飲み干すまで、ずっと見ていた自分がいて、何気なく視線を逸らした。
「ぷはーっ、こののどごしっ!たまらないねぇ」
彼女の言葉や仕草があまりにも自然だったから笑ってしまう。
「魅ぃちゃん、おじさんみたい」
「間接キス意識しちゃう可愛いレナに言われたら、認めるしかないなぁ」
「はぅ……いじわる」
いじけていると、手首を掴まれた。抵抗する理由もないから、じっとしていると掌になにかが乗せられた。
冷たくて、丸くて、甘い匂いがする。綺麗に透きとおっているから肌色に見えた。
「ビー玉かぁいいよぅ」
指で転がすたびに手相が大きくなって映る。それが地味だけどおもしろくて、少しのあいだビー玉で遊んでいた。
ふと、思い出す。
「魅ぃちゃん、これからバイトなのかな?かな?」
「あ……そっか。なんか忘れてると思った。あぶないあぶない」
魅ぃちゃんは立ち上がって、スカートについたゴミを払った。私に向かって謝るように両手を合わせる。
「というわけでバイト行ってくるわ」
「うんっ。がんばってね」
私も腰を上げてビー玉をポケットに押しこんだ。宝物が埋まる山へ駆け出そうとしたとき、名前を呼ばれて立ち止まる。
魅ぃちゃんが近づいてきて、私の頭を撫でると思ったら前髪を掻き上げ、その、あの…………うん。
「あ、えと、いってきますのキスをね…、ん……」
柔らかい感触が額でしたのはたしかだった。頬なんかとは比べものにならないくらい柔らかい。それに温かかった。
「れなっ、あのさ、ここは…かぁいいとか言ってふざけてくれないと……」
「ご、ごめんね、魅ぃちゃん。…かぁいいよ……」
次の瞬間、魅ぃちゃんは茹でタコになってしまった。声をかける暇もなかった。手を振る前に走り去って行く。
おかえりのキスも、必要なのかな?

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年05月09日 21:35